第6章3
王家が支配し、魔導士が魔法を使い、魔物が徘徊する世界。修行僧のイオと、城から抜け出した姫サリューは大陸を巻き込む戦争を止めるため奔走する。終結の方向に向かうと安心して、母国に戻る時、南の国が大陸の覇権を手に入れようと、母国に攻め入ってきた。
飾り立てられたサリューは足元がおぼつかないような高いヒールの靴を履かされ、手をひかれて大広間に向かった。
「いやだ」
「この期に及んでまだ我がままをおっしゃるのですか」
セスの言葉にとげが生えてきている。
大広間からどよめきとも歓声ともつかない騒ぎがする。
「何があったのかな」
「さぁ、とりあえず二階の回廊から見てみましょうか」
大広間に入るには一階の正面の扉か、もしくは二階をぐるっと巡る回廊から階段を下って降りる方法がある。ホストである王家の人間は二階の回廊かららせん階段を下りて行くのが習わしとなっている。サリューは回廊の子窓を覗き込んだ。下では大きな人の輪が出来ていた。輪の中心には指揮官らしき武人と華やかに着飾った貴婦人がいた。二人はダンスを踊っている。その女性の姿は今のサリューと寸分変わらない。
「姫様が二人……、じゃなくてあれはまさか……」
「エド……」
サリューは目を疑う。伏し目がちにしているが、その瞼には何色もの色粉が重ねられ、深い陰影をつけている。首元には喉仏を隠すためか、華飾りの大きめのチョーカーをつけている。そこがサリューと違うところだが、それ以外は変わらない。
エクゥードは軽やかなステップを踏み、指揮官の周りをひらひらと舞う。曲が終わると指揮官は片膝をついた。エクゥードは躊躇したが優雅に手を差し伸べる。指揮官は彼の手を取ってその甲に接吻した。
「ああ、あんなことまでさせて……」
本来なら自分がするべきことだ。エクゥードはサリューが嫌がることを初めから判っていたのだろう。そして自ら指揮官たちの相手をしている。
と、エクゥードが顔を上げた。サリューと目が合う。
「……」
うろたえたが、彼は静かにほほ笑み、わずかに目配せした。
「姫様、ここはひとまず部屋に戻りましょう」
セスがせかす。ここで姫が二人いることがわかったら、せっかくのエクゥードの好意が台無しになってしまう。サリュー達は足音をなるべく立てないようにこっそりと部屋に取って返した。途中別の小窓からフェスの姿が見えた。部屋の隅、階段の後ろにひっそりと立っている。肩を落としじっと床の一点を見つめていた。
「あいつめ……」
怒りにかられて睨みつけようとしたが、フェスがあまりにも悲しそうな表情をしていることに気がついた。
「どういうこと……」
世継ぎの弱さに付け込んで国を操つろうとしている狡猾な老宰相という感じはしない。深い悲しみが体中から滲んでいる。
「フェスは何を企んでいるのかしら」
「フェス様のご子息は南の国境の守り人をなさっていたそうです」
セスが答えた。
「その人、どうしたの」
セスは答えず顔を伏せた。サリューはそのしぐさから悟った。これ以上は聞けない。
「大人しくするから、みんな部屋から出て行って」
サリューは部屋に入るなり、みんなに言った。
「わかりました。出歩くわけには参りませんからね。わたくしは外におりますので、何かありましたらお呼びください」
セスが皆を促して出て行く。
サリューは椅子に座り込んで深いため息をついた。フェスもまた国のことを考えている。それはわかる。戦わずに生き延びるにはそれしか方法はないのか。
サリューは立ち上がると一気にドレスを脱ぎ捨てた。髪飾りを外し、付け髪もすべて取り、長い髪を後ろで一つに束ねると、動きやすい騎士の服を着た。
窓を開ける。窓の外に隠し持っていたロープをたらし、一度、外に出て二階分下がるとかつてエリイシャの使っていた部屋に入る。そこから裏の廊下を通って礼拝堂の地下に下りて行った。ここは人が滅多に訪れることはない。今は舞踏会の最中だからなおさらだ。サリューは周りに注意して地下への階段を下りて行く。
行きついた先には幾種類もの香がたかれた小部屋があった。数えきれないほどの種類の薬草が天井からぶら下がって干されている。
「ばあや、いる?」
中に入る。瓶の中に木の実やキノコが詰まっている。ガラス瓶の中に不思議な色の薬が入れられ棚に並んでいる。いくつものつぼが床の上に置かれ、大きな紡ぎ車の向こうに黒いローブを目深にかぶった背の低い人が座っていた。
「サリュキュリア姫様。いらっしゃるころだと思いましたよ。ミルク入りのハーブ茶がお好きでしたよね。アカシアの蜂蜜をたっぷり入れておきましたよ」
老婆が大きなカップを差し出した。ふんわりとさわやかなカモミールの香りと、甘い蜂蜜の匂いが湯気に混じって立ち上る。老婆が皺だらけの手で大きなクッションをテーブルの脇の籐の椅子に置いた。サリューはそこに座り込み、カップを抱え込むようにしてハーブ茶をすする。
「甘い」
ほっとする。今まで何度ここに逃げ込んできただろう。そのたびに魔女は用意していたこのティーを出してくれる。
魔女は城付きの魔法使いの女性だ。少数ではあるが尼僧院で魔女たちは育ち、魔法使いと同じように教会に属して各地の警護に当たる。その中の一部は教会籍を離れ、王家の守り人になる。王家の守護のために城に住む。ただし、王家が他国に攻めていくことに対して力を貸すことはない。ルマイヤの守り人のミティはサリュー達の母親が嫁いだとき、教会を離れてここに来た。それ以来ずっとこの地下の小部屋に住み、姫たちのばあやとして、何かあると相談相手になったり、面倒を見てきた。
「ばあや。あたし、あのさ」
言葉がもつれる。言いたいことはいっぱいあるのに、それが素直に出てこない。
「皆さん、国のことを思っておられるのですよ」
「南の軍を城塞に入れたのに」
「入れなければ、都はどうなっていたでしょう」
言われなくても分かっていた。判っているが、大好きな都に踏み入れた他国の軍が許せない。イサの父や兄を殺した南の兵。
「兄君は父王の病を理由に勅令を渋るでしょう。それでもできうる限りの歓待をすることで、この場を切り抜けようとなさっている」
「わかっているわよ、そんなこと」
どんと、カップを置く。そう、判っているが、それを認められない自分が歯がゆい。
「姫君は戦いを望んではおられないのでしょう」
無言で首を縦に振る。戦えば、都の被害は甚大になる。僅かな兵では強大な南の軍に太刀打ちできない。
「ばあや、火竜の剣って、本当にあるの」
「そうおっしゃると思いましたよ。婆にも判りません。噂にはあるということです。でも誰もそれを見たことがない。魔の山の頂にあり、黒曜石の岩に刺さっていると。ただ、古文書にも詳しいことは書かれていません」
ミティはサリューの前に座り、糸を紡ぎだした。
「どんな剣なの」
「そうですね、話によると、柄には火竜の瞳がはめ込まれているそうですよ。それはそれは深い紅い瞳が。刃は透き通るような細みの剣で、すべての力の根源、持つ者の望を叶えてくれる魔法の剣だそうです。そう言われているけれど、それを見た者はいない。今まで多くの騎士がそれを望んで魔の山に分け入ったというけれど、誰も戻ってこなかった。真偽のほどなど、誰がわかりましょう」
ミティは糸をより始めた。
「それを持っていたら、誰もここには攻めてこないでしょう」
「たぶん」
ミティは紡いだ糸の中に自分の髪の毛を加え、束ねて一本の紐にした。
「ずいぶん魔除けの石を人に分けてあげたのですね。姫様のことですから少々余分にお渡ししたのですが、無くなりはしないかと心配しておりました。これも魔除けです」
そう言いながら、ミティはサリューの後ろに回ると髪の毛を梳き始めた。髪を一つにまとめて、その紐を巻きつけて括る。
「私、どうすればいいの」
「それはもう、姫様は判っていらっしゃるのでしょう。だから剣をさしてこられた」
言われてサリューは腰に手をやる。もう教えることがないと言われてバロスに貰った剣だ。旅の間ずっと力になってくれた。
「いいの、行っても?」
「止めてもそれを聞く姫様ではないでしょう。外にセスたちが待ってますよ」
火龍の剣を求め、セスたちと再び旅に出るサリュー。そこに何が待っているのか。冒険活劇はまだまだ続く。




