第6章2
王家が支配し、白の魔導士が魔法を使い、森に魔物が徘徊する世界。修行僧のイオと、城から抜け出した姫サリューは大陸を巻き込む戦争を治めるため奔走する。一時は解決に向かうと思われたが、城に戻ってくれば南の国が攻めてきた。
王の寝室には厚いカーテンが下ろされて暗かった。眠りを妨げないために、ランプすら光を絞ってあった。
「お父様。ごめんなさい。あたしが勝手に城を出て行ったばっかりに」
「違うよ。サリュー、おいで」
眠っている王に気遣って、エドはサリューを連れて部屋を出た。外にはセスたちがいた。
「陛下のお加減はいかがですか」
セスが尋ねる。
「心配かけた。父は今休んでいる。お前たちは長旅で疲れているだろう。下がって休むがいい」
エクゥードに言われ、セスたちは下がるよりほかない。
王の寝室をはじめとして、王家の人間の住まいは後宮の中にある。王家と、その従者のみが入ることができる。もちろん王家が内々で行う宴はその限りではないが、後宮は王家の私的な場所だ。
「お父様……」
サリューは泣きそうだった。一度はすべて解決したと思ったのに、ことは悪い方向にばかり進んでいる。頼りの父がこの有様ではどうしていいかわからない。
「確かにお父様はずっとサリューのことを心配していたよ。でも行方はすぐに伝書で聞いていたから、いつものことだって笑っていたんだ。ただ、南の軍が攻めてきて、それにはまいっていた」
「なんで、南が攻めてくるの。盟約があるでしょう」
「連中は覇王になりたがっている」
エクゥードの沈痛な声が響く。すべての国が戦いに向かっている。
「だったらさっさとここを通り過ぎて北に行けばいいじゃない」
「あいつらはお父様の勅令を欲しがっている」
「勅令って……」
「中の王家、宗主国であるルマイヤ王の勅令さ。大陸はもともと一つの王家によって治められていた。それを一つに戻すという併合の勅令さ」
「ここを王家にするってこと、それなら、南は得をしないじゃない」
「僕たちの国は傀儡になるのさ。実権は南が握る。伝説では中の国ルマイヤがすべての王家の始まりだからな」
「酷い。それでお父様はそれを受け入れたの?」
「勿論断ったさ。南はルマイヤに敬意を払っているわけじゃない。戦いの大義名分が欲しいだけだ。西と北が闘っているのは知っている。二つの国が消耗したところで出向いて行って、大陸を統一する気だ。それが判っているお父様は、どこの国とも加担しないと南の使者に伝えた」
弱小のルマイヤが生き残る道はあるのだろうか。なんとか城塞で王都に兵が入ってくるのを防いでいるが、いつまで留めておけるのか、城塞が破られるのも時間の問題だ。
「撃って出るの?」
「シッ」
エクゥードが制した。
大勢の男たちがやってきた。
「これはサリュキュリア姫。いつ、霊廟からお戻りになられたのです」
「え、あ……」
サリューは横目でエクゥードを見た。彼は僅かに目配せをした。サリューが勝手に城を飛び出したのを、表向きには霊廟に籠ったとしてくれたのだろう。
「霊廟の周りにも南の兵がやってきたわ。だから戻ってきたのよ」
「そうですか。こちらは切迫していますが、姫君にはお心安くお過ごしください。すべては不肖、この宰相フェスが取り計らいますゆえ」
「そんなこと言って、お父様が倒れた今となっては、私だって」
勝手に国を動かそうとしているフェスに怒りを覚えた。
「フェス。お前たちの今までの働きには感謝している。しかし、王家の者が隠れているのでは国民に対して示しがつかないだろう」
珍しくエクゥードがサリューの前に出た。
「年若い世継ぎの君をお守りするのが、我らの役目。宰相のわたくしにすべてお任せください」
「ならば、まず民の安全を守ってくれ。女官たちも怯えている。避難してきた民が外庭に溢れている。彼らに食料と暖を取らせてくれ」
「御意のままに」
恭しく頭を下げると、フェス達は後宮を出て行った。
「何、あれ。あたしたちをないがしろにする気なの。第一、後宮に勝手に入ってきて、どういうつもりかしら」
怒りを納められないサリューは文句を言うが、エクゥードは黙って考え込んでいた。
「世継ぎの君。春まで籠城できる程度の食料は備蓄してありました」
王子付きの小姓が報告する。
「それと空読みが今年の冬は早いと申しております」
「そうか。雪が降れば戦いは起こせないな。それまでなんとかやり過ごせればいいのだが」
次々と入る報告に、エクゥードは執務の机に向って暗い顔をする。
「エド、あんた、ちゃんと寝ているの」
「大丈夫だよ。それより、サリューの方が酷い格好だよ」
木々の中を飛竜で飛んで来たのだ。枝にスカートをひっかけ、リボンを取られ、エル・ルマイヤで仕立ててもらったドレスは見る影もない。
「コックがうまいものを作っているよ。それを食べて少し休んだらいい」
言われて腹が空いていることに気がついた。ここにいても暗い話しか聞けないし、夜を徹して飛んで来たのだ。明け方、通路にたどりつき、かなり眠い。
「そうするね。エドも根詰めないでね」
久しぶりに食べ慣れた食事を取った後に、自分の部屋に入った。すでにイサは休んでいるというので、小間使いに夜着の用意をしてもらった。朝日がさんさんと差し込んでいるが、疲れている。
「カーテンを閉めてくれる」
サリューが言うと小間使いたちが分厚いカーテンを引き、ランプの灯を落とした。サリューは人払いして自分のベッドに寝転ぶ。
「イオは今頃なにしているのかなぁ」
そう言いながら、サリューはすとんと眠りに落ちた。南の軍に城塞を取り囲まれているとはいえ、ここは生まれ育った自分の城だ。弱小国だが、それなりの警固はしている。強固な城のしつらえもある。早々ここまでやってこれまいと安心して無防備にすやすやと寝ついた。
はずだった。それは長くは続かなかった。外で大きな物音がした。
「なんなの」
飛び起きる。
「姫様。南の軍が城塞の中に入ってきました」
イサが飛び込んでくる。サリューはすぐに隠し持っていた騎士の服を着込んだ。
「何を、なさいます」
「国を守らなきゃいけないでしょ」
サリューは剣を下げ、大広間に向かった。すでに国の主だったものが集まっている。
「南が城塞に入ってくるなんて、門衛たちは何をしてたの」
「私が命じて門を開けさせました」
初老の男が頭を下げて言う。
「フェス」
サリューは老練な政治家を見た。
「なぜ、そんな馬鹿な事をしたの」
「国のためです。弱小の我が国が生き延びるためです。そのためには他の選択肢はありません」
「ルマイヤを戦場にする気なの」
「しないためです」
サリューはフェスに掴みかかろうとしたが、それをエクゥードが止めた。
「どうして止めるのよ」
「城塞に入ってきた者を無理には出せない」
「でもあいつらは村を襲い、都を包囲しているのよ。方々で酷いことをしているんだから。それを黙って城下に入れるなんて」
「だからなおのことだ。都を焦土にしたいのか」
「エド!」
エクゥードに制されて、サリューは真っ赤になって怒った。
「フェス、今回のことは仕方がないとはいえ、出過ぎたまねだ。これからは私の裁可を待つように」
「御意」
宰相は揺らぎもなく静かに頭を垂れている。
「何よ、それって。フェス、あんた、都に兵を入れてどうする気よ」
「世継ぎの君。わたくしはこれから宴の準備をいたしますので、下がらせていただきます」
一同は踵を返して出て行った。
「待ちなさいよ。どういうことか説明しなさいってば」
「サリュキュリア。止めなさい」
厳としてエクゥードが言った。
「エド、何……」
いつもはサリューと呼ぶ。エクゥードの顔は今までになく思いつめたものだった。
「確かに勝手な真似だったが、フェスのやったこと以外、他に方策はない」
「違うわ。何かあるはずよ。南の軍の手にかかって、霊廟の近くの村は焼き討ちにあってひどい有様だったわ。あんな奴らを城下に入れるなんて」
「私は世継ぎだ。国全体のことを背負わねばならない。私の頼みだ。城塞の中に入った軍の指揮官たちを招く宴の席に出てくれ」
「何を言い出すの。あのフェスが勝手に仕切った宴なんか出るもんですか」
「あれは私の発案だ」
すでにセスや女官が集まってきていた。
「何をする気なの」
「綺麗に着飾ってそこにいるだけでいい。別にダンスの相手をしろとは言わない」
「エド、あいつらに国を乗っ取られていいの!おじさんが、イサのお父さんが殺されたのよ」
「一人の命より、国の命運だ。兄として頼む。宴の華になってほしい」
「いや!」
頑として譲らない。兄だと、今の今まで、兄らしいこと一つしたことがないエクゥードが、なぜ今になって兄を誇示する。
「姫様、世継ぎの君の命ですよ」
セスが落とした声でいさめた。
「世継ぎの君。南の指揮官が謁見を求めておりますが」
小姓の声にエクゥードは出て行く。
「エド、戻ってきなさいよ」
叫んでも振り返りもしない。
「エド、なんであんな奴らに会うのよ。エド、エドってば。エドのばかあ!」
怒鳴り散らす。大広間にサリューの声だけが反響して重なる。
「姫様。お支度を」
セスが促す。
「いやよ」
「世継ぎの君のお言葉ですから」
「姫様、ここは言う通りになさいませ」
「イサ、あんたまで。おじさんが殺されたのよ。あの優しいおじさんが。それに各地で小競り合いが起こっていると言っていたから、かなりの人が傷ついたと思うの。死んでいる人もいるかもしれない。それなのにあんな奴らを城塞の中に入れて、そればかりか城にまで入れるなんて」
「世継ぎの君には世継ぎの君のお考えがあると思います。城塞を開けたことをお認めになられたとか。今度の宴も何か必要があったのでしょう」
イサは落ち着いた声で話す。セスがサリューの背を押す。イサもサリューの手を引き、後宮に向かう。
「イサ、あんた、腹が立たないの。お父さんを殺されたのに」
「父だけではありません。兄も死んだそうです」
振り向かず、淡々と話す。
「だったら……」
「早くお支度をなさいませ。髪も結いあげなければ、ばさばさですね」
「イサ!」
「とりあえず湯を用意しなければ。香油も使わなくてはなりません」
まっすぐ前を向いたまま、イサは歩き続ける。セスはきつい顔をしてサリューを押す。
「もう!」
無理やり湯につからされ、香油を塗られた。次に服の中に押し込まれるように着付けが進む。その間に髪の毛にブラシがかけられ、こてでカールが形作られて、頭の上にこんもりと盛り上げられる。
「口紅を注しますね」
「勝手にしたら」
何人もの女官に囲まれ、サリューはなすすべもない。珍しく兄貴面をするエクゥードにも腹が立つ。かといって城塞の中にいる軍隊を追い出せるほど、ルマイヤの兵は多くない。
「もっと協力してくださいませ。これでは手間がかかって仕方ありません」
イサにせかされても、サリューの怒りは解けない。自分が王子だったら、真っ先に剣を抜き、軍を指揮するのに。そう思うが、きついコルセットで息をするのも苦しい。
何枚も重ねられたチュールがふんわりと広がり、その上にレースを幾重にも縫いつけたスカートが乗る。上のブラウスの袖もレースがふんだんにつけられ、深紅の細いリボンがその上で踊っている。
「お綺麗ですよ」
セスが髪を結いあげながら感嘆の声を出す。ボリュームを出すための付け髪が足され、ますます頭の上が重くなる。
「うっとおしい」
手が取られ、付け爪が張り付けられる。大広間から王室付きの楽団の音が響いてくる。その中に軽やかなリュートが混じる。
「エドが弾いているのかな」
「さあ、確かに世継ぎの君自らの演奏であれば、南の指揮官たちへの格別の待遇でしょう。今はことを荒立てることはできませんからね」
「イサ、お前はそれでいいの」
「姫様がご臨席なされば南の軍はここを大人しく通り過ぎていくかもしれません」
悟り切ったように話すイサにサリューも口をつぐんだ。確かにことを荒立てても何の益もない。弱小国が生き残るには、戦わずに外交的手段をとる。それにはこの宴も一理ある。それでも、サリューは南の軍に対して営業的であっても、笑みを浮かべることはできそうにない。
南の軍を場内に引き入れ、舞踏会が開かれる。南の軍の指揮官たちを歓待すれば、少なくとも当面の争いは回避できるかもしれない。サリューは姫としてそれに出ていくのか。




