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第5章1

王家が支配し、白の教会の魔導士が魔法を使い、森に魔物が徘徊する世界。修行僧のイオは、成人のための修行の旅に出ていた。そこで城から抜け出して騎士の格好をしたサリューに命を救われ、道連れになる。城から追ってきた御付きの者たちに追いつかれ、城に連れ戻るために、まずは北の大国の首都にやってきた、そこでサリューは抜け出して王城に潜り込む。そこには嫁いで行った姉姫がいるのだ。久しぶりの再会に涙するサリュー。しかし、大陸には陰謀が渦巻いていた。北の国は王子の意に反した宰相が勝手に開戦して、西の国に攻め込んでいく。それを阻止するためにサリューは斎宮妃として西に親書を持って和平の特使として向かう。


 ミリティアに手配してもらった三匹の飛竜に乗って一行は北に向かった。飛竜ならば一直線にサザムに着けるはずだ。眼下には大河をはさんで軍隊が陣を張っていた。水量は多く、両軍の間に火矢は飛び交っていないが、かといって陣を引くこともない。

 森をなぎ払った谷間を飛んで行くと両側の森からワイバーンが現れ、行く手を塞ぐ。

「直進出来ない。迂回します」

 バロスが進路を変えた。

「そんな時間はないの」

「大丈夫、北上風を捕まえますから」

 そう言いながら手綱を引いた。森は切れず、飛竜は疲れて高度を下げる。

「どこかで休みましょう」

「こんな森の中で休んだら、魔物が出てくるんじゃないですか」

 イサが怯えた。

「とりあえず青の森へ」

 リアンがイサをなだめる。

「それは……」

 一行の遥か向こうに緑というより、青い塊が見えてくる。空を切り取ったかのような鮮やかな青色がこんもりと茂っている。

「空人の森だよ。魔物はあいつらを襲わないから、あそこにはこないはずだ。飛竜のために水場を探そう」

 が、平穏なはずの青の森の近くで空気を砕くような爆音がした。

「火を吐いたぞ」

 イオが叫ぶ。飛竜を喰らおうとするように、正面からワイバーンの群れが沸いた。

「せっかく北の地に入ったというのに」

 森を分断する街道を作られて、領土を侵害された魔物が、怒り狂っている。青の森は空人の森、普通ならワイバーンは近寄ることもしないはずだ。

「かわせ」

 バロスが叫ぶ。ワイバーンの火の球をかろうじてかわすが、あとからあとから、敵は増えていく。

「闇と魔族は違うはずでしょ」

「それは……」

 サリューに聞かれても、イオは答えを出せない。魔族と闇は違う。そう教えられた。闇は死の世界で、黄泉をつかさどる。魔族も人も死ねば黄泉に沈む。イオたちは闇に追われてきた。西の領土を出る時も、黄泉人という、半分溶けたような死人に追われた。闇の住人のグールも出没した。が、闇はワイバーンを使わないはずだ。

 闇の王は西の領土ではアンテッドの王でもあった。飛竜の空飛ぶ速さはそのアンテッドの追撃をかわすだけの速さを持っていた。なんとかまいてようやく北の地に入った途端、ワイバーンの群れだ。

「これ以上、飛竜に無理はさせられない」

 バロスが怒鳴る。もともとアンテッドの攻撃をかいくぐり、かなり疲れている。森に降りることもできず、翼が時々、震えている。

「早く青の森に入るんだ」

 リアンが森を指さす。

「あれは……」

 サリューは目を疑った。際立つ青色が、夜目にも鮮やかに輝いている。

「姫、向かいますよ」

 バロスが手綱を引き、イオもそれに続く。

「あれが青の森、空人の住処なのね」

 青の森に逃げ込んだ。この森の中に、ワイバーンは追ってこないはずだ。本来なら。

「なんで、付いてくるのよ」

 サリューが振り向いて怒鳴る。ワイバーンは青の森の奥まで追ってくる。飛竜の上で使える武器といえば、長槍くらいだ。それ以外はイオの法力がかろうじて使えるだけで、サリューの剣は飛び交うワイバーンまで届かない。届くところまで近づくことは危険が多い。

 青の森の中をワイバーンは木の葉や枝を散らしながら飛び交う。吐き出す火の球は木に当たり、多くの火の粉を散らす。

「火事にならないの」

 不思議と青い木は燃え上がらない。せいぜい木の葉や、枝が燃え落ちるだけだが、ワイバーンがぶつかると、無傷では済まず、大きく裂け、倒れる木もある。木の間を逃げ回っていた飛竜は徐々に力尽きていく。夜の闇は飛竜には不利になる。ワイバーンと違って飛竜は夜目が利かない。バロスの飛竜が火の球を受け、よろめくように地面に降りて行く。

「そんな、姫様を、姫様を守らなきゃいけないのに」

 イサは気が気ではない。リアンが長槍を振り回しているとはいえ、相手の数は多い。青の森には魔物がいない。そう聞いていた、だからここに逃げ込めば大丈夫だと思っていたのに、ワイバーンは追撃を止めない。飛び回る飛竜の背で、イサはサリューを見ていた。木の葉のように舞う飛竜、なんとかイオが法力を出しているが、ワイバーンはサリューの飛竜を狙っている。

「神様、姫様を守って」

 何度も祈る。

「イサ、君は姫さんのことばかりだね」

「だって姫様を守るのが私の仕事だもの。私の使命よ」

「イサ、君は誰に守られたい」

 ひゅんと槍を振るいながら、リアンは呟く。

「え……」

 半分、聞き取れず聞き返す。

「何……」

 とたん、天上の楽奏のような神々しい声が鳴り響く。

「出て行け……」

 皆が音の方を見上げる。ワイバーンですら、奇声を上げることなく、その首を上に伸ばす。

「誰……」

 サリューも見上げた。そこには薄水色の球体につかまってゆっくりと降りる大勢の人の姿があった。抜けるように白い肌、金色に輝く長いまっすぐの髪、男なのか、女なのかわからないほど美しいその面立ち。老人は髭のあるなしで男かどうかわかるが、若い人はまるで精巧な人形のように一部の隙もないほど完璧な造形をしている。

「あなたたち、空人なの」

 サリューは初めて見る空人の姿に呆然とした。

「出て行け」

 空を振動させて木霊する空人の言葉に、ワイバーンは翼を翻して飛び去った。イオとリアンも飛竜を御しきれなくなり、地に降りた。周りにはワイバーンの火の球を受けて落ちた枝葉が燃え尽きて黒い煙を上げていた。その燃えカスに空虫が放つ柔らかな光が降り注ぐ。

「出て行け、この森から」

「お願い。手を貸して」

 サリューは飛竜から降りて、空人に向かって叫んだ。

「あたしたちはサザムの都に行かなくちゃいけないの。それも急いで。今、西と北は戦いを始めようとしている。それを止めなきゃ」

「しょせん、人の戦いだ」

 空人の長らしき長いひげの男が、ゆっくりと降りてきた。

「大陸が戦いの地になってしまうのよ。だから……」

「我らには関係がない。それらは早く森を出ろ」

「それって……」

 サリューはそれが何を指しているのか、判らない。

「それって、何よ」

「それはそれだ」

 長は持っていた長い杖でサリューを指した。

「サリュー、空人は人のことを自分たちと同列だと思っていないんだ。だから物扱いなんだよ。そう聞いたことがある」

 イオが横から囁いた。

「何、それって、じゃあ、あたしが『それ』なの」

「空人さんよ、戦いがおっぱじまったら、あんたらも困るんじゃねぇか」

 リアンが斜に構えた。

「銀色のそれ、無用な物言いだ。我らは魔族とも人ともかかわりを持たん。我らは我らだけだ。他がどうなっても知ったことか。それらが喰い合うのなら、見ているだけだ」

「そんな、あなたたちだって、戦いが始まれば森が焼かれてしまうのよ」

「我らの森は我らで守る。我らは森さえ守れればいい」

 見下ろす目に何の表情もない。

「そんな……」

 その眼の虚無に、サリューはひるんだ。

「出て行け」

 いくつもの声がこだまになって鳴り響く。

「空人の方々、我らの竜は傷ついている。今夜、ここに宿営することをお許しいただきたい」

 バロスが進み出て口上を述べた。

「それは騎士か、今夜は仕方がない。だが見たところ、その飛竜、一晩くらいでは傷が癒えることはないだろう。たとえ、明日、飛びたてるとしても、今、ワイバーンの気が立っている」

「どういうことですか」

「西と北を分ける尾根の森を開いたものがいる。ワイバーンたちどもは怒っている。あの地はやつらの営巣地だからな。卵や雛を皆殺しにされ、奴らは怒りに我を忘れている。その怒りが森から森に伝わって、飛ぶ物、すべてを襲う。それらが飛竜を使えば、群れになって襲いかかるだろう」

 空人は嘲笑うように話す。

「そんな、飛竜が飛べなきゃ、サザムにつくのに時間がかかっちゃう」

 サリューは悲痛な声を出した。今、とにかく時間がない。早く西の凶状を伝えなくては、戦いが起こってしまう。何としてもそれだけは止めなくてはいけない。

「伝書を飛ばしましょう。どこか近くの教会に頼んで」

 セスがサリューをなだめる。

「それら、ここは街道から遥か外れた場所だ。魔の森のふもとにあり、街道は人の足で行き着けるところではないぞ」

 言われてイサがペタンと座り込んだ。ここまで来て万策尽きはてた。人と関わりを持たない空人は見下したかの様に一瞥すると、空虫につかまって森の上に飛び去って行く。地面には新月から一日たっただけの細い弧のような月が、僅かな光を落しているだけだ。

「火でも焚くか。夜は冷えるぜ。お姫さんは腹出して寝ると、風邪ひくんだろう」

 リアンが枯れ枝を拾い始めた。

「な、何を言うのよ。あたしがいつ、おなか出して寝たっていうの」

「だって、イサがそう言ってたぜ」

「イサ、酷い。そんなこと言ったの」

「え、でもあたしは姫様が寝相が悪いなんて言ってませんよ」

「あれは違うの。イサがお布団の上に、毛布を何枚もかけるから、暑くってどかしただけじゃない」

「でもお布団まで全部蹴っ飛ばしてしまうことはないと思いますが……」

「イサだって、お布団、着てないじゃない」

「姫様よりましです」

 イオは二人を見ていたが、リアンと共に薪を拾い始めた。セスは飛竜の手当をしていたが、表情は暗い。バロスが黙々と野営の場所の草をなぎ払っていた。



西の国は闇に飲まれていた。西に嫁いでいたミリティアから北との話し合いを頼まれたサリューは、西に向けて旅立つが、ワイバーンが襲ってきて、飛龍が傷ついてしまい、北に向かう手段を失う。戦いは続く、それを止める手段はどこにあるのか。

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