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第4章3

王家が支配し、白の教会の魔導士が魔法を使い、森に魔物が徘徊する世界。修行僧のイオは成人のための修行の旅に出ていた。行き倒れ他がそこを修行の騎士と称するサリューに助けられ、道連れとなった。サリューは一国の姫で、城を勝手に抜け出してきたのだ。城からの御付きの者たち捕まり、城に戻るべく、北の大国の首都に向かい、そこで自国の隊商に合流して帰国する算段をしていた。が、サリューはまた抜け出し、王城に潜り込んだ。サリューは嫁いだ姉姫に会いたかったのだ。姉姫に会えたのも束の間、大陸に戦争が始まる。戦争を治めるための特使になったサリューは、西の国に向かう。


 二日目の夕刻、アリ・ルマイヤの都についた。広く豪壮な街並みはサザムと変わらないが、夕陽に彩られた街はまるで血の海に沈む墓石の列を思わせた。

「ミリティアお姉様にこの都は似つかわしくない」

 サリューは珍しく沈んだ声で呟いた。

「ミリティア様って」

「二番目のお姉様なの。花や木が大好きで、いつも華やかなお姉様。ミリティアお姉様がいるところはいつでもいい香りがして、笑い声が溢れていた。白っぽい金髪は綿菓子みたいにくるくる巻いていて、水色の瞳は川のせせらぎのよう。あのお姉様にこの暗い城はふさわしくない」

 イオはサザムの王宮の離宮で見たタペストリーを思い出していた。ひときわ明るい色調の少女の姿があった。それがミリティアなのだろう。四人の少女の中で一番煌びやかで艶やかな姫だ。そこにいるだけで周りが明るくなる、そんな空気を纏っていた。いまにも踊りだしそうな細く長い手足が可憐だった。

「暗いよね、あのお城」

 サリューが睨みつける。

「怖気づいたのか」

「まさか、行くわよ。正面から乗り込んでやるわ」

 アクワが開門を要求すると、低い耳障りな音を立てて、城門がゆっくりと開いた。いましがた雨に降られた石像が黒く光る中、一同は王宮に進む。左右に居並ぶのはごつごつした鎧を着込んだ重歩兵たちだ。分厚い大鉈を捧げている。

「斎宮サリュキュリア。西の王、ガルディアス様に会いに来ました」

 王宮の前でサリューは怒鳴った。

「背後の兵は北のエル・ルマイヤの近衛兵ではないか」

 衛士の長らしき男が返す。

「私は北の王子サルバドス様の特使です。和平の親書を持っています」

 サリューが紋章を蝋封した紙筒を見せた。衛士たちの協議している声がする。しばらくして儀礼服を着た男たちが王宮の扉を開けて出てきた。

「姫君、遠路、お疲れのことと思います。お休みの部屋をしつらえました」

「いいえ、直接、ガルディアス様にお会いしたいの。取り次いでくれますか」

「御意のままに」

 男たちはへりくだり、先に立って歩いていく。衛士が見送り、一行は家人に連れられて、城の奥に進んだ。もう既に陽は落ちていた。回廊に松明は少なく、足元さえ暗くて見にくい。回廊の脇には彫像が並んでいたが、闇に沈んでいる。先をゆく家人の背中が頼りだ。回廊は長く、果てがないように思えた。

「生臭い」

 イオが足を止めた。

「どうしたの」

「サリュー、止まって、ここはおかしい」

 イオは印を組み、呪文を唱えた。パアーンと光が満ちた。回廊の隅々まで光が満ちる。そこにはおびただしい数のグール(死肉を喰らう鬼)の彫像が並んでいた。回廊は緩やかに地下へと降りていく。

「王に会わせないつもり」

 サリューは家人を問い詰めた。つもりだったが、家人はふわりと消えた。パラパラと音がする。光に照らされたグールの像の表面が剥がれ落ちていく。

「戻れ」

 バロスが剣を抜く。一行にグールが襲いかかった。それだけではない。地下から裂けた口を持つ爬虫や、十二本の足を持つ巨大なクモが湧き出してきた。

「姫をお守りするんだ」

 アクワが騎士を鼓舞してサリューの前に立つ。イサが持っていた剣をサリューに渡し、自らも剣を抜く。

「こん畜生、斎宮を馬鹿にして」

 サリューはさっと腕を上げる。

「イオ、あの天井を吹き飛ばして」

「そんな事をしたら……」

「あっちよ。足音が聞こえたの。きっとあの上は部屋になっているわ。早く」

 言われてイオは印を組み、力を放つ。重い石組に亀裂ができ、どさっと地響きを立てて落ちる。

「もっと」

 サリューに言われて力を出す。次々と岩が落ちて、アクワたちの前に石の壁ができた。がれきや岩が回廊を埋め、グールは足止めになった。天井にぽっかりと大穴があき、そこから煌々と松明の光が降り注ぐ。

「行くわよ」

 瓦礫を登って上に出る。大広間だ。床の大穴の周りに貴族たちが輪になって集まっている。

「王はどっちよ」

 舞踏会の最中らしかった。楽団が楽器を構えることも忘れて目だけを奥に向ける。

「あんたが王ね」

 サリューはずかずかと近づいた。

「サリュー、相手は王様だよ。もっと言葉使いを」

「うるさい。王様、ずいぶんのお出迎え、この国のおもてなしってあんなもんなの」

 大広間の奥に置かれた玉座に一人の男が退屈そうに座っていた。サリューはここの王を知っているはずだった。ミリティア姫が嫁ぐ際に、勅使が西の王家の家族図のタペストリーを持ってきた。三人の長身の王子に囲まれた穏やかな夫婦が描かれていた。王は豊かなこげ茶色の髪を束ね、恰幅のいい体つきだったが、その顔は穏やかな微笑を浮かべていた。しかし、今、玉座にいる男にはその穏やかさが微塵もない。顔付き、体つきはそのままだが、受ける印象は全く違う。

「これは斎宮姫。三の王子のしとやかな嫁の妹とは思えぬじゃじゃ馬ぶりだ。賑やかな舞踏会に水を差す気か」

「これが楽しい宴とでもいうの」

 周りに集まる貴族たちは、一応、宴の装いをしていたが、その顔には囚人のような脅えが滲んでいた。

「ああ、私は楽しいことが好きでね。皆が踊っている様を見るのがささやかな憩いだ。用もないのに邪魔をするな」

「あたしは北の王の特使としてここに来たの。衛士にもそう伝えたわ。それなのにグールを差し向けるなんて、盟約はどうしたの」

 怒鳴る。

「盟約、そんな古いカビの生えたものなど、とうの昔に破棄したわ。冥界のアンテッド(闇の死人)に喰わせてしまった」

「そんな、死の世界の蓋を開けたとでも言うの」

 サリューは王を見つめた。肖像画とは似ても似つかぬその姿。白髪交じりだった茶色の髪は黒々と逆巻き、顔を覆い尽くす勢いの髭は床まで伸びている。目は底知れぬ闇のように黒く、肌には血の気がない。自国の貴族たちですら恐れおののいているのか、近寄ろうとせず、遠巻きに見ている。玉座の周りにいるのは重い斧を持つ鈍重な歩兵だ。

 クリスタルのシャンデリアからかけらが一つ、落ちて砕けた。

 張り詰めていた空気が割れるかのように、貴族たちが回廊に逃げ出す。と同時にグールが現れた。

「親書が見えないの。西の国への正式の親書よ。和平のための盟約を締結したいって言ってるのよ」

 サリューは筒をかざした。闇がサリューにまとわりつき、筒に絡みつく。サリューは必死で筒を握ると、叫んだ。

「闇に国を売る気なの」

 狂気に縁どられた笑いが響いた。

「光が勝手に動くから闇が力を持つのだよ」

 おぞましい声が地を這う。かつて肖像画の中で穏やかな微笑みを浮かべていた王は、闇の代理人になっていた。サリューはあたりを見回す。回廊で震えている貴族たちの中に王子たちの姿はない。王子妃のミリティアの姿も見つけることが出来ない。

「姫、ここは一旦引きます」

 アクワとバロスが楯になってグールの攻撃を止める隙に、イオがサリューの手を引き走りだした。

「ウオー」

 リアンが長槍を振り回し、先陣を切った。一同は大広間を走り抜ける。爬虫やグールが襲いかかる。それを切り倒しながら出口へと進む。扉の前に衛士たちが大鉈を構えている。

「開け」

 イオが怒鳴りながら両手を突き出し、力を出した。爆音とともに左右に開くが、半獣人が群れとなって襲いかかる。近衛兵の白銀の鎧に黒い毛むくじゃらの手が掛かる。

「ひるむな。姫を守れ」

「あたしはいい。みんな早く逃げて」

 が、誰も出口に来ない。サリューは振り向いて大広間を見た。イオとリアンは脇についている。イサとセスがバロスに守られながら走ってくる。しかし近衛兵は広間の中央で半獣人やグールと切り合っていた。

「早く逃げて」

 サリューが怒鳴る。

 アクワがサリューにほほ笑んだ。

「西が闇に喰われたことを、サルバドス殿下にお伝えを」

 アクワ達にグールが襲う。後から後から湧きだす魔物をアクワ達がせき止めていた。

「逃げてください」

「いや……」

 アクワはサリュー達を逃がすために残ろうとしている。

「サリュー、行こう」

 イオがややもすれば立ち止まろうとするサリューの手をひっぱる。白いなにかが前に踊り出た。イサが剣を構えると、それは立ち止まる。白いものは貴族の娘だった。

「姉姫様はここから北に行った先の教会に隠れておいでです。早く逃げてください」

 娘の背後から重騎兵が現れた。

「裏切り者が」

剣を振るう。

「ダメ、止めて」

 サリューが叫ぶが重騎兵が聞くはずがない。大鉈のような重い剣が振り下ろされる。

「姫様、逃げて」

 そう叫んだ娘が倒れた。

「……」

 初めて人の死を間近に見た。すくんで身動きができなくなるサリューをイオが無理に引っ張る。

「バロス殿は姫を」

 アクワが怒鳴った。

「貴殿は」

「姫君を守れと我が君が。だから我らはここを引き受ける」

 すでに近衛兵の半数が血の海に沈んでいた。

「お急ぎを」

 アクワに言われバロスは大広間を走り抜ける。と、近衛兵は扉を内側から閉めた。

「ダメ、イオ、扉を開けて」

「行くんだ、あの人たちは楯になろうとしている」

 サリューは絶望の中で遁走した。

西の国は闇に堕ちていた。光を勝手に動かしたため、闇が湧き出してきたのだ。それもまたメンターアダマの策謀か?窮地に落ち込んだサリューたち。戦争を止める手段はあるのか。

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