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第4章1

王家が支配し、白の教会の魔導士が魔法を操り、森に魔物が徘徊する世界。修行僧のイオは、成人のための修行の旅に出ていた。途中行き倒れたが騎士を名乗るサリューに助けられ、道連れとなる。そのサリューは一国の姫で、城を抜け出していたのだ。追って来た城の者たちと城に戻るため、北の大国エルルマイヤの首都に滞在したが、またもサリューは抜け出してしまう。サリューは、嫁いで行った姉姫に会いたかったのだ。王城に忍び込み、ようやく姉姫に会えたのも束の間、大陸で戦争が始まってしまう。


 北と西の間にある山脈は険しくそびえる壁のようだが、一枚の壁ではない。一部は低くなり、緩やかな稜線を描いたり、深い谷になっている。その谷の木がなぎ倒され、森が途切れていた。

「これは……」

 イオたちは絶句した。谷にはあるはずの高い木がない。低い木がほんの少しと、茂みや灌木が茂るだけで、秋の日の下、はるか先まで見通せる。

「誰かが森を貫く力を出したのでしょうか」

 セスが倒れた木々を見て言う。それは生半可の力ではない。山の連なりの途切れたところだとはいえ、深い森をえぐるように幅の広い道が出来ていた。そこに真新しい鄭鉄の跡や、車輪の轍がある。

「まだ新しい。軍がここを通って、間がないのでしょう。戦いは始まっていないかもしれません。急ぎます」

 アクワが馬から降りて土を見て言った。

「まあ、これ以上、揺れるのですね。姫様、しっかり椅子におつかまり下さい。振り飛ばされてしまいます」

「それはイサの方よ。もう何度転んだことか」

 王子が仕立ててくれた馬車はエル・ルマイヤの王家の紋章のついた豪華なものだったが、悪路を走っているので、乗り心地はすこぶる悪い。だからと言って悠長な旅ができる状況ではない。少しでも早く、戦いが始まらないうちに和平を締結したかったが、そんな希望は打ち砕かれた。

山脈を抜けたところで両軍は川をはさんで対峙していた。川が増水して直接は剣を交えることが出来ないが、火矢を放ち、投石機を使っての戦いが始まっている。

「止めて」

 サリューは戦いの中に飛び出した。

「西との戦いをやめて。大陸を戦場にしたいの」

 対岸からくる火矢の中を、声を張り上げて走り抜ける。距離があるので対岸からの矢の速さはそれほどないが、当たればただではすまない。脇をイオが走る。印を結び、法力で矢を落とす。反対の脇をリアンが沿う。サルバドスから貰った長槍を振り回し、矢を叩き落とす。この槍をリアンは気に入ったらしく、リュートを背負い、槍を優雅に回して矢をなぎ払っている。

「止めてって言ってるでしょ」

「どけ、小娘、戦いの場所にしゃしゃり出てくるな」

 司令官らしき男が怒鳴る。王子の近衛兵はサリューの行動力のすごさに出遅れたが、ようやく追い付く。

「軍を引け、殿下は戦いを望んでおられぬ」

 アクワが叫んだ。

「これはアクワ殿。そんなはずはない。ここに王子様に全権を委譲されている摂政ゾルバス様の勅令がある」

 軍の司令官がやり返す。周りには矢が飛び交い、石礫が降り注ぐ。イオは両の手を突き出し、力の天蓋を作る。天蓋はサリューの上を覆い、広がってあたりを守った。その隙に一直線に矢の届かない奥の陣営に走り込む。

「止めて、戦いをやめてってば。あたしは休戦の話し合いに来た斎宮なんだから。皆、弓を降ろして」

「斎宮が、こんな戦場に」

「まさか、来るわけない」

「姫だぜ。本物かよ」

 口々に懐疑の言葉を出す。

「勅令よ」

 さっと紙筒を出す。王家の紋章を蝋に刻印した正式のものだ。

「あたしが王子様に頼まれたんだから」

「あなた様は」

 司令官がサリューの勢いに押されてまともな物言いをした。兵も引く。騎士すらサリューの前で剣を下げ、槍を上げた。

「あたしはルマイヤの四の姫、サリュキュリア。エル・ルマイヤのサルバドス王子の勅令を持ってきたの」

「姫君」

 兵がひれ伏し、騎士が片膝をついて蹲踞の姿勢を取った。司令官も恭しく礼をする。

「しかし、もう既に戦いは始まっているのですよ。西が弓を止めない限り、我々もやめるわけにはいかないのです」

 確かに矢が両軍を行きかい、戦争の火はすでに燃え上がっていた。

「王子様は戦いを望んでいないの」

「しかし、私どもも殿下の勅令を……」

「誰にもらったの」

「摂政殿から、あの方が殿下から全権委任されたとか」

「違うの。あたしは斎宮なのよ。遥かなる創世からの王や王妃の知を引き継ぐもの。そのあたしが勅令の真偽を見誤るわけないの」

 サリューは王子から渡された紙筒を取りだした。

「王子様の蝋封よ。いくら華美に飾ったところで偽物には力がないんだから」

 あわてて司令官が上着の中から書筒を出す。

「ボワン……」

 司令官の筒がはじけ飛んだ。

「こ、これは……」

 兵士たちが目を見張った。いま燦然とサリューの持つ紙筒が光りだす。

「勅令は重いの」

 宣言するようにサリューが言い放つ。イオの背筋にぞくぞくと熱い何かが走った。見るとリアンの髪留めが外れ、銀の髪が炎のように波打っている。イオはサリューの豪胆さに畏怖の念を感じた。彼女の持つ威厳と強さが、人の心をつかむ。まるで楽団員が指揮者のタクトに心を吸い寄せられるかの様に、サリューはその存在で人を魅了する。

「いいわ、だったら、河を渡って西の国に頼むから。そこをどいて」

 渡河するための船が岸辺に置かれていた。

「無理です。季節はずれの大雨で河は渡れません。我々だって向こうに行きたいのに、行けないんです」

 騎士が止めるが、サリューは船を押す。あわててイオとリアンが手をかけると、近衛兵が手を貸す。

「勝算はあるのですか、姫」

「ないわよ」

「大丈夫だって、おれが付いてる」

 リアンが手を振る。

「頼るからね」

 サリューは言うなりひらっと船に乗る。

「おうよ」

 リアンが続く。

「おれだって」

 あわててイオが乗り込む。

「姫、我らも」

 アクワ以下、近衛兵が船を押し、その間にバロス達が飛び乗る。近衛兵が乗り始めると、兵士が船を押した。

「お前たちは」

「姫様、戦いを止めてください」

「御武運を」

 兵や騎士が口々に祈りの言葉をかける。船はその中を川に進み出た。

「川の神さん、機嫌を直せよ」

 リアンがリュートをかき鳴らすと、泡立つ川の流れが、船の周りだけ静かになった。

「魔法か……」

 アクワが漏らす。

「へぇ、便利ね。川もあんたの音色が気に入ったのね」

エルルマイヤの王子の信書を持って西の国を目指すサリュー。そこに何が待ち構えているのか。巨大な魔法を使う何かが、この陰謀の影にいる。彼らの行く末はいかに。

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