第3章8
王家が支配し、白の教会の魔導士が魔法を操る世界。修行僧のイオは成人のための修行の旅に出ていた。途中行き倒れることもあったが道連れになった同じく修行中の騎士を名乗るサリューと共に旅を続けた。困窮の旅であったが、なんとか続けていた矢先、サリューを追って来た者たちに捕まった。サリューは一国の姫で城を抜け出していたのだ。サリューを城に戻すために旅の行き先が変わったが、イオはそれに同行する。北の国エルルマイヤの首都で教会の保護を受けていたが、そこからサリューは抜け出した。それを追うイオ。
王城の外庭は市民にも開放されていた。きらびやかに装った裕福な商人や、職人たちが、この日ばかりは堂々と城に上がれる。もっと庶民でも長いドレス、形ばかりの上着があれば城内に上がることができる。どこの王宮でも祝いの宴には外庭を解放し、市民の祝福を受ける習わしになっている。サリューは騎士の格好で王城に潜り込んだ。
外庭は人であふれていた。豊かな国を象徴するように、あふれんばかりの料理と酒が随所に置かれたテーブルにこんもりとした山を作っている。王室の給仕や、この日ばかり雇われた城下のレストランの給仕が人々の間を行きかい、料理を追加したり酒を運んでいる。
「豊かだわ」
サリューは興奮して人々の間をきょろきょろとあたりを見回しながら進んでいた。ルマイヤでも同様の舞踏会はあるのだが、そこに並べられる食事は簡素なもので、市民の服装もこれほど豪華ではない。
「まずはお姉様のいる後宮に入り込まなきゃ」
そう思うがそれは簡単ではない。なんとか給仕の後を追って建物の中に入り込み、貴族の一行を見つけた。舞踏会の会場に入るには衛士の前を通る。いくら開かれた宴でも市井の庶民を城の奥まで招待するわけではない。王宮は貴族以上の人のみ入ることができる。衛士は自国の貴族の顔を覚えているだろう。サリューが衛士の前を通ることは難しいが、随行員なら怪しまれないはずだ。サリューは貴族の随行員の中に紛れ込み何とか城内に潜り込んだ。
誰かが腕をつかむ。ばれたと、思わず硬直した。
「サリュー、なんて無茶するんだよ」
イオも潜り込みに成功していた。宴の席に見習い僧は入れないが、イオもサリュー同様外庭まできて中に入れず困っていたところに、ここに招かれた枢機卿の一行を見つけてその列の最後にくっついて中に入った。
「なんだ、イオか」
「セスさんたちが心配するよ。ほら、これを被って。そんな恰好じゃ目立ってしまう」
イオは修行僧のための魔法使いのローブを脱いでサリューに渡した。サリューの着ている騎士の服装は高貴な赤紫の刺繍が施されている。数少ない大貴族か王族にしか赦されていないものだ。暗闇なら目立たないが、松明やろうそくで明るくなっている大広間では、サリューの正体がばれてしまう。さすがにそれを指摘されて、サリューも大人しくローブをはおるしかない。
「さあ、帰ろう」
「いや、お姉様に会うの」
頑として譲らない。ここで騒ぎを起こしても困るし、かといって一国の姫が他国の舞踏会に勝手に入っていくなど、大問題だ。サリューはどんどん中に入っていく。イオも仕方なくその後に続いた。
ここまで来ると中の人々の服装は、外庭の人に比べようもなく豪奢できらびやかだ。飾り立てられた髪は高く結いあげられ、宝玉のついた髪飾りでまとめられている。胸元には大きな宝石がろうそくの光を受けて瞬いている。
大広間は壁の随所に松明と多くのロウソクが焚かれ、水晶がふんだんに使われた大きなシャンデリアがいくつも下がっている。大きな窓と広いテラス、壁には大きな鏡がはめ込まれ、むせかえるほどの花が飾られていた。そのフロアーをきらびやかに着飾った貴族や貴婦人が音楽に合わせて優雅に踊っている。
「すごい人ね」
サリューはイオの心配をよそに王宮の艶やかな宴に心を奪われていた。幾重にも重ねてつけられたレースで飾られたスカートがひらひらと舞う。貴婦人達の宝玉が、こぼれるような光を撒き散らし、騎士たちのマントのビロードが艶やかな光沢を放つ。貴婦人の絹がろうそくの火を受けて眩く光る。
見習い僧のローブの頭巾を目深に降ろしているものの、サリューの目は着飾った客たちに釘づけになっていた。ルマイヤの王宮だってたまには舞踏会を催すことはある。しかし集まる人数は少ないし、大広間はもっと狭い。ましてやクリスタルのシャンデリアはなく、ろうそくの光の下で、簡素に行われる。それがどうだ。飾り立てた貴族、貴婦人がその豪華さを競っている。
「いいなあ、あんなもの、あたしは持っていない」
一国の姫でさえ持っていないようなものを、大勢の貴族が絢爛豪華に着飾っている。
「大きな国だからね」
「国が大きければあんなものがもてるの。貧しい人もいっぱいいたのに」
「さあ……」
二人は壁際を移動しつつ、姉姫を探した。人が多く、なかなか見通せない。
「どんな人なんだ。君のお姉様って」
「綺麗な人よ。すっごく綺麗なの。金色に茶色を混ぜたような髪の毛は艶やかで波打って腰に届くくらい長い。深い湖のようなすみれ色の瞳。抜けるような白い肌、そんなことより、一番素敵なのは、とっても優しくて温かい人なの。私のお母様代わりになってくれて、ずっとそばにいてくれたんだよ。判るでしょ」
判らない。サリューの説明にイオはため息をついた。それでは探しようがない。金髪、すみれ色の瞳などありふれた組み合わせだ。イオは姫姉様探しをサリューに任せて、自分はサリューの正体がばれない様にガードすることに徹した。
曲が終わり、踊っている人が入れ替わったが、姫姉様は見つからない。
「おっかしいな。王主催の舞踏会に王妃が出ないはずはないのに」
「テラスとか、庭の方かな」
二人は壁に張り付くようにしてテラスに移動する。しかし、いないので庭に降りていった。そこにも大勢の貴族、貴婦人が贅を競うような艶やかな服装で立ち話をしていた。まだ秋に入っていくらも経っていない。夜はやや涼しくなったとはいえ、夜会をするのに差し障るほどではない。むしろ踊りで火照った体にはその涼しい風が心地いい。大勢の招待客たちが数人づつ固まっておしゃべりに打ち興じている。給仕の男たちがその中を縫うように酒を運んでいる。サリューはその一人を捕まえて尋ねた。
「王妃様はどちらにおいででしょう」
「王妃様はもう随分前に亡くなられましたよ」
あ、と舌打ちする。サリューでもエル・ルマイヤの王妃が、かなり前に亡くなったと聞いていた。王は二年前に亡くなり、戴冠の儀式が先延ばしになっているため、王は空位のままだ。姉姫は王子に嫁いでいるのだ。正確には王太子妃だ。
「いえ、王太子妃様です。申し訳ありません。どちらにおいでですか」
「王子様はまだ御結婚なさっていませんよ。王太子妃候補者はいっぱいおいでになりますが」
サリューは呆然と突っ立っていた。ローブの頭巾の中で顔が怒りで真っ赤になっていく。給仕は変な顔をしたが、何事もないように他の客に酒を運ぶ。イオはサリューを木陰に押し込んだ。
「もう帰ろうよ」
「おかしいわよ。確かにお姉様はここに嫁いだのよ。二番目の王子様の所に。隊商の話では、一番目の王子様は今年の初め、風邪をこじらせて亡くなられたので、二番目の王子様が世継ぎになったの。だからお姉様が王太子妃なの」
「だから……」
それが本当ならば、宴の中心にいるはずだ。サリューの話にこの宴は符合しない。
「本当なんだから」
「でもこんな大国と君の国とは釣り合わないんじゃないかと……」
イオは成人修行の初めにルマイヤを通って北の国エル・ルマイヤに来た。ルマイヤの城や街の様子は見ている。
「うるさい、うるさい。確かにあたしが小さい頃からこの結婚は決まっていたの。三年前に正式の勅使が来て、お姉様は婚礼の馬車に乗って出かけたの」
「でも、王子は結婚していないって、さっき……」
「だからそれが嘘なのよ。何かの勘違い」
「君の間違いってことは……」
「ない。あるわけないでしょ。もう、こうなったらここの王子に直談判してやる」
脱兎のごとくサリューは飛び出した。この行動力にあっけにとられたイオだったが、ここでサリューの正体がばれたら、国家問題になる。メンター・マーリオがイオに姫を追うように言ったのは、ことをあら立てず、サリューをつれ戻すためだろう。イオはあわてて後を追う。
ひときわ華やかな女性たちに囲まれた若者がいた。優美で背が高い男だ。その姿をサリューは知っている。かつて勅使が持ってきた肖像画の人物だ。
「王子だわ」
サリューは庭を横切ってどんどん近付くが、その手前でイオに捕まえられた。
「こんな所で騒ぎを起こしたらどうするんだよ」
「騒ぎじゃないわ。ちょっと聞くだけよ」
二人とも小声のやり取りである。楽団の演奏で何とかまぎれているが、舞踏会にそぐわない修行僧の存在はかなり浮いている。
「あれは……」
王子が二人を眼で追う。と、脇から貴族の娘が品を作って話しかける。
「殿下。父が自分の兵を王軍に組み入れたいと申しておりますの」
「あら、私の父は職工を総動員させて剣や楯を作らせておりますわ。月末には一万の兵のための甲冑も届きます」
「いえ、私の父の方が……」
口々に王子の気を引こうと献上品の中身を口にする。王子の目の端に広場の植え込みの奥にサリューを押し込もうとするイオの背が映っていた。
「そろそろ夜も更けました。この舞踏会はこれでお開きにしましょう。また会えることを楽しみにしていますよ」
王子はにこやかに言い放つと、家人たちが招待客を出口へと案内する。貴族の娘たちは名残惜しそうに王子の周りにまとわりつくが、王子は恭しく一礼をすると、踵を返してすたすたと庭の奥に進む。それを機に、娘たちは諦めて出口に向かう。
「さて、そこの見習い僧君」
無理やりサリューを押し込め、イオもまた潜り込んだ植込みの前で王子は立ち止まった。
「出てこないか」
イオの血が引く。出るに出られない。かといってもう既に見つかっている。王子はくすくすと笑うとなおも茂みに近寄った。
「足がはみ出しているよ」
情けないことにイオはサリューを押し込むことに手がいっぱいで、自分がきちんと木立の中に潜り込んでいなかったことに気が回らなかった。仕方なしにイオはごそごそと茂みからはいずり出て、蹲踞の姿勢を取った。サリューにはまだ茂みの中で隠れているように手で制して。
「申し訳ありません。主人のお供で舞踏会に参りましたが、見とれているうちにはぐれてしまいました。平に御容赦くださいませ」
「そうだね、どうしようか。野ネズミはもう一匹、いるようだし」
しっかりばれている。イオの顔からどっと冷や汗が吹き出した。ここに至ってサリューも自分の立場にうろたえる。さっとあたりを伺う。家人や衛士は舞踏会の後片付けで忙しそうに立ち働いている。
「家人を呼んでもいいんだよ」
ひたすら困る。家人がやってきてローブが剥ぎ取られたら、サリューの正体がばれてしまいかねない。サリューは仕方なく茂みから這い出た。
「申し訳ありません。すぐお暇いたしますゆえ」
イオが頭を下げる。サリューといえばことの事態に茂みから出たはいいが、何をすればいいかわからず、立ち尽くす。
「そこの君は蹲踞の仕方も知らないのかい」
にやりと笑って王子が言う。サリューはあわてて膝をつけるが、さて、正式にはどんな格好なのか知らない。手をどこにつけるのだろう。しかし手本にすべきイオはサリューのまん前にいるので、サリューの位置からは背中しか見えず、座っていることくらいしかわからない。
「判った。意地悪をしても仕方がないね。さ、ついておいで」
王子は優しく笑うと池の方に向かう。奥に小さな離宮があった。ひっそりとした小さな姫宮だ。王家の紋章がなければ、女官の館といわれても信じてしまいそうだ。王子はその館のドアを自分で開けた。
「取次の者はいないのかな」
王宮の豪華さに比べるとはるかにつつましい。イオがいぶかりながらついていく。
舞踏会でイオたちを見つけた王子。彼が誘った館とは。サリューは姉姫に会えるのだろうか。




