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第3章7

王家が支配し、白の協会の魔導士が魔法を操り、魔物が徘徊する世界。修行僧のイオは成人の修行の旅に出ていた。道中、道連れになった修行の騎士と称するサリューに出会う。2人で困窮の旅を続けていたが、サリューを追いかけて来た者たちに捕まってしまう。サリューは一国の姫で城を抜け出してきたのだ。サリューを城に届けることになり、旅の目的は変わったがイオは同行する。次から次に騒動に巻き込まれる一行だったが、今度はサリーが騒動を起こす。逃げ出したのだ。


「マーリオ様」

 イオは久しぶりにメンター・マーリオに会った。北の国エル・ルマイヤの教会の監察に出て二年、伝書は来ているものの遠く離れたメンターに会えず、寂しかった。悲しかったこと、つらかったこと、この旅での苦労、そんな事を言ってしまいたかった。会ったらこう言おう、ああ話そう、その胸に甘えたいと、いつもその光景を目に浮かべていた。話すことの一つ一つを考え、心のノートにしたためていた。成人修行の旅をエル・ルマイヤに決めたのも、メンター・マーリオに会うためだ。

「元気そうで安心したよ」

 優しい言葉だ。涙が出そうになるのをこらえてイオは口を開いた。

「ええ、おれは大丈夫です。うまくやっていますよ」

 考えたこともない言葉を出していた。

「小さかったお前がそんな事を言うとはね。大人になったね」

「いつまでも赤ん坊ではありません」

 そんな言葉を言うつもりはなかった。本当はすぐにでも抱きつきたい。それなのに口は反対の言葉を紡ぐ。

「思い出すよ。赤ん坊のお前を引き取った時の事を。あれは私が二十五歳になったばかりのころだ。教皇庁の用事で旅をしていた」

 アーリオは遠い眼をした。彼がイオの赤ん坊のころの話をすることは初めてだった。

「おれ、どんな家の子だったんですか。おれの親って……」

「悪いが、それはわからない。私は泉のほとりで泣いていたお前を見つけた。たぶん母親がちょっと席を外しているだけだと思って待っていたが、なかなか戻ってこない。ずっと待っていたが日も暮れ、お前は腹を空かして泣き続けた。それでお前をつれて近くの村に助けを求めたんだ」

「それで……」

「村の者は誰もお前のことは知らぬと言う。ただ、お前の来ていた産着は素晴らしく綺麗な物だったよ。金糸銀糸で縫いとりされた白い絹にくるまったお前はとても可愛かったな。何かいわくがあるのだろうと思って教会に引き取った。ちょうど私は弟子を取れる年になっていたからな。初めてのメンターで慣れない子育てだったが、こんな立派な大人になってくれて、私は嬉しいよ」

 微笑みながら、肩に手を置く。そのぬくもりだけでイオは満ち足りた。

「親を探し出せるでしょうか」

「さあ、どうかな」

「おれはどこにいたのですか」

「ルマイヤの魔の山のふもとの村だ。エルザウエという小さな集落だよ」

 そこはエル・ルマイヤに来る前に通っていたが、何の変哲もない田舎の集落としか思わなかった。あそこに自分の出自を探るすべがあるのか。

「時にイオ、ここの司教殿が教えてくださったのだが、お前はルマイヤの姫君の護衛をしているとか」

「はい」

「その姫君、今この下を走っていくよ」

「はぁ」

 イオは思わず、窓に張り付いた。確かに教会の中庭を人影が横切っていく。

「どうもかなりのおてんばさんだね。王宮の舞踏会が気になるのだろう」

 優しく笑っている。イオはマーリオと走り去っていくサリューを交互に見て一瞬、逡巡した。

「マーリオ様、出かけていいですか」

「姫君を追うのかね」

「そうです。あの、久しぶりにお会いできたのですが……」

 二年ぶりに会ったマーリオともっと話をしたかったが、サリューが何をしでかすかわからない。

「行っておいで。姫君を守ってあげなさい。お前の元気な顔が見られただけで、私は安心だ」

 

「司教殿、このところ、修行僧たちが平民のための安宿に泊まる姿をよく見かけます」 

 マーリオは簡素な法衣に身を包んで、豪華なビロードの椅子の横に立って司教に相対していた。教会内の執務室の中で、彼は勧められても豪奢な椅子も食事も断っていた。

「監察官殿もお気づきでしたか」

 司教の方が身分としては上だが、マーリオは教皇直属の監察局の人間だ。一応の礼儀を尽くしていた。マーリオが属する監察部は、教会内でも特殊な立場だ。教皇の私的な組織で、教皇自らが選任し、各地に派遣する。地位としては司祭や司教の下で、紫貝の細い線が五本、太い線ではない。公正中立をむねとし、教皇の命だけに服する。

「知っているだけでいいのです。お話くださいませんか」

 司祭はマーリオに促されて深いため息とともに一つの名前を口にした。

「アリエステ様です」

「枢機卿のですか」

「そう、あの方が月の満ち欠けの間に何度もエル・ルマイヤの王宮に来られます」

「何の目的で……」

「そこまではわかりません。本来枢機卿は教会領の教皇庁に詰めるのが習わし。十二人の円卓が欠けてはいけない。それなのに足繁くこちらにいらっしゃっている」

「アリエステ様が……」

 マーリオは尊大で怜徹な男の顔を思い浮かべた。かなり高齢だが、魔法を極めているので矍鑠としている。白いひげは床まで延び、皺は深く刻まれているが、いまだに精力的に政治を取り仕切っている。十二人の円卓会議に欠席しているとは聞いていない。飛竜にでも乗って移動しているのだろうか。それにしても森の上を越えていくのは、いくら枢機卿といっても危険が多過ぎる。竜騎士でも雇っているのか、それとも……。

「アリエステ様が誰に会っているのかご存じありませんか」

「さあ、ただ、彼の実家はここの摂政の母君の生家だとか。ここに来られたとしても何の問題もないでしょう」

「ええ、たまに帰るのだとしたら」

 マーリオもアリエステのことを詳しく知っているわけではない。マーリオはただの監察官で、教皇の直属とはいえ、円卓の枢機卿は雲の上の人なのだ。それにしても何か引っかかる。

「監察官殿、私の立場も察していただきたい。エル・ルマイヤに封土されて数十年、力もなければ自由もない。ただ、日々、人々の洗礼を行い、儀式に参列する。エル・ルマイヤの各地の教会に何かの動きがあったとしても私には止める手立てもありません。マドレクの司祭は私の唯一の友人で、助言をしてくれます。それであなたに連絡を取ってもらい、お忍びでこちらに来てもらった。いま、エル・ルマイヤの教会は私の手に負えません。アリエステ様が勝手に動かしている、それだけしか私には申し上げられません」

 マーリオは胸の前で両手を組んだ。長い指を左右交互に重ね、ぎゅっと握る。そうして心を落ち着けなければ、考えがまとまらない。監察は進まず、空回りばかりだ。修行僧たちは安宿に泊まり、教皇庁に納めるべき上納金は集まらない。四つの王国の中でも最も豊かな国であるはずのエル・ルマイヤで貧しい者たちが土地を捨て流民になっている。街のあちこちで浮浪者がうろつき、道端で親のいない子供たちがゴミをあさっている。

 不穏な空気が流れていることは感じていても、それが具体的に何かわからない。ただ、その影が一つになっていく。

 おてんば姫の後を追った愛弟子のことが気がかりだった。


メンターマーリオは大陸に蠢く陰謀を探っていた。それが教会の権力者が関わっていることから、監察官として北の国エル・ルマイアを旅していた。大陸になんの陰謀が巡らされているのか。メンターアダマは何を企んでいるのか。

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