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第3章3

王家が支配し、白の教会の魔導士が魔法を操り、魔物が闊歩する世界。修行僧のイオは修行の旅に出ていた。道中雪に行き倒れ、修行の騎士のサリューに救われ旅を続ける。困窮の旅だったが、途中、追っ手に捕まってしまう。追っ手とはサリューを追いかけてきた者たちだ。サリューは一国の姫で城を抜け出していたのだ。城への帰路の旅にイオも付き添い、途中暴徒に襲われ逃げ出した森の中で魔物に襲われる。


 数枚の木の葉がゆっくりと舞う。なぎ倒された木々に光が差し、森の中で、その空間だけがぽっかりと明るい。

「何があったの」

 サリューはリュートを見た。あれほど乱暴に爬虫をたたき落としたというのに、螺鈿の細工はどこにもほころびはなく、淡い光沢を放っている。

「サリュー、大丈夫」

 イオが走り寄った。

「うん、あたしは大丈夫だけど、でも、何が起こったの」

 リュートを抱えたまま、倒れた木に腰をかけた。大きく眼を見開き、呆然としている。

「魔物がこの中に入っていったよね」

「そうだね、おれも取り込まれそうになった。あれはやっぱり夢じゃなかったんだ」

 イオは胸が熱くなるのを感じてふと手をやると、サリューに貰った宝石が淡く光っていた。確かに魔除けの石はその力を発していた。

 あまりの光景を目にして呆けていたセスたちもサリューの元に来る。

「大丈夫ですか、姫様」

「ええ、セスも大丈夫そうで良かったわ」

「で、姫、こいつは」

 バロスに言われて一同は倒れている男に視線を移した。

 イサが近づいた。男の脇に座ると、その顔に自らの顔を近寄せる。息はあった。生きている。

「姫様、この方、気を失っているみたいです」

 ゆっくり揺らしてみたが、起きない。

「あの、もし、起きてくださいな」

 声をかける。

「どう、イサ、その人、大丈夫なの」

「わかりません。怪我はしていないようですけど」

 心配になって覗きこむ。

「鼻をつまんで起しちゃえばいいじゃない」

「そんな、姫様、乱暴ですよ」

 イサにそれが出来るはずもない。イサは優しく声をかけ続け、揺り動かす。しばらくすると男はうっすらと目を開けた。

「姫様、この方、お目覚めになりましたよ」

 安心して男を見つめる。目はまた閉じられ、ゆっくりと開く。しばらくぼんやりしている。イサは男の頭の下に腕をまわして、上半身を起こしてあげた。

「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」

 男は大きく息をしてイサを見つめた。

「良かった、気がつかれましたね」

 と、男がそのイサの手を取った。

「何を……」

「美しい人だ。あなたのような方に救われるなんて、私は幸せ者ですね」

「はぁ……」

 イサはことの成行きに固まった。男は綺麗な銀色の長い髪を後ろでゆるく一つにまとめ、背はやや高くすらりとした姿をしている。憂いを帯びた深い緑色の瞳は晩夏の森を連想させる。男にしては細い眉と通った鼻筋が繊細な印象を生み、柔らかな口調は高貴さを備えている。大きなターバンを頭に巻きつけ、革のベストを着ている。これは吟遊詩人の装いだ。ベストに縫い込まれた文様は親方から弟子に受け継がれる。この男の物には野バラの刺繍が施されていた。黄緑の葉に薄紅色のバラが淡く縫いとられている。柔和な男の顔にふさわしい図柄だ。その姿にイサは思わずどきっとした。

「私の名はリアン。あなたは」

「イサ……」

「ときに私の想い人になりませんか」

「馬鹿」

 イサは手を振りほどくと思いっきり張り飛ばした。

「痛ってえな。初めて会った男を殴るのかよ」

 言葉使いがガラッと変わる。高貴な姿がもったいないほどの下町言葉だ。

「あ、あ……会ったばかりの女性に、な……なんて馴れ馴れしい……」

 イサは真っ赤になって立ちあがる。

「イサ、その人は……」

 サリューが声をかけると、リアンは優雅に向き直る。

「姫様、こいつ変です」

「姫君でしたか。私は吟遊詩人リアン。姫君に小夜曲をお聞かせしたい」

 今度はセスがリアンを殴り倒した。小夜曲とは貴人の寝室で寝付くまでの間、奏でられる曲のことだ。

「お前のようなどこの馬の骨とも判らない者を、私の大切な姫様の寝室に入れるわけにはいきませんからね」

 散々な罵倒の後で、リアンはことの次第を話した。リアンは孤児で彼を拾った旅の楽師に育てられた。リアンは美しい声をしていたので、行く先々でいい稼ぎができたが、その育ての親の親方は数年前に病で他界し、それからは一人で旅をしていた。歌だけでは客が喜んでくれないので、見よう見まねでリュートを作った。壊れてしまった親方のリュートを参考に、樫の木を薄く剥いだ板を何枚も重ねて剥ぎ合わせて胴を作り、硬い芯で柄を作った。桜の木を細工して調律のためのペグを作り組み立てる。細工師に教えを乞いて螺鈿を張り、丹精こめて、持っている限りの情熱で作り上げたはずだった。

 最初はうまくいった。どこの辻でも彼が弾き始めると客が集まり、ときには押し合って怪我人まで出るくらいだ。ときどき妙な光が現れたり、勝手に共鳴することはあっても、その方が客も喜ぶし、楽しかった。が、あの宿で練習していた時、光の渦が現れ、リアンはリュートの中に飲み込まれてしまった。

「で、ずっと誰かが出してくれるのを待っていたのです。姫、あなた様は私の命の恩人です。私はこう見えても長い間旅を続けていたの、で少々荒っぽいことも平気です。剣や槍も扱えますし、それなりに腕も立ちます。もちろん歌や演奏にも自信があります。これからはあなた様のため、身も心もささげましょう。それこそ閨の共に」

 その一言でサリューは真っ赤になった。もちろんセスとイサがリアンを殴りつけたのは言うまでもない。

「まぁ、姫。こんな森の中にほっておくわけにもいきますまい。役に立つと申し出ているのですから、立ってもらいましょう」

 バロスが取りなした。

「そうね。とりあえず、この森から出なくちゃいけないし……」

 少し考えて、サリューは自分の首飾りを外し、その石を一つ取ると、イオの時と同じように紐に通し、リアンの首にかけた。

「これは魔除け。これをしてるとリュートに吸い込まれなくて済むんじゃないかな」

 かけられたリアンは神妙に片膝をつき、頭を垂れた。

「あなた様に忠誠を誓います」

「忠誠以上の思い上がりは許しませんからね」

 後ろでセスが釘をさす。六人になった一行は森を行く。

「おい、若いの」

 バロスが声をかけた。

「おれはリアンですよ」

「女を口説くには、まだまだ修行が足りんな」

「じじいに言われたかないよ。ずっとリュートの中に閉じ込められてようやく出てきたら、素敵な女の子が目の前にいるじゃないか。これを口説かずにおれるかよ」

「ハン」

「だからおれは」

「黙ってついてきな、青二才」

一行はなんとか夜になるまでに里に出た。



リュートの中から現れた吟遊詩人リアン。彼は本当は何者?旅の道連れが増えた分、騒動も増えるのか。珍しい銀髪は庵だけではなくリアンも?冒険活劇はまだまだ続く。

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