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第3章2

王家が支配し、白の教会の魔導士が魔法を操り、森に魔物が闊歩する世界。修行僧のイオは成人の修行の旅に出ていた。途中行き倒れもしたが、同じ修行の身の騎士、サリューに救われ、ともに旅を続ける。困窮の旅を続けていたが、サリューの追っ手に捕まってしまう。サリューは一国の姫で、国を黙って飛び出してきたのだ。ひと時、穏やかな旅ができると思ったイオだが。旅はそう甘くない。

他の客と同席することを避けて夕食は部屋に運ばれた。

「姫……なんだ……」

 イオは見とれた。サリューは幾重にもレースが重なったふっくらとしたスカートのドレスを着ている。袖もふくらんでいて、レースとリボンで飾られている。バサバサとしていた髪の毛も、綺麗に結いあげられ、大きな髪飾りで留められていた。旅先ということで豪奢な衣裳ではないが、さっきまでの騎士の格好から想像もつかない艶やかな姿だ。

 イオは昨日、湯屋に誘ったことを思い出し、恥ずかしくなった。もし一緒に入ってでもいたら……。

 サリューは黙ったまましとやかに料理を口に運ぶ。あけっぴろげにけらけらと笑っていた時の方が素敵だったなとイオは心の隅で思ったが、口にできるような雰囲気ではない。食事が済むとバロスとイオは控えの間に下がり、セスとイサがサリューの夜着の着替えを手伝うという。

「なんか、らしくないな」

 イオはふと漏らした。

「そう思うだろう」

「え……」

「いや何でもない。次の宿場まで一緒に行こうか。おれたちはそこで飛竜を借り国に帰る。大きな宿場らしいから教会くらいあるだろう。それとお前さん、姫を助けてくれた。礼をはずむよ」

「そんな、むしろおれが助けてもらったくらいで」

「いいってことよ。あの姫さんと一緒にいてくれただけで助かったよ。ありがとうな」

 

 翌朝、一行は早く宿を立った。小さな馬車を手に入れ、バロスが御者を務める。サリューは不機嫌そうに黙っていた。今までの元気はつらつのおおざっぱな騎士と同一人物とは信じられない。とはいってもいつまでも大人しくしてはいられないようで、時が経つにつれて、持ち前の元気が顔を出す。

 大きな街道は道行く人も多く、辻には市も立ち、賑わっていた。イオはきょろきょろと窓から身を乗り出しているサリューが気になって小声で訊ねてみた。

「どうかなさいましたか」

「何、改まった話し方をしてるの」

 すでに元のサリューに戻っている。好奇心いっぱいだ。

「だって姫君だし……」

「いいよ。今まで通りで」

 イオはちょっと戸惑ったが、サリューがそう言うならかまわないと考え、もとの口調で話しかける。

「それで、どうしたの」

「街道って人がいっぱいいるね」

「そりゃ当然だよ。人がいっぱいいるから街道って言うんだよ。もしかしてサリュー、街道を通るの、初めてなの」

「うん、お城から抜け出す時、飛竜に乗ったの。最初はうまくいっていたんだけど、急に酷い風が吹いて飛ばされちゃって、なんとか降りたんだけど、飛竜はどっか飛んで行っちゃうし、荷物もなくして、さんざん。しばらく歩きまわっていたらあんたに出会ったわけ」

「世間知らずのお姫様なんだな」

 思わず出た率直な意見だが、サリューはカチンと来たらしく、睨みつける。

「どういうことよ。あたしだってちゃんと知っている。しょっちゅうお城を抜け出して城下の街に遊びに行ってたもの。でも……」

「でも……、何」

「こんなに貧しい人がいるなんで思わなかった。エル・ルマイヤは豊かな国だって聞いていたのに、なんで貧しい人がいるの」

 面と向かって尋ねられて、イオには答えに詰まる。確かに教会領にはあまり貧しい者はいなかった。教会内は潤沢な食料と生活資材があった。下層の僧でも贅沢ではないが、それなりに暮らし向きは豊かだった。教会領の領民は魔物におびえることなく穏やかな生活を送っている。それこそ高位の法師たちは絢爛豪華な生活を謳歌している。それに比べてエル・ルマイヤの人々の困窮ぶりは際立っていた。豊かな人々がいるにはいるが、貧しい人たちがぼろ屋で身を寄せ合っている。これから冬が来るというのに、彼らはどうやって寒さをしのいでいくのだろう。


 二日目、旅の途中、木陰で休み、宿で作ってもらった弁当を広げる。

「誰かに見られているのかな」

 サリューが落ち着かずあたりを見回した。感じた視線を探すと、一段下がった河原に多くの浮浪児がいた。彼らの視線はイオたちが持っているパンに注がれている。

「あっちにお行き」

 セスが追い払おうとすると、サリューが立ち上がり、近くの子供にパンを差し出した。

「これ、食べる?」

 小さな手に渡そうとすると、どよめきが起こった。脇から大きな腕が伸び、パンをかっさらう。貧民街の大人土地も我先にと出てきた。そのまたかっさらったパンを別の腕が横取りをする。子供たちに混ざった多くの大人たちが津波のようにイオたちに押し寄せた。手が突き出され、パンを欲しいと叫ぶ言葉が怒号となる。馬が怯えて逃げ出した。

「危ない、姫様」

 セスがかばい、バロスが楯になるが、人の塊はもはや止めることが出来ない。イオはとっさに印を結んだ。

「ワハールナー」

 闇が落ち、出てきたものは巨大な二匹のワイバーンだった。

「これに乗って」

「化け物になんて」

 イサが悲鳴を上げた。ワイバーンである。鎧のようなまっ黒な鱗を纏い、太い骨の間に膜を張ったような翼を持つ。大きさは飛竜より一回り大きいが、飛竜のような柔らかな羽毛や羽根の生えた翼も持たない。足には鋭い鉤爪、曲った長い嘴があり、喉の奥はいつも燃え盛っている。ときとして火の球を吐き出す。奴らが出てくると、子供たちや浮浪者たちは恐れおののいて逃げまどい蜘蛛の子を散らしたように隠れる。ワイバーンは人をさらって喰うと言われているからだ。

 バロスがイサを抱きワイバーンに飛びついた。イオはサリューの手を取り、もう一匹のワイバーンに跨った。セスがバロスの手を借りてワイバーンの背に乗ると、一行は高々と空に舞い上がった。川辺の木陰は人の海の中で揺れていた。

「ダメだよ。あんな所でパンなんてあげちゃ」

「だってあたしはあの子が可哀そうだったから」

「一人だけ助けようというの」

 サリューの眉間にしわが寄る。

「だって……」

 残していった弁当を目当てにして、子供たちや浮浪者たちが川辺を埋め尽くしていた。

「あの子達、皆、おなかをすかしているんだよ」

「だから……」

 サリューは言葉を失い、怒ったような、泣きそうな顔で、ずっと人の塊を見ていた。その間にワイバーンは突風で森の上に流された。しばらく落ち込んでいたサリューが顔をあげた。

「あんたの魔法ってあまりもたなかったんじゃないの」

「しまった、降りなきゃ」

 イオはあわてて下降するようにワイバーンの首を押える。が、すでに遅く、ワイバーンは小さくなり始めた。

「急いで降りて!」

 後ろを飛ぶバロスに叫んだ。二匹のワイバーンは森に突っ込んでいく。突っ込みながら小さくなって消えてしまった。

 かなり高度を落としていたお陰で、木の枝になんとか取りついた。

「サリュー、大丈夫?」

 イオはすぐにサリューを探した。目の前の木の梢で、枝にスカートを絡め、ぶら下がっている。

「早く降ろして」

 簡易な旅装とはいえ、ドレスは動きにくそうだ。イオは手を貸し、木の幹を伝って地面に降りた。

「みんなはどうしているのかな」

 サリューはあたりを探すと、サリューを呼ぶ声がした。茂みで見えないがかなり近い場所でセスがサリューを探している。

「あたしはここ、ちゃんと降りたから」

 あまりちゃんとではない。スカートは裂けてしまった。ブラウスの袖についていたレースは外れ、リボンも抜けている。

「まったく、あんたの魔法は役に立つんだか、立たないんだかわからない。でも助かった。みんなと合流しようか」

 サリューはセスの声のした方に向かった。

 暗く深い森だ。森には魔物が棲んでいる。

「ここってやばそうだね」

 イオは緊張した。何かいる気配がする。人でないものの匂いもする。

「早くみんなの所に行かなきゃ」

 急ぐサリューの脇にイオは付く。右手はすでに印を結んでいた。誰がいつ、襲ってきてもすぐ戦えるように、目を凝らし、注意を四方に向ける。何が出てきてもおかしくない森の奥だ。サリューに身を守る剣ない。イオはその身にかえてもサリューを守らねばと身構えた。

 茂みの向こうにセスたちはいたが、多くの魔物が三人を襲っていた。

「セス!」

 サリューは走った。イオももちろんサリューを守りつつ走る。

 バロスが両の手に鋼の剣を構えて、勇猛果敢に闘っていた。だがそれだけじゃない。セスも棍棒を拾い振り回し、イサはサリューが騎士の格好をしていた時に持っていた剣を振るっている。

「姫、大丈夫ですか」

 三人がほぼ同時に叫ぶ。

「みんな、良かった」

 サリューは三人の無事を喜ぶが、そんな悠長な状況ではなかった。魔物は群れとなって襲って来る。サリュー達の後ろから豚ほどの大きさの爬虫が飛びかかり、イオは立ち止まって右腕を突き出す。今度こそ、サリューを守るためにまともな魔法を出したい。

「ワハールナー」

 ほとばしる熱と光が爬虫をなぎ払った。

「出た……」

 まともな魔法に一瞬、呆然となる。だが第二弾が襲いかかり、さらにイオは印を組む。次々と法力を繰り出してサリューを守る。

 八枚の連なる羽を持つ猫のような爬虫がサリューに迫った。サリューは剣を持っていない。持っているものといえば宿で貰ったリュートだけだ。螺鈿がはめ込まれた手の込んだ細工物だが、かまっている場合ではなかった。サリューはリュートを振り回し、爬虫をたたき落とした。

「グワァーン」

 リュートが響いた。あたりの空気を震わせ、木々に共鳴し、地を揺らした。

「サリュー」

 イオはサリューに近づこうと、周りの魔物を光の剣でなぎ倒した。不思議だ、今まで魔法で出てくる物といえば魔物が多かった。だが今はまともな力が出てくる。火や光、熱、法力、こうして光の剣まで出すことができた。

 何とかサリューのそばに近寄ったとき、ワイバーンの群れが火の球を吐きながら急降下してきた。

「結界を」

 両手を突き出し、力の天蓋を作る。火の球はその表面で弾き飛ばされるが、ワイバーンはその力の壁を突き破って襲ってきた。

「うるさい」

 サリューはリュートを構えた。

「シャララ……」

 弦が共鳴した。金色の光を帯びたありとあらゆる色の粉が舞い散る。

「え……」

 サリューがリュートを突き出すように持ったまま、立ち尽くした。色が渦を巻き、その中央にぽっかりと何もない空間ができる。そこにリュートの中から何かが弾き出された。と、同時に地響きが起き、空間がぶれた。大竜巻のような空気の流れが周りにいる魔物たちを吸いこんだ。爬虫やワイバーン、大蛇やザルドが異形音を残してすべてリュートの中に吸い込まれた。


旅は甘くない。サリュキュリア姫、自称サリューを北の国ルマイヤの都市に送り届ける道中にもアクシデントはつきものだ。暴徒に襲われ、逃げ込んだ先は魔物が徘徊する深い森の中。一難去ってまた一難。冒険活劇の始まり始まり。

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