第1章
はるか昔か遥か未来、魔法が使え、教会と王家が権力を持ち魔物が徘徊する時代。1人の修行僧イオは教会を出て修行のための旅に出ていた。1年間、成人になるための修行の旅を経て、世界を見聞し、力を得るためだ。その最初で秋の初めに大雪の中で遭難してしまった。
第一章
白い。
ありとあらゆるものを白く消していく雪の中で、イオは力尽きていた。もう何日も何も食べていない、旅費は底を尽き、まともな宿に泊まるどころか、食べ物さえ手に入れることが出来なかった。方角も分からない林の中で街道への道を見失い、彷徨っていた。秋の初めというのに、ここには雪が積もっている。魔物が雪を降らしているのか、それとも季節を動かしているのか、判ることはイオが雪の中で身動きが取れなくなっていることだけだ。
木々の枝先にわずかに紅葉した部分が見えるが、多くは青々とした緑を残している。そこに雪がこんもりと積もる。どの木も冬の支度はしていない。枝は重くたわみ、今にも折れそうになっている。下草は雪にあたって枯れ始めているが、茎の先に花が残り、花弁の赤や黄色が雪に透けて淡く見える。まだ秋だ。冬には遠い。イオは夏着に魔法使いのローブをはおっただけで、寒さがその身にじかに当たる。
彷徨って数日、もう一歩も動けない。木にもたれていたはずなのに、気が付くと雪の中に横たわっていた。空から雪が音もなく近寄ってくるのをぼんやりと眺める。
「死ぬのかな」
音も聞こえない。垂れこめた厚い雲で昼というのにあたりはうす暗い。
「死ぬんだな」
孤児だったイオを拾い、親代わりになってくれた恩人、自分の弟子として教会に引き取り育ててくれた優しい指導者メンター・マーリオの姿が目に浮かぶ。
「会いたい」
教会での生活が幸せだったとは言えないが、マーリオの庇護のもと、育てられた。マーリオに会いたい。イオは白の魔法使いになるため、教会で育てられたというのに、ろくな魔法が使えなかった。呪文を唱え、右手で印を結んでも、出てくるのは魔物ばかり、たまにまともな魔法が使えても、際限ない力を出してしまい、あたり一面、がれきの山にしてしまう。教官も匙を投げるほどの体たらくにも関わらず、メンターであるマーリオだけは根気強くイオを導いてくれた。
教会の中でイオはいつも誰かにいじめられていた。まともな魔法も使えぬ落ちこぼれというだけではなく、孤児である境遇が多くの者に蔑まれる要因となった。友人はほとんどいなかった。イオが魔法に失敗するたび、囃したてる声が起こる。どこにも居場所がなかった。
そんな中、マーリオはイオの指導者というメンターの役割だけではなく、親のように、友達のように、いつもそばにいて優しく支えてくれた。イオの瞼にマーリオの顔が浮かぶ。
「会いたい、マーリオ様」
マーリオに支えられて少しはまともに魔法が操れるようになった。十六歳になって成人の魔法使いになるための修行に出ることもできた。それなのに行く先々の教会で嫌がらせを受け、修行の旅費も貰えず、金の尽きたイオは一片のパンさえ口にすることなく、ここ数日、林を彷徨い、秋というのに雪の中で行き倒れた。
「マーリオ様……」
マーリオの金髪が懐かしい。いつもあの髪のきらめきを追っていた。憧れであり、尊敬し、手本にしていたあの優しい人に、死ぬ前にもう一度会いたかった。
雲が切れて細く光の線が落ちた。光が粉のように舞い散る中、きらめく金色の髪が風に舞った。
ただ風に舞う金色の煌めきに見とれた。その先には澄み切った空の色を映したような双眸がイオを見つめていた。
「空人なの……か……」
端正な顔がイオを見下ろしていた。天から降り、地につかず森に住んでいると言われている空人か、それにしては背が低い。空人は十歳の子供でも人の大人より背が高いというのに、見下ろしている蒼い目の主はイオとあまり背が変わらない。
「誰……」
イオは声を振り絞った。
「良かった、生きているんだ」
小鳥のさえずりにも似た澄んだ声がした。
「あなたは天使……」
イオの声はかすれていた。天使が来た、神様、こんな綺麗な天使にお迎えをしてもらえるなんて、最後の時だけは恵まれているのですね、そう思いながらイオの意識は純白の闇の中に堕ちていった。
イオの前に現れた天使は、彼を救いに来たのか、それとも。長い長い旅の始まりだ。