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ラウンド5:善と悪は対立するものか、それとも共存するものか?

(スタジオの照明が再び落ち着いた暖色に切り替わる。空気には最後の議論に向けた静かな緊張と、どこか敬意にも似た気配が満ちている)


(あすか、中央に立ち、ゆっくりと語りかける)


あすか

「いよいよ本日の最終テーマに参ります。問いは――『善と悪は、対立するものか? それとも共存するものか?』」


(カメラが順に対談者たちを映す。誰もがわずかに表情を引き締め、まなざしは深い)


あすか

「この議題を語るには、“善とは何か”“悪とは何か”という、それぞれの定義が影響します。そして、それぞれの立場から見れば、“正義”が時に“悪”に見え、“悪”が“正義”に化けることもある。だからこそ、あえて聞かせてください。対立か、それとも共存か――」


(あすかが軽く頷く。最初に話したのは、カトリーヌだった)


カトリーヌ

「……共存、ですわ。善と悪は、常に共にある。 光のある場所には必ず影ができるように、善意の行動にも必ず“悪意に見える側面”がある。むしろ、“どちらかだけ”で成り立つ世界があれば、それは虚構でしょう。」


荀子

「私もまた、共存と考える。ただし、“混沌として共にある”のではない。“善を築くために、悪と向き合い続ける”という意味での共存だ。人の心には常に欲望があり、それを制御しようとする努力こそが“善”の証明だ。」


(ドストエフスキーが、静かに口を開く)


ドストエフスキー

「私は……“葛藤としての共存”を信じます。人間の心は、一つの方向に割り切れない。善を願いながらも、時に悪を望んでしまう。愛したいのに、傷つけてしまう。その矛盾に耐えながら生きることこそ、人間という存在の本質です。」


モーセ

「……異なる意見を述べよう。善と悪は、本来、混ざり得ぬものだ。光と闇が同時に存在しうるのは、この世界が堕落したからだ。本来、善とは神のもとにあった清らかなる秩序であり、悪とはそこからの逸脱。共存は、“許された状態”ではなく、“正されるべき混乱”だ。」


(あすか、少し目を伏せ、深くうなずく)


あすか

「それぞれの立場から、“共存”の意味が違っている……。お聞きしていて、とても興味深いです。」


(カメラがカトリーヌに戻る)


カトリーヌ

「私にとって、“善だけの政治”など幻想ですわ。誰かを守るには、誰かを斬らなければならない。それを“悪”と呼ぶのは、後からやってきて言葉を並べる者たちの仕事。私のような人間は、ただ……選ばなければならないだけ。」


ドストエフスキー

「だからこそ、私はあなたのような人物を描くのです。『罪と罰』のラスコーリニコフもそうだった。悪を選び、それでも“善を願う心”を持ち続けていた。人の中には、常に“両方”がある。それを切り分けようとするほど、人間性から遠ざかる気がします。」


荀子

「ならばこそ、“善”という明確な型が必要なのだ。葛藤を認めたうえで、目指すべき方向がなければ、人はただ揺れ続けるばかり。私は、人が“悪の傾向を持ちながらも善に向かう”という形で、両者の共存を認めたい。」


(モーセが、わずかに声を低くして)


モーセ

「だが、神の善においては、揺れはない。“神の前では、清められぬものは滅びる”。それが過酷であろうと、神の善は絶対なのだ。」


(スタジオに重い空気が流れる。しかし、あすかはその重さを受け止めるように、一歩前へ出る)


あすか

「でも、私たちは……“絶対の善”にたどり着けない人間です。その現実の中で、善と悪が“共にある”と感じてしまうこと……それ自体が、罪なのでしょうか?」


(全員が少し黙り込む。そして、荀子が静かに言う)


荀子

「罪ではない。“問い続けること”が、人の価値を支える。」


ドストエフスキー

「私はそう信じます。“問いの中にしか、真理は宿らない”と。」


カトリーヌ

「ええ。“答えが出ない”ことに耐えながら、正しさを探す。それが、私たちの強さ。」


モーセ(ゆっくりと)

「……神もまた、人の問いに答えることをお望みになるだろう。」


(あすか、ゆっくりと口元に微笑を戻しながら)


あすか

「ありがとうございました。善と悪。それは“対立”ではなく、“向き合い続ける関係”なのかもしれません。この対談を見てくださった皆さんの中に、ひとつでも“自分の中の問い”が生まれていたら――それが、今日の善だったのかもしれません。」


(ゆっくりとスタジオの照明が落ちていく。ラウンド5、終了)

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