ラウンド2:法や制度は、人を善に導けるか?
(スタジオは落ち着いた照明に包まれ、コの字型のテーブルに座る4人の対談者たちは、静かに水を含み、前のラウンドを振り返るような空気を漂わせている)
(中央、司会席のあすかが笑顔をたたえながら立ち上がる)
あすか(やや穏やかに)
「さて、ここからは本日のテーマの実践編とも言える議論に入っていきましょう。題して『法や制度は、人を善に導けるか?』」
(全体に目をやる)
あすか(少しだけ真剣なトーンで)
「荀子先生は、人の性は悪だからこそ、教育や制度が必要だと説きました。でも、それって本当に善を生むんでしょうか?ただ悪を押さえ込むだけじゃないのかなって、ちょっと思っちゃうんですよね。」
(にっこりと荀子の方へ振る)
荀子(指を組み、静かに語り始める)
「制度は、善を生む土壌だ。人は本来、自己の欲望を追う。だが、礼によって秩序を学び、教育によって共感を知る。…制度とは、人が人であるための型であり、鍛錬の道である。」
モーセ(目を細めて)
「だが荀子よ、人が制度に従う理由が恐怖であったとき、それを善と呼べるか?」
荀子(少し口元を緩め)
「恐怖すら、人を整える一助になりうる。だが私の礼は、ただの恐怖ではない。理性の美しさを知ることでもある。」
あすか(頷きながら)
「じゃあ…カトリーヌ陛下。制度と恐怖、支配と善――。政治の現場では、その境界って、どう見えていましたか?」
カトリーヌ・ド・メディシス(少し視線を伏せ、囁くように語り始める)
「…人の数だけ正義がある時代でした。宗教戦争。民衆の暴動。王家への憎しみ。すべてが正しさを語るのです。」
(ゆっくり顔を上げる)
カトリーヌ
「私は、制度を整えました。
婚姻を結び、条約を交わし、時に――血を流しました。それが悪だと言うなら…どうか、もっと良い方法を、あなたたちが示してほしい。」
(スタジオ内に一瞬、重い沈黙が流れる)
(ドストエフスキーが小さく息を吐き、目を閉じたまま語り出す)
ドストエフスキー(低く、しかし確信をもって)
「あなたは、人々に選択肢を与えたことがあるのか?」
カトリーヌ(まっすぐに)
「与えました。そして彼らは、互いに殺し合う道を選んだのです。」
(あすかが息を呑み、会場が微かにざわつく)
ドストエフスキー
「制度の中で人は善くなる。だが制度に委ねられすぎた人間は、空虚になります。」
(静かに拳を握る)
ドストエフスキー
「私は見ました。牢獄にいた者が服従のなかで微笑み、自由のない世界に安らぎを見い出す姿を――。それは善ではない。従順な悪です。」
(あすかがすぐに口を挟む)
あすか(やや切なげに)
「…でも、自由すぎても人は迷いますよね?たとえば今の世界では、善悪がわからなくなって、逆に苦しくなる人も多いです。」
荀子(頷きながら)
「だからこそ、型が必要なのだ。欲望を否定するのではなく、流れを変えることが重要なのだ。」
(ここで、モーセがゆっくりと身を乗り出す)
モーセ(静かに、だが目を強く見開いて)
「ならば聞こう。制度や法が神の意志を逸らすとき、君たちはそれを是とするのか?」
カトリーヌ(即答)
「はい。私は王妃です。神ではありません。」
荀子
「私は、神の意志には従わぬ。人の理を信じる。」
ドストエフスキー(モーセを見つめ)
「そして私は…神の声が聞こえない時代に、生きてきました。」
(モーセが、ゆっくりと目を閉じる。全員の表情に、何か抑えていたものが静かに波紋のように広がっていく)
(あすかが、しばらく黙ったまま彼らを見つめた後――口を開く)
あすか(声にわずかな震え)
「皆さん……いま、正しさがバラバラすぎて、私、心が少し震えています。でも、だからこそ、ちゃんと聞きたいんです。制度や法って、本当に人を善くするって言いきれるんでしょうか?」
(沈黙――そして)
カトリーヌ(静かに、そして少し涙を含んだ声)
「私は…ただ、家族を守りたかった。子を、民を、王国を…。だから、制度を築きました。その中で、誰かを切ることも選んだ。私は、善き母でいたかった…。それが、許されないなら、私は一生、罪人で結構です。」
(あすか、息を詰めて見つめる)
荀子(深く頷き)
「…人が、罪を引き受けて制度を築く。それは、最も誠実な善かもしれないな。」
モーセ(目を開き、低く)
「罪を恐れよ。だが、逃げるな。人は、善を選ぶたびに、罪と向き合うのだ。」
ドストエフスキー(ぽつりと)
「善とは、選び続ける苦悩かもしれない。制度があってもなくても、人は…それから逃れられない。」
あすか(小さくうなずいて)
「……ありがとうございます。正しさに耐えながら、生きてきたあなたたちの言葉は…今の私たちの制度にも、きっと意味がある。」
(照明が静かにフェードアウトしていく。ラウンド2終了の合図)
あすか(少し涙ぐみながら)
「では、次のラウンドは――神の命令が悪であった場合、それは善なのか?…覚悟して、聞いてください。」
(音楽フェードイン。次章への幕開けへ…)