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「放してよ、もう! レッミーゴー!」


 珊瑚は果敢に抵抗しようとしていた。

 けれども屈強な男たちに手足をしっかりと押さえつけられ、米袋のように運ばれてしまってはどうにもできない。


 男たちは外にランドクルーザーを乗りつけてきていた。

 珊瑚を後部座席に放り込むなり自分たちもどやどやと乗り込んだ。エンジンはかけっぱなしになっていた。

 そこからも、目的は珊瑚の拉致だったことが知れた。


 聡明な珊瑚は、ともすればパニックに陥りそうな頭の隅で、冷静にそういったところを観察していた。


 こいつらは西部訛りのブロークンな英語を話す。そうして、珊瑚自身も九条も、根はアメリカにある。

 ということは、ニューヨーク時代の知り合いということになるが、珊瑚にはこの連中に見覚えがない。

 となればこいつらは、義父である九条に関係している。


 九条はかつて刑事で、それもかなりの乱暴者だった。悪は決して許さぬという決意の人でもある。

 刑務所に送られて九条を恨んでいる犯罪者は、探せばいくらでもいるだろう。


 そいつらがわざわざ日本までやってきて、まっすぐに珊瑚を目指したということは。


 珊瑚はぞっとした。

 復讐のために娘をさらうアメリカの犯罪者集団が、どんなことを人質にしでかすかは想像するまでもなく、たくさんの前例がある。


「た、助けてえ! 誰か!」


 意のままになってこの世の地獄を見せられるくらいなら、抵抗して殺されたほうがましだ。


 瞬時にそう損得計算をした珊瑚は、だしぬけに後部座席で大暴れを始めた。

 手足をバタバタさせ、背後から取り押さえようとする男に思い切り後頭部で頭突きをかました。

 ひるんだ男の身体をよじ上るようにして乗り越え、窓にとりつく。


 すごいスピードで町の風景が流れていく。

 あっという間に、車は町はずれまで疾走している。


「人さらいよう! 助けて、誰かあ!」


 こんなところに助けの手が来ないことを承知で、珊瑚は窓から身を乗り出して叫んだ。

 ひるんだ運転手が少しでもスピードを落としたら、ケガは覚悟で窓から飛び出す覚悟だった。

 どうなろうが、こんなやつらに拉致されるよりはましだ。


 しかし、渾身の絶叫は、無駄にはならなかった。


「……えっ?」


 すでに窓から半身を乗り出していた珊瑚は、目をぱちくりさせた。


 今、そこの草むらから。

 白と青の、流星を思わせる残像が見えたような。


 それは錯覚ではなかった。

 二度目にまばたきをしてから目を見開くと、車に並走する人影がはっきり見て取れた。


 高速道路でも違反キップを切られるほどのスピードを出しているランドクルーザーに、その人影はぴたりとついて走っていた。

 超人的なのはそれだけではなかった。


 肌が青い。


 染めるというより色褪せてそうなったという感じの白い髪をポニーテール状にして後頭部で結び、その髪が風でなびいて、背後に長く尾を引いている。

 マントが風をはらんでたなびく。腰には剣を吊り下げている。

 顔だちはまだ少女といったところだ。

 きれいな顔だちをしていた。


 一瞬のうちに珊瑚はそれだけを見て取った。


 どれもこれも、途方に暮れるしかない要素だった。


「コ……コスプレ?」


 なぜここに、何かのファンタジーゲームのようなコスプレをした女の子がいて、その可憐な少女が、爆走する車と同じスピードで走りながら車外を並走しているのか。


 これは現実か。それとも、恐怖のあまり幻覚を見ているのか。

 あいにく珊瑚には、こんな珍妙な幻覚を見る筋合いはないのだが。


 少女と目が合った。


 いかにもいまいましげに、少女がその美貌に似合わぬ舌打ちをしたのが見えた。


 少女が無造作に剣を抜く。

 素早く一閃させ、後部タイヤを切り裂いた。


 ぎゃぎゃぎゃと嫌な音をさせてランドクルーザーが傾いた。

 運転手が必死でハンドルを切る。


 中の男たちも、こうなると珊瑚を押さえるどころではない。

 わめきながら手近のものにしがみつき、身体を支えた。


 珊瑚は。


「きゃあああっ」


 遠心力によって、車から放り出された。


 元々自分から飛び出すつもりではあったが、心の準備もなしにふっ飛ばされるのではわけが違う。

 いくら気持ちを強く持っていたところで、悲鳴が出るのはしかたない。


 地面への激突を予測して目を閉じる。

 高校の体育の時間にぼんやり教わったとおり、身体をできるだけ丸めて、落下の衝撃に備えた。


「……えっ」


 抱きとめられた。


 目の前にはあの、青い肌の少女の顔があった。

 彼女は放り投げられた大袋を受け取るように、珊瑚の身体を難なく両腕で受け止めたのだ。


 脇へどさっと珊瑚を投げおろす。


 それもまたかなり乱暴なやり方であったが、そこでやっと珊瑚は習ったばかりの柔道の受け身を生かすことができた。

 ぐるんと地面で回転し、なんとか腕をついて身を起こした。


 少女はもう、走ってはいなかった。

 白い髪を風になびかせて、ランドクルーザーの行方を静かに見守っている。


 片輪をやられた車がガードレールに激突し、やっと停まった。

 しばらくして、ほうほうの体で男たちが這い出して来る。それでもまだあきらめてはいないようで、すぐに珊瑚を発見して、大声でわめき合った。


「下衆どもが」


 少女が呟いた。


「どこの世界でも、男は力を頼んで、女をなぶりものにする」


「え……」


 珊瑚は不思議なその少女を仰ぎ見た。


「あなたは、あいつらの正体を知ってるの?」


「知らん」


 にべもなく少女が答えた。


「だが、女をさらおうとするやつは、たいていの場合は悪人だ」

 

 なるほどとつい納得してしまいそうな、単純な世界観である。

 

 男たちの一人は、なんと機関銃まで持ちだしてきた。互いに粗野な叫びを交わしながら、再び珊瑚を捕まえようとしてか、こちらへ向かってくる。

 

「おい、娘」

 

 青い肌の少女が呼んだ。

 

「えっ、それって私のこと?」

 

「一応、確認しておく。あいつらはお前を無理やりに拉致しようとしているのだな? 私の勘違いではないな?」

 

「もちろんですとも!」

 

 両の拳を握りしめ、珊瑚は力強く同意した。

 

「あいつらは悪党よ!」

 

「よし」

 

 ふうっ、と。

 

 髪の毛の先をなびかせた少女が、次には弾丸のように男たちへ向かっていった。

 たまげた男たちが機関銃を向けるが、間に合わない。

 たちまち少女が男たちの間に躍りこむ。

 楽々と拳をふるい、蹴りを放った。

 

 小柄で華奢な外見からは想像もできない動きだった。

 屈強な身体つきの男たちが一撃で血反吐を吐き、四方八方へ吹っ飛ばされた。

 

 珊瑚は驚きに目を見張った。

 剣士のコスプレをしているだけではなく、本当に強いのだ、この娘は。

 しかも、まったくの素手で。

 

 少女は、男たちの構えている銃などものともしない。そもそも、トリガーに指をかける前に弾き飛ばしている。

 

 たちまち男たちは全員まとめて地面に叩きつけられ、もしくはうずくまってうめき声を上げるばかりになった。

 

 その惨状の中に、少女は静かに立っていた。

 

「まったく」

 

 表情は相変わらず、腹立たし気である。

 

「この世界に来ると、ろくなことがない。さっさと機械人形の残骸を探し出して、アイザス様の元へ戻らねばならないというのに、うっかり人助けをしてしまった」

 

 青い肌と白い髪。コスプレめいた衣装と、腕っぷしの強さ。

 

「娘、怪我はないか」

 

 珊瑚を娘呼ばわりする尊大な口調もまた、見かけの可憐さにそぐわなかった。

 第一、どう見ても珊瑚のほうがこの少女より年上だろう。

 

「あなた、誰なの?」

 

 そのせいだろうか。

 つい珊瑚も命の恩人を相手に、ぞんざいな口調になってしまった。

 

「ファラ」

 

 少女の返答もぶっきらぼうだった。

 

「怪我がないならそれでよいが、男にしてやられるのは、お前にも隙があるからだ。今後は注意して暮らすように」

 

 唖然とするほどの上から目線な発言である。

 コスプレをしているキャラになりきっているのだろうか、と好意的に解釈しつつも、珊瑚はムッとした。

 

 そこへ、すごい勢いのジープがやってきた。

 

 すわ援軍かと身構えたが、それは見慣れた車体だった。

 

「珊瑚、無事だったか!」

 

 胴間声と共に、助手席から転がるようにして九条が降りてきた。

 運転しているのはフォウで、こちらも珊瑚を見つけてホッと笑顔になっている。

 

「おおい、珊瑚! 返事をしろ、無事なんだな?」

 

 珊瑚たちのいるところまでまだ距離があるのだから、最後まで車に乗っていればいいのに。あまりに心配で、姿を見つけたとたんに車を下りなければと考えてしまうところが、いかにも九条らしいせっかちさである。

 同じくこちらに向かっているジープに負けぬよう、全力で走ってくる。

 

 九条もフォウも、珊瑚の脇に経っている青い肌の少女にはまだ、気づいていないようだ。

 

「お父さーん、フォウくぅん!」

 

 珊瑚は二人に向かって手を振った。

 

 そこに油断があった、と言われればそのとおりなのだが。

 

「危ない!」

 

 だしぬけに、少女が叫んだ。

 同時に、珊瑚は思い切り突き飛ばされた。

 

 今度は受け身を取ることもできず、横ざまに転んでアスファルトに頬をこすりつけた。

 慌てて顔を上げたときには、珊瑚を自らの身体でかばった少女が、機関銃の台座で殴り倒されたところだった。

 

 男の一人が、やられたふりをして機会をうかがっていたのだ。

 

 さすがの無双少女も、珊瑚をかばうのが精いっぱい。

 後頭部の急所を直撃されて昏倒する。

 

「ファラさんっ」

 

 珊瑚がファラに飛びついて引き起こそうとした。

 けれども、その前に男が珊瑚の襟首をつかんだ。

 

「珊瑚ちゃあん!」

 

 フォウがジープで突っこんできた。

 しかし、男が機関銃を珊瑚の頭に突きつけているので、何もできない。

 

 逆に男の手振りに従って、ジープをわきに停車させるしかなかった。

 

 両手を挙げ、フォウは運転席から下りた。

 息せききって駆けつけた九条がその隣で、ものすごい勢いで英語の悪態を突き始めたのを目まぜで止めた。

 

 そうしながらもフォウは、ちらりと自分の手の平を傾けてみせた。

 男に気づかれないようにして、フォウはすでに親指と人差し指の間に、マッチを一本挟んでいる。

 火種さえあれば、フォウは無敵。

 

 男の指示で、珊瑚がファラを抱え上げた。

 そのときになってやっとファラの存在に気づいたフォウが、驚きで目を剥いた。何か言いかけるが、ぐっとそれを飲み込んだ様子だ。

 

 珊瑚は男に従って、気絶しているファラを後部座席に横たえた。

 人質は多いほうがいいし、それが女であればもっといい、とでも思っているのだろうか。それとも、ついさっき自分たちをまとめて蹴散らした少女に、後からゆっくりと復讐するつもりだろうか。

 どちらにしても、ろくでもない。

 

「お父さん、こいつらはなんなの?」

 

 低い声で、珊瑚は九条に問いかけた。

 

「強盗団の生き残りだ。俺が全員まとめて捕まえて、刑務所に放り込んだ」

 

「ということはやっぱり、お父さんへの復讐のため?」

 

「それは……」

 

 九条がなにやら言い淀んだ。

 次いで、思い切って顔を上げて口を開きかけた。

 しかし、自分にわからない言語でのやり取りに苛立った男が、ぐりぐりと珊瑚に銃口を突きつけて、鋭い怒声を放った。

 

 その銃口に押されて、珊瑚が助手席側のドアを開けた。

 

「わかったわよ。このままじゃ車の中に入れないから、ちよっとそれ、どけてよ!」

 

 ドアをくぐるために身をかがめた珊瑚が大胆にも機関銃を手で押しのけた。


 銃口が珊瑚から離れた。

 

「今だ!」

 

 フォウが自分の腕時計のバンドでマッチを擦った。

 

 燃え上がった炎がフォウの口笛に従って宙をくねり、男の腕にまきつく。

 ぎゃっと声を上げて男が炎を振り払おうとした。

 機関銃が手から離れる。

 

 ものも言わず、九条が男に飛び掛かった。

 殴り倒す。

 

 男は勢いあまって助手席に倒れこみ、その上に九条がのしかかった。

 互いに英語の放送禁止用語を叫びながら、もみ合いになる。

 

「珊瑚ちゃんっ」

 

 フォウが珊瑚の手を掴んで引いた。

 珊瑚は仰向けに草むらへ倒れこみ、その反動を生かしてフォウが車の中へ飛び込んだ。

 九条へ加勢する。

 

 だが、狭い中での殴り合いは予想外の成り行きになっていた。

 互いに相手にダメージを与えることばかり考えて取っ組み合っていたせいか、押しやられた男は、いつの間にか運転席へ移動していたのだ。

 本人もそのことに気づくと、後は躊躇しなかった。

 

 思い切りアクセルを踏み込む。

 

「わっ、わわ!」

 危うく振り落されそうになったフォウは、半開きのドアをつかんでなんとかこらえた。

 

 もちろんのこと、男もちゃんと運転をしているわけではない。ハンドルも握れていない。アクセルを踏みこまれた車が勝手に暴走しているだけの状態である。

 

 ガードレールにぶつかり、崖に車の腹をこするたびに、中の人間は床へ天井へと転がり回った。

 

「く、く、九条先生!」

 

 転がりながらもなんとかハンドルを掴もうと努力しながら、フォウが叫んだ。

 

「ファラを、後ろのその女の子を頼みます! こっちは俺が!」

 

 ハンドルを奪い返そうとする男を蹴り飛ばした。

 

 車はいつしか、危険な山道へさしかかっていた。

 外の天候も怪しくなっている。迫る夕闇の中を、ちらちらと雪が舞い始めた。風も強い。和彦が予言としたおりの、吹雪の予兆だ。

 

「くそっ、しつこいぞ、こいつ!」

 

 フォウはもう一度、男を蹴倒した。

 のけぞった男は、自分の背中で半開きのドアを押し開けてしまった。ぎゃああと叫びながら、車から振り落されていく。

 

 ホッとして、フォウが後部座席を振り返ろうとしたとき。

 

「おいっ、フォウ! 前!」

 

 九条の警告は遅すぎた。

 

 前方に目を戻したら、なんたることか。

 落石だ。

 

 激しい風のせいで、このあたりでは吹雪の前によく崖崩れが起きる。道にもうるさいほど警告の標識が出ている。

 だからといって、何も今、このときでなくとも。

 

 とっさにフォウはハンドルを切った。

 

 直撃は避けられた。だが。

 

「うわああああ!」

 

 車が大きく傾いた。

 片側の車輪が路肩から大きくはみだし、宙に浮いた。

 

 こうなると、中でどれほど踏ん張ってみたところで、どうすることもできない。

 よりによって、崖の下からものすごい大風が吹き上げてきて、車はさらに煽られた。

 

 ふわっと一瞬、宙に浮く。

 

「九条先生、その子を!」

 

 フォウは、後部座席に向かって叫ぶだけで精いっぱい。ファラはまだ奇絶したままだ。誰かがついていなくては。

 

 無駄を承知でフォウはハンドルとブレーキを操作し、崖を落ちていく車がなんとか平衡を保てるようにと苦心した。

 車輪が斜面を削りながら、すごい勢いで落ちていく。

 その方向をできるだけ斜めにしようとフォウは努力する。少しでも落下速度を落とそうという算段だ。

 

「あっ」

 

 目の前に巨木が現れた。

 崖から斜めに生えようとして断念した、というふうに斜面から突き出ている。


 歯を食いしばって、フォウがハンドルを切る。

 せめて激突は避けようとした。

 

 激突した。

 

 フォウが、次にはファラを抱えた九条が。

 車外に放り出された。

 

 やがて、車が崖下に到達した。

 轟音の後の一瞬の静けさ。次には、ガソリンに引火して、派手な爆発が起きた。

 

 もくもくと黒煙が上がった。

 

 その頃になって、ようやく珊瑚がよろよろと崖の上へ現れた。

 へし折れたガードレールの間から下を見下ろして、悲痛な声を上げた。

 

「お父さん………フォウくん……⁉」


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