6 この世界の事 2
朝食が終わり、とりあえず自室に戻ってきました。
時間はありますが、考えなければならないことも多いです。そしてやらないといけないことも。
備忘録代わりに日記でも書きますか。
でもどうしよう。この世界の言葉は一応分かりますし書けます。頭では分かっていますが、手とかは慣れません。考えをまとめるなら日本語で書いた方が楽です。
ちょっと危険ですがこのまま日本語で書きましょう。クレアも言っていましたがマチルダは自分で日記を管理していたので、私が肌身離さず持ち歩いていたとしても誰も指摘したりすることはないでしょう。
落としたりしなければ。それだけは気を付けないと。
いざこういうものを書き始めると頭の中が整理されていくようです。
今、この場で私がやるべきととはなにか。まずは状況を整理しないといけません。
私はどこにいるのか。これは分かります。私が遊んでいたゲーム。タイトルは、アナザーレイジングスカーレット、長いのでアナレイって略称をみんな使ってました。ファンタジー系のソシャゲです。
舞台は大陸南方にあるコーラス群島の一国、トルーク王国。かつて大いなる邪神とそれを崇拝する国に立ち向かった英雄たちが建国した国です。何百年かそれとも千年くらい経っているのかな。
主人公はアイリーン。赤き聖女と呼ばれる少女です。
昨日後ろの方で縮こまっていた人で、確か辺境の町出身ですね。身寄りがなくて領主であるドーラ辺境伯家の庇護を受けている、だったかな。いつの間にか赤き聖女とか呼ばれてましたけどあんまり詳しい経緯は覚えてません。考察はいくつか見ましたよ。実は有力貴族の庶子である、とか。まあ主人公なんでもっともらしい理由はあるでしょう。
なにかすごい力を持っているとかそういうわけではなかったアイリーンでしたが、王国で頻発する怪事件を前になんかすごい力を得て人々を守るために戦うことになる、というのが簡単なストーリーです。基本話はほとんど流していたので細かい設定とかは知りません。それよりもガチャでかわいいキャラとか強い武器とか集めたかったので。
そして私はマチルダ・リリカント。かつては王国きっての名門と呼ばれながら没落し消えていったリリカント家の令嬢で、強大な力を持って王国を破壊と混乱を招く青き魔女として復活し復讐のため世界を破壊と混乱の渦に巻き込む! ということでしたが具体的なことは分かりません。プロローグの時点でリリカント家はなくなっていますし、ようやくマチルダが現れたところまでしかプレイしていませんから。ゲームの開始時点ではマチルダの存在はほとんど触れられていませんでしたし。
王立学院でアイリーンと同級生だったというのは分かっています。それ以外だと噂が一つ二つ聞ける程度でした。どうも話題に出すこと自体が憚られるような感じだった気がします。
そんなアイリーンですが、主人公兼メインヒロインなので当然その相手役もいます。第一王子のサリバン。多分昨日私をひっぱたいた人です。確かそう名乗っていたはずですから。
ゲームの始まりは、確かサリバン王子がアイリーンを魔物か何かから助けるところから始まっていたはずです。様々な事件を乗り越えていくうちに二人の間に恋心が芽生えていく、ようなこともありました。ラストにはくっつくんでしょうね。
つまり、今のこの状況はアナレイのエピソードゼロ的なものということですか。
このまま行くと私の家は没落するということですね。でいずれマチルダは魔女になると。
問題はその過程です。マチルダがどんな境遇になったのか、これは全く分かりません。ただ魔女、なんて呼ばれるくらいですし、劇中で引き起こされた事件も割とえぐいものが多かったりするので、それはつまりそれだけの地獄を見た、とかそういうことになるんでしょうか。
そして、このまま行けばその足取りを私がいやでも味わう羽目になる。
何が原因なんでしょうか。リリカント家が有力貴族である以上、それが没落するのならそれだけの何かがないといけません。考えられるのは昨日の話、私との婚約を破棄するとサリバン王子が言いました。王子との婚約を破棄ですからね。ただでさえ婚約破棄なんてトラブルの元なのに一方的な感じだったので余計話がこじれますよ。あんなこと言いだした理由って何でしょうか。あのときのサリバン王子の言葉、ちょっとは覚えていますけど、どうも私がアイリーンに何かしたみたいです。立ち位置的には悪役なのできっといじめたりしたんでしょうか。
でもクレアの反応とか見てると、マチルダがそんな性悪な感じに思えないんですよね。
それにそもそもゲーム中でアイリーンとの接点がありません。確かにストーリーはほぼ飛ばしていますが、キャラクターのインスト辺りを見てもそれらしい内容は一切ありませんでした。そもそもアイリーン自体、市民階級で学院内では目立たないって設定でしたがいじめとかそういうのはなかったはずです。
それともマチルダがいなくなって、いろいろあってアイリーンへの嫌がらせみたいなのがなくなったということでしょうか。
そもそも婚約破棄程度で家が丸ごと没落するってあり得るんですかね。まあ確かにマチルダがいろいろ陰で悪さをしていた、なんてことが明らかになれば王家としても顔に泥を塗られた感じになるので婚約破棄というのは分かります。
でも没落ってなると、つまりリリカント家を国の重要な存在から外すってことですから、それなりの理由がないといけないと思います。ここからまた更に何かあるってことなんでしょうか。
いずれにしてもここでのほほんとしているわけにはいきません。
このままではとてつもなく大変なことが起こってしまうのですから。すぐにでも何とかしないといけないのですが、うかつに動くこともできません。なんといっても体はマチルダですが、中身は違います。今の私の状態がもしほかの人に知られたら取り返しのつかないことになります。あまり派手に動くことはできません。
こう、うまく立ち回れればいいんですけど、あいにく私の知識が断片的過ぎてどうしようもないです。困りました。
仕方がありません。
考えが煮詰まってしまいました。情報が少なすぎる現状ではここまでのようですね。
そもそも私に何が起こったのかも考えないといけません。
昨日も考えましたがやっぱり”転生”したんだと思います。信じられませんがもうここまでくると信じるよりほかに方法がありません。
仮に違うとしても私にはどうすることもできません。例えば夢ならいずれ覚めるだけですし、走馬灯なら……、いつか終わってしまいます。もっと別の何かだとしても私ができることはこの中で生きることだけです。そういう根本的なことから考えだしたら切りがありません。転生ということで話を進めましょう。
確か、記憶にある限りですと、部活が終わって帰ってきて適当にご飯を食べてゆっくりしてましたっけ。それまでバタバタしてましたけどようやくひと段落していたので。そうしたら確か電話がかかってきたんです。相手は……。
誰かが部屋の扉をノックします。
「マチルダ様」
クレアです。何だろう。何かあったんでしょうか。