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転生令嬢マチルダ・リリカントの過酷な日々  作者: 劇団騎士道主催
第1章 転生と家族と青の祭剣
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3 転生令嬢 3

 クレアに促されて移動します。今の私にはありがたい話です。こんなところに長居できません。迂闊に何かしゃべるわけにもいきませんし。

 馬車に乗っているときは夢かもしれない、なんて考えていました。夢ならそこに現実感なんてものはありません。でも実際にはそれと真逆です。徐々に現実味が増していっている気がします。私やクレアやお父様の足音、息遣い、扉を開けたり、服がこすれる音、屋敷の外で感じた冷たい空気や屋敷の中で吊り下げられたシャンデリアの光具合。夢ではまず感じることのないそう言う細かなものを私は五感で感じます。

 これが夢だとはどうにも思えなくなってきています。

 私の頭の中にまた一つ考えが浮かびます。”異世界転生”。菅家というより妄想です。妄想ですけど、ありえないことですけれども、もしそうならこの現実感と非日常感をまとめて説明できて納得できます。

 あるいは変わった形の走馬灯でしょうか。でも、そうなると私、死んでるってことですよね。確かに仮に転生だとしても死んでることに違いありませんが、それはそれで心苦しいこともあります。

 だって何も準備していません。明日は明日でごく当たり前のいつもの毎日が来るって思ってましたし。

 ここに来る前は何をしていたっけ。

 確か、こうなる前、私がこの世界で気が付く前、この世界に来る直前といえばと言えば、……確か。


「マチルダ様?」


 クレアに呼ばれます。

 いけない。

 考え事はとりあえず後回しです。今は目の前のことに集中しましょう。まだ安心できるわけじゃないんです。私の一挙一動、これが怪しまれないようしないといけません。

 とりあえずクレアに私の部屋へ案内してもらいます。

 多少状況を飲み込んできたおかげかちょっと思い出してきました。私、というかマチルダ・リリカントの家族構成です。確か父、母、そして兄だったか。


「グローデン様?」


 クレアが言いました。廊下に誰か立っています。壁にもたれかかって腕組んでいました。不機嫌というか厳しいというか、あまり歓迎されていないような表情で私を見ています。

 見た目は若いです。あの人がお兄様でしょう。


「帰ってきたか」


 お兄様がぶっきらぼうに言います。きっといろいろと聞き知っているのでしょう。

 そういえば私を助けてくれたあの人、ライオネルさんから、よろしく伝えておいてくれ、と言われていました。


「あの」


 無反応です。私の話に聞く耳を持たない感じです。


「親父と会ったか?」


「え? はい。先ほど」


 お兄様はむっとした表情です。何が気にくわないのでしょうか。いや、考えるまでもありませんね。

 私に対しての憤りではないでしょうか。


「ゆっくり休め」


 はい?

 態度とはまるっきり正反対のことを言います。


「忙しくなるぞ」


 それは分かります。なにせ何かしらあって、婚約破棄とか言っていましたか、そんなこんなで逃げてきたようなものですから。

 それだけ言ってお兄様は私たちとは反対に去っていきます。


「それと」


 途中で立ち止まりました。まだ何かあるんですか?


「誰のせいか、何が原因か、考えて動けよ」


 そんなこと言われても。

 私には何が起こっていたのかすら分からないんです。

 もしかしたら私が悪いのかもしれません。けど、理由も何もわからないまま非難されるのは納得がいきません。

 だからといって今ここでどうこう言うこともできません。

 お兄様はそれだけ言ってまた歩き始めました。さすがに次はありませでしたのでそのまま私の視界から消えました。

 言付けのことは忘れていました。仕方がありません。別の機会にしましょう。

 誰のせいか考えろ。

 すごく嫌な言葉です。この状況はおそらくはマチルダのせいです。私のせいではありません。でも今私はマチルダになっています。自分は全く分からないことなのに、自分のせいになるっていうのは納得いかない話です。でもそんなことを人に言うわけにはいきませんし、言ったところで理解してもらえるはずがありません。

 この行き場のない感情はどうすればいいんでしょうか。

 私の部屋はさほど遠くないところにありました。

 令嬢の部屋だけあって派手に作られています。壁紙は赤の暖色が用いられていて、ベッドは天井付きです。

 ここに足を踏み入れるとそれまで張っていた気がすっと抜けていくような感覚を覚えます。自分だけの空間という安心感のようなものを感じているのでしょうか。あくまで”他人の部屋”のはずなのにおかしな話です。

 気が抜けてしまったのでしょうか。心の中から不安があふれ出てきます。心臓の鼓動が激しくなっていくのが分かります。何とか落ち着かせようと深呼吸してみるんですが、この服装ではままなりません。むしろ息をするたびに苦しくなっていきます。息苦しくなって、小刻みに浅い呼吸をしますがとても間に合いません。

 息苦しさがさらに不安を増大させて、それだけではなく心の中からいろんな感情を引っ張り出してきます。焦燥感、恐怖感、喪失感、憤り、悲しみ、諦観。

 私はどうしたらいいのでしょうか。

 自分に何が起こったのかもわからない。何でこうなったのかもわからない。ゲームの世界なのは分かりますが、それにしたってほとんど覚えてないない。

 こんな状況で私はどうすれば。

 こんな世界で、一人で、どうやって生きていけばいいんですか。

 戻りたい。

 今すぐ、元の世界で、いつもみたいに、学校に行って、みんなと話をして。

 息苦しさと呼吸の激しさが増していきます。もう自分ではコントロールできません。

 息を吐くよりも吸うばかりで……。

 涙がでそうで……。


「あ」


 突然でした。

 クレアが、私を抱きしめてくれました。

 本当にいきなりで、反応に困ってしまって、戸惑って、どうすればいいのか。

 しばらくそのままです。

 でも不思議です。あんなにも息苦しかったのに、いつの間にかそれがなくなっていました。あんなにも溢れていた不安や、ネガティブな感情がどんどん消えていくようでした。


「……大丈夫です。誰もあなたを独りにしません」


 しばらくクレアの暖かさ、温もり、優しさを感じていました。

 数滴あふれ出た涙もいつの間にか引っ込んでしまいました。

 それから少し経って、クレアの体が私から離れました。でも目と鼻の先にクレアの顔があります。

「あ、ありがとう」

 見つめられると、なんだか恥ずかしくて照れてしまいます。

 クレアは微笑みながらじっと私の目を見ています。


「あなたを見守るとお約束しましたから」


 約束。

 なんでしょう。後ろめたい気持ちになります。

 今の私はマチルダであってマチルダではない。そしてそれは誰も知らない。

 クレアの言う約束だって私は知りません。

 でも、クレアに抱きしめてもらったこと、優しく微笑んでもらっていること。それらがいろいろなものを洗い流してくれました。


「今日はお疲れでしょう。お着替えを」


 そうですね。

 まずは身軽になりましょう。いろいろと纏わりついているものを取って楽になりましょう

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