表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

人生についての一考察

作者: 風風風虱

 その日は良い天気だった

 突き抜けるような青い空には雲一つなかった


 男は気分が良かったので秘蔵のワインを開けることにした

 日がな一日、ワインを飲みながら空を眺めていようと思った

 人生に一日ぐらいそんな日があっても良いだろう


 そう男は思った


 お気に入りのテーブル、一面鏡張りの小さなやつだ、をベランダに置くと念入りに磨き始める

 それこそ針の先程のくすみも見逃さずに拭き取った


 小一時間もたったろうか、男は満足そうにテーブルを眺めた

 テーブルは空を映し美しい青に染まった

 そこに座り、空を見上げるとまるで空に座っているような気がした


 男はますます良い気分になり、とっておきのチーズの存在を思い出した


 そうだ、この際だからチーズも食べてしまおう、と男は思った

 人生に一日ぐらいそんな日があって良いのだ


 冷蔵庫の奥からチーズを取り出し少しにおいを嗅いでみた


 大丈夫だ、腐ってはいない


 いや、チーズなんて代物はそもそも腐ってなんぼのものなのだ。と男は自分に言い聞かせる

 が、やはり少し不安になったので、ガスコンロで程よく焦げ目をつけることにした


 完璧な焦げ目がつくよう男は慎重に、ざっと半時ほど時間をかけてチーズをあぶった

 

 完璧だ


 男はできあがったチーズをみて満足そうな笑みを浮かべる

 そして、ワインを入れたデキャンターとチーズをもって意気揚々とベランダへでた


 雨が降っていた


 あれほど青かった空は、今や宵闇のように真っ黒で、締まりのない蛇口のように雨がだらしなく漏れ流れてきていた


 男はため息をつきながらテーブルについた。少しの間、落胆したようにうつむいていたがやがて顔を上げる。


 まあ、長い人生においてはこんな日もあるのだろうな、と思う

 どんなにあがこうとも、自然の気まぐれには人は逆らうことはできないのだから、と達観して、ワインを一口飲む


 渋い


 思った以上の渋みに驚いたようにグラスを見た。かすかなおりが赤い液体の中をゆらゆらと揺蕩っているのが見えた。どうやらデキャンタージュに失敗したようだ


 男はため息をつく。さっきより深く、長いため息だ


 そして、ああ、よかった。雨が降っていて本当に良かった、と男は静かに思った

 自然のせいで完璧な日が台無しになるのは、自分のせいですべてを台無しにするより、何十倍もマシではないか


 感謝のグラスを土砂降りの雨に捧げながら、男はもう一度ワインを口に含んだ


 舌先にじんわりとして渋みがひろがる


 これもまた、人生というものだ と、男は思うのだった


 

 


 

 

 

  

2024/07/06 初稿

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そう、長い人生そういう事もありますよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ