【短編】聖女ビジネス~ディナー作戦開始~
いつもお読みいただきありがとうございます!
誕生日なので記念に短編アップしました。連載予定のものです。
異世界召喚されたら絶対これはやりたい。
魔獣の被害が日に日に増えてくる中、とうとう神殿が異世界からの聖女召喚に成功した。およそ百年ぶりの召喚である。
王城で婚約者であるクライド第二王子と会っていた私にもその知らせはもたらされ、すぐさま共に神殿へと向かった。
私にも大いに関係がある。
魔獣が増えたということはその地は穢れており浄化が必要ということ。穢れはなぜできるのかまだ分かっていないが、今のところ穢れを浄化できるのは神殿によって召喚された聖女様のみ。
そして異世界から来た聖女様は、すべての地の浄化が終わったら私の婚約者であるクライド第二王子と結婚する可能性が非常に高い。その時は第二王子と私の婚約は解消される。
聖女召喚とは、いつの時代もそういうものなのだ。王家としても聖女様を取り込みたい。以前は王太子と結婚していたが、いつの頃からか伝承ではその相手は第二王子になっていった。異世界からの聖女様に王妃が務まらなかったかもしれない。
神殿に向かう馬車の中で思わず手が震えた。
私と殿下はもう結婚式を挙げていてもおかしくなかったが、魔獣被害が増えてきたため延期が続いていた。国王も神殿もそして国民も伝説の聖女召喚を信じていたからだろう。
とうとう、子供の頃からの私たちの婚約は解消されるかもしれない。覚悟していたことなのにいざとなると怖い。
殿下の隣に八歳の頃からいたのは私なのに。大好きなクライド殿下と一緒にいるためにここまで努力し続けていたのに。
でも、恨むのは異世界からの聖女様ではない。彼女は誘拐に等しくこの世界にやって来て、浄化をして救っていただくのだから。何かを恨むとすればこんな世界、あるいは良すぎたタイミングだろうか。
神殿に到着すると、異様な熱気を感じた。
聖女召喚は難しい儀式だと聞く。神殿長や神官たちがやるたびにぎっくり腰で寝込んでおり、このたび五度目の正直で召喚に成功したのだからこの雰囲気も納得だ。
なんでも、儀式では夜通しうさぎ跳びをするので軟弱な神官では膝を壊す。さすが神殿長、そして国中から集められた選りすぐりの神官たちだ。
クライド殿下とは一言も口を利かないまま、神殿の儀式の間に通された。小さな頃から一緒にいるのだ。彼が不安を感じていることは口を開かなくても分かる。
この国では大変珍しい長い黒髪の女性が儀式の間の真ん中に座り込んでいた。これまた女性では珍しいパンツスタイルで、見たこともないほどシンプルな装いだ。機能的な黒いジャケットにパンツ。
一体、神官たちは何をやっているのか。いくら暖かい季節とはいえあんな冷たい床に聖女様を座らせたままにするなんて。せめてイスを持って来ることはできないのだろうか。思わず私は顔をしかめる。
私たちの足音が聞こえたのか、聖女様がぱっと顔を上げる。なぜかその顔には笑顔が広がった。そして真っ直ぐ私に手のひらを向けた。
「私! あのすんごく綺麗な女性の方とならお話します! 他は! 男は! 嫌いなんで近寄らないでください!」
私と殿下はキョトンとしているが、囲んでいた神官たちは私の前が空くようにさぁーっと左右に割れた。聖女様が混乱されて困っていたのかもしれない。
召喚されていきなり神官に囲まれていたら誰でも驚くだろう。屈強な神官の何人かはうさぎ跳びをしていたであろうし、うさぎ跳びをしない組はこの世の終わりのような形相で神への祈りを唱えていたのだろうから。
私は召喚された聖女様の手のひらが震えていることに気が付いた。丁寧にこちらに差し出された荒れ気味の手のひら。まるで男性がダンスに誘うような差し出し方だが、そんな細かいことを言っている場合ではない。
私はすぐさま聖女様に駆け寄って、その手を取った。これはもしかすると、クライド殿下のお役目だったのかもしれない。
「バークマン侯爵家が娘、リーゼロッテと申します。聖女様」
私は精一杯友好的に見えるように微笑んだ。聖女様から「うわぁ、すっごい美人」という言葉が漏れる。先ほどから言葉は通じているようだ。こちらも彼女の言葉が分かる。
聖女様は二十代くらいだろうか、現在二十歳のクライド殿下との年齢のつり合いも取れそうだ。その事実にほんの少し胸が痛んだが、緊急事態だと言い聞かせて無視した。
「あ、私……エリ……」
「聖女様、なりません」
「え?」
「本当のお名前を言ってしまうと、悪用される可能性があります。どうか、あなた様の本当のお名前は伏せておいてください。脅すようで申し訳ございませんが……私のことも皆も信用するのは少し早いでしょう?」
私の囁きに聖女様は少し考えてから頷く。
この国では、魔法は神官と聖女様しか使えない。相手に魔法をかけるのに名前なんていらないが、名前を知っていると効力が高まってしまう禁忌の魔法もあるのだ。
「私はエリカと申します」
「聖女エリカ様。急にこのように取り囲んでしまって申し訳ございません。しかし、あなた様はこの国の光なのです。どうかこれから、あちらの神殿長のお話を聞いていただけますでしょうか。僭越ながら私も同席いたします」
今回の聖女様はきっと、男性恐怖症か何かでか弱く健気に震えていらっしゃるのだろうと思ったのだ。
私はこの方に絶対に良くしなければならない。誰かに言われたわけではない。私と殿下の婚約など国の平和のためなら比べるまでもなく、とんでもなく軽いものだ。
聖女様は元の世界に帰れないということにショックを受けていたものの、穢れた地の浄化を引き受けてくださった。
「これはビジネスだから。私はビジネス聖女ね」
と、しっかり対価として給料を要求された。そちらの方が神殿としてもやりやすかったようだ。現在は神殿に身を置いて、聖女様しか使えない聖魔法の訓練中である。
私は聖女召喚のあの日から聖女様の側にずっといるようになった。神殿からも国王陛下からも頼まれたのだ。話し相手兼侍女のような存在だろうか。これまでだって私はクライド殿下のサポートをしていたのだ。それが聖女様に代わっただけ。
聖女様は特に若い男性が苦手なようでお年を召した神官や神殿長、そして私としか話をしようとしないのである。若い神官が話しかけてきても「はい」「いいえ」「わかりました」「嫌です」と答えるくらいだ。
「イケメンって苦手なのよね。絶対騙してくるから」
なんだそうだ。向こうの世界で酷い目にでも遭われたのだろうか。
「ウィンガーディアムなんたらオーサッ!」
聖女様が彼女にしか使えない聖魔法をぶっぱな……えぇ、ぶっぱなすのを見学しながら休憩のお茶とお菓子の準備をする。
あれは異世界で流行りの呪文なのだという。なんでも物を浮かせる呪文だそうだ。今は物が浮いているわけではなく、的に聖魔法が当たって粉々になったところだ。
「やっぱり、魔法はカッコいい呪文がないとダメよね!」
最近思うのだが、聖女様は第一印象とはかなり違う方だった。元の世界に戻れないせいで空元気なのかもしれないが、訓練の時はとても明るい。そしていつもよく分からないことを得意げに口にする。私は無理矢理召喚されても楽しんでいる聖女様を眩しく思う。
「あなたはバカですか。そんな大声で呪文を唱えながら攻撃すれば、魔獣相手に自分の位置を示しているようなものです。ノーモーションで展開してくださいと何度も言っているではないですか」
銀色の長髪をなびかせて女性と見紛うような容貌の神官が近付いて来た。神官は全員男性なので、いくら女性のようでも彼は男性だ。聖女様の教育係のヒースクリフ様である。彼は神官の中で最も結界の魔法が得意なので、聖女様の聖魔法訓練にうってつけなのだ。
「呪文がダメだなんて。冗談はよしこちゃん」
聖女様はイマイチ何を仰っているのか分からないが、寒気がする。これは私の祖父が「ふとんがふっとんだ」なんて言っていた時と同じ悪寒だ。聖女様はこういう寒気を催す発言を笑顔でたまにされる。
「じゃあこれは?」
聖女様はざっと勢いよく片足を引いて手首あたりで両手をくっつけ腕を思い切り伸ばして「かめかめ波!」と叫んで聖魔法を放った。いや、発音が聞き取りにくいから違う叫びかもしれない。「かめはめ」かな? ヒースクリフ様が慌てて結界を張る。砂埃がおさまると、聖女様の前の地面が一直線にえぐれている。
「どう? リーゼ、これは子供の頃から練習してた技よ」
「異世界では魔法が一般的なのですか」
「ううん。みんな使えないわよ」
聖女様は私のことを「リーゼ」と呼ぶ。私は聖魔法の威力に驚いていた。
「結局叫んでるじゃないですか」
「またつまらぬものを斬ってしまった」
「斬ってないでしょう。えぐってるんです」
おそらく異世界で流行っているセリフや技の名前に、ヒースクリフ様はまたも呆れている。聖女様は唇を尖らせた。
「べっつに~」
「何ですか、そのお顔は」
「エリカ様よ」
「呪文や技の名前はせめて小声でお願いします」
「短いし、カッコいいからいいじゃない」
「叫んでいる間に魔獣に襲われたらどうするんですか」
「騎士の皆さんに守ってもらうわよ。まさか最前線に一人で行かされるなんてないわよね?」
「神官たちも騎士たちも同行しますが、今の聖魔法では味方まで巻き込みますよ。もっと細かい操作が必要です」
聖女様は若い男性は苦手だが、ヒースクリフ様は見た目が女性のようでしかもこびへつらうことなく意見を言うから大丈夫なのだそうだ。最も苦手なのは、いつも笑顔で口の上手いイケメンらしい。
聖女様とヒースクリフ様は傍目にもお似合いだ。
聖女様がクライド殿下ではなく、ヒースクリフ様を望んでくれないだろうか。聖女様が望めばクライド殿下と結婚はしないのではないだろうか。そんなバカげたことを一瞬考えて慌てて打ち消す。
クライド殿下が私との婚約を解消しないと言ってくれていても、いくらまだ婚約が保留されているといってもダメだ。王家は聖女を手放さない。だって、聖女召喚はそういうものだから。
私も空いた時間に聖女様の聖魔法について調べると言う名目で、神殿の書庫の本を読み漁っているが異世界に帰った聖女様はどこにもいない。全員この世界で亡くなっている。
聖女様の訓練が始まって二カ月。
聖女様の聖魔法が浄化できるまでに達したとヒースクリフ様が太鼓判を押した。旅の準備が出来次第、聖女様は浄化の旅に出発されるのだ。
「ねぇ、リーゼと話がしたいから二人きりにしてくれない?」
ある日のディナーで聖女様がそう言い出した。
監視のように張り付いている神官や使用人たちは渋ったが、聖女様は浄化の旅が始まる前の息抜きということでワガママを押し切った。
「女の子二人ですることっていったら一つしかないでしょ。じゃあ、ディナー作戦開始といきましょう」
「ディナー作戦?」
「私、レッドフォードのファンなのよね~」
聖女様はレッドフォード侯爵家をご存じなのだろうか。聖魔法の訓練しかしていない状態で、すでに貴族家を把握されているなんて知らなかった。
歴代聖女様はどこかの家の養女になって王家に嫁いでいる。レッドフォード侯爵家なら……ふさわしい。バークマン侯爵家の私との婚約が解消されても、あの家なら殿下の後ろ盾になれる。もちろん、聖女様と結婚するだけでも十分なのだが。
まさか、ディナー作戦というのは――。
「ねぇ、クライド第二王子殿下と私って浄化終わったら婚約させられるんでしょ?」
思わず、パンをちぎっていた手を止めた。
聖女様はもうそれをご存じなのか。彼女は若い男性が嫌いだから、浄化が終わってから知らせるって聞いていたのに。
「……そうなると思われます」
「あ、ごめん。そんな顔しないで。リーゼを責めてるわけじゃなくて。リーゼは婚約者なんでしょ? そうしたらどうなるの?」
「私と殿下との婚約は解消されて……私の婚約はまたどこかの家と見繕われると思います。他国かもしれません」
分かっているのに。口にするとやはり悲しい。
「リーゼが異世界に戻る方法を調べているのは私のため? それとも第二王子と婚約を続けたい自分のため?」
「……気付いていらっしゃったのですか」
「まぁね~。ねぇ、どっち?」
聖女様は私とヒースクリフ様にだけは気さくに話しかけてくれる。それが余計に苦しい。聖女様は私に敬語を使う必要はないと言ってくれるけれど、それができないほどに苦しい。だってこれ以上仲良くなってしまえば、私はもっと醜くなるはずだから。
「半分半分です。婚約の件は仕方がないと分かっています。でも、聖女様のご様子から異世界に帰りたいのではないかと思って調べていたのも事実です」
「あのね、諦めたらそこで試合終了だよ!」
試合? 何の試合?
私がキョトンとしていると聖女様は急に立ち上がった。
「どうして穢れが一定の周期で溜まるのか」
「あ、はい」
「なぜ異世界の聖女でないと浄化できないのか」
演説のようなことを始めた聖女様はテーブルを叩いて私に顔を近付けてくる。黒い理知的な目が私の前にあった。
そういえば、なぜ異世界の聖女様じゃないといけないのだろうか。どうしてこの世界の神官では浄化できないのか。なぜこの世界から聖女が出てこないのか。
「なぜ穢れのせいで魔獣が増えているのか。なぜ魔獣は人を襲うのか」
「なぜ、国は魔獣被害だの聖女召喚だので税金を上げるのか」
「なぜ召喚しておいて聖女を元の世界に戻せないのか。なぜ王子と結婚させるのか。別に聖女の力は遺伝しないじゃない」
聖女様は「なぜ」をひたすら突き付けてくる。私は全く答えられない。
税金を上げるのはお金が必要だからだと思っていた。魔獣討伐も聖女召喚もお金がかかる。緊急事態なのだから当然だと。
「私のいた世界ではね、戦争があるのよ。それでね、戦争って特定の層の一部にはすっごい利益があるわけ」
「聖女様、それ以上は言ってはいけません」
聖女様の口にしそうなことを予測した私は遮った。
「大丈夫。結界張ってるから」
「もう、そんなことまで……」
「リーゼはやっぱり優しいよね。あなただけは最初から私のことを考えてくれた」
「私は……そんなに優しい人間ではありません」
「ううん。あなただけは私が召喚されて皆が浮かれていたあの場で険しい顔をしていたもの。それで私には十分だった。もちろん、それ以降もリーゼが側にいてくれてありがたかった」
そんなことはない。
聖女様がもっと嫌な人だったら私は簡単に彼女のことを嫌いになれたのに。
私からクライド殿下を奪っていく人。国を救って私の居場所を奪う人。彼女がもっとワガママで嫌な人だったら、仕方がないなんて思わなかったのに。
でも、私はどうしても天秤にかけて仕方がないと思うのだ。
魔獣に親を食い殺された子供だっている。穢れが広がって家や故郷を失った人がいる。そんな人たちが存在するのに、自分だけ私利私欲でクライド殿下との婚約を続けて結婚したいなんて言えるわけがなかった。
「私は元いた世界には帰れるはずよ。だって異世界から召喚ができるんだから。パンツ下げたら上げるでしょ。普通はセットよ」
「でも、まだ方法は見つかりません……」
異世界召喚とパンツの上げ下げが同列で語られていいのか分からない。
でも呼ぶだけ呼んで返せないのはおかしい。そこがなぜ不可逆的なのか。
「それは調べていけばいいのよ。そして、私は穢れの発生は人間の仕業だと思ってるわ。王家と神殿でも結託してるんじゃないかしら」
「ですが……その穢れが異世界の聖女様にしか浄化できないのも事実では?」
「そうなのよね。まだ私、穢れってやつを見たことないから何とも言えないし。そのあたりも調べていくためにリーゼの力が必要なのよ。だって、この世界っておかしいことばっかり」
聖女様は頭がおかしくなってしまわれたのだろうか。でも、彼女の問いに何一つ答えられない私もどうなのだろう。
「聖女様は……もしかして異世界からの聖女召喚で国や神殿が儲けているとお考えなのですか?」
「そうね、聖女ビジネスで得をしてるんじゃないかって思ってるわ。戦争って国同士でやる必要ないものね」
「約百年に一度で?」
「あんまり頻繁にやるとバレそうよね。百年だったら前回を覚えている人がほぼ死んでるからいいのかも」
確かに国庫は現在それほど潤っていないけれど……そんなまさか。
「私は異世界に帰りたい。あなたは殿下とそのまま結婚したい。どうする? これを探る利害は一致してない?」
「聖女様は異世界に戻りたいのですね?」
「そうよ。家族とも引き離されちゃってるし」
「……申し訳ございません」
「リーゼのせいじゃないでしょ。私のせいでもない。そんなのを仕方がなかったなんて終わらせたくない。私、異世界に来てまで自分を殺したくない」
聖女様の目には強い輝きがある。
なぜか私はこの時、彼女が召喚されたことに酷く納得した。もし神がいるのなら、彼女をわざわざ選んだのかもしれないと。
「分かりました。私も最大限協力して真実を知りたいです」
「じゃあ、ディナー作戦開始ね」
聖女様の笑顔は変な呪文を唱えている時と同じでキラキラしていた。私はその笑顔にはしたなく心がときめいてしまった。
「それに私、もう三十三だから二十歳の王子様と結婚なんてしたくないわ。話合わない」
「え……!」
これが私と彼女のディナー作戦の始まりだった。
私は映画「スパイ・ゲーム」のファンです。
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