祭りの夜
今日は村で祭りがある。神社で神楽を踊って、神輿が村を練り歩く。
この村の人じゃない学校の友人たちも、祭りを見物に来ていた。
ライトアップされた境内、出店、ステージでの演奏や踊り。
「ようソータじゃん」
「ああ、来てたのか」
そこにいたのは親友のコウジ。横にいたのは同じクラスのサナ。
二人は浴衣で着飾っている。ここまでどうやって来たんだ?
「アニキの車に乗せてもらったんだよ」
と、コウジが言う。
サナは綺麗だ。青い浴衣にかわいい和柄のポーチ。髪もアップに結っている。
「暑いねえ、ねえソータ君はお神楽やらないの?」サナが声をかける。美しい声。
「ああ、俺はもう指導する側なんだよ」
「ええ、すごーい、でもソータ君が踊るところも観てみたかったな、ねえコウジ君?」
そんなことを言う。
「俺は観た事あるよ、ソータはダンスが上手いからな」コウジも褒めてくれる。
なんだか、変な空気だ。父さんとカレンと話をしているみたいな。
二人から離れたほうがよさそうだ。
「お、俺ちょっと村のことで行かなきゃいけないんだ、じゃあな」
「ああ、じゃあまたな」と、コウジ、
「バイバイ」と、サナ。
そう行って二人と別れた。少し離れて振り返ると、二人は手をつないで、出店を見て歩いていた。
あいつら、付き合ってるんだな。隠したりする関係でもないんだな。
言葉にできない寂しさが胸を覆ってきた。しかしこの感情がなにから由来するか、ソータにはわからなかった。
家に帰ろう、もう今日は祭りはやめだ、家に帰ろう。
自転車を漕いで、神社から家までの下り坂を急ぐ。風が吹き抜けるのに、汗がじっとりとまとわりついて、着ている法被が気持ち悪い。
自宅に戻り、門扉を閉めて自転車にカギをかける。
庭から窓ガラス越しに自分の家を眺めると、キッチンに父さんとカレンが立っていた。
楽しそうに料理をしている。ずっとおしゃべりをしていて、たまに目を合わせて微笑み合っている。
ああ、やっぱりだ、コウジとサナもあんな感じだった。
突然ソータはこの村に自分の居場所はどこにもないという感情に支配された。
兄を失った悲しみと、孤独感、疎外感、不意の失恋、変質する友情、選ばれなかった男としての敗北感。そういったものが全身を襲って、気がおかしくなりそうだった。
ソータは法被を脱ぎ、汗だくのジーンズとTシャツのまま駆け出した。
神楽、神楽の太鼓と笛、スピーカーから流れる祭囃子の音が遠くに聞こえる。
ソータは夕闇にまぎれて小舟を出していた。
『俺は遠くに行くよ、母さんと一緒に』
そう兄貴は言った。フライングダッチマンはまだこのへんにいるだろうか。
俺も連れて行ってくれ、兄貴、母さん!────
モーターの音が大きく感じる。
海は凪いでいた、風も吹いていない。大きな湾になっているこの海では珍しいことではないが、
それでもこんなに動きがない海は初めてだ。
闇雲に船を出したが、水平線にフライングダッチマンの船が見えた。
船まで近づくと、梯子を下ろしてくれた。小舟をつないで、ガレオン船に乗り込んだ。