「アラン第一王子の名において、今日この場で…」「あらあら~~?とっても不思議ですわ~~!?」
創立記念パーティーの最中、いきなり壇上にあがり演説を始めた王子の言葉を途中で遮り、私の隣で素っ頓狂な大声を上げたのは、今年で5歳になる私の妹でした。
「ちょっと!サンディ!あなた一体どうしてこんな所にいるの?」
「大好きなイザベラお姉様の危機に私の助けが必要とあらば、いつでもどこにでも馳せ参じるのは妹として当然ではございませんか」
私に向かってパチンと目配せして親指を立て微笑んでみせるサンディ。そんな漫画の主人公のような設定の妹、聞いたことがありません。
「そんなことより私、とーっても不思議ですわ!どうしてアラン王子は壇上にいらっしゃるのですか?学園規則第5条、細則第12項により生徒は立ち入り厳禁とされているはずですよね?いくら未来の王太子だからといって学園のルールを踏みにじっても許されるなどという横暴は通用しないと思うのですが」
それを言うならまだ入学すらしていないあなたが、学園規則の細則まで完全に把握していることの方がよっぽど不思議なのだけれど。気まずくなったのか、王子とその腕に密着してしがみついていたルイズ男爵令嬢は、そろそろと壇上から降りてきました。
「お姉様!お姉様!大変ですわっ!私、世にも奇妙な突発性の眼病に罹ってしまったか、あるいは突如として強烈な霊感が備わってしまったのかもしれません!!」
「……まあ、それは大変ね。でも、どうしてそう思うのかしら?」
その場でピョンピョンと飛び跳ねながら、あの有名な絵画のように両手で頬を挟み、私に向かってこの世の終わりのような表情をしてみせるサンディ。私は仕方なく妹の三文芝居に付き合うことにしました。
「だってお姉様の婚約者であるアラン第一王子の腕に、はしたなくしがみついているおぞましい女性の姿がこの目に映っているのです!しかも胸元が露わになった淑女らしからぬ下品でセンスの欠片もないドレスを着ているように見えます!こんな馬鹿げたことが現実に起こり得る訳がありませんもの!!!一体どうすればいいのでしょう!?」
本当にこの凍り付いた空気をどうしてくれるのよ、あなた。ルイズ嬢は、おそらく羞恥と怒りによって血管が浮かび上がるくらい真っ赤な顔をしてプルプルと震えています。すでに彼女の両手は王子の腕から離れて、胸元に大きく開いたスリットを少しでも目立たぬように抑え隠しています。一方の王子はなんとも居たたまれない表情で俯いています。
「それで、王子は壇上で何を仰ろうとしていたのですか?」
「…ああ…それは…その…」
先程まで悩まされていた眼病若しくは霊感なんて端から存在しなかったかのように、話題を変えて無邪気な表情で小首を傾げるサンディに対し、慌てて口ごもる王子。そんな彼を叱咤するかのように、ルイズ嬢は物凄い目つきで睨んでいます。
「…その…イザベラがこちらのルイズ男爵令嬢にヤキモチを妬いて、意地悪をしていたのではないかと尋ねようとしていたのだよ」
目の前のあどけない5歳児のために出来るだけマイルドにふんわりとオブラートに包んだ説明を試みようとする王子。
「ええ~!?どうしてお姉様がそちらの男爵令嬢ごときに嫉妬するのですか!?だって外見も品格も成績も家柄もあらゆる面で圧倒的に劣っている遥か格下の相手に対して、一体どうすれば妬み嫉むことができるというのか、未就学児の私には考えもつきません!少なくともお姉様は、地を這う無力な虫けらに腹を立てて苛めるような悪趣味なことをなさる御方ではありませんよ!」
「「「ぶふぉっ」」」
そんな王子の気遣いをどぶに捨てるように、容赦なく次々と爆弾を投下していくサンディ。耐えきれなくなった生徒達数名が吹き出してしまったようです。さっきまで惨めな気持ちで心が満たされていた私も、今は必死で唇を噛み締めています。
「それはっ!!!アラン王子がっ!!!私との間にっ!!!真実の愛を見出したからですっ!!!!!」
怒り心頭に発し、とうとう我慢できなくなったルイズ嬢が雄叫びをあげました。
「…はあ?……ふふ…ふふふっ…はははっ…はははははっ!!!」
突然糸が切れたように笑い出した妹の様子にその場に居合わせた全員がぎょっとしました。ルイズ嬢も驚きのあまり、怒りのボルテージが下がったようです。
「…はあ…ああ…苦しい…お腹が痛くなるまで笑わせていただきました。おそらく人生で2度目の抱腹絶倒です。少なくとも真面目なお姉様に比べてジョークのセンスだけは、お有りなのかもしれませんね。真実の愛というのは見出すものではなくて、測定するものですわ」
そう言うと妹は、どこからともなく冠のような形状をした魔道具を取り出しました。
「こちらは父から借り受けた嘘発見魔動式測定器です」
この世界にそんな便利なものがあったなんて知らなかったわ。目にも留まらぬ早業でルイズ嬢の頭に計測器を取り付けるサンディ。
「仕組みは非常に単純明快です。この計測器を取り付けた状態で、嘘を述べるとブザーが鳴る。ただそれだけですわ。あなたが真実の愛のお相手だと言うのであれば、王子に偽りのない愛を誓うぐらい造作もないですよね?」
ルイズ嬢は一瞬躊躇ったものの、サンディの煽るような口調に対して、引くに引けなくなった様子でした。
「勿論です!私は、アラン王子のことを心から愛しております!」
ビィィィィイイイイイイイイ!!!!!
けたたましいアラームが非情にも響き渡りました。耳障りな音が止まった途端、水を打ったように静まり返る会場。すうっと血の気が引いて青ざめるルイズ嬢と王子。
「ルイズ…そんな…嘘だろう…」
「こ、こ、これは何かの間違いです。私は王子を愛して…」
ビィィィィイイイイイイイイ!!!!!
最後まで言い終える前に、容赦なく食い気味に鳴り始めるブザー音。
「愛」ビィィィィイイイイイイイイ!!!!!
「…ふざけないでよ!!!こんなガラクタで私達の愛が測れるわけないわ!!!そこの調子に乗った可愛げのないクソガキの…」
「お黙りなさい痴れ者が!…さて、もう十分です。衛兵さん、彼女を連行して下さい。どのような意図があったかは後々取り調べで判明するでしょうが、王家と公爵家の正式な婚約を妨害しようとしたのですから国家反逆罪の現行犯といったところですね。あと名誉棄損に侮辱罪、上位貴族にたいする不敬罪も、たった今罪状に加わりました」
迫力の籠った一喝をくらい呆然としていた隙に、妹の指示で待機していたのであろう衛兵達がルイズ嬢の両腕を掴みます。金切り声をあげて抗議しながら暴れ、拘束を振りほどこうとする彼女を引き摺るようにしてそのまま連れていきました。
「さて…私は王子にも大好きなお姉様を傷つけた報いを受けて頂きたいと思っているのですが、その前にお二人にも測定をしていただきます。万が一お姉様に王子への愛情が残っているのなら、私も迂闊に酷い目に遭わせてしまうわけにはいきませんし」
そう言って私に装置を取り付けるサンディ。…私は、こんな目に遭ってもまだ王子を愛しているのかしら…自分でも確信が持てなくなってしまいました。
「…私は、王子を愛しています」
訪れる静寂。その結果によってもたらされた安堵と喜びで無意識に涙腺が緩んでしまいました。
「…そうですか。個人的には残念な結果ですが…では最後に王子の番ですよ」
未だ放心した様子の王子に淡々と機器を装着する。
「…私は…イザベラを愛している…」
再び静寂が訪れました。
「はあ…こちらも無反応ですか。ということは、おそらくルイズ嬢が魅了の効果を持った香水の類を使っていたのでしょう。さすがに王子の飲食物に異物を混入させるのは難しいでしょうから…」
「そんな…」
王子は自分の身に起きていたことを必死に理解しようと頭を抱えています。
「将来国を背負う立場でいらっしゃるのですから、日常的に緊張感を持って生活なさるべきでしたね。少なくとも最初からあの女を近づかせることさえなければ、こんな事態にならなかったのですから」
妹の正論にぐうの音も出ず、項垂れる王子。
「…それで、どうするおつもりですか、アラン王子?あの女の悪巧みに愚かにもまんまと乗せられていただけとはいえ、私の大切なお姉様の心を傷つけたのですから、それなりの落とし前をつけて頂かないと困るのですが」
5歳とは思えないドスの利いた声音で王子を詰問するサンディ。王子は決心したように前を向き、私を真っ直ぐに見つめています。
「……本当にすまなかった、イザベラ。簡単に許してもらえるとは思わない。だが、私にもう一度だけチャンスと時間をくれないだろうか。学園卒業までの2年間、私は全力で君からの信頼を回復できるよう努力するつもりだ。もしその時が訪れても君が結婚を望まないのなら、その時は私が責任を持って両家に掛け合い婚約を解消するとこの命に懸けて約束する」
「…正直に申し上げますと今すぐアラン様を信頼することはできません。ですが、あなたと過ごした日々が私にとってかけがえのないほど幸せだったという事実は変わりません。出来ることなら、もう一度あなた様のことを信じられるようになりたいと願っています」
私も王子の曇りない瞳から視線を逸らさず、偽らざる本心を伝えました。
「はあ…お姉様は何度繰り返しても相変わらず甘いですね…取り敢えず今からパーティーを再開できるような雰囲気ではありませんし、今日はもう解散しましょう!はーい、皆様、解散でーす!!」
妹がパンパンと手を叩くと、素直に指示に従い三々五々生徒達は会場を出ていきます。確かにこんな場面を見せられては彼女に逆らえるわけがありません。私も妹と一緒に帰路につくことにしました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰りの馬車の中で、彼女にずっと気になっていたことを尋ねました。
「それにしても、お父様はよく貴重な魔道具をあなたに貸し出して下さいましたね。私は一度も目にしたことさえなかったのですが。いくら可愛い娘のおねだりでもそんな高価なものを…」
「お姉様の正直で純真なお人柄は、日頃から大変素敵だと思っていますが、少しは人を疑うことを知るべきですわ。これはルイズ嬢が叫んでいた通りただのガラクタです。ブザーは私が手動で鳴らしていただけですよ」
「えっ」
「ルイズ嬢に対してブザーを鳴らしたのは勿論連行して取り調べを行うためです。嫌がらせと仕返し目的もありますが。ただ、魅了の香水を使っていたことは予め裏付けが取れていますから冤罪ではありませんよ。お姉様と王子にもあの装置を使ってみせたのは観客の生徒達に、王家と公爵家の婚約についてあらぬ噂を立てられないようにするためです。前もってあの二人を止めることが出来ればよかったのですが、間に合わず申し訳ありませんでした」
「はあ…」
あまりにも用意周到な計画に、半ば利用されたともとれる状況にも憤るより呆れが勝ってしまう。
「何よりお姉様。真実の愛とは見出すものでも、測定するものでもありません。長い時間を掛けて、何度も話し合い、ぶつかり合い、そうやって互いを理解し合っていく中で育まれるものなのですよ」
まるで波瀾万丈の人生を生き抜いてきた大人の女性のようなことを言って、私にウインクをする妹。この子にはこれから一生敵う気がしません。
ですが、そうは言ってもまだ子供らしいところもあるようです。疲れが溜まっていたのかしばらくすると心地よい馬車の振動に誘われて、私の膝の上で居眠りを始めました。あらあら…こうしてみると普通の5歳児にしか見えないわ。
…それにしてもすっかりこの世界に馴染んでしまった私と違って、彼女が転生者でないということが未だに信じられません。本当に世の中って不思議ですわ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お姉様の膝の上…とても心地良いわ…まさに天国です
…それにしても今回はたったの3周で済んだのだから、まだましな方でした。1周目は間に合わず、あのバカ王子に婚約破棄を宣言されてしまいましたし。でもその後にあのアホ女に自白剤を使って本音を聞きだしたおかげで偽嘘発見器の作戦を思いつくことが出来ました。王子の目の前で『ただお金と地位が欲しかっただけ』と白状した姿を思い出してしまい、2回目だというのに今回も笑いが止まらなくなってしまいましたけど。
2周目の段階で、王子が魅了されていることは分かっていましたので、パーティーでの愚行に走る前に止めることもできたのですが、今後のためにはしっかり反省することも大事ですからね。もし一日以上前の世界に戻ることが出来るのならば、迷わずあの女を排除するのですが。
お姉様にも王子を見限るチャンスを与えて差し上げようと思ったのですが、あの切ない表情を見ていると、とてもブザーを鳴らす気にはなれませんでしたわ。王子は王子で、一周目の時のように自害しようとされたらお姉様の心に消えない傷が残ってしまいますもの。今回だけは見逃して差し上げます。
2周目も偽嘘発見器作戦自体は上手くいったのですが、逆上したあのヒステリー女に酷い目に遭わされました。今回は衛兵を待機させておいたので問題ありませんでしたが。まあ、お姉様を守るためなら、これぐらいの苦労は何てことありません。これからも大切なお姉様の幸せのためなら何百回でもこの世界をやり直してみせますわ!
「おいっ御者!その馬車を今すぐに停めろ!命が惜しかったら乗客を降ろして有り金を全部寄越せ!」
…あらあら…またやり直しが必要になりそうですね…まったく…お姉様ってどうしていつも息をするようにトラブルに巻き込まれるのでしょう。とっても不思議ですわ…