『盟約のティルフィング番外編』「ティルフィングと左文のクリスマスケーキ」
メリークリスマス!短編書いてみました!珍しく書き貯めじゃなくて書き下ろしです!よろしくお願いします!
「……さて、どうしましょうか?」
クリスマスイブの夜、夕食の片づけを終え、洗濯機を回しはじめた左文は食卓の椅子に腰を掛け、頬に手を当てて考え事をしていた。
双魔は既に風呂を済ませ、ティルフィングは双魔の部屋に行ったようだ。双魔は一見、人付き合いが悪そうに見えるが面倒見はいい。ティルフィングがこの家に来て少ししか経っていないが仲良くしている。
左文から見てもティルフィングは素直でいい子だ。何かあるとちょこちょこ寄ってきて興味を示し、手伝ってくれる。
左文の考え事の内容はそのティルフィングを見ていて思いついたことだった。
「……クリスマス、ですか」
ティルフィングはテレビが好きなようでソファーに腰を掛けていつも楽しそうに観ている。その様子を左文は後ろからっ見ているわけだが、ここ数日のティルフィングはテレビに映るある話題に特に興味を示したようで食い入るようにジッと見ていた。
その話題というのがクリスマスケーキだった。テレビでは色々な国の様々な地域のクリスマスケーキについて特集が組まれ連日放送されていた。
左文はそれらに特に関心がなかった。理由は簡単で双魔がクリスマスという行事にほとんど特別な感覚というものを覚えないからだった。毎年、プレゼントの話などすることはないし、夕飯にチキンやケーキを食べたいということもなかった。明日も学園に魔術科の仕事をしに行くという。
しかし、今年は事情が少し異なる。ティルフィングがいるのだ。もしケーキなどを用意したらティルフィングは喜ぶだろうか。試しに目を閉じて想像してみる。
『坊ちゃま、ティルフィングさん、クリスマスケーキを用意しました!』
『おおー!これが……クリスマスケーキか!美味しそうだ!』
『流石、左文だ。気が利くな。良かったなティルフィング』
『うむ!左文かたじけない!』
瞼の裏には嬉しそうなティルフィングとその様子を見た双魔が微笑みを浮かべている姿が浮かんだ。しかも、双魔に褒められてしまった。左文の口元に笑みが浮かぶ。
「…………作りましょうか。ティルフィングさんにも手伝って貰いましょう。材料で足りないものがあったら買いに行かなくては……」
左文は立ち上がるといそいそとキッチンに入っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の朝、双魔を送り出した後。左文は綺麗に片づけた食卓の上にケーキの材料と道具一式を並べていた。幸い生クリームもチョコレートも揃っていたので買い物に行く必要はなかった。
苺も買い置きしておいたのは勿怪の幸いだった。自分を自分で褒めてあげたい。
その横にはピンク色のフリルが可愛らしいエプロンをつけたティルフィングが見るからにワクワクしながら立っていた。双魔を送り出すときは一緒に行かなくてもいいのかと不安気だったが双魔に諭されて安心したのか、今は頭の中がケーキのことでいっぱいのようだ。
「それでは、作りはじめましょうか」
「うむ!我は何をすればいい?」
「そうですね……それじゃあ、これをお願いします」
左文はやる気満々のティルフィングにボールとふるいを渡した。
「む?これで何をするのだ?」
「ふふふ、ここに粉を入れて振るとダマが無くなるんです。大切なお仕事ですからティルフィングさんにお任せします。焦らずにゆっくりやってください」
「おおー……わかった」
手本を見せてから薄力粉とふるいを渡すとティルフィングは真剣な面持ちでそーっと薄力粉をふるいにかけはじめた。
(さて、その間に出来ることを済ませてしまいましょう)
左文はティルフィングに気を配りながら作業に取り掛かった。
初めに型に紙をセットする。次に卵を手に取ると三個、ボールに割入れる。そこに量っておいた砂糖を加えて湯煎にかけながらかき混ぜる。
十分に温まると湯煎から外してハンドミキサーを軽くかける。同時に湯煎でバターを溶かしておく。
ガーッ!ガーッ!
ハンドミキサーが音を立てるのをティルフィングが手を止めて興味深そうに見ている。
「ふー……これくらいでいいですかね?ティルフィングさん、粉は出来ましたか?」
「む!も、もう少しだ!」
手を止めていたティルフィングはハッとして作業を再開した。左文はそれを優しく見守りながらのんびりと待つ。時間には余裕があるのだ。
(……ケーキを用意するならチキンも用意した方が坊ちゃまもお喜びになるかしら?)
双魔は甘いものは特別好きというわけではないがやはり男の子なのか肉は嬉しそうに食べている。
(でも……今から買いに行ってもクリスマス当日に売っていないでしょうし……)
「左文!出来たぞ!」
「ああ、はい!ありがとうございます!それでは貸してください」
「うむ!」
チキンのことを考えている間にティルフィングはしっかり作業を終わらせてくれたようだ。
左文は受け取った薄力粉と卵と砂糖を混ぜ合わせ、そこに少しずつ溶かしたバターを入れてゴムベラでかき混ぜる。これで生地は完成だ。型に流し込んでキッチンにまで持ってくると温めておいたオーブンに入れる。
「どれくらいで焼けるのだ!?」
「三十分くらいでしょうか?その間にクリームを作りましょうか……ティルフィングさん」
「む?」
「ミキサー、使ってみますか?」
「ミキサー、とはさっきのガーッというやつか?」
「はい」
「うむ!使ってみたいぞ!」
「ふふふ、分かりました。それじゃあ、クリームを作りましょうか!」
リビングに戻ってクリームを作りはじめる。
「おおー!すごいな!よく混ざるぞ!」
ティルフィングがガーッ、ガーッとハンドミキサーに夢中になっている間に左文は湯煎でチョコレートを溶かしておく。
「ティルフィングさん、ミキサーはそれくらいにしておきましょう」
「もう終わりか……うむ、仕方ないな」
まだまだミキサーを使いたかったのかしょんぼりするティルフィングを見るとその可愛さに思わず笑ってしまった。そうしながらも手は動かして溶かしたチョコレートと少しのラム酒をクリームに入れて今度はゴムベラで混ぜる。あっという間にチョコクリームの完成だ。
「これで大丈夫ですね。ケーキが出来上がったら飾りつけをしましょう。それまで少し待っていてください」
「うむ!飾りつけは”デコレーション”と言うらしいな!テレビで見たぞ!我に任せておけ!」
「ふふふ、私にもお手伝いさせてくださいね」
ジリリリン!ジリリリン!
そう言ったところで電話がけたたましく鳴った。左文はパタパタと電話に駆け寄ると受話器を取った。
「はい、伏見でございます」
『ああ、左文さんですか?”Anna”のセオドアです』
電話を掛けてきたのはセオドア=ラモラックだった。双魔が通っているパブの主人で双魔の両親の友人でもある人物だ。
「ラモラックさまですか、生憎坊ちゃまはお仕事でして……」
『ああ、いいです。左文さんに代わってもらう予定だったので』
「私に御用ですか?」
『ええ、ディナー用に用意した丸鳥が余ってしまいましてね?良かったら貰っていただきたいと思いまして……』
「まあ、本当ですか!?是非お願いします!」
まさかの申し出だった。チキンは半ば諦めていたので願ったり叶ったりだ。
『ハハハ、喜んでいただけたようでよかった。では、今から店の者に届けさせます』
「あの、お代金は……」
『ハハハハハ!要りませんよ、私から双魔へのクリスマスプレゼントということ二しておいてください。それでは、双魔によろしく伝えてください』
「ありがとうございます!」
チーン!
通話が切れたのと同時にオーブンが軽快な音でケーキの焼き上がりを告げた。
受話器を置くとキッチンのオーブンを開いてスポンジケーキの焼き具合を確認するとしっかりと焼き上がっていた。
二十分後、少し置いて覚ましたスポンジを三枚に切り分け、冷蔵庫に入れておいた既にヘタを切りスライスしたり、半分に切って準備をしておいた苺と一緒にリビングへと持っていく。
「ティルフィングさん、出番ですよ」
「うむ!待ちかねたぞ!」
ティルフィングはぴょんぴょんと跳ねるように立ち上がると早速ケーキにクリームを塗りはじめた。
生憎、”スパチュラ”と呼ばれる調理用のヘラはないので道具は食事用のナイフだ。
たっぷりとチョコクリームを取ると豪快に塗り広げていき、そこにスライスした苺を乗せてスポンジを上に置く。途中、手にクリームがついているのに気づいたティルフィングはぺろりと舐めとった。
「甘くて美味だな!」
目を輝かせて楽しそうに作業するティルフィングを左文は手を出さずに見守った。
「……むー……なにか違うな……」
やがて、スポンジを三段重ね終えmケーキの表面にクリームを塗りはじめたティルフィングが首を傾げはじめた。
「どうしましたか?」
ティルフィングがクリームを塗っている間にセオドアから丸鳥が届いたのでキッチンで下拵えをしていた左文ははめていたビニール手袋を外してリビングを覗いた。
「むぅ……テレビで見たように上手くいかぬのだ……」
ティルフィングの手許を見ると満遍なくクリームを塗ることは出来ているのだが確かに表面が凸凹していて平らではない。
「うーむ……」
ティルフィングは唸り声を上げながら何とかクリームを平らにしようと頑張るがやはりうまくいかない。
「ティルフィングさん、少しいいですか?」
左文はティルフィングの後ろに立つとティルフィングのナイフを持つ手に手を添えて動かしはじめる。
「む?……お?おおー……流石だな!」
「ふふふ、ありがとうございます」
あまり完璧に仕上げてしまうとティルフィングが塗った意味がなくなってしまうので凸凹を平らにしつつ少し伸ばしていく感じだ。きっとティルフィングは自分がやったと双魔に自慢したいはずだ。
しばらく一緒に塗ってから添えた手を離した。ティルフィングも少しコツを掴んだようなので後は任せてしまっても大丈夫だろう。
そろそろ、ローストチキンを焼きはじめて、他の料理の下拵えもしなくてはならない。窓の外では日が傾きはじめ、聖夜を彩るイルミネーションも点灯していた。
「できた!完成だ!」
サラダを作っているとリビングからティルフィングの元気な声が聞こえてきた。
「完成しましたか?」
「うむ!どうだ!」
頬にチョコクリームをつけて得意げな顔のティルフィング。テーブルの上には完成した巨大なケーキが鎮座していた。
クリームはやはり少々凸凹してしまい、苺が何個か頭から突き刺さっているが、手作り感溢れる温かみのあるケーキだ。
「ふふふ、よく出来ていますよ、坊ちゃまもお喜びになると思います」
「うむ!……ソーマはまだ帰って来ないのか?」
「もう少しでお帰りになるはずです。坊ちゃまがお帰りになったらすぐに夕餉にできるように準備を手伝ってくれますか?」
「うむ!我に任せろ!」
主人の帰りを待つ二人、オーブンからは香ばしい匂いが漂っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いい塩梅に焼けていますね」
左文は焼き上がったローストチキンを見て満足げに頷いていた。我ながら完璧な出来だ。
ティルフィングが食器を並べてくれたのでもう何時双魔が帰って来ても大丈夫だ。ティルフィングはそわそわとして今か今かと双魔の帰りを待っている。
(そろそろお帰りになるはず……)
左文が壁に掛けられた時計に目を遣った時だった。
ピンポーン!
玄関の呼び鈴が鳴った。
「ソーマだ!」
ティルフィングが素早く反応して玄関へと走っていった。左文も双魔で間違いないと思ったが一応インターホンのカメラを確認すると少し疲れた様子の主が映っていた。
「ソーマ!おかえりだ!早くこっちにきてくれ!」
バタバタと騒がしく廊下をこちらに向かって来る音が聞こえる。
(チキンをお皿に移さないといけませんね……坊ちゃまは私を誉めてくださるでしょうか?)
「見よ!これが我と左文のケーキだ!」
「ん、凄いな」
「ふふん!そうだろう!そうだろう!」
そんなことを考えながらチキンと一緒にローストした色とりどりの野菜を皿に盛りつける。リビングからは楽しそうな声が聞こえてくる。
ズッシリと重い皿を持ち上げてリビングへと顔を出す。ティルフィングがくすぐったそうに双魔に頭を撫でられていた。
「坊ちゃま、お帰りなさいませ。それでは夕餉にいたしましょう。ティルフィングさん、ケーキはその後ですよ?」
「うむ!」
双魔は左文が持ってきた大きなローストチキンを目にして少し驚いていた。
「左文……それ、どうしたんだ?」
「ラモラックさまから坊ちゃまへのクリスマスプレゼントだそうです」
「マスターが……焼いたのは左文だろ?」
「はい」
「……流石だな、チキンもケーキも旨そうだ」
双魔が口元に笑みを浮かべた。何度も見てきた優しさが伝わる笑顔だ。左文の胸の奥はじわりと熱を帯びた。喜びが胸から溢れ出てしまいそうだ。
「……ふふふ、メリークリスマス、ですか……」
思わず、幾度も耳にしたが自分にはピンとこなかった幸せを表す言葉を呟いた。
「ん?何か言ったか?」
「いいえ!何でもありません!それよりも早く食べましょう、腕によりは掛けましたが、冷めてしまうと味も半減です!」
愛しい主に、愛らしい主の契約遺物、そして、自分の三人。楽しい楽しい聖夜のディナーがはじまる。
来年もクリスマスを楽しんでみてもいいかもしれない。双魔とティルフィングの笑顔を見ながら、左文はそんなことを思った。
よかったら本編『盟約のティルフィング -魔剣少女と契約した低血圧系魔術師はてんやわんやー』も読んでみてください!面白いと思いますので!
それでは、皆さん良いクリスマスをお過ごしください!