7.見つけた
井上シンゴと相沢カリンは、急に現れた銃の男を撃退していた。
カンカンカン、と再び屋上に早足で誰かが上がってくる音がしたとき、シンゴはどきりとした。
それが無関係な大人ならまずい。
ビルの警備員ならもっとまずい。
最悪なのは、銃の男の仲間の場合だ。
しかしビルの端の暗がりから現れたのは、黒いパンツスーツ姿の女性だった。
すでに闇に目が慣れていたシンゴは、その姿を見てほっとする。
シンゴたちとは顔なじみのその女性は、中田の同僚だった。
彼女はまだ若く、年齢でいえば二十代中盤ぐらいだ。
いかめしい顔ばかりの中田とは対照的に、いつも穏やかな表情をしている。
「やあ、キミたち、久しぶり」
その顔を見ながら、シンゴは名前を思い出そうとしていた。
確か篠なんとかだ。そうだ、篠崎だ。
中田に比べて、篠崎と会う機会は少なかった。
中田がほかに用があるか、あるいは休みを取っているときぐらいでないと現れない。
篠崎と最後に顔を合わせたのは、確か一ヶ月ぐらい前のことだった。
篠崎は小走りでこちらに近づいてくる。
すでに、地面に倒れ伏している銃の男には気づいていた。
相沢が篠崎へ声をかけた。
「何で篠崎さんなの? 中田さんは?」
「中田さんは別の仕事中。だから私がこっちに回ってきたわけ。中田さんから大体の話は聞いてるけど、……この男?」
「そ」
相沢が一文字で答え、足の爪先で男の肩をつつく。
男はうめくだけだった。
あれから二十分近く経つが、まだ頭が痛むらしい。
周囲にきょろきょろと目を向けながら、篠崎が言った。
「銃は?」
シンゴは学生服の袖でつかんだままの銃を差し出した。
気づいた篠崎は、その銃を受け取った。
篠崎の両手には、常に薄いゴム手袋がはめられている。
それは、中田も同じだった。
「指紋はつけてないよね」そうたずねる篠崎に、シンゴはうなずいてみせる。「うん、上出来。この男も無力化されてるし」
「帰っていいっすか」
シンゴが聞くと、篠崎は大きくうなずいて答えた。
「うん、あとはこっちでやるから。面倒なことは大人に任せなさい」
すでに相沢は屋上から降りる階段へと歩き出していた。
降りる階段へ一歩足をかけながら、篠崎へ声をかける。
「じゃ、後はたのんます」
そう言ってさっさと階段を下りていく。
シンゴはその後を慌てて追った。
最後に屋上を振りかえると、篠崎はどこかへ電話をかけ、何か指示を聞いているところだった。
「それじゃ、よろしくお願いします」
篠崎は右手をまっすぐ前に出し、親指を立ててみせた。
「あの女、好きになれないんだよな」
ビルのエントランスを出たところで、相沢が待っていた。
出てきたシンゴの顔を見ると、忌々しそうに言った。
「お前、前もそんなこと言ってたよな。何が気にくわないんだ」
「理由なんて、別に。単にソリが合わないの」
「その割には普通に話してるように見えるけど」
「女ってそういうものだから」
そんなこと口にしつつ、鼻歌を歌いながら相沢が歩きはじめる。
機嫌がいいのか悪いのか、さっぱりわからない。
女ってそういうものなのか、相沢だからそうなのか。
シンゴはたぶん後者だとにらんでいるが、確証はない。
それでも駅までの道を並んで歩いているうちに、相沢は本当に機嫌がいいのだとわかってきた。
弾むような足取りのまま、不意に少し前に出て振り返り、こんなことを口にする。
「でもなんだか今日は楽しかったね。スリルもあったし。ヒマつぶしにしては上出来」
「……いつもこんなの求めてたら、そのうち、死ぬぞ」
実際、危ないところではあった。
男の腕がもっとよかったら、せっかく銃を突きつけているのに、あんなに近づいてはこないだろう。
その場合、シンゴの『手』は届かない。
そうなると、なす術なしだった。
「ま、もちろん、たまにだからいいのさ。そして今日も無事にヒマつぶしが終了したんだから、それでいいじゃない」
そういいながら相沢は、前に歩きながら、不意に手を伸ばし、ぐるぐると三百六十度、体を回転させてみせる。
午後八時近くのオフィス街の路地裏に、人はあまりいなかった。
邪魔なもののない場所で回転を続ける相沢を、シンゴは嫌そうな顔で眺めていた。
そうしてふと相沢は目を上げると、その回転を急に止めた。
「見つけた」
そうつぶやいて突然、相沢は駆けだした。
何の事やら、シンゴには全然わからない。
冗談なのか、どうなのかもさっぱりだ。
それでもシンゴは相沢の後を追うことにした。