5.銃の男
藤吉ビルの屋上に待機していた井上シンゴ。
そこへ相棒の相沢カリンが、なぜか銃を突き付けられながらやってきた。
あまりのことに、シンゴの頭の中では処理が追いつかない。
おいおいおい。本物かよ。おいおいおい。
そう頭で繰り返しているうちに、男が言った。
「お前も手をあげろ」
マスクのせいでくぐもった声だった。
銃口は、変わらず相沢に向けられている。
シンゴはおとなしく両手を上げた。
「女、お前は」男は不意に立ち止まると、相沢に向けて言った。「そっちの男の隣に行け。ゆっくりだ。走るんじゃない」
相沢は両手をあげたまま、五メートルほどの距離を歩いて近づいてくる。
さすがにその顔はこわばっていた。
相沢の能力の射程は短い。
人間のオーラは、個人差はあれど、その体から十センチほど外側を覆っているだけだという。
一度つかみさえすれば、オーラは伸び縮みするらしいが、今の相沢の両手は開かれている。
つまりこれで、銃の男が相沢の能力の有効範囲から外れたわけだ。シンゴはそう考える。
隣に並んで、シンゴと同じ方向へと向き直る相沢に、小声で声をかける。
「あのさ、なにやったらこうなるの?」
「だってさ……」
「勝手にしゃべるな」と男が遮ってくる。「撃つぞ。撃たれたくなければ、そのまま振り返って、通りの方を向け」
二人で一度、目を見合わせて、相手の言うとおりにする。
ビルの柵に向いて二人で並び、両手を上げて立つ。
通りの反対側、六階建てのビルでは、まだカーテンが閉められていない窓がある。
中ではまだ、仕事にいそしむ人たちがいる。
しかし彼らはこちらに気づいてくれそうもない。
背後にいた銃の男が、ゆっくりとこちらに近づいてくる足音がする。
どの程度の距離だろう。
後ろを向かせられたのはまずかったな、とシンゴは努めて冷静に考える。
「吐けよ。お前ら、何をどこまで知ってるんだ?」
銃の男が、うわずった声でそう言った。
あの銃は本物だろうか。
たぶんそうなんだろうな、とシンゴは考える。
そうじゃなくても、危ない橋を渡る気にはなれない。
「……いや、何も。そもそもあんた誰だよ」
「ウソつけ。そこの女は知ってたぞ。ろくでもないことを企んでるな、って、そう声をかけてきた。お前も、その女の仲間なんだろう?」
男の感情は高ぶっているらしい。言葉が早く、声が甲高い。
あまり興奮させない方がよさそうだ。
ちらりと相沢の方へ目を向ける。
相沢は、目を丸くしながら、何度かちいさくうなずいてみせる。
よく事情はわからないが、たぶんお前のせいだよな、とシンゴは考える。
後でゆっくり聞き出してやる。
「あのさ、あんたが何者かは知らないけど、俺たちがやりたかったことは、あんたには無関係だ。あんたはここで自殺をしようとしてたわけじゃないんだろ?」
シンゴは素直にそう言った。
隣で相沢も言葉を重ねてくる。
「ほらね。わたしもさっき、そう言ったでしょ。人違い、なんだって」
「……そうか」少しの間のあと、男が続ける。「信用できないな」
何でだよ、とシンゴは思う。
疑心暗鬼になっている銃の男に、助け船をだしてみる。
「あの、ちなみにそれ、モデルガンだよな」
「本物だよ。試してみるか?」
何でそうなるんだよ、とシンゴは考える。
銃はモデルガンでした。声をかけたのは、人違いでした。
それで丸く収まる話なのに。
だが実際、男はろくでもないことを行おうとしていたのだろう。
「お前、撃たれるのと飛び降りるの、どっちがいい?」唐突に銃の男がそんなことを言った。「目撃者は消せって言われてるんだ」
忌々しいな、とシンゴは思う。
この男は聞きたくないことばかりを言う。
そしてどうやらほかの誰かに使われている下っ端らしい。
今の発言と、落ち着きのなさでよくわかる。
「あのー、お前って、どっち?」
話をそらすためか、相沢がとぼけた風にたずねた。
「男の方が先だ」
最終的には両方ともというわけか、とシンゴは考える。
「撃たれるのも飛び降りるのも、どっちも嫌だ、ってのはナシ?」
シンゴは一応そう言ってみた。
「ナシだな。……ぐずぐずしてると、」と銃の男は続けた。「撃つ」
なら、仕方がない。
「飛び降りるよ」
言ってから、まさか飛び降り騒ぎってこのことじゃないよな、とシンゴは考えた。
まさかな。