4.相沢カリンにはオーラが見える
井上シンゴは、事件が起きるという藤吉ビルの屋上に待機していた。
相沢カリンにはオーラが見える。
それは、人の全身を包む薄い光で、その人の心によって、様々な色に変わるらしい。
そのオーラが具体的にどのようなものか、実際に見たことのないシンゴにはわからない。
ドラゴンボールのような、全身を包むエネルギーの奔流のようなものを想像していた。
相沢の説明によれば、もっと穏やかな流れらしいが。
そのオーラを見る力を使って、相沢は自殺志望者を止める手はずになっていた。
藤吉ビルにやってくる人のオーラを見れば、おそらく、自殺志望者を見分けることができる。
ビルへの道すがら行っていた作戦会議中、相沢はそう提案していた。
「たぶん、自殺しようっていうぐらいだから、オーラは異常な様子を示しているはず。すごく鬱々としているのなら黒に近い群青とか。あるいは、ひどく興奮しているなら濃い赤とか」その色が示す感情は、シンゴにはなかなか覚えられない。「普段あんま見られないようなオーラがあって、このビルの近くにやってくるなら、そいつが自殺志望者でしょ、きっと」
「だろうな」
確かに一理あるとシンゴは思う。
「そいつを見つけたら、後は気分を変えてやればいい。こりゃわたしだけで何とかなるな」
相沢カリンにはオーラが見え、そしてオーラに触れることができる。
その能力には様々な応用が効くのを、これまでシンゴは何度も見てきた。
自殺したいという相手の感情を変えることだって、そう難しいことじゃないらしい。
「でもそれ、根本的な解決になるかな」
つぶやくようにそういうと、相沢は作戦に文句を付けられたと思ったらしい、濁った「あん?」という返事がくる。
「感情を変えてやったって、その人の自殺したい原因がなくなるわけじゃないだろう」
「そんなの知ったことじゃないな」と冷たい口調で相沢は言う。「わたしらの仕事は、午後七時の飛び降り騒ぎをとめること。そうだろ」
「それもそうだな」
その後、二人はシンゴの役割について話し合った。
ひょっとすると、というよりもある程度高い可能性で、相沢だけで何とかなる仕事だった。
しかし保険があるに越したことはない。
「シンゴは屋上に張ってて。万が一、わたしが目標を見逃すかもしれない。それか、相手を見つけても、結果的には止められないかもしれない。それを何とかするのが、シンゴ、今回のあなたの仕事」
「どうやって?」とシンゴは一応たずねてみた。
「そんなの自分で考えろよ。どうにでもなるだろ」
もちろん、そうなった場合は力づくで止めるしかない。
というか、それしかぐらいしかできることはない。
シンゴは自分でもそのことを重々承知していた。
そのとき、相沢はスマートフォンを眺めながら歩いていた。
グーグルマップで藤吉ビルを探しながら、シンゴを先導して歩いていたのだ。
やがて立ち止まり、相沢が言った。
「そこの路地裏を曲がればすぐ藤吉ビルみたい。さ、いっちょ、サクッと、やっちゃいますか」
藤吉ビルの屋上の上にいるシンゴに、相沢から電話があったのは、午後六時三十分のことだった。
スマートフォンで着信を受けると、息をひそめた声で相沢が素早く言った。
「対象を見つけた。これから接触する」
「了解」
その十五分後にシンゴは、カン、カン、カン、とビルの鉄製の階段を上がってくる音を聞きつけた。
相沢は失敗したのかな、とシンゴは屋上の端で、柵に体を預けながら考えた。
あるいは、すべてうまく行き、相沢が成功の報告がてら、自分も屋上の景色を見に上がってきたか。
シンゴの考えた、どちらの想像も間違っていた。
屋上に繋がった階段の出入り口に現れたのは、なぜかバンザイの形に両腕を上げた相沢だった。
相沢はやけに神妙な顔つきをしている。シンゴにはその意味がわからない。
「お前、なにやってんの?」
「……ごめん。ちょっと、すごいことになった」
そうしてシンゴは、相沢の後ろから、誰かがまだ階段を上がってくることに気づいた。
相沢の背後からゆっくりと現れたその男は、暗い色の作業着のようなものを着ていた。
そして暗めの色のメガネと、白いマスクをつけていた。
現れた男は、相沢の背中に銃を突きつけていた。