表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

01.井上シンゴと相沢カリン

この世界には超能力者が存在する。

 井上シンゴが右の脇腹に鋭い痛みを覚えたのは、昼休みのことだった。

 購買で昼食を買おうと、クラスメイトと共に廊下を歩いていたら、背後から、突如として何者かに打撃を受けたのだ。

 それなりの衝撃と痛みがあった右脇腹を押さえながら、シンゴは素早く振り返った。

 半ば予想していたことではあったが、そこには相沢カリンの姿があった。


「よっ、シンゴ」


 相沢は小柄だ。

 見上げるように笑顔を向けるその目をにらみつける。


「何すんだ。いてーよ」


 突然の打撃は相沢の仕業だった。

 これまでに何度かやられたことがある。

 打撃自体は大した力がこもっていないのだが、いつも当たりどころが悪い。絶妙に痛いのだ。

 相沢は否定するけれど、こいつは何か格闘技の経験があるのでは、とシンゴは半ば真剣に考えていた。


 相沢はにやにやとするばかりで何も言わない。

 いったい何なんだ、とシンゴが機嫌を損ねようとしたそのあたりで、相沢が言った。


「今日の放課後、ヒマ?」

「……まあ、ヒマだけど」

「じゃ、いつものヒマつぶし、やらない?」


 相沢は丸い目でシンゴをのぞき込んでくる。

 シンゴはこの目が少しだけ苦手だった。

 女子の顔のパーツとしては、いい形をしている。

 だけどその目には、何を見られているのかわかったもんじゃない。


「いいよ」

「そうこなくちゃ。じゃ、放課後に校門で」


 相沢は右手の親指を立てると、現れたときと同じように、昼休みの人混みの中に潜り込むように消えていった。

 小柄なその姿はすぐに見えなくなる。

 まだ少し痛む右の脇腹を押さえながら、移動中だった購買の方向へと向き直る。

 話の途中だったクラスメイトたちが、何とも微妙な表情でシンゴの方を見ていた。


「デートの約束?」とクラスメイト。

「何聞いてたんだよ」とシンゴは答える。「ヒマつぶしの約束」


 歩きながら、クラスメイトたちがじっとシンゴを見つめる。

 それから一斉に口を開いた。


「何それ。怪しいんだよな」

「約束って、エロいやつじゃないの」

「お前と相沢先輩ってさ、本当につきあってないのかよ」


 シンゴは何も言わず、肩をすくめただけで答えてみせた。




 放課後、話を持ちかけてきた相沢は校門にはいなかった。

 何なんだいったい、とぐるりと周囲に目を向けると、昇降口から小走りに駆けてくる相沢が見えた。


「ごめんごめん、掃除当番なのすっかり忘れてた」


 シンゴの元にやってきた相沢は、若干息を弾ませながらそんなことを言った。

 その程度の忘れ物や思い違いをしているのは、相沢には珍しいことじゃない。

 シンゴは別段気分も害せず、駅へと向かう道へ並んで歩きはじめる。


「それで? 今日はどうすんの」


 相沢にたずねると、彼女はスマホを肩にかけた通学カバンから取り出しながら言った。


「ちょうどいい仕事が見つかってさ。これから駅前のスタバで説明を受けられるよう、段取っておいた」

「へえ」


 夕方のスタバは混んでいた。空いている座席が見あたらない。

 店にたどり着いたシンゴは、店内の様子を見ただけで気が滅入った。

 並ぶのも、人混みも大嫌いだった。


「何でこんなに混んでるんだよ」


 普段は、ガラガラなことはまれだが、こんなに混み合っているのも珍しい。


「なんか新作でも出たのかな」相沢はそういうと興味深そうに、壁のチラシへと目をやっていた。「あ、やっぱりそうだ」


 相沢が壁のガラスに指を差す。

 そこには、チョコレートなんとかと英語で書かれた、黒っぽいチラシが張られている。

 興味がないシンゴはそのチラシを一瞥しただけで、店内に目をやった。


「んで、いつものおっさんなわけ? 来てるのは」

「だと思うけど……あ、ほらいた」


 スターバックスの店内のもっとも奥のボックス席に、その男は座っていた。

 黒いスーツを着ており、頭は坊主頭だった。かなり大柄で、強面で、肩幅が広い。

 その席の隣には幅の関係でとても座れそうもないし、対面の席は空いていたが、誰も座ろうとはしていなかった。


「先行ってて。わたしは新作を頼まねばならない」

「え、やだよ」と抗議をするが、聞き入れられないことはシンゴにもわかっていた。


 やむなく歩いて、スーツを来た男の前に座った。

 混んだ店内で、異様な雰囲気を放っていた男の前に、高校生が座る。

 馬鹿だぞあいつ、という空気が店内に満ちたのは、シンゴにもわかった。


「どうも」と言ってシンゴは小さく頭を下げる。

「うん」とスーツの男は低い声で応えた。


 何だ知り合いか、と店内の空気が変わるのが、シンゴにはわかった。

 店の入口を振り返ると、相沢が待ちきれない様子で体を揺らしながら順番待ちをしている。

 まだしばらくかかりそうだ。

 どうせあいつが来るまで話もできないしな、気詰まりだな、と思っていると、男が先に口を開いた。


「調子はどうだ」


 この人の名前ってなんだっけ。中なんとかだ。そうだ確か中田だ。

 そう思い出しながら、シンゴは答えた。


「ぼちぼちっす」

「強まりも、弱まりもしていないのか」


 いつも報告はしているのにな。自身の状態を聞かれたときにいつも感じる反感を意識しながら、シンゴは答えた。


「まあそうですね」

「ふうん……」


 中田はじっとシンゴの目をのぞき込む。

 このおっさんは普通の人なんだよな、とシンゴは考えていた。

 自分たちとは違う。

 彼らは自分たちとは違って、いわゆる『トクガイ』ではない。


 『トクガイ』。特別該当者。

 普通の人の持ちえない、特殊な能力を持つその存在は、実際に自分がなってみるまでシンゴは知らなかった。


 とはいえ大人は大人で、しかも公にされていない仕事をしているせいか、中田や彼の同僚はいつも、得体の知れない雰囲気を放っている。

 それでもシンゴは、彼らのことは嫌いではなかった。

 何かあったときに真剣に相談に乗ってくれるのは、彼らしかいない。

 そしてそれもまた仕事のうちだろうけれど、それなりに真摯に応対をしてくれる。


「まあ、今日は大した仕事じゃない。気楽にやれ」


 中田は頬杖をつくと、テーブルの上のコーヒーを一口飲んだ。

 ふとシンゴは店内に満ちるコーヒーの香りを強く感じた。

 コーヒーか。いいな。


 まあそのうち相沢が、自分の分も買ってきてくれるだろう。

 だがそう期待した自分がバカだった、とシンゴはその後すぐに思い知ることになる。

 やっとテーブルに現れた相沢は、自分の分の例の新作、チョコレートなんとかしか持ってきていなかった。


「お前さ、そういうときは、俺の分も買ってきてくれるもんじゃないの」

「何でシンゴの分も買わなくちゃいけないわけ?」

「先輩だろ。おごれよ」

「おごってくださいだろ、後輩」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ