04 強権発動
国王陛下からの急な呼び出しイベントを無事?にクリアした私は自分へのご褒美として、お忍びで市井に遊びに出かけたのだった。
勿論私が市井に出来掛けるのはこれが初めてではない。
王族として国民の本当の生活を知るべき――という建前の元に、時折、遊びに来ているのだ。
勿論、バレたらひと騒ぎになっちゃうのは知ってるんだけどね。
私付の侍女を抱き込んでいるのだ。
と言っても、私は末席とはいえ、王族の一員として贅に囲まれた生活をしてるものの、私自身がお金を持っているわけではないので……。
懐に隠し持ってある、小ぶりのアクセサリーに手を当てる。
お金が少なくなったら定期的に、私が頂いたアクセサリーを売却しているのだ。
王族とは言え、まだ子供である私の持っているアクセサリーは安価で小ぶりな物が多いため換金するのには手頃なのである。
§ § §
古ぼけた外套を深めにかぶり、私は首都をうろうろする。
首都とはこの国で最も栄えている都市!
そんなところには、お金も、そして人も集まってくる。
とはいえ、まだまだ子供な私は、極力治安の良い地域以外はうろつく事は出来ないのだけれどね。
聞いた話だとこの辺よね……。
普段は本当の意味でうろつくのみなのだが、今日は一つだけ目的がある。
去年のお母様の誕生日の事、その時開かれた細やかなお誕生会でとある歌手が、歌を歌ったのだけれど、それがすっごい素敵だったの!
まるで天使の歌声っていうのが本当にあるとしたら、それはきっとその人のことを言うのね。
そして、その人が歌を披露している建物がこの辺にあるはずなんだけど……。
キョロキョロ。
お、きっとあそこね。
そこは簡単な食事と共に、歌や演劇などが楽しめる建物だった。
私は中に入ると、その古ぼけた外套を脱ぎ、お金を払うと前の方にある、上等の席へ案内してもらった。
入ってきた私を視た店員さんが、一瞬ぎょっとした貌をみせたのだけれど、古ぼけた外套を脱いでお金を払うと、私の服装などを視てお忍びで来た貴族の子供だと判断したらしくちゃんと席に案内してくれた。
勿論チップを多めに渡したことも影響したのかも知れないけどね!
席について注文をするついでに定員さんに尋ねる。
「今日はネリー・メルバさんの歌はあるのかしら?」
「後十分ぐらいでそのメルバの出番ですよ」
「あらそう。私はミルクティーとスコーンをお願いするわね」
「了解いたしました」
立ち去る定員さんを視ながら私は改めて辺りを視回す。
やっぱり私みたいな子供の姿は視えないので、場違い感がある……。
でも別に良いもんね。
そして注文したミルクティーを飲みつつスコーンをモグモグして待つこと数分、いよいよお目当てであるメルバの出番が来たのだ。
ステージに現れた大柄な体躯をした女性が歌い出す
それでは間違い無いようね
この地を血で濡らす事に
裏切者の手が私の胸を貫いていく、なんてひどいことでしょう
このような苦痛が私の身を苛ませる
私の運命はなんと惨いことか
どうかこのまま涙を流すままにさせて
裏切り者の手にかかり、今まさに命を落とそうとしているルクレツィアが涙ながらに訴える、という状況を現したダ・カーポ・アリアである。
繊細な女性的な声と、男性的な声量を兼ね備えたメルバの歌は、徐々に情感を深めながら、感動的なフィニッシュを迎える。
すごいわ!なんてすばらしい歌声かしら……。
声量も素晴らしいけど、それ以上に音域の広さは群を抜いているわね!
なんとか定期的にここへ通えないものか、と思案していると、
ガチャーン!
と物が割れる音が響いた。
最初は店員かお客が粗相でもしたのかと思っていたけれど、どうもそうじゃないみたいね。
私を含め多くのお客が依然として騒ぎが続いている方向に眼をやると、数人の男たちがグラスなどを割りながらステージへ近づいてくるではありませんか。
「おい、お前何をしているんだ!?」
「さぁて、何をしているんですかねぇ?」
そう言いながら、止めに入った者を力任せに打ち倒したらしく、哀れな店員は壁に打ち付けられて、うめき声をあげた。
そしてその男たちはステージに上がり込むと、メルバに対して、
「ボスがアンタにご執心なのは分かっているだろうに、それを曖昧な態度をし続けたアンタがわるいんだぜ?俺たちだって本当はこんな事したくないんだ」
「わ、私は、ちゃんとお断りしたはずです」
「わかっちゃいないな。アンタに拒否する権利なんてないんだ。アンタはボスに無理やり従わされるか、自ら従うか、どっちかしか無いんだ」
そう言いながら先頭にいるリーダーらしき男がメルバの手をつかむ。
「だ、だれか、た、助けて!」
メルバはそう叫びながら辺りを視回し――私と眼があった。
……。
その眼を視た私はスクっと立ち上がると男たちの元へ足を進める。
「ねぇ貴方たち」
「あん?嬢ちゃん、俺たちになんかようか?」
「その女性は私に先約があるのよ。その手を放してくださらない?」
「はぁ?お前何言ってるんだ?」
「聞こえなかったかしら?その女性――ネリー・メルバは先に私と約束があると言ったのよ」
「……嬢ちゃん、痛い眼合いたくなきゃどいてな」
と言って、男の一人が私を払いのけようとする。
私は腰にぶら下げていたタイタンカジェルをとっさに抜くと、
<石化>
と、呪文を唱えた、土属性の魔法である。
発動した土属性のその魔法は、男たちの下半身を一時的に石に変える。
「うわっ!?」
「なんだこれは?」
「う、うごけねぇ!」
先ほどまでの威勢はどこに行ったのやら、男たちは一転して貌を恐怖に染める。
そのすきに私はメルバの手を引いて背に隠すと、
「貴方たち、これが何かわかるかしら?」
そう言って懐から取り出した紋章を視せる。
それは国章にそっくりの、それでいて細部が若干異なる、私――ジェーン・ウィンザー専用の紋章だった。
これは似ている物を理由無く所持しているだけで、死刑もあり得るという代物である。
「そ、それはまさか王家の…!?」
「彼女には『私』が先に約束があるの。わかったら出直してきなさい」
そして、それと前後して動けるようになった男たちは、声を上げながら慌てて逃げだして行ったのでした。
いまだ何が起こったか分からない様子で静まり返っている店内。
私は後ろを振り返りながらニッコリとメルバに微笑んだ。
「貴女の歌声はとっても素晴らしかったわ。また聞かせてくださいね」
「貴女様は以前にランベス宮殿でお会いした――ジェーン殿下ですね。私の歌をとっても熱心に聞いてくださった」
「あら?私の事を覚えていてくれたの?」
「も、勿論でございます。王族のお誕生会で歌を披露するなどという大変名誉ある事、忘れたりなんてできやしません」
「あの時もとても素晴らしい歌声でしたわ。本当に、貴女の声は天使のようね」
「――お褒め頂きありがとうございます!」
と感激しながら頭を下げるメルバ。
「もしあの男たちが懲りずに来るようなら、私の専属になっていると言いなさい」
と、こっそりメルバに耳打ちをすると、メルバの眼から涙がとめどなく溢れ出て来て、お化粧が剥げかかる。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
そう言いながら、何度も何度も頭を下げ続けるメルバに、
「今日の事はナイショよ」
と言うと私は古ぼけた外套をかぶり、いそいそとそのお店を後にするのだった。
うー。
つい思わずやっちゃったけど、国王陛下にバレませんように……。