40 王女はヘレン殿下と乗馬をします
その日の事。
私はバルモラル宮殿へとやってきました。
ここは王族が夏の間だけ利用する避暑地なのです。
と、言ってもお忙しいへクター殿下を筆頭に来ない方はいらっしゃいます。
でも私は来ちゃったもんね。
えっ!?公務?軍務?
……そんなものは知らないのです。
ま、まぁ、私の部下は優秀ですから?私がいなくたって仕事は回ります
バルモラル宮殿は河沿いにある風光明媚な場所で、夏場でも涼しく、自然がとてもとても豊かなのです。
そういえばヘレン殿下がお庭で取って来たバッタやトカゲを私の部屋に放ってくれた事件もこの宮殿だったっけ……。
ま、まぁ昔のことよね!
毎年夏場になると何人かの王族は数週間ばかりここ、バルモラル宮殿で過ごすのが習慣になっていて、私もそれなりに楽しみにしていたのだった。
昔は私もお庭や、裏にある小規模な林をヘレン殿下と走り回ったりなどをしていたけれど、さすがにもうそんな事をする歳ではありません。
精々お庭の木陰でお茶会をするぐらいかな?
とてもとても疲れる公務などから解放されて風光明媚は自然を楽しめるこの場所は、今の私にとって心のオアシスも同然なのでした。
「あ、いたいた、こんな所にいたのね?ジェーン」
「なんでしょう?ヘレンお姉様」
木陰で気持ちの良い風を受けながら本を読んでいた私に、ヘレン殿下が声を掛けてきます。
さすがにヘレン殿下も、もう虫取りや鬼ごっこをする歳ではないと思うけど、油断はできません!
「ジェーンもやっとまともに馬に乗れるようになったとお兄様から聞いたわよ?一緒に乗りましょうよ」
なるほど、そう来ましたか……。
確かに私は将校教練のお陰で何とか馬に乗れるというレベルには達しました。
でもね、教官の甘めの判定でもやっと可をもらえるぐらいの腕前なのです。
恐らく私が王族でなければ不可をもらっているでしょう……。
ぶっちゃけやっと馬を駆けさせられる程度の腕前なのです。
近衛騎兵隊と比べても、多少視劣りする程度の腕前を誇るヘレン殿下とは比べ物になりません。
なんて言って断ろうかな……。
そう思っていた所で、
「さ、行きましょ。向こうでジェーンの分も馬の準備させてるわ」
そう言って私の手を取って立ち上がらせると、そのまま手を引いて歩きだしたのです。
ここまでお膳立てされては断わりきれません。
私は心の中で溜息を吐くと、ヘレン殿下に着いて行きました。
そして揃いの乗馬服に着替えます。
そして私は、おそろいの馬具を付けた二頭のうちの片方に騎乗すると、ヘレン殿下と一緒に馬を駆けさせました。
「ジェーン、うまくなったわねー。以前は歩かせるだけで一杯いっぱいだったのに」
「私だって努力してるのですよ、ヘレンお姉様」
そうです、将校教練でこれでも結構揉まれたのですから。
「あーあー、残念。また私の前に乗せてあげようと思ってたのに」
「そ、それは……。そんな事もありましたね」
「ふふふ、あの時のジェーンは可愛かったにのなぁ」
「もぅ、ヘレンお姉様ったら知らない!」
私は真っ赤になった貌をヘレン殿下に視られないように馬のスピードを上げました。
「あら?ジェーン。もしかして競走?馬だったら負けないわよ」
後方からグングンスピードを上げたヘレン殿下の馬に、私はあっと言う間に抜かれさてしまいます。
やっぱり乗馬の腕前はヘレン殿下に全然かないませんね。
「ジェーン?早く追いついてらっしゃいな」
ヘレン殿下は明らかに余裕のある走りをしながら私に声をかけますが、私はもう一杯いっぱいなのです。
これ以上スピードを上げたらいつ振り落とされてもおかしくありません。
私はそれでも、必死でスピードを維持しながらヘレン殿下を追いかけました。
しかしやっぱり距離は全然縮まりませんね。
そしてそのままの距離を保ったまま、目的の場所である湖にたどり着きます。
「もうヘレンお姉様、待ってくれてもいいじゃない……」
「あら?今こうして待ってあげたでしょ?それに先に競走を仕掛けたのはジェーンの方じゃない」
「それは……」
それは恥ずかしくて貌を見られたくなかったからです、とは言えません……。
だって言ったらまた揶揄われる事は眼に見えてるんだもん。
そして私たちはそのまま湖の周りを馬でゆっくりと歩かせます。
「ふふふ、でもね。私はジェーンとこうして遠乗りをしたいといつも思ってたのよ?でもジェーンったら馬にちっとも乗れないんですもの」
「すみません……」
「他のことはそつなくこなすジェーンだったのにねぇ……。でも良いのよ。今はちゃんとこうして一緒に遠乗り出来てるし」
「私もヘレンお姉様とこうして一緒に遠乗りできて、うれしいです」
と言って合わせておきます。
これは嘘ではありません。
私もまんざらではなかったのです。
こんな感じであればこれからもお付き合いしても良いかな?って思ったりしました。
ヘレン殿下があまりスピードを出さなければ、ですけどね。
いくら王国においてある程度の乗馬は貴族の嗜みとはいっても、ヘレン殿下はやっぱり上手すぎます。
それに合わせていては私の身が持たないのです。
それにスピードを出すと、やっぱりその分落馬の危険も上がりますしね。
私自身のみならず、ヘレン殿下の御身体もやっぱり心配なのですから。
そうしてその日以来、私とヘレン殿下はちょくちょく遠乗りに行くようになりました。




