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38 王女は受難の日々を送ります

 そうして私がイヤイヤながらも受けざるを得なくなった将校教練ですが、結論から言いますと、想像していたよりもはるかにぬるい物でした。

 というか私は分かっております、本来の将校教練がもっともっと厳しいものだという事を。

 でも私は国軍にとっては所詮お飾りの将校、王族の第八王女なのでしょう。

 他の者と明らかに違う、必要最小限の体力トレーニングに、こちらに気を使っているのが丸わかりな教官の口調。

 そして私のあいまいな指示でも適切に動く兵士に、やんわりとした口調で注意を促す教官。

 一瞬国軍の教練がこんなのでいいの?と思いましたが、他の者を覗き視るととてもとても厳しい指導を受けていたので、単純に私が特別扱いされていただけなのでしょう。

 とは言っても、侍女レディス・メイドもいない慣れぬ集団生活は、それなりにきつかったのも事実なのです。


 そして今、私はそんな教練の一つを受けています。


「敵騎兵隊に伏兵として伏せておいた右舷弓兵隊から矢を放ちます」


 ダイスをコロコロ。


「ウィンザー候補生の弓兵隊により バギンズ候補生の騎兵隊が四割が失われました」


「……騎兵隊は一旦本陣まで下げる」


「こちらの騎兵隊はそのまま後方より敵弓兵隊にぶつけます」


 ダイスコロコロ。


「ウィンザー候補生の騎兵隊突撃でバギンズ候補生の弓兵隊が七割失われました。損傷率により指揮崩壊を起こしましたので操作可能戦力から除外します」


「騎兵と共に本陣は後退、歩兵隊も後退を」


 ダイスコロコロ。


「バギンズ候補生の中央歩兵隊は包囲を破れず後退に失敗、左右歩兵隊は後退に成功。騎兵と本陣は後退します」


「ではそのまま囲みを維持しつつ弓兵隊で敵歩兵隊を、騎兵隊で指揮崩壊を起こした敵弓兵隊を狩ります」


 これは兵棋演習へいぎえんしゅうと呼ばれる地形図と戦力を示す駒、サイコロを使ってする教練です。

 決して遊んでいるのではありませんよ?

 でもこれはなかなか面白いのです。

 思考ゲームと言われるものですね。

 実はこれ、私はかなり強いらしいのです!

 最初は接待プレイの可能性も考えましたが、相手の悔しがり方などを視るにその可能性は低いように感じます。


 今のは状況は私が意図的に弱兵を置いた場所に、相手を誘い込んで、伏兵にて半包囲するという作戦ですね。

 このルールですと包囲されたり、後方から強襲されたりした兵は簡単に指揮崩壊を起こして操作不能になってしまうのです。

 これでもう兵力差的に私がよほどのミスをしなければ相手は挽回できません。

 相手のバギンズ候補生もすごい悔しそうなかおをしていますね。

 この人は落ち着いた雰囲気のあるなかなかのハンサムさんです。

 一応、兵棋演習へいぎえんしゅうは得意と言われている人なので、ここからの挽回は極めて困難なのを悟ったのでしょう。


「いやはや、いつもながらウィンザー候補生の指揮は素晴らしいですね」


 と、教官は褒めてくれます。

 半分おべんちゃらが混じっているのは分かってはいます。

 しかし、いつもながら褒められるというのはとてもとても気持ちが良い事なのです。

 私は褒められると伸びるタイプなので、どんどん褒めてください。


「なぁ、助教」と話を振られた助教足る軍曹さんは「そうですね」、と言った後に、


「一点だけ、なぜ本陣を追わなかったのか?」


 と言われました。

 分かっています、これは私を試しています。

 この眼つきの怖い助教はいつも私を試すような事ばかり聞くので慎重に答えなければなりません。

 私は慎重に言葉を選ぶと、


「はい、助教。敵本陣には戦力がまだ多数残っております。後退するソレを追うには歩兵では間に合いませんので騎兵を使う必要がありますが、騎兵のみでは追いついたとしても戦力的に劣勢になってしまいます。勿論もちろん私の本陣にも未損傷の戦力は残っていますが、味方騎兵が全滅するまでの間に追いつける可能性は高くないと判断しました」


 私は一旦そこで言葉を切ると、地形図に視線を移します。


「それよりもこの場所には容易に狩れる敵兵力が残っております。ルール上指揮崩壊を起こした敵からは反撃を受ける事はありません。リスク無く敵兵力を大きく減少出来ます」


「……つまりウィンザー候補生は敵の壊滅よりも敵兵力の削減を意図したという事で良いのだね?」


「はい、助教。その通りです」


 すると助教は満足そうに頷く、そして次はバギンズ候補生に向き直ると、


「バギンズ候補生、してやられたな。しかし撤退の判断は間違っていない、あの状況では悪戯に兵の損傷が増えるだけだからな」


「はい……」


「教官、私からは以上です」


「ではこれにて兵棋演習へいぎえんしゅうは終わりとする」


 最後に教官が言葉で締めると、どこからともなく安堵のため息が聞こえます。

 私も同じです。

 得意とはいえ、教練は肉体や精神をすり減らすものです。

 これに比べたら、法務次官のお仕事はなんと気楽だったのでしょうか。

 半ば接待じみた私の教練でもそう感じるのですから、真の教練を受けている他の方たちの気持ちは計り知れません。

 ヘクター殿下ならきっと教練で特別扱いされる事をよしとはしないでしょうけど……。

 私はヘクター殿下のように幼い頃から軍隊という厳しい場所に身を置いて、心や体を鍛える気は毛頭ありませんから、むしろ特別扱いは上等なのです!

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