17 王女は服を買ってあげる
反乱鎮圧から三ヵ月程度の時が流れました。
あの後は、私も国王陛下や王太子殿下と共にサセックスに向い慰問したり、ヘクター殿下の元で戦いに赴いた兵の苦労をねぎらったり、闘いで命を落とした兵の追悼式を行ったりと忙しい毎日を送っておりました。
……もー、忙しくて眼が回りそうだったよ!
そしてようやっと日常を取り戻し始めたその頃。
私に与えられた離宮でいつものようにお茶菓子をパクついていると。
「えっ!?国王陛下から?」
「はい、このような紹介状を持った方が来ております」
私は執事のエリスから紹介状を受け取ると読み始める。
えっと、何々?
国王陛下が直々に送られた護衛!?
名前はマージェリー・オーティスとなっていた。
「エリス、これはどう思う?」
「はい、おそらくはジェーン様の身の安全の考慮しての事でしょう」
「身の安全ねぇ……」
まぁ、一度は誘拐されかけた身でもあるし?
でも国王陛下自ら送り込んでくるなんてどんな人物なんだろう?
「はぁ……。まぁ、国王陛下の送られた方を無下にするわけにはいかないわね」
と言いながら、私は急いで客間に向かう。
そして客間に入ると、そこには、女性の姿がありました。
この人がマージェリー・オーティス?
私が部屋に入ると、オーティスはスクっと立ち上がり、流れるような動きで私に跪く。
「ジェーン殿下の護衛役を国王陛下より命ぜられましたマージェリー・オーティスと申します」
そう名乗ったオーティスは身長の高い、恰幅のよい女性でした。
歳の頃は……よくわからないけど二十代ぐらいかしらね?
「……どうぞ、お座りになってください」
今まで、私の護衛は男性しかいなかった。
王族の護衛は、近衛兵から適切な者が選ばれるのだけど、当然のように女性の近衛兵は数が少ないからです。
私は国王陛下の末の第八女という事もあり、今までは護衛対象としては最も低い優先度だったけれど、さすがに誘拐未遂まで起こったらそうは言ってられないか。
「国王陛下よりジェーン殿下はお一人の行動を好まれると聞き及んでおりますが……」
げげっ!
やっぱりちょくちょく離宮を抜け出して、一人で市井をうろついているのが、国王陛下にバレてる!?
「今後はそのような事なく、私をおそばにお置きください」
むー。
これは、国王陛下からの監視役といったところなのかな?
もう少し踏み込んで聞いてみよう。
「……これからは私が何処へ行こうと貴女が着いて行く、そうおっしゃるのですか?」
「はい、それが国王陛下のご意志でございます」
「そうですか……分かりました。では今から外出しますので、しっかりとお願いしますね?」
「……はい?」
§ § §
「じぇ、ジェーン殿下。まさか今までは一人でこのような場所へ……」
「そうよ。王族として国民の本当の生活に触れるのは大切な事ですもの」
なーんて、それは必ずしも嘘ではないけど建前です。
私にとって市井へのお忍びは気晴らしを兼ねた細やかな冒険なのです。
「し、しかし!」
「あら、でもこれはラリー殿下もしている事よ?」
「ら、ラリー殿下もですか?」
「そうですよ、私が知らないだけで、ほかの殿下がたもやっていらっしゃるかも知れないわね」
「そ、そうなのですか……」
「えぇ、そうなのです」
なーんて、ラリー殿下が時折、お忍びで市井に繰り出しているのは本当のことなのだけど、ラリー殿下が市井で行っているのも、骨董品巡りという一種のお遊びだし、そもそもラリー殿下は私のように一人でなく護衛付きなのだ。
でも私はそんな余計な情報をオーティスに教えたりはしません。
私は普段市井に出かけるときと同じ様に古ぼけた外套を深めにかぶっている。
まずはオーティス用の服を手に入れないといけないわね。
オーティスの普段着は市井の者が身に付けるには質が良すぎるのです。
うーん、視た眼はそれほどでもないフランネルのシャツとスカートなんだけど……。
少し近くまで寄って視るだけでとてもとても細い糸で紡がれており、その上装飾として細かな刺繍が施されています。
スカートも同じようですが、こっちは金や銀の糸を使った刺繍ですよ!
一眼でやんごとない立場の者だとバレてしまうじゃない!
……どうもオーティスは近衛を束ねる王室師団の中でもかなり良い家の出身のようね。
「取りえず、オーティスの服を手に入れないとね。そんな恰好で市井を一人でうろうろしていたら、襲ってくれと言ってるようなものよ」
「はぁ……」
「私の知っている洋服屋に案内するから、そこで着替えてくださいね」
「……わかりました」
§ § §
「いらっしゃい」
私がお店に入ると店員から声がかかった。そして私の後にオーティスが続く。
「あら、貴女ですか」
私はこのお店で市井をお散歩する用の服を購入している為、貌視知りなのです。
「今日はどんな服を探してるの?」
「今日は私の服じゃないの、彼女の服を視繕ってくれません?」
「あら?」
そう言って店員はオーティスに眼を向けたが、そこで視線が釘付けになる。
「えっ!?貴女、何その服?」
あー、やっぱりそんな反応になるわよね。
はっきり言ってこのお店にある服と比べると、質が段違いです。
「こ、こ、これってまさかローマン・マッキノンのオートクチュールじゃない!?ほ、本物なの?」
うわぁー。
視ただけでブランドが分かっちゃうんだ。
さすが服屋さん。
私は良く知らないけど、上流階級御用達の有名なブランドみたいね。
私はニッコリと笑うと、口元に指をあててナイショのポーズを取ると、
「今日はお忍びなの、分かるでしょ?彼女にこの界隈を歩いていても違和感のない恰好にしてほしいのよ」
そう言って私は店員のに手を添えて、そっと硬貨を握らせる。
そして奥に引っ込んだ店員が持って来たのはいかにも安っぽく視える服だった。
袖の所などが少し擦り切れている所を視ると古着かしらね。
私は受け取ったその服を、
「これに着替えなさい」
と言って、オーティスに渡したんですが、
「えっと?ど、どこで着替えるのでしょうか?」
などと言い始めるではありませんか。
はぁ……。
これは前途多難ですよ。
もう、国王陛下も私の護衛なんてもっと身分の低い人で良かったのに……。




