10 お忍びデートの行方は?
「あ!」
適当にラリー殿下のお相手を繰り返していた私だったが、視界の端にとあるお店を視つけた。
宝石を専門に扱う古物商である。
そこに駆け寄ろうとした私だったが、
「うぇ!」
ラリー殿下に衣服の首根っこをつかまれてしまい、首が閉まって変な声が出てしまいました。
「どこにいくんだ?ジェーン。危ないから私の傍を離れるんじゃない」
「ごほごほ、えっとですね、お兄様。あそこに宝石の古物商がおりますでしょう?あそこでこれを換金してもらおうと思いまして」
そう言いながら私が取り出したのは小ぶりのアクセサリーである。
「換金?」
「はい、私は個人としてのお金は頂いておりませんので、こうして自分の持ち物を少しずつ売却して、お金を捻出しているんです」
「ジェーンは今までそんな事をしていたのか?」
「はい、幸いにして私の頂くアクセリーは小ぶりの、それほど高価で無い物が多いですから、こうして換金するのにはお手頃なんです」
そう言いながら私は古物商の元に歩み寄る。
傍には勿論、ラリー殿下や護衛の方々も一緒だ。
私はそっとアクセサリーをカウンターにおくと、店主が無言でそれを手に取って眺め、そして言われたのが、
「四銀貨と二銅貨と言ったところか?」
おっとぉー。
はい、いきなり足元を視た値段がきました!
まぁ、初めてのお店だし?
私みたいな子供が売りに来たらそうなるわよね。
でも間違ってもここでウンと頷いてはいけないのだ。
「……桁を一つ間違ってないかしら?」
「おや、嬢ちゃん。ならいくらが適性だと思うんだ?」
吹けば飛ぶような第八女とはいえ、王族の私が頂いた物だよ?
というわけで、私は適切な値段をこの店主に教えてあげることにしました。
「さすがにコレが四銀貨と二銅貨は無いと思いますけど、この店の店主は視る眼が無いのかしらね。二金貨と十銀貨はもらわないと」
「おいおいさすがにそれは無いだろう。二金貨と一銀貨で手を打ちな」
はい、いきなり十倍近くの値段に跳ね上がりました。
一体さっきの値段は何だったのだろう、という値上がり方である。
でもここでウンと頷いてはいけない。
まだまだ。ここからが勝負なのだ。
「とはいえ、お互い初めての取引ですし、二金貨と五銀貨」
「それは欲張りすぎだ、二金貨と二銀貨」
「二金貨と四銀貨」
「二金貨と三銀貨だ。これいじょう求めるなら他の店に行きな」
「二金貨と三銀貨と六銅貨、これでダメなら他の店に行きます」
「……良いだろう。二金貨と三銀貨と六銅貨だな」
「ではそれでお願いします」
私は渡されたお金は素早く懐の奥に隠した。
お金を持っているのを視られると、碌なことにならないのよね。
我ながらなかなか良い取引が出来たと思う、いつも換金してるお店だともうちょっと値が付くのだけれど、初めてのお店でのやり取りならこんなものでしょう。
私が取引がうまく行ったことで、ホクホクした貌でラリー殿下に向き直ったのだが、
「……ジェーンはいつもこんな事をしているのか?」
と、驚いた貌で聞いてくるのでした。
「はい、お兄様。私はこうやって自分のお金を捻出してます」
「おうぞ、ゴホン。ジェーンのような立場の人間が商人の真似事をしていたなんてな」
おっと、危ない。ラリー殿下、思わず『王族』と言いそうになったわね。
さすがにお忍びで出かけているので、その言葉は他人に聞かれると危険です。
「これはこれで楽しいですよ、お兄様。私が頂くアクセサリーは小物で安価の物が中心で助かっています。さすがにこのような露店で、高価すぎる品物は捌けませんもの」
「……そ、そうか。もう用事はすんだな?あまり私のそばを離れては――」
ラリー殿下は若干ひきつった貌をして口を開く。
そんなラリー殿下を後目に私は次のお店を視つけるのだった。
あれは!
「お兄様!あそこのお店に行きましょう!」
私は逆にラリー殿下の手を引っ張るようにして歩き出すと、次なるお店へと近づく。
近づくにつれ、漂う良い匂いがより強くなっていきます!
やっぱり!これトフィーパイじゃない!
「お兄様!これとっても美味しいんですのよ!お兄様もぜひ食べてみてください!」
と言って、私が懐からお金を取り出そうとすると、
「ま、まてジェーン!私が出そう」
と、言って変わりにお金を払ってくれたのであった。
きゃー!!ラリー殿下すてきー!
と、心の中でお礼を言う。
そしていざ食べようとしたところで思わぬ邪魔が入った。
「ま、まってください。お毒見もされてないものを口に入れるのですか?」
邪魔をしたのはラリー殿下の護衛さんでした。
どうもラリー殿下は市井によく来ると言っても、趣味である骨董品を視たり買ったりするだけで、市井の食べ物を食べたりとかはしてないみたいね……。
ラリー殿下も所詮は国王陛下の五男という立場なんだし、心配し過ぎ。毒殺なんておこらないよ。
……なーんて直接言えるわけもないので、
「じゃ、貴方が食べてみてください」
と、私はパイを少し指でちぎって、それを持ちながら手を上に伸ばした。
護衛さんは驚いたように、ラリー殿下と私を交互にみつめていたが、ラリー殿下が頷くと、気恥ずかしそうに腰をかがめて口を開けたので、『ぽいっ』とパイを放り込んであげた。
眼を白黒させながらも、慌てる様にそれを飲み下す。
「大丈夫そうですね」
そう言いながら私はお預けされていたパイをパクっと口に放り込む。
うん、おいしー、あまーい。
お預けされていた分、余計に美味しく感じられるような気がする。
そんな私を唖然としたようにラリー殿下がじっとみつめていたので、
「お兄様もいかがですか?美味しいですよ?」
と、言ってあげた。
ラリー殿下は、フフッとほほ笑むと、
「もう一つ頂こう」
と言って自分も分も購入する。
そして、私と同じように一つまみを護衛に食べさせた後、口に放り込んだ。
「丁度腹も減っていた所だ、なかなか美味いではないか」
と、笑いながらおっしゃったので、私は、
「はい。ではもう一個お願いします」
とおねだりをしてみた所、ラリー殿下に呆れられてしまったのでした……。
だって、沢山歩いてお腹が減ったんだから仕方ないじゃない……。




