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Scrum Hearts  作者: Lio
プロローグ
8/58

越界

 リアルで考えること多すぎて集中できね。



 誰が来るのかは予想はしていた。現地でもう1人の存在も確認できた。その2人ならば何とか退けられるはずだと考えていたが、甘かったか。

 油断をしていた訳ではなかった。しかし見通しが甘かったのは事実。なんなら抱えて逃げるくらい出来るかも知れないと思っていたのだが



 「腕を上げている…………当然か」


 「フハッ! それはそうだろう。君に最後に会ったのは私が学園を離れる少し前だったか?あれからどれ程の月日が経つと思っている」



 右腕をダラリと下げるのを確認。 こちらは左脚をすり足で2センチ程前に出す。


 目を細め右足を半歩下げ、半身に。右腕は元の位置に戻っている。やはり…………



 「あんたは努力を怠る男じゃない。それを念頭に入れておくべきだった」


 「それをした所で結果が変わるとも限るまい」



 間合いに一足で入られる。左拳………はフェイント。

 自身の左脚を更に前に出し相手の右足を踏み、蹴りの出だしを潰す。視線はやはり彼に向いている。此方からは手を出せん。


 相手の拳撃を手の甲で逸らしながら後ろへ跳び彼の元へ。同時に跳び退いた相手はもう一度構えなおしている。



 「『鬼殺し』。どこで会得した?」


 「フ、見取り稽古と言うやつだ。君ほどの体術使いもそうそう居ない。これぞ最も優秀だと感じた物を真似る事もまた力になる事だ。尤も殆どが我流だが」



 そう言いながらも踏み込み、振り抜かれた脚撃は型通りの綺麗な軌道だ。故に防ぎやすい。

 前蹴りを合わせ、足裏で弧を描く向こうの蹴りを受け止める。


 ビシリ…………!


 地下道の床は受け止めた軸足の荷重に耐え切れずヒビが走る。衝撃の余波で彼が転がるが、掌に包まれた渡したライターは手放さない。余程大事にしていると見える。

 何とか連れて離脱したいが無理だな。時間を稼ぐしかない。



 「あんた程の男が何故学園を抜けてあんな組織にいる」


 「解らんかね?教師を辞める際伝えたはずだぞ」


 「あんたの話は聞いた。あの話でどうして今こんな事をしているのかと聞いている」


 ズドッッ!!



 踏み込まれた地面が爆ぜ、破片が散らばる。 鬼殺し『震踏(しんとう)』。我流とはいえ、基本はキッチリとコピーされている様だ。

 轟音を鳴らし空気を爆ぜさせながら通り過ぎる回し蹴りを半身引き上体を逸らしながら見送る。



 「救済だよ」


 「………救済だと? 彼を救うとでも言うのか? 何からだ」


 「その件については君も学園に対して不信感ないし違和感くらいは感じている側だった筈だ。 それともただの犬に成り下がったか? 学園側の決定に全て従う様な小物に成り下がってしまったのか?」



 再び震踏。地面を抉るほどの衝撃が左手に集約され、解き放たれる。

 腕を交差させ防ぐ。威力を去なしながらも反動で後ろへ。横たわる彼を抱え上げ、踵を返し距離を



 「まぁ待ちたまえよ」


 「ぐっ…!」



 顔面に衝撃が走り、仰反る。



 「………っ! 障壁か」



 踏み込みにてこずったわけではない。それ程の速度でこの強度の空間障壁を張ったというわけか。



 「厄介極まりない」


 「これはどうも有難う。その男を連れて行かれたくはないな。安心したまえよ。組織のモルモットになど私がさせん。私が責任を持って育て上げよう」


 「何を言っている。学園で就学させる。少なくとも此方の方が環境がいい筈だ」


 「あの監獄がか?」


 「………監獄だと?」


 「違うのか? 編入生は須らく蔑まれ、正当な評価も受けられん。才ある者を連れて来ている筈だ。それが何故毎年毎年問題児に育つのだ? 育てきれず持て余し、除け者にし、『選ばれし勇者様』などと蔑称で呼び、監視し、束縛し、最後にはゴミでも片付けるように履き捨てる。 その才を埋れさせ、それを良しとするのが学園の方針だろう?」


 「そうさせているのは彼ら自身だ。異界に夢を馳せ、物語の主人公になった気分で、何もかも許される筈だと夢想に耽り、好き放題していれば自然と周りもそう見るものだ」


 「その通りだな。彼らの傲慢さも些か目に余るものがある。 だが」



 ───っ! 左右と後方に障壁! 本当に速い!



 「そうなる一因が学園側にもあるだろう」



 後ろ回し蹴り。障壁が邪魔で避けられんか。仕方ない。


 彼を後ろに抱え込む。局所身体強化(ブースト)を背中に発動して硬化し衝撃に備える。


 背中に破裂するかのような衝撃を受け、ガラスを砕いたような音を響かせ障壁を割りながら吹き飛ぶ。

 背後にブーストをかけていた為、障壁にぶつかった左肩に鈍痛を感じる。………まだいけるか。



 「今までのクズのように捻くれた編入者共の固定概念が既に学園内に蔓延し、最初から同じ括りに見られる。偏見を持たれ、交友も無く孤立し、学園からもブラックリストに載っているかのような腫れ物にでも触れる対応をされれば更に捻くれもする」


 「………………」


 「問題視され、監視され、謂れもない軽蔑を受け、拘束され自由を奪われる!」


 「………………」


 「彼らにとっては監獄と相違無かろう。そんな環境にその男も今から放り込まれるのだ。 嬲られ、毒を撃ち込まれて絶望するような状況下で尚、不敵に笑い次を考え動けるような気骨のある者が。その才が。監獄の中に埋もれようとしているのだ」



 腕の中で口から血を流す彼を見る。


 これから世界の為、一つの希望の光とならんとする者が、意気揚々と先へと進む。その一歩目が既に、悪感情に覆われた暗闇に閉ざされてるとも知らずに……


 そんな事を幻視してしまう。



 「さぁ、その男を渡したまえ」



 そうだった。この男は常に編入者への対応について学園側に苦言を呈していた。せめて真っ当な評価を与えられるよう、いつも教育方針の是正を求め、環境改善に取り組んでいた。

 思えば昔からそうだった。

 結果よりも過程を大切にし、人の努力を評価する人間だった。


 故に、過去の編入者達という結果だけを見て、全ての編入者の評価を下に見る学園の風潮に嫌気がさしたのだろう。


 編入者への偏見は、根深い。


 確かに俺自身も疑問がある。編入前の生徒を見たのは今日が初めてだ。彼を見る限り、その目に不純な輝きはなく、満身創痍という言葉を体現したかのような状態で目の輝きを失わない様は学園で横柄に過ごす編入者達とは違うものがある。


 その彼も、ああなる。


 既にそう見てしまっているのだ。


 風潮………か……




 「どうやら俺が教授と呼ばれるのは早過ぎるようだ」


 「………ほう………そうか君も遂に教授か。学園の目も腐りきってはいない様だな」


 「来年度にな」



 自嘲気味に笑うがハザマはいたって真面目に答える。 コイツも本当に根っから真面目な性格だ。今まさに戦闘中の敵から賛辞のニュアンスの篭る言葉を投げかけられるとは。



 「抱負は持っておくべきだぞ」


 「今決めた」



 賛辞に対する礼と、もう一つ謝意を込めまっすぐに目を見返す。 血に塗れた彼を地面に横たえさせ、立ち上がり構える。

 彼を守る様に立ちはだかる。




 鬼殺し〝羅生門〟




 「………………そうか」


 ハザマが満足そうに笑みを浮かべる。察した様だ。



 「それでも、やはり連れて行く。増援待ちであろう? フィスタ教授、君の持った抱負は本物か見せてもらおう。守りきってみせよ!」



 イチカヨツバの周りに淡く光る結界が張られる。 あぁ………本当にこの男は………余波の心配は要らんな。全力で行こう。


 闘気を纏い怒気を混ぜ、開放する。理性は半分残す。その理性は唯のプログラミング。『この間合いの後ろ半分に、一切の敵を入れるな』。


 ハザマが消えるような速度で踏み込んで来る。


 状況を確認する意識があったのはそこまでだった………





 ・

 ・

 ・






 「ガープ!」


 「感じています!」


 いつもは事なかれ主義でヘラヘラと物事をやり過ごすのが信条だが、空気を読むという事くらいは自分にもできる。

 状況は切迫しているようだ。



 「魔導の発動タイミングは任せたわ」


 「了解」



 いつもの様に適当にはぐらかしたりはしない。不動の時(ストッペイジ)の発動準備は整っている。状況次第では発見と同時に使うことになるだろう。


 少し前から断続的に衝撃音が響いている。時折感じる振動はおそらくフィスタ君の『震踏』によるもの。

 学園長が速度を上げる。上限突破(エンドオーバー)は既に掛けて貰っている。効果時間は残り10分といったところだろうか。



 「この先です!」



 感じる力元素の鼓動は闘気と怒気。配分から考えて目的を一つに絞り理性を飛ばしている。目的は当然……


 戦闘態勢を整え、角を曲がる。


 目に飛び込んできた光景は



 「シィィィィィィィ……………」



 長く息を吐き、脱力した構えをとるフィスタ助教。周囲の床は一部を除いてヒビ割れ、凹み、瓦礫が散乱する。

 その瓦礫の散らばらない綺麗な一角の中心には、報告にあった通り、髪の毛が跳ね散らかる黒髪の男性。仰向けに横たわり、口から頰に伝わるように血が流れている。


 「っ………! フィスタ…! ガープっ! 不動の時(ストッペイジ)!!」


 状況は思ったより芳しくはない。フィスタ君の構えは『羅生門』。予想通り守備に徹している。『鬼宴(きえん)』まで発動しているにも関わらず、かなりの消耗が見られる。


 それと、彼だ。あの吐血量もそうだが、呼吸が荒いでもなくむしろ浅い。学園長が咄嗟に『治療魔導(キュア)』を掛けたが周囲に薄く空間結界が張られており弾かれた様だ。


 全身体強化(フルライズ)で肉薄する間に学園長から指示が来た。


 何よりも、状況が芳しくない理由は



 「発動します!」


 「むっ!早速か!」



 見覚えのある男が札を出し雑に投げ捨てる。その札が光り出すと私が発動したはずの『不動の時(ストッペイジ)』が周囲の空間ごと中和されるかのように力元素(エナジー)を霧散させ、陽炎のように景色を歪ませつつ消えていく。



 「くぅっ……!?」



 そう、この男だ。前々から驚かされてばかりだが、こんなに易々と不動の時(ストッペイジ)を止められるとは………



 「久しぶりね。元気にしていたかしら? ハザマ元教授」


 「フレイア教頭。 いや、今は学園長でしたか。ご健勝そうで何より」



 ハザマ元教授。 敵対勢力〝夢月(むつき)〟に下った男。


 堂々と佇むその姿はフィスタ君の劣勢ぶりを物語る。



 「数日掛けて時空間(ギャップドミ)支配札(ネーショナー)を作った甲斐があったが、 まさか学園長直々に来られるとは思わなんだ。完全に形成逆転だな。フィスタ君、鬼宴を解きたまえ。君の勝ちだ」


 「……………………」



 フィスタ君の返事がない。


 「む……気を失ったか………尚立ちはだかり彼を守護するその姿を忘れずにおこう」


 「ガープ!フィスタを」



 言われる前に既に動いていた。編入予定者の事も気になるが、フィスタ君も体力の回復が必要だ。

 さて、この状況は一体どういう事なのか。編入予定の彼を覆う結界はハザマ元教授のものだろう。フィスタ君の全力局所身体強化(フルブースト)で壊せるか壊さないかの強度と見た。

 結界に覆われた彼は恐らく長くは持つまい。このままでは……

 ハザマ元教授の方は私達の到着から一切動こうとしない。結界破壊を試みた隙を狙われる可能性もある。こんな世界で派手な魔導戦は繰り広げたくない。学園長はそう考えるはずだ。

 そうなると格闘戦になる訳だが状況から見て、相手はフィスタ君と互角以上に渡り合える程まで腕を上げている。

 それでもやるしかない、か。



 「ターゲットの命が尽きるのが先か、貴方を退けるのが先か。 そういう事ね?」



 学園長も私と同じ考えらしい。



 「……? あぁ……成る程……」



 ハザマ元教授が無造作に腕を振るう。 すわ、攻撃か!? と身構えるものの、起こった事象はこの状況下では非常に不可解なもの。


 何故か彼を覆う結界が消える。



 「!? 何を?」



 学園長が身構えるもハザマは憮然と佇むのみ。



 「私とフィスタ君との戦闘行為に彼を巻き込まないための配慮だよ。私は愚か者を回収して撤退するとしよう」



 ……はい? 戦闘は無し? いや、ありがたい事だが……どういう風の吹き回しなのか……


 「…………彼は良いのかしら?私達が貰い受けるわよ」



 ハザマ元教授の表情が変わる。その表情は軽蔑と憤怒。この男が学園を去る前に見せた表情だ。



 「話す暇があるのなら彼の命を救う努力をした方が良いのでは? 貴方方はいつもそうだ! 編入者というだけで蔑視・軽視をし、蔑ろにする! 普通の生徒であれば先ず優先して確保ないし救助を行うのでは!? 貴方が到着し、先ず優先したのは何だ!? 彼の事は後回し! 随分と軽く見ているようですな」


 「っ! それ……は…………」



 言われてハッと気が付いた。確かに私は彼は後回しに考えていた。これから大切な生徒になる予定だと言うのに、だ。

 しかしどうやら学園長も同じだった様だ。



 「今回私の目的は達成した。 いいや、フィスタ君がきっと達成してくれるだろう」



 目的…フィスタ君? 何の話だろうか。何故抵抗も無く彼を引き渡す? 好都合ではあるが。


 しかしハザマ元教授の言葉が何故か突き刺さる。 学園内の風潮については何も返せない。反論はある。しかし何故か胸にトゲを感じ言葉に詰まる。

 今、まさに対応を後回しにしたという事実があり、その事を指摘され、負い目を感じているのか?



 彼を保護するか、躊躇した。躊躇してしまった。

 幾多の修羅場を潜り抜けてきた中で、油断や戸惑いなどの一瞬の隙が、大きく戦況を揺るがすと知っていたのに。



 編入予定者の周囲に力元素(エナジー)が立ち込める。



 「何だ起きたのか。まだお寝んねしていると思っていたが、まぁいい。叩き起こす手間が省けた」



 踵を返したハザマ元教授の向かう先に、紫色の髪の男が顔を俯け立っていた。これまた見覚えのある男の顔は前髪の影に隠れ、表情は伺えない。

 口元は蠢き、何かをボソボソと呟いている。



 「……だ…………くない………せいだ」


 「? どうした?」


 「俺は悪くない! ハザマァ! お前が邪魔をした! 報告させて貰うぞ! お前も終わりだァ! ハハハハハハハァ!! そいつも始末してやる! 余計な事ばかりしやがってぇぇぇぇ!!」



 編入予定者の周辺に立ち込める力元素(エナジー)が集約し、紫色の氷柱のような物が形作られる。無数に宙に浮かぶそれは密度を増して……



 「チィッ! 癇癪持ちのクソガキめっ!!」



 再度結界が展開されるが、作用反作用を無視し、急加速する毒槍数発でヒビが入る。



 「ガァッ!!」



 口に回復薬を押し込んでいたフィスタ君が私を押し除け彼に駆け寄る。依然意識はないはずだ。

 ガラスの破砕音に似た耳障りな音を立て砕け散る結界の中、フィスタ君がターゲットと毒槍の間に入り



 ズドドドッ…!!


 連続した衝撃音。その内何発かは肉にめり込む嫌な音を響かせた。


 数本の槍がフィスタ君に叩き落とされ、地面に突き刺さっている。



 「グ……ウゥ……」


 「フィスタ!!」



 学園長の声が木霊する。


 フィスタ君の脚が地面に縫い付けられるように貫かれている。意識を取り戻したらしく、鬼宴(きえん)も解かれているが、肩口と腹にも毒槍が突き立っている。

 私も学園長も咄嗟に障壁を張ったが何本か弾くだけで破壊された。


 しかし、私と学園長の結界を張るタイミングが同時……学園長の反応速度が嫌に鈍い気がする。



 「俺は………問題ない! イチカヨツバを………!」




 ハッとする。


 ターゲットは左肩、左腕、太腿を地面まで貫かれた状態で横たわっていた。先程確認した時よりも口から流れる血の量が多い。今ので目が覚めたのか、苦悶の表情すら浮かべず、ただただ…無表情で虚空を目つめている。

 これは……連れ帰っても……



 「アハハハハハァァ!! 無様に死ねぇぇぇ!!」



 膨れ上がる紫色のオーラ。毒を持った魔力が可視化される程の密度で立ち込める。まだ追撃をする気か。

 おそらくこれは力元素暴走(オーバードライブ)。感情に動かされるまま力元素(エナジー)

が暴走している。抑え込まないとまずいが仮にも元編入者の技能(スキル)だ。 残力元素(エナジー)でどこまでやれるものか…



 「学園長。貴方は先程否定しようとした。 だが今まさに、自身で証明したのだ。満身創痍のイチカヨツバではなく、まだ傷の浅いフィスタ君を優先した」



 ハザマ元教授が結界を張りながら肩越しに此方を見て語る。



 「…………………」



 学園長は何も答えない。俯く横顔は苦虫を噛み潰したような表情だ。


 その通りなのかも知れない。編入生として彼を見て、無意識にフィスタ君の身の安全を優先したのかも知れない。

 彼を ターゲットとしてしか見ずに、これから学園に編入する一人の生徒としては一切見ずに。

 私とて、言われてみればそういう意識だった気がする。


 学園長は瞑目し、何かを考えている。


 らしくない。即断即決を地で行く人が、判断を迷っている。


 どう動こうか迷っていると視界の端に動く物があった。



 編入予定者、イチカヨツバ。



 立てる様な状態じゃないはずだ。つい今の今まで口から血を流し、磔のように地面に横たわっていたはずだ。


 何故立ち上がる


 目は虚なまま。口の中の血を吐き出し、何かを呟く。


 何故立っていられる


 地面まで貫通していた左腕の槍は右手に握られ、その右手の触れている部分からも肌が紫色に染まり毒に浸食されているのがわかる。肩と太腿の槍も刺さったままだ。


 何を囁くのだ


 もういい、無茶はするな!


 そう止めたいのに


 気圧され、体が動かない。



 「イチカ……ヨツバ……喋るな もう大丈夫だ……我々が何とか……する」



 息の整わないフィスタ君が絶え絶えに話しかける。



 「イチカヨツバ。とうに限界は超えている。休んでいろ」



 結界を強化しつつハザマ元教授も彼を静止する。



 「ゴフッ……嗚呼……大丈夫、覚えてるよ。ありがとう〝イル〟」









 今、なんと言ったのだ?



 この状況下で、呆然と彼を見てしまう。



 聞こえているのは私だけか。否、学園長も驚愕している。フィスタ君は体を引き摺りながらハザマ元教授の横へ並び立っている。聞こえてはいないだろう。


 ハザマ元教授の動きもフィスタ君の言動も行動も編入予定者の発言も何もかも判らず、混乱に陥る。


 彼が、左腕を上げる。掌を上にして地面と水平に掲げるように。

 目には力が篭っている。先程までの虚な目ではない。

 毒槍の刺さっている箇所から血が吹き出る。



 「っ!待っ……」



 口元の血を拭いもせず、ただただ力強い瞳で、気負いない自信に満ち溢れた笑顔で




 言葉を紡ぐ





 「─── 光の導を ───」






 彼の掌が輝きを放ち、フィスタ君とハザマ元教授が同じく柔らかい陽光のような光に包まれた。

 彼の全身から、そして掌から、力元素(エナジー)ともつかない何かが2人に流れ込んでいく。



 「光の導……!………ふむ…見えるな」


 「……ああ、不思議な感覚だ。体も軽くなったな」



 編入予定者の彼の掌の輝きが収まり


 ふと、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。



 「っ!イチカヨツバ君!」



 慌てて駆け寄り倒れ込む前に支える。

 ……! 容体が悪い! 酷い有様だ!



 「よし、ガープ君!」



 此方を振り向きもせずハザマ元教授が話しかけてくる。



 「彼と学園長を連れ、越界(えっかい)したまえ」


 「なっ、何を!? 君達は何をする気だ!?」


 「我々2人でこの大馬鹿者を押さえ込み無理やり跳ばす。この馬鹿者をこの世界に放っておくわけにもいかん」



 ハザマ元教授の転移術で無理矢理にでも越界させる気か? フィスタ君はどうするのだ?



 「そもそも直ぐに越界はできんぞ!イル様に座標報告と…」


 「ガープ教授」



 転移発動前の座標軸固定などの越界準備が何も整っていない。それを言おうとしてフィスタ助教に遮られた。

 フィスタ助教は陽光に包まれ───



 「問題なさそうです」



 こちらを肩越しに見て不敵に微笑む。



 「っ! 『光の導』か!」



 漸くして、事情を飲み込む。



 「フィスタ君の事も問題ない。事が終われば私の方で送るとしよう。行きたまえ!」


 「学園長!」


 「ええ。行くわよ!」



 学園長の表情に刺した影は今はもう見えない。しかしそれでもまだ本調子では無さそうだが、今は…



 「アハハハハははハハハハハハハハァァあ!」



 膨れ上がる紫色の魔力に包まれたかつての生徒は、本能の赴くままあたり一面に毒を撒き散らし暴れまわる。



 「ガープ教授!急いで下さい!」


 「『我 この世界に於いては異物と成りて世を乱す者也 大義を持ちて馳せたる企図は果たされん 今 此処に異物を排する扉を開かん 寧静と静謐を取り戻す為  我に扉を潜らせたもう』」



 力元素が足りない。



 「学園長!」


 「今渡すわ」



 既に魔力に、それも術式に合わせて変性させ変換された力元素(エナジー)が背中に置かれた手から流れ込む。 同時にヨツバ君に回復魔導(キュア)が掛けられている。血が止まり始めている。流石は九神魔導士と言ったところだろう。



 「ハザマ教授!」


 「元、だ。 フィスタ君、すまんが暫く頼めるか?」


 「任せろ」



 毒を孕む魔力を押さえ込んでいた結界が消え、煙のように辺りへ漂い始める。物理的障害の無くなった途端にこちらに血走った目を向け駆け出す が、それをフィスタ助教が許さない。


 一閃


 上段蹴りが、夕焼け色の軌跡を帯びながら炸裂し、紫色の魔力ごと押し戻す。



 「ガープ君!」


 「………済まない! 頼む」


 「思うところはあるだろうが、一先ず信用したまえ」



 術式にハザマ教授の物が組み込まれ、定まらなかった地球の出口とJourneyの入り口の座標と軸が修正されていく。


 跳べる。



 「行きます!」



 直前、学園長の横顔とイチカヨツバ君の顔を見比べる。

 容体は安定しないものの、どうやら力元素を搾り取られ、完全に脱力しきった穏やかな顔と


 学園長の俯いた影の指す横顔の対比が、やけに気になった。





 その後のハザマとフィスタの越界前の会話を書こうとしたけど辞めた。vain of leafsに記そう。

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