夢の中の人、大界を知る
井の中の蛙は大海を知る事になりますが、夢の中の人は何を知るのでしょうか
ここは夢の中の世界。
そういう風にわかる時がある。
大多数の人間が、朝起きた時には夢の内容など覚えていない。稀に覚えている時には、その内容の余りの滑稽さ故に笑い話として人に聞かせる程度だろう。
そう、大概が滑稽な内容なのだ。
しかし夢の中に居る真っ最中には『不可思議』『異常』『滑稽』、どんな内容であれそれを常日頃から見ている当たり前の事の様に受け入れ、夢の続きを見る事になる。
起きてしまえば、それがどれほど非日常な事態だったのかを冷静に考えてしまい、滑稽に思う事になるわけだ。
普段であればその最中ならば大して疑問にも思わない。
しかし時として今いる世界は夢の中であると自覚する。
まさに今この時の様に。
で、宝くじが当たって、当選券片手にウキウキしていたわけなんだが。何でいきなりこんな場所に移る? もう夢だってわかってるわけだけどさ。それならそれらしく、もうちょっと夢見させてくれてもいいんじゃない? だって夢なんだろ? 夢見せろよ、おい夢!
白い……………否、明るい? 銀色?
色とも明るさともつかない、はたまた個体なのか液体なのか気体なのかすら感じられない。酷く曖昧なモノが詰まった広いのか狭いのかも判然としない空間。
そこに地面もないのに立っている。いや、立っているのだろうか。…………立っている様な気がする。
漸く 何とか繋げることが出来ましたね 猶予はもうありませんでした まぁ結果的に間に合ったのですから良しとしましょう
誰だ? 俺の宝くじの妖精かなんかか? 紙に戻れよ換金出来ねぇだろ
ふふ つい先程まで見られていた夢の内容でしょうか? 残念ですが先日購入されたその宝くじ 当選しないと思いますよ
ん? 今俺喋ったのか? いや考えてただけだったか? なんだか曖昧だな 変な感覚だ
ふむ 会話形式の方が過ごしやすいですかね?
「ではその通りに。いつも通りに話して下さい」
姿まで見えるようになるのはそういう仕様なんですかね?
「さて、まず…貴方の夢は節操がなさ過ぎますね!」
あぁ…こっからはちゃんと喋れって事ね?
「ファンタジーかと思えば次の日にはパニックホラー。激しい戦争に参加したと思えば、呑気に空を飛んだり。 ふふ、空を飛ぶのは良いですがもう少し優雅には出来なかったのですか? 必死に手で羽ばたく姿は流石に笑いを禁じ得ませんでした」
「おい見てたのか!? 最後には虫網を頭に被せられて目覚めるあの夢を!それを見て笑ってたのか!」
「ええ。他にも色々と。何度も波長を合わせようとしていたのですが、コロコロと夢の内容が変わるので中々難しいものがありましてね」
夢の中なのにおかしなもんだな。段々と意識がハッキリして来てる。
亜麻色の綺麗な髪をした目の前の少女をまじまじと見つめる。風も感じられないのにセミロングの髪をキラキラと靡かせスキップでもするかのように自身の周囲を歩く。そう、歩いている。にも関わらず目の前から移動をしない。こちらは首を廻らせるなどもしていないというのに。
…………………………だれ?
「さて! 漸く繋がったのです。折角なので少しお話でもしませんか?」
瞑目し、口元に笑みを携え、歩きながら右手の人差し指を立て、お説教でもしているかのように指を縦に少し振りながら話していた少女はこちらに向き直り満面の笑みを浮かべる。
年相応ではない口調と素振り、そのギャップに頭が追いつかず混乱する。
「あー………取り敢えず質問2つ………良い……ですか?」
見た目は中学生ないし小学生程だろうか。飾り気のない真っ白いワンピースがよく似合う。 その満面の笑みは、広大な電脳世界に住う紳士諸君ならば放っておかないだろうという程に端正だ。
〝たん〟付けで呼ばれそうだなぁ…………
残念ながら自分には少女趣味は無いので萌えたりはしないのだが、どことなく触れがたい様な神聖な雰囲気を感じ、話口調に困窮する。
「はい! どうぞ!」
ズヒシッ! と音がなりそうな勢いで立てていた人差し指をこちらに向けてくる。
おいこら!人に指を向けるんじゃないの!めっ!
「貴方は一体全体誰ですか? 夢の精霊かなんかですかね? それとここは?」
「そんな記憶喪失のような質問ですか……」
「いや『私は誰』じゃなくて。自分見失うほど倒錯してないから。貴方が誰なの」
前言を撤回させろ。神聖さなんて無い。
「ふふ、夢の精霊ですか。なんだか良い雰囲気を感じます。良いですねそれ! そう思って下さって構いませんよ!」
「『そう思って貰っていい』は否定とニアイコールだろ」
「ニアイコールですからね!完全な否定ではありません。実際、精霊に似たようなものなのです。 はて? あぁ! 自己紹介をしていませんでしたね!」
ポンッ! と握り拳と掌を合わせる精霊さん。
仕草がいちいち妙に可愛らしい。なんて言うか…………『めんこい』んだよなぁ。
「申し遅れました。私の名はイルダーナと申します。親しみを込めて〝イル〟と、そうお呼び下さい」
「イルたん」
「んぅ!? 『たん』………? イ、イルたん?」
「あぁ……すみませんね、思わず」
目の前の少女に庇護欲が掻き立てられ意図せずたん付けで呼んでしまった。
護りたい、この笑顔。 今日から俺も立派な紳士!
「い、いいえ、少し驚いてしまいました。親しみを込めて欲しいとは言いましたが、思いの外距離が近く感じたもので。 出来ればもう少し威厳を持ちたいと思います…………」
「ええ、では要望通りイルさんと呼ばせてもらいますね」
「ふふ、敬語も必要ありませんよ? 貴方の敬語はなんだか酷く他所他所しいと言いますか。 今度は極端な距離を感じてしまいます」
「…………」
前に言われた事がある。『お前もうちょっと砕けて喋れないのか?』と。なるべく最大限の敬語を使っていただけだ。ガチガチの縦社会だというのに砕けて喋れという理不尽な言葉に憤りではなく哀しみを覚えたものだ。 そんなにも他所他所しかったのかと。
「…………わかったよイル」
跳ね起きた髪の間に指を入れて頭皮をガシガシと掻きながらぶっきら棒に答える。
「ふふふ………やはり貴方は不器用で、極端で…………それでいて優しい人です。 極端と言えば貴方の───」
「んん!」
脱線している。あと個人的に少々気にしている自分の性格の欠点は穿り返さないで欲しい。
「…………コホン………えー、と、あっ此処が何処かという質問でしたね!」
話題の切り替えかたよ。ヘタクソか。 微笑ましい気持ちになり表情が和らぐ。
「四ツ葉さん。貴方には此処がどのような場所に感じますか?」
名前が知られてる。ふ〜〜〜む………
〝夢の妖精〟………か。
「そうだなぁ…取り敢えず形容しがたい」
「ふむ、他には!他にはありませんか!?」
「ん〜……………」
求めるなぁ……………期待してるよなこれ。
まぁでも正直に感じた事を伝えよう。
「なんというか、気持ちが畏るというか、神聖な印象を受けるかな」
「ほう! そうですかそうですか! 先ず此処は何処かという質問ですがズバリ、貴方の夢の中です!」
ここまで引っ張る程でもねぇよ予想通りじゃねーか。
「貴方の夢の中に私が入り込んだだけなのですよ。 四ツ葉さん、知っていますか?夢の世界というのは夢を見ている人の脳内から情報を抜き取り作り上げられた、立派な一つの世界なのですよ」
聞いた事のある話だ。それが理由で想像力の及ぶ範囲の出会った事のある人、見た事のある景色や場所というのが夢に登場するという。見た事のある場所が若干構造が変化していたりするのはそれがあくまで想像した物だからという事だ。
「その通りです!夢の世界ではその所有者の心情や想像力が全てを創り上げるのです。言わば夢を見てる人がその世界の創造神なのですよ」
………ん?………まぁいいか。
「つまりです! 今貴方が『気持ちが畏る、ものすごい神聖さを感じる』と仰ったという事は、私が訪問したことによって、迎え入れるに相応しいそれはそれは素晴らしく神聖な部屋を用意すべきだ!と、貴方の深層心理が感じ取ったという事なのですよ! つまりつまり、四ツ葉さんは私に対して、か な り の! それはそれはもぅ、とんでもない威厳を感じ取っているわけですね! むふふー、私の神聖さや威厳は隠していても滲み出てしまっているようですねぇ!困ってしまいますよぅ」
んだこいつ!? メチャクチャ見栄っ張りじゃねぇか!? 小学生が親戚のおっちゃんに学校での自分の人気っぷりを盛りに盛って自慢してる様にしか見えないんだけど! 別に、物凄く神聖さを感じるとか言っていない。盛るな。あとそのドヤ顔やめれ。
……………………まぁいいや。
相手してたら疲れるやつだこれ。
自分の姪っ子のならいくらでも付き合ってやるけども。見ず知らずの、本当にお子ちゃまかどうかも疑わしいのを相手してやる義理は無ぇ。
取り敢えずは聞きたい事は聞けたか。新たな疑問も生じてはいるが、此処が自分の夢の中だというのは理解できた。
では、話を統合して考えるとどうなるか。
もしや上手くコントロールすれば先程まで見ていた幸せな宝くじの夢に戻る事ができるのでは?
夢というのは自分の脳内の想像で産み出した物。想像力をコントロールすれば夢の内容も操作が可能だと聞いた事がある。
「あっ、今はもう無理ですよ? 貴方との波長を合わせた際キッカリと空間を固定させて頂きましたので! 今この夢の世界は私の掌握下にあります」
……………あ……れ?やっぱり………
「…やおや、…ル様、ま………ているの…すか?」
「あ……ンクラ! …だ繋がらん……!」
「は? 何だ!?」
何やら電波の悪い無線機でも使ってるようなノイズ混じりの話し声が聞こえる。声から察するところ2人の壮年の女性だと思われるが………
「あっ!ちょ…………お婆様!今しがた漸く繋がりました!あまり近付かれますと…………」
「四ツ葉! あんたっ………聞こえてるのかい!?」
「あっはい、聞こえていますよ?」
スッゲェ声デケェ! 何だ?混線?みたいな感じなのか?
「あんたね!大変だろうけどなんっっとか切り抜けな! いいね? 何があっても絶対に諦めるんじゃ無いよ!!」
「まぁまぁ…………落ち着いて下さいな。イル様のお話の邪魔になってしまいますよ。気持ちはわかりますがここはイル様にお任せしましょう」
もう一人の方は声や話し方が柔らかい。それなのにやたらと気配が強い。………強い? いや………何というか…………デカイ? 声がじゃない気配が大きい。これはもう一人というか……………
ってか何?割り込み? 『お婆様』? 実家の固定電話かよ! 精霊さん、流石に笑いを禁じ得ません 笑。
「…………はっ、そうさねぇ。 柄にもなく取り乱しちまったよ。 でもこれだけは…………四ツ葉! 絶対に生きなさい。何があっても! 絶対に死ぬんじゃ無いよ!いいね!?」
諦める? 切り抜ける? 何の話だろうか。
それとこの声…………何だろうな
懐かしい? ……………いや、聞いた事無い声だ。
……………何か…………心が…………
まぁ……いい………か……………
それよりもこの必死な声。内容はさっぱりだが必死さはしっかり伝わる。敬語が躊躇われる程に親しみを感じる。
「ああ、わかったよ。婆ちゃん。約束するから。そんな慌てんなって」
〝婆ちゃん〟
何故?
しっくりくる。
「……絶対だよ? 約束したからね?」
「…さぁ、少し離れますよ。イル様に任せれば大丈夫ですよ」
「うっ……歳を取ると涙脆くなっていかんねぇ……………」
「ふふっ、それも仕方のない事でしょう。なにせ最後に残った血縁者な…です…ら……………」
遠くへ行ったのか、最後の方はまた擦れて聞こえづらくなってしまった。
しかし、確かに聞こえた。
〝血縁者〟?
〝婆ちゃん〟………
「…………済みません。本当はもう少ししてからお伝えしようと思っていたのですが…………」
………………………おい、待てよ。
何だそりゃ?
知っていた? 知っていて、隠していた?
呼吸が 荒くなる
感情が 溢れ出す
「……………………………」
息を 整える
湧き出る感情を 抑える
深く 深呼吸をする
「ふぅ〜〜〜〜〜………………」
抑えろ
抑えろ!
この感情の荒波を溢れさせるのはただの八つ当たりだろう?
俺と血の繋がりのある人間は、俺の周囲には居なかった。少なくとも自分は知らなかった。知らずに育った。
それを知る者が今目の前に居て……………挙句すぐ側に本人まで居て。それを自分に教えなかった。
そう。教えなかった。言わなかった。俺が自分が気付いただけ。偶々偶然。勝手に察しただけ。
なぜ!!? 何でだ!!?
俺はこの歳まで血の繋がりを!
その温もりを! 暖かさを!!
知 ら ず に 育 っ た !!
自分で勝手に想像して!
これがそうなのだろうと、見付けたと勝手に確信し、盲信し!
そうして得られたと!勝手に信じた〝人との繋がり〟の温もりで暖を取って寒さを凌いで生きてきた!!
ただの虚像だったそれを信じ!
その虚栄に気付いている自分を騙し!
そうやって寂しさを紛らわせてきた!
時に狂いそうになる程に欲したその本物が!!
今そこにある!
目の前に!!!
それを知っている者はそれを教えてすらくれなかった!!!
なぜ!! 何故!! 何故なんだ!?
黙 れ !!!!!!!!!
「っっふぅ〜〜〜〜〜〜〜……………」
抑えろ
そうだ。これをぶつけるのは今までの寂しさの八つ当たりだ。
下らん。
血反吐を吐くほど欲した温もりが、この世界の何処かには存在すると解ったんじゃないか。嬉しい事だろ?
「なぁ…………一つ、聞かせてくれ」
「っ……………はい」
ピクリと体が震えたのが見えた。それはそうだろう。 あんなに心が荒れ狂ったのは久しぶりだ。 モロにあてられたはずだ。
「此処は、本当に夢の中の世界なんだな?」
言いたい事は伝わるだろう? そうニュアンスを込めて強調する。
「はい。此処は貴方の創り出した夢の世界。つまり………………〝現実〟なのです」
…………………理解した。
つまりは先程の会話内容で違和感を感じた『一つの立派な世界』。そういう事だ。
夢の精霊。
繋げる。
創造神。
普通の生活ではまず聞かないだろう単語や不思議な力の話。
別の世界の住人。
わかりやすい言い方をするならまさに〝異世界人〟と言ったところか?
この夢の世界もまた、〝夢の世界〟という現実に存在する世界なわけだ。
「っはぁ〜〜〜〜〜ぁぁ〜〜っっ…………」
「本当に………申し訳ありませんでした」
「ん? っああイヤ、ごめんごめんそういう溜息じゃないんだ。 ほら、思いっきり力んじゃってたもんだからさ。脱力しちゃってね」
そう。脱力しただけだ。要するに、血の繋がっているというおそらく祖母なのだろうあの人は、この世界のどこかに居るという事が分かったのだ。
更によくよく思い出せば目の前の少女はいずれ話すつもりだったと言った。
何か話せない事情か、まだ話したくない理由があるはずだろう。
怒る事では無い。プラスに考えるべきだろう。
「嗚呼………貴方は本当に………!」
少女の頬に一雫の煌きが流れる。
悲しさなどの負の感情は篭ってはいない。
そういう涙は止めずに流すべきだと個人的には考えている。止めはしない。
「改めて貴方に話したい事があります。話をさせて下さいませんか?」
「勿論だ、女神様。 むしろ此方も色々と聞きたい」
少女の…………否、女神様の顔には本日2度目の驚く表情が貼り付けられている。
「どうしてっ!?」
「カマかけただけだよ」
ニッ!と、心からの屈託のない笑顔で女神様に答える。
「…………神を相手にやってくれますね」
目は細められているが口元は感情を隠し切れていない。
「コホン…………では、聞いてください」
咳払いで誤魔化す女神様は、口元を手でさり気無く覆い隠すが…………これでもう一つ確信した。
その後、イルからとても俄には信じられない。しかしまさに今この瞬間の様な。
夢の溢れる、広大で雄大で儚くも美しい、
『世界』の話を聞くことになった。
かの有名な漫画家が何かのインタビューで語っていた事の内容をよく覚えています。
『内容は当然しっかり考えていますが時たま流れに任せてその後の展開を繰り広げる事があります。キャラが好き勝手に動き出してしまうんですよ。そういう時は彼等に任せる様にしています』
スッゲーなぁキャラがちゃんと生きてんだなーと、感心していました。
私が考える妄想の中ではそんな事一度もありませんでした。
しかしそのキャラが勝手に動くという感覚、何となくわかった気がしてます。
イルダーナ。 イル。
コイツすんげぇ喋るんだけど! すぐ話脱線させやがるコイツ! つられてヨツバも話したがる話したがる。
放って置いたら3話分ぐらい脱線して喋りまくるわコイツ。流石何千年も封印されてるだけあるわ。めっちゃ誰かとお喋りしたがってる。厄介だ。
厄介だけどすげー楽しい。