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ダークヒーロー 第一話 朝日・虎ノ丞・ドラグーン


 鬼ヶ島の北東にある『鬼門の樹海』。

 そこに朝日家の本拠地である『刃武城』は存在している。


『刃武城』は大きく分けて五つの区画に分けられている。


 剣士を始めとする鬼ヶ島に所属する戦士である『武士」の生活場となっている、『武家屋敷』。


 御三家の使用する武術専用の武具である『娑婆刀』の製造所である『鉄火場』。


『武士』達が武術を学び、修行する場であり、そして朝日家に仕える戦士達が待機する『武道館』。


 鬼ヶ島の民が住む『城下町』。


 朝日家当主。及び、その家族の生活場であり、朝日家重臣達のみ入る事を許された『本丸』。


 そこから更に、『本丸』は大きく三つの区画に分かれている。


 当主の生活の場であり、武士の統括、及び鬼ヶ島の軍事作戦の全てを司る『天守閣』。


 雑務や政務をこなす官庁である『城郭』。


 そして、当主の妻を始めとする、当主の血縁者が暮らす『御殿』。


 無論、仮にも朝日・市之丞の息子である辰巳が住んでいるのも『御殿』の一角にある離れの別室にあった。





☆☆☆☆☆





 家を出る事が決まった辰巳は、静かに自分の部屋の片付けをしていた。


 と言っても、片付けるものなど殆ど無い。


 それもそうだろう。「立志の儀」の石舞台に立つと決まった時から、この家に戻らずの覚悟を決めて、既に不要な物、そして見られれば危険な物は処分した。

 


 そんな時だった。



「惨めなものだな、兄上。だが、負け犬には相応しい姿だな。そうして部屋の隅でせせこましくしているのは」


 侮蔑に塗れた言葉を吐き捨てながら、辰巳の部屋に上がり込んできたのは、金色の髪に蒼い瞳をした少年だった。

 少年の名は、朝日・辰之丞・ドラグーン。

 愛称であるドラコと呼ばれることの多いこの少年は、歳こそ辰巳の一つ下だが、正妻の子供にして、剣才と頭脳に優れ人望も厚いという非の打ちどころのない後継者候補として、長男である辰巳を差し置いて朝日家の次期当主と目されている少年である。


 辰巳はそんな少年の姿を見て、ただ静かに笑みを浮かべただけだった。


「ドラコか。何の用だ?わざわざ分家たる俺の部屋に上がってまで見送りするなど、朝日の家の者らしくも無い。俺は親父殿から見捨てられたような、惨めな敗北者だよ?」


 辰巳は自嘲するようにそう言うが、その言葉とは裏腹に、その表情は晴れ晴れとした爽やかで穏やかな物であった。

 そんな辰巳の矛盾した感情の表現に、得体の知れない不気味さを感じたドラコは、思わず辰巳から一歩距離を取りながら言う。


「……分家ではあっても、兄は兄だ。ただ、そう言ってやるのも今日が最後だがな」


 そう言うと、不意にドラコは辰巳の胸ぐらをつかんで、一気に顔を寄せる。

 その眼には、隠そうともしない怒りの感情が煮えたぎっていた。

 

「辰巳、これでもそなたはこの鬼ヶ島鎮護の役目を背負った朝日一族の血縁だ。ましてや、仮にも当主の息子として生まれた身の上で、それだけの弱さでいるなど、最早万死に値する。今日より二度とその面をこの島に出すな」


 そう言って、ドラコは乱暴に辰巳を突き放し、乱れた胸元を直す辰巳に向けて続ける。


「ああ、それと、金輪際この島の人間に関わらぬと決めたのだから、お前の母である夕顔殿とも、今日を持って絶縁してもらう。それと、桔梗と雛菊にも二度と関わるな。お前の妹二人までお前の無能さが移ってしまえば哀れだからな」


 せせら笑う様に言うドラコのこの言葉に、流石に辰巳は服を直す手を止めると、眉根を曇らせずにはいられなかった。


「そうか……。それは流石に寂しい話だ。これでも、赤ん坊の頃から面倒を見ていたんだがなあ」


 ただ静かに悲しんだ口調の辰巳の様子に、ドラコはただ、言い知れぬ敗北感の様な感情を感じてしまい、奥歯を噛み締めながら辰巳を睨みつけると、怒鳴り声を上げそうな自分を抑えて辰巳へ更に言う。


「それと、兄上の許嫁であったアヤメだが、婚約を解かれて、私の許嫁になった。これ以降は彼女だけで無く、彼女の実家にも顔を出すことも控えてもらう」


「そうか……。それは父、いや。朝日・市之丞殿からの下知か?それとも、お前自身の意思で決めたものなのか?」


「…………父からだ。と言ったら、どうする?怒り狂って私に切りかかるか?」


 侮蔑した様に得意げに笑うドラコだったが、辰巳の答えはドラコの予想外のものだった。


「いや、酷な事をするな。と思ってな。お前が望むのならば兎も角、そんな真似を実の息子に、それも嫡男にして天才と呼ばれるお前相手にさえするなど、相変わらず人の心が無い人だと思ってな」


「……おい、負け惜しみにも、言って良いものと悪いものがあるぞ?高々お前が女に振られたごときで、我が父を侮辱するなよ」


 静かに怒りと殺気を漂わせて辰巳を睨むドラコは、鬼ヶ島の次期当主であり、天才剣士の名を欲しいままにする男に相応しい姿である。

 だが、そんなドラコからの威圧を受けながらも、不思議なほどに涼しい顔をした辰巳は気圧された様子もなく言う。


「じゃあ聞こうか、ドラコ。逆にお前は、十年連れ添った許嫁を、我が身かわいさに見捨てる女と婚約を結んで嬉しいか?俺と切った時と同じ様に、お前を切らないと言い続けられるか?何よりもお前を心の底から愛してくれると、本気で思って、本気で言えるのか?」


「……何を言って!……ッ」


 咄嗟に反論しかけたドラコだったが、上手く言葉がつながらずに黙り込む。


「そんな女をお前に嫁がせるのは、相手の能力か、血筋かが、朝日家に役立つからお前にあてがっているに過ぎない。お前は俺が父を侮辱していると言ったが、父の方こそ、お前を侮辱しているぞ?俺の目から見る父のお前への扱いは、『朝日家当主』の予備と、次世代に残す『朝日家の剣』、そして『政略の為の手駒』を兼ね合わせただけの、便利な道具に過ぎ無いのだからな」


「お前は……!だったら、お前は十年連れ添った許嫁に簡単に見捨てられる程度の男でしかないだろう!その口で言えた義理か!!」


 だが、そんなドラコの言葉を聞いた辰巳は、ふつふつと笑うだけだった。


「そうだな。俺はアイツの一番にはなれなかった。って言っても、元からなれるとも思ってないがな」


「……………話にならん。初戦の負け犬の遠吠えだな。最後にこれをやるよ」



 そう言って、ドラコは辰巳の足元に懐から取り出したものを、足元に放り投げる。

 それは、金貨が数十枚程詰められた巾着袋だった。


「これをやる。二度と朝日の名前は名乗ってくれないでくれ」


 恐らくこれだけの量があれば、生活を慎ましくするのなら、三年間は遊んで暮らせるのかも知れない。


「兄上がこれからどう生きるつもりか、それは私の知る限りでは無いが、決して朝日家とこの『刃武城ハブじょう』の名を穢すような真似だけはしないでくれ。

 もしも兄上が朝日の名前を名乗り続けるのなら、私の娑婆刀が兄上の首を刎ねると言うこと、決して忘れてくれるな」


 そう言うと、ドラコはいつのまにか手にしていた娑婆刀を抜き放っていた。

 黄金色に輝く美しい刀身を辰巳の首元に向け、嫌味で底意地の悪いことを言うその姿は、まさしく恵まれた生まれのボンボンという風情だ。


 そんな異母弟にはむしろ、憐れみさえ覚えた。


 元々、ドラコは本来の性格が生真面目で実直な少年だ。


 嫡男として鬼ヶ島の使命を全うしようと常に全力を尽くしている少年だ。


 だからこそ、あえて辰巳に憎まれようとしているのだろう。

 辰巳に憎まれることで、辰巳がアヤメに持つであろう未練を断ち切り、自分がその分の憎悪や嫉妬といった悪い感情を引き受けようとしている。それに、本当にアヤメの事を愛しているのだろう。いや、もしくは愛そうとしているのかもしれない。


 ただの政略結婚でしか無いとしても、これから生涯をかけて連れ添う異性を、好かぬという選択肢が無いのだろう。


 そんな弟をいじらしく思うと同時に、哀れにも思う。


 だが、そんなドラコの姿を見て、辰巳は静かに笑いかける。


「余計な気遣いは無用だ、ドラコ。この金はいらないし、娑婆刀など振り回さなくとも、朝日の名を捨てる事だけは約束してやるよ。そうだな……。乾、何てどうだろう?乾・辰巳。真逆の方角を何背負うと言うのは、洒落になって面白く無いか?度母の実家にも掠りもしないし、悪くは無いだろう?」


 からからと笑いながら言うと、ふと思い出したように言う。


「それと最後に、婚約おめでとう。何やかんや言ったが、アヤメは良い女だから、幸せにしてやれよ」


 それは或いは、心からの激励であった。

 弟とも、あの許嫁とも、思えば十年近い付き合いだ。慶事を聞いて岩井の言葉を述べる程度のことはしてもいいだろう。

 そんな辰巳の言葉を、ドラコは訝しがりながらも受け取る。


「……当然のことだ。兄上の様な半端者と違い、私は朝日家の嫡男であり、朝日家の次期当主。護国と救民を果たすための剣であり、盾である。アヤメの様に優れた才覚を持った女性を妻に迎えるのは、当然のことだろう」


「……そうか。頑張れ」


 何処までも真っ直ぐ、何処までも純粋に、何処までも純真にこの島の掲げる正義と理念を信じる弟に、辰巳は内心、苦笑する。





 この島に、そんな価値などとっくに無くなっていると言うのに。




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