序章 武頼漢の誕生。
久し振りに新連載始めました。
週一連載目指しますが、普通に不定期に落ちるかも知れません。
尚、本作の主人公はダークヒーローではありません。読みはダークヒーローでも、あくまでも、堕悪緋色王です。
即ち、悪です。巨悪にして凶悪な、極悪無比な、悪党です。
無頼漢なアウトローとして悪の道を突き進む主人公をお楽しみください。
雨が、しとどに降りしきっていた。
その雨はまるで、魔物の死体が山と積まれた、このむせ返る様な濃い血の匂いが漂うこの戦場を洗い清めるようで、真夏には珍しい肌を切る様なその冷たささえも、今はただ心地よい。
そんな雨の中で、八歳を迎えばかりの少年、と言うよりも、童子と呼ぶべき子供が、泥濘みに沈む冷たくなった男をただ見下ろしていた。
男の名前は、海堂・幸司朗。
この鬼ヶ島の中で最も弱く、最も愚かで、
そして最も誇り高い男だった。
そんな男の死体を見下ろしながら、子供は唇を血が流れる程に強く噛み締めた。
その手には、娑婆刀と呼ばれる刀を一本だけ手にしており、その刀をただ強く強く握りしめていた。
余りにも強く柄を握りしめてしまった所為で、子供の掌からは血が滲み出し、腕を伝う雨に混じって泥の中に滴り落ちる。
子供の名前は、朝日・辰巳。
辰巳は、これまでの人生で初めてと言えるほどに力強く、その言葉を口にした。
「俺は、生きる」
その声はいっそ、臓物が巻き散らかされたこの場にはそぐわないほどに、爽やかな声であった。
曇天から降り注ぐ絶え間ない雨でさえ、その声を祝福しているように感じてしまう様な、そんな爽やかな声だった。
そんな爽やかな宣言に続く様に、巽は続ける。
「生きる為に戦い、生きる為に奪い、生きる為に逃げる」
その言葉は、まるで誓いだった。
「生きる為に喰い、生きる為に暴れ、生きる為に勝つ」
誰に誓っているのだろう。
此処にはいない誰かなのかもしれない。
或いはそれは自分自身なのかもしれない。
ただ、辰巳は血溜まりのぬかるむ大地の上で、無情に洗い清める雨に向かって、言う。
「生きる為に、殺す」
それで世界が滅びるのなら、構わない。
その滅んだ世界でも生き抜くだけである。
「俺は、生きる。生きて生きて生きて、生き抜いてやる」
それは。或いは当然の宣言。
だが。それは或いは、禁忌の言葉でもあった。
そして、辰巳は言う。
「いつかあいつら全員、殺してやる」
この日、後に武頼漢と呼ばれる男が誕生した。
それを知るのは、今はまだ、天だけである。