子供を連れて行く女の影1
私、瀬戸茜は今日も真面目に働いていますよ!
まずは昨日までの案件を確認。
次は、昨日担当した案件の詳細をまとめて、全員が閲覧可能な共有ファイルに入れる。
しっかり昨日しでかした私の失態も保存・・・っと。
恥ずかしい、恥ずかしすぎる~!!
私が相棒を会社に忘れたせいで金剛寺社長のお手を煩わせてしまうとは。
とほほ・・・(涙)
いや~、しかし昨日は参った参った。
考え事しながら出たら大事な相棒を忘れて出ちゃった!大反省!!
消ししかできない自分。
そんなこと考えちゃったのが、いけなっかた。
実はここ、結構私が気にしている部分なんだよね。
消して存在そのものを消す、これって結構重い。
私は心に蓋をして、この仕事をこなしている。
金剛寺社長には昨晩コッテリ絞られたけど、ホント反省しきり。
怒ると怖いけど、私たちへの愛情をすごく感じるんだよね。
金剛寺社長は社内で一番仕事が出来る。
当たり前か、起業者だし。
もちろん、除霊や浄霊、消し、霊との会話だってオテノモノだ。
今回の件に関して何が何故いけなかったか、今後どのようにしていくのか、金剛寺社長は私自身で答えが出るまでしっかり向き合ってくれた。
なんて根気強い人なのだろう。
だから私たちは、安心してこの仕事をすることが出来る。
この仕事は命がけの真剣勝負だ。
スキをついて憑りつこうとする悪霊と真っ向から勝負をする。
気を引き締めなくちゃいけない。
私たちの仕事はメンタル勝負なところが、かなりある。
弱い心に悪霊たちは付けこんでくる。
だから日々自分の精神状態に、細心の注意をはらう必要があるのだ。
「茜さ~ん、社長が呼んでますよ」
笑顔で声をかけてきたのは営業2課のマドンナ、山科郁美ちゃんだ。
話し方もフワフワして可愛いらしい20歳の女の子。
お人形のようなこの服装は、ゴシックロリータというらしい。
こんな洋服が似合う女の子って本当にいるのね。
女の私も見とれてしまうくらい似合っている。実に可愛らしい。
この可愛らしい郁美ちゃんも仕事の時には目が変わる。
その目はキツイとか鋭いとかではなく、強くて優しく、まるで悟りきったようなそんな目で霊たちをあの世へ送る。
あのまなざしで浄霊してもらった霊は、彼女に出会えて良かったのではないか?
そんな風にさえ思ってしまう。
私はすぐさま、社長室に向かった。
社長、話ってなんだろう。
昨日のことは昨夜コッテリ絞られたと思ったんだけど。
左遷か?降格か?
不安しかない(汗)
オフィスのデザインは全て金剛寺社長好みのシックで重厚、まるで高級ホテルの様な雰囲気だ。
そんな社長室の扉は当然、金剛寺社長好みの天然木の重厚な扉だ。
私はその重厚な扉を一呼吸置いてから、ゆっくりとノックした。
コン、コン、コン。
「茜です」
「入りなさい」
中で金剛寺社長が手招きをする。
怒ってないようだ。良かった、ホッ。
「失礼します」
「緊張しなくていいよ。座りなさい」
「はい」
なんだろう。緊張するなと言われると余計に緊張する。
何か考え事をしている素振りを見せ、金剛寺社長は静かにゆっくりと語りだした。
「霊と話しをしてほしいとの依頼だ。クライアントに話しを聞いてから動いて欲しい」
「話しを、ですか?」
「娘に近づく霊が何のために近づいてくるのか聞いて、調べてほしいとの依頼だ」
金剛寺社長の話しはこうだ。
今から一年ほど前、クライアントは亡き知人女性の夢を見たそうだ。
その夢の中で女性は泣いていた。
何を泣いているのか聞いてみたが、答えてはくれなかったらしい。
その後、知人女性が夢に出ることもなく、クライアントは夢のことをすっかりと忘れていた。
だが、数か月前から例の夢の女性らしき人影を近所で見かけるようになった。
最初の頃は他人の空似かと思い、気にも留めていなかった。
ところがその後も何度も見かけるので、これはさすがに知人女性が、何か伝えたいことがあるのか?と思ったらしい。
・・・このクライアント、すごい、凄過ぎる。
普通の人なら冷静にいられない状況だ。
なんと気丈なクライアントなのだ。
おそらく、見えることが普通で生きてきた人なのだろう。
ところが、その女性は次第に、その距離を縮めてきたという。
それまでは見かける場所は自宅周辺で、クライアントからは距離があったそうだが、ある日自宅玄関の前にその知人女性はいた。
驚いたクライアントは思いきって、声をかけてみた。
・・・がそのまま消えてしまったという。
その後も知人女性は、ある日は自宅玄関、ある日は自宅内、買物中のスーパーと様々な場所で見かけるようになっていった。
そんなある日、近所の公園の砂場でいつものように娘を遊ばせながらママ友と談笑しているとき、娘に視線を戻すと、なんと例の女性が娘に声をかけている様子が見えた。
驚いて娘に近づくと、女性はすぐ消えてしまったらしい。
じりじりと娘との距離を近づけてくる女性、ついには声をかけている・・・。
これは、もしや娘を連れて行こうとしているのではないか?
と、まあ、これが相談の大まかな内容だそうだ。
それにしてもこのクライアント、ただ者じゃないよね?
そもそも、霊が見えてますよね?
このクライアントって、どこの誰なんだろう・・・??
「社長、このクライアントってどんな人ですか?」
「やっぱり気になるか?稲垣の奥さんだ」
なに?!
稲垣さんの奥さん!!
そういえば、奥さんも見える人だと以前、稲垣さんが言っていたっけ。
そりゃ、理解あるはずだわ。
「それで、稲垣さんは何て言ってるんですか?」
「いや、稲垣には話しをしていないそうだ。心配をかけたくないのだろう、私に直接連絡がきたよ」
ということは、この件について稲垣さんはきっと何も知らないんだろうな・・・。
まずは詳細を奥さんに聞いてみようと思う。
私は早速、稲垣さんの奥さんに連絡をとり自宅に向かった。
稲垣さんの自宅は東京都K市、K駅から徒歩5分ほどのマンションだった。
駅前にはスーパーがあった。
きっとここで買物をしているときにも目撃したのだろう。
少し進むと目指す稲垣さんのマンションがある。
その手前には木々の生い茂った、小ぶりな公園があった。
公園には砂場がある。
この砂場で声をかけていたのかな・・・。
そんなことを考えているうちに、稲垣さんの自宅マンション前に着いていた。
エントランスはオートロックになっており、フロントにはなんとクロークがある。
高級ホテルみたいじゃないの・・・。おしゃれ!
社長といい、稲垣さんといい、皆さんおしゃれですね・・・。
エントランスで稲垣さんの部屋番号をプッシュした。
ピンホーン。
「は~い」
「株式会社AKIRAの瀬戸と申します」
「お待ちしておりました。どうぞお入りください」
エントランスの自動ドアが開いた。
クロークの前を通り、稲垣さんの奥さんが待つ部屋に向かった。
部屋に入ると、リビングに通してくれた。
小さな子供がいるリビングらしく、カーテンも優しい色合いだ。
ぬいぐるみやおもちゃがあり、テレビでは子供向けの映像が流れている。
テレビの前には小さな女の子が大人しくチョコンと座っていた。
稲垣さんのお子さん、名前はチズルちゃん、3歳になるそうだ。
「お忙しいところわざわざ、お越しいただいてすみません。そちらに私から出向けば良かったんですけど・・・」
そう言いながら、稲垣さんの奥さんはいい香りのするお茶を出してくれた。
なんでも、ローズヒップ・・・とか言ってたかな。体にいいらしい。
お気遣いありがとうございます!!
「いえいえ。自宅と周辺も確認したかったので気にしないでください。」
とはいえ、ここに来るまで今に至っても、対象の霊らしき女性には遭遇していない。
霊も慎重なのだろう。
なにしろ、この奥さんは見える人だし。
さらにご主人に至っては株式会社AKIRAの主力ですし。
依頼の内容を奥さんに聞くと、金剛寺社長から聞いた話しがそのまま返ってきた。
金剛寺社長は、じっくり時間をかけて奥さんの不安な気持ちをすっかり聞き出したのだろう。
さすが金剛寺社長だ。
奥さんとの話しが一段落したところで、念のため、チズルちゃんにも話しを聞くことにした。
「チズルちゃん、公園では毎日遊ぶの?」
「うん。おともだちとゆびきりしてるから!」
奥さんがいう、お友達かな。
ママ友との付き合いもあるだろうしね。
「お友達と何をして遊んでるの?」
「みんなとはね、おままごと。あと、おねえさんはおうた!」
お姉さん?!
「奥さん、歌のお姉さんが公園に来るのですか?」
「いえ!!いつも同じ年頃の子供と遊んでいます!」
奥さんと私は目を合わせ、息を飲んだ。
チズルちゃんにお姉さんの姿について聞いてみた。
髪は肩まであって、おかっぱ。
着ている洋服の雰囲気はどうも、某高校の制服のようだ。
高校生か?
その話を横で聞いている奥さんの顔から、血の気が引いていくのがわかった。
どうやら、お姉さんとはあの知人女性のことらしい。
チズルちゃんは既に何回も歌を歌ってもらったって言っている。
あまり猶予はなさそうだ。
私は奥さんにこの知人女性について詳しく聞いてみることにした。
この後、私は奥さんの口から衝撃の事実を聞くことになる。
チズルちゃんには、お気に入りのDVDをセットしてあげた。
「ママたち、ちょっと大事な話しがあるからここで待っててね」
そう伝えると、私たちはリビングの隣の部屋に行った。
少し間をおいてから、奥さんは声を潜めポツリポツリと話し始めた。
「実はあの子・・・、養子なんです」
ええっ!!
あの溺愛ぶりが半端ない稲垣さんの話しからは考えられない!!
私は驚きを隠せずにいた。
子供が好きで自分たちの子供が生まれることを信じて結婚した二人だが現実はあまりにも残酷だった。
結婚後、3年以上たっても子供が出来ないことに心配になった二人は病院で検査を受けた。
結果、ご主人側の不妊症が発覚したそうだ。
夫婦でいろいろ考えた結果、三年前に養子を迎えた。
それがチズルちゃんだ。
知人女性はそのチズルちゃんの母親だそうだ。
奥さんは一度だけ、養護施設であったことがあるそうだ。
詳しいことはわからないが、チズルちゃんに会いに施設に来ていたらしい。
そこに偶然居合わせたのだ。
奥さんは彼女のあどけない制服姿が印象的で、強く記憶に残っていた。
後に風の噂で、チズルちゃんの母親が亡くなったことを知ったらしい。
知人女性は何のためにチズルちゃんに会いに来るのだろう?
私は奥さんに部屋を出てもらって、チズルちゃんのそばにいてもらうことにした。
知人女性を呼び出し、話しをするために・・・。
部屋に一人になった私は、相棒のペンダントを握りしめ、目をとじた。
正面に気配を感じ、そっと目を開けた。
そこにはまだあどけなさを残した制服姿のおかっぱヘアの少女がいた。
「・・・あの子を育てたい」
少女から発せられる、その思念が私の中に深く入ってくるのを感じた。