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廃病院に入院している少女

あれは、小さな子供の頃、夏の暑い日の出来事だった。

その日は保育園が休みで、三歳下の妹と祖母とぼんやりとテレビを見ていた。

テレビでは朝から戦争の特別番組をやっていたのだろう、当時の特攻隊や軍人さんの写真が次々と流れていたのを覚えている。

私、瀬戸茜せとあかねと妹の瀬戸愛せとあいは仕事に出かける両親を見送った後、そのまま外に出た。

その時の愛はなぜか、どんどん先に進んで行く。いつもそんな勝手な行動をしない子だから不思議に思った。

向かっている先は、両親に行ってはいけないと強く言われていた雑木林の方向だった。

私は愛に、先に行かないよう呼び止めたが、なぜかその日は私の声を聞かない。

愛はそんな子じゃないということくらい幼い私でも十分にわかっていたので、すごく違和感があったのを記憶している。


愛を追いかけながら、なんだかわからないけど凄く嫌な感じがだけが体の中をかけめぐっていた。

するといつの間にか、愛の前に大人の男の人が歩いていた。

その男の人の服装は、先程テレビで流れていた戦争の特別番組で見た軍人さんの姿そのものだった。

私は焦って必死に愛を追いかけた。

とにかく何度も何度も叫んだ!行ってはいけないと!!

すると、愛の目の前を歩いていた軍人さんは振り返って愛に手を伸ばした。

「あい!!」

私は、「連れて行っちゃだめ!!」とっさに大きな声でそう叫んだ。

次の瞬間、愛の目の前にいた、軍人さんはサイダーの泡がシュワシュワ消えていくように存在そのものをなくしていった。

私が人生で初めて悪霊の「消し」をやった瞬間だった。



私は瀬戸茜せとあかね25歳。株式会社AKIRAに勤めるOLだ。

OLといってもいいのか?少々悩むところではあるが、とにかく会社勤めであることは確かである。

もちろんしっかり正社員。配属も一応、営業部だし。


私の会社での一日の始まりは、他の社員がこなした案件の確認から始まる。

デスクのパソコンに向かい、前日までの案件データに目を通す。

昨日処理済みの高倉さんの案件に目が留まった。

営業1課の高倉雄一たかくらゆういちさんはひょうきんものだが真面目な男性だ。

28歳、独身。絶賛彼女募集中らしい。

私は興味ないけど・・・って失礼、高倉さんもか。

「昨日は1件か。高倉さん、例の大学病院の案件ですか?」

「そうそう。看護師さんが怖がっちゃって。夜勤に入ってくれないって院長からの依頼だったんだよね。」

「お疲れ様です!!」


そう、ここ株式会社AKIRA。

表向きは海外製品を輸入販売している会社であるが、その実は私たち営業部が扱うのは霊関係。

お祓いや霊をあの世に導くことなど除霊・浄霊などを生業としている会社である。


営業部は全3課、割り振りは次の通りだ。

営業1課 除霊。憑依した霊を祓うまでのことを請け負う。

但し、そのままにするとまた誰かに憑く場合があるので注意が必要だ。

営業2課 浄霊。お祓いだけではなく、お祓いした霊をあの世に導くまでの工程を請け負う。

営業3課 消す。存在そのものを消し去る。

2課で浄霊できなかった霊やすでに悪霊と化していてどうにもならない場合のみ請け負う。

私、瀬戸茜は営業3課に所属している。


「茜、仕事だぞ」

株式会社AKIRAの社長、金剛寺彰こんごうじあきらから声がかかった。

金剛寺社長は65歳ロマンスグレーの愛妻家だ。

「消し、ですか?」

「そうだ。今、稲垣が向かっているが2課の手に負えんかもしれん」

「承知しました」

今回の現場は廃病院だ。

廃病院で肝試しをする例が後を絶たない。

今回も肝試し中に大ケガの被害が多数出たということでの依頼だ。

ケガで済んでよかった、ともいえるのだが・・・。


2課の人たちの視線が何だか痛い。

実は2課と3課は仲があまり良くない。

というよりも3課が2課によく思われていない。

元来、人は魂の安らぎを願う。

例え悪霊になっていたとしても安らかに成仏してもらうことを願い、霊をあの世に導く力を持つ・・・。

それが2課の人間たちだ。

それに対し、私は消すことが仕事。

除霊、浄霊、消し、三つのうちどれか一つ出来る人、二つできるひと、全て出来る人と様々だ。

むしろ私の場合は消すことしかできない。

安らかな成仏を願って2課に配属になった人たちは3課の「消す」ことが嫌悪なのである。


とはいえ、今回はラッキーだ。

入社当時から私になにかと目をかけてくれている稲垣さんが担当している現場だ。

とても安心感が広がった。

先輩の稲垣賢治いながきけんじは35歳の既婚者だ。娘さんもいるらしい。

会話からその溺愛ぶりがうかがえる。

1課、2課を兼任する尊敬できる実力者だ。


仕事には株式会社AKIRAの三種の神器を全員が使う。

三種の神器は全員がそれぞれ持っている。

どれか一つかけても大参事となってしまう命がけの仕事だ。


ちなみに三種の神器、まずスマートフォン。

お互いの位置確認や連絡を取るのに使う。現場撮影のカメラ替わりにもなる優れものだ。

次に鏡。悪霊を跳ね返し、自らを守る。

最後に相棒。これだけは人によって違うものを持っている。

私の場合は天使の羽を模った銅製のペンダントだ。

消しの時にペンダントに力を込める、私の最も大事な商売道具だ。

これがないと消すことができないのだ。

私はデスクの上をザッと整理し三種の神器をバッグに突っ込み、足早に会社を出た。

ただ一つ、「相棒」をデスクに残して・・・・・。


私は除霊や浄霊もできる人たちには頭が上がらない。

消すことは必要な時があるけど、存在そのものを消し去ることに罪悪感を覚えることがある。

私は命を作り出した神ではないのだから・・・。

そんなことを考えながら稲垣さんの待つ現場、廃病院に向かった。


現場に到着すると、そこは稼働している病院にも見えた。

「間違いないよね?」

あまりにもたくさん彷徨っている霊がいる場合にはカンの鋭い人間には廃病院には見えない。

むしろ稼働している普通の病院にみえるのだ。

私は稲垣さんに到着の電話をかけた。

「もしもし、茜です。正面玄関に到着しました」

「了解。すぐ向かうよ」

数分して稲垣が病院内から現れた。

「すっごい、たくさんいますね」

「だろ、問題はこの中。病室の一つだ。行こう」


私は稲垣さんに続いて廊下を進んだ。

「ここ。この病室に女の子がいる。」

「女の子、ですか・・・?!」

「小学校5年生だそうだ。なにか病気だったみたいだね。悲しさが膨張して怒りにかわってる」

子供の霊・・・。

子供の霊ほど辛いものはない。

生まれ変わって、次こそは元気に暮らしてもらいたい。私だってそう思う。

「消すんですよね・・・?」

稲垣は眉間にしわをよせ私の目を見て頷いた。

「俺の出来ることは全てやった。可哀想だけど他に方法がない。これ以上被害者を出せないしね」

稲垣は一呼吸置いて、病室の扉を慎重に開けた。

すると中に、少女の姿をたもてない悪霊と化した黒い雲のような塊がうごめいていた。


こちらの気配に気が付いた悪霊は竜巻のような風と共に、じりじりと茜に向かってきた。

風は鋭い刃物のように茜の頬をいくつも切った。

「茜!!大丈夫か?!」

「はい!」

私は胸のペンダントを探した。

・・・!!

ない?!ペンダントがない!!

慌てた私は尻もちをついて倒れた。

「茜!!」

悪霊は冷たい笑みを浮かべ何か口ずさんだように見えた。

そして少女とは思えぬ強い力で私を押さえつけた。

「まずい、やられる!!」

私がそう思った瞬間、ふっと体が軽くなり目の前にあった黒い塊がすっかり消えていた。


「茜、忘れ物はいかんなぁ」

手に私の相棒のペンダントを持った金剛寺社長がニヤッと笑ってこちらを見ていた。

金剛寺社長が、消してくれたのだ!

「社長!!」

私は涙声で社長に抱き着いた。


会社に戻ると、金剛寺社長にこっぴどく叱られた。

命がかかっているのだから当たり前だ。

追いかけて、消してくれた金剛寺社長には感謝しかない。


金剛寺社長によるとこうだ。

私の忘れ物に気付いて、すぐ追いかけてくれていた。

正面玄関で私たちを見つけたが、すぐ見失ってしまったらしい。

霊たちの悪戯だろうと金剛寺社長は言っていた。

でも私は、あの少女は私を連れて行こうとしていたんだと思う。

だって、押し倒されたあのとき、

「消すことしかできなくて辛いんでしょう?私と一緒に行こう」

そう冷たい笑みを浮かべて私にこう囁いていた。

誰にも話せないけど・・・。


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