第64話 悪魔達の退場
「お兄さん。そろそろ帰ろうと思うのです」
次の日の朝、茜が突然に言ってきた。茜は紅い眼を瞬きせずにじっと俺へと向けてくる。欲情するとこはないが、正直に言って鬱陶しいだけであった。
「……帰るなら帰れ。身支度は手伝ってやらないぞ」
「そこをなんとか……」
ほら見ろ。俺の手を借りようとするな。俺は茜に突っぱねって……え?帰る?
「……今、帰るって言ったか?」
「あ、まさか聞き流していたんですか?私は2度は言わない人間です。帰りますよ?」
速攻で2度目を言いやがった。俺はいつもと違う流れに首を傾げる。いつものらば俺が言い出すまで絶対に帰ろうとはしなかったし、俺が言い出してからも色々と理由をつけ、残りたがっていたはず……。
年齢のおかげだろうか。しかし、そうだとしてもいつもと違う茜に少し動揺してしまう。
「……瑠璃は?」
「まだゴネています。お兄さんの部屋で」
おっと。こっちはいつも通りのようだ。しかも、俺の部屋でというありがたくないおまけ付きで。
「……お前だけか。どうしたんだ?」
俺と茜は話しながらソファへと腰掛けた。朝から3人分の朝食を作った身体に束の間の休みを与える。茜はモジモジと身体を揺らし、口元に指を近づけては離してを繰り返している。
「お姉さんからいろいろなことを訊きました」
お姉さん、というのは美玖のことだ。
「でも、最近のお兄さんはお姉さんが言っている人ではなくなっています」
茜は全てを吐き出す勢いで話していく。
「いろいろ考えました。私達が来る前のことは分かりませんが、来てからのお兄さんは人が変わっているように感じます」.
俺は言葉に詰まった。茜がここまで人の特徴をよく見ていることに対しての驚きと、無自覚に他人へ心配をかけていたことに。
「私達のせいですか?……お兄さん」
今まで俯いて話していた茜が俺に顔を向ける。その顔はごめんなさい、と言っているように見えて泣いていた。必死に手で拭おうとするも次から次へと零れ落ちる涙は茜の感情に見えた。
「私はお兄さんが……怖いです」
「……そうか」
俺の思い出が唐突に思い出された。頭の奥がチリっと電流が走ったかのように痛んだ。俺は茜に一言そう言うと立ち上がった。
怖い、とまで言われた俺にあとは何が出来るというのだろうか。結論はただ一つ。彼女の視界に映らないことだ。
「でも……」
茜が言葉を紡ぐ。俺はピタリと立ち止まる。茜が動いた気配がした。そして背中にとすっと衝撃が伝わってきた。
「大好きですからいつも通りに戻って欲しいです」
後ろから回された手はぎゅっと腰あたりを締め付ける。痛いとは思わなかった。だが、俺はなんて悲しい人間なんだと思った。
「……美玖にどこまで聞いた?」
「お兄さんには秘密らしいので話しません」
「……他に美玖は何を話したんだ?」
「え〜っと。『潤平くんな私の秘密を知った時、助けてあげて欲しい』とお願いされました」
美玖は俺がこのような状態になることを想定していたのか……。俺は美玖の想像通りに動いてしまったことに恥ずかしさを感じた。
「……そうか。ありがとう」
「な、何もしてないですからお礼はいりません!」
さらにしめられる。いつまで続くのだろうか。俺は何も出来ないまま立ち続ける。
「……帰るか?」
もう解決した雰囲気ではあったが、根本はまだ解決していなかったので聞いておく。
「はい!帰ります!お兄さんのために」
こいつ……。
回り込んで二マッと笑う茜を俺は初めて1人の可愛らしい少女と見た。
☆☆☆ ☆ ☆
部屋に行くと瑠璃は布団の中で惰眠を貪っていた。すかさず茜がぺちぺちと頬を叩き、してやったりと笑う。
「ここはボク?ボクは……?」
「……言うとすれば『ここはどこ?私は誰?』だ。実は起きていただろ」
「さぁ?ボクは荷物なんてないから暇なんだ」
「嘘をつかないでください。ここにある女の子の服は誰のですか?あ、ここにも……パ、パンツまで」
俺の部屋はいろいろとカオスなようだ。
「……最初に濡れた身体を見ただけで蹴りあげてきたやつとは思えんな」
「……どやっ」
ほめてない。あと、俺の真似して言うんじゃない。茜は1人で瑠璃の荷造りをし始めた。ここまで行くとリトルママンな気もする。
「……将来苦労しそうだな」
「じゃあボクと一緒に住んで……」
「……無理」
即答である。誰が彼女がいるのに従姉妹、しかもロリと生活しなければならないのか。
「まぁ嘘だけど。兄ちゃんには1つ、尋問したいことがある」
俺と瑠璃はベッドの上で茜の邪魔にならないように座った。尋問か。何の尋問だろうか。
「兄ちゃんの身に何があった?あと、茜が泣いた理由は?」
瑠璃。それは1つではなくて、2つだぞ。
「……何も心配するな。全部ハッピーな事だから」
頭をポンポンと手で撫でて安心させてやる。
「兄ちゃん、11歳を舐めすぎ」
しかし、手は払い除けられ、碧眼は俺の心の底を見抜いていた。
「……そうか。舐めすぎか。……なら自分で考えろ」
しかし、俺は高校1年生であり、考え方で言えば大人に近いと思っている。瑠璃は急に突き放されて困惑していたが、やがてニカッと笑った。
「それでこそ兄ちゃんな気がする」
「……2人ともに悟られていたなんてなぁ……」
「まだまだ子供ですね。お兄さん」
帰りの準備を終えた茜も会話に入ってきた。
「茜は身体も小人だけどね」
「瑠璃だってそんなに変わらないじゃないですか!」
「ボクはそんなもの要らないも〜ん」
「……その前に必要とされる相手を見つけないと」
「え?お兄さん……」「マジ?」
2人の反応を見て、ようやく俺の失言に気付いた。いや、でも待て。考え方が問題なだけであって……。
残念ながら俺の言い訳は2人に届くことは無く、シンボルが危うくなるほど蹴られるハメになった。
これでこの章は終了です。
次は花火大会編です。(暫くお待ちください)




