第60話 極地
私は潤平くんを見送った後、思い切り酸素を吸い込んだ。抱きしめられた時から浅くなっていた呼吸リズムが段々と正常へと戻っていく。
寝ている間の記憶は無いけれど、そのほかの事をしっかりと覚えている私は、どんな顔をしているのだろう。考えれば考える程に、熱くなり、心臓はギュッと締め付けられ、苦しくなる。けれど、もうこの苦しささえ愛おしい。
「夏祭りか」
当然のことながら、潤平君の小さな声も聞こえていた。潤平くんと2人きりで花火……。浴衣でも着て行こうかな。潤平くんの照れてる姿が見たい。
「お姉さん?いつまで玄関に立っているんですか?」
茜ちゃんが私を止めてくれる。私は玄関に未練ともやっとした感情を残して、リビングへと上がった。
瑠璃ちゃんと茜ちゃんは宣言通り、食器を洗い。片付けをしてくれていた。この辺は育てがいいのだなと思ってしまう。潤平くんが悪魔と言っている部分がこれまでで見えてこないので不思議な気分だ。
「暑い」
「瑠璃!アイスを食べているのですから、暑い暑い言わないでください」
「茜もボクのアイスを食べる?」
「せめて新しいものにしてください」
瑠璃ちゃんが口にくわえていた者を差し出したため、茜ちゃんは拒絶した。2人は性格も目の色も反対だけど、仲は良いみたい。双子って少し憧れてしまう。
「あ~暑い」
「同じく暑いです」
結局2人とも、アイスを口に「暑い」を連呼するようになってしまった。やっぱり仲はいいみたい。
「プールにでも行く?」
私は2人に訊いた。熱いだけならクーラーをつければいいのだけれど、運動もしないと身体が弱くなってしまう。
2人は互いに顔を見合わせ、同時に、
「「行く!」」
と、元気よく言った。
私は2人に準備するように告げると自分の過ちに気付いた。私は今、麗律の家と偽って潤平君の家に居る。水着?そんなものなど持って来てない。取に帰る?それでは潤平くんとの約束が守れない。
潤平くん。会いたいけど会いたくない私の彼氏。
首にかかっているネックレスをそっと両手で包みこむ。昨日と今日で、今までの時間で圧縮されたと感じるほど、カップルしたと思う反面、恥ずかしくて当分は顔も見れないという思いも湧き上がって来ていた。
この思いを彼が知ったらどう思うのだろう。面倒な奴と思われてしまうのだろうか。最悪別れを切り出されるかもしれない。
分かれるのは嫌。そして、知られるのも嫌。なら極力直視を避けるしかない。私はそう結論付けた。
「お姉さんの水着は?」
「ごめんね。私は持ってきてないの。だから上から見ることにするよ」
これから行く予定のプールには2階に私服で入れる監視室のようなものがある。そこでもう少し悩みたい。
「分かりました。瑠璃は任せてください」
「ボクにも任せて!茜はボクが責任を持ってみてる」
「お互いにお互いを任せようかな」
そして瑠璃が荷物を詰め込んだ後、私達はプールに行くため、出発した。
☆☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
更衣室前で2人と別れた私は2階へと上がっていく。あの2人はケンカをしながらも、仲よく遊ぶと思う。
空席だらけの2階に多少の居心地の悪さを感じながら、窓側へと腰掛ける。
「私、これからどうすればいいんだろ」
ハッと口元を抑える。何も考えずに口から言葉が出てしまった。昨日と今日の私と潤平くんの行動はおかしい。本人の私がそう思っているのだから、他人が見ればもっとおかしく見えるはず。
「……」
声にならない声を上げてしまう。心の中でつんつんと軽く刺してくる何かを言葉で表したいのに、恥ずかしさや、もどかしさで言えない。モヤモヤする。
私は更衣室から出てきた2人に、ひらひらと手を振りながら心と格闘していた。
「あ~も~!!」
意味がないことは分かっている。私がこんなことをしたところで潤平くんとあってしまえば簡単に崩れ去ることも知っている。結局は無意味なのだ。
でも、私は勢いで、とはいえ抱き着いて行ったのは無意味なんかじゃない。
「なら、どうすればいいの?」
心の叫びは誰もいない空間に広がっていく。私しかいない空間。まるで世界が私だけになったかのよう。いや、私の心の中が体現されたようでもあった。
自動販売機の青白いライトが私の目に飛び込んでくる。何か飲み物でもかって心を落ち着かせよう。
私は沈みきった体を動かし、飲み物を購入した。
「ふぅ」
私の思惑通り、多少は冷静になれた気がした。
そしてふと、私は焦っていたのではないかと思い始めた。
高校生に上がる前の私達と今の私達とは全然違う。その原因は私だ。私が潤平くんを再起部の2人にとられないようにするために動いたのがきっかけだ。
「だけどこんな風に思うようになるなんて……」
今まで通りの関係を続けるために私は勇気を出した。けれど、潤平君は変わってしまった。攻める気は毛頭ない。むしろ喜ばしいことだと思う。
きっと私がこの想うを吐き出した時、彼は、
「……人間は変わる」
とかいうのだろう。何もわかってない。分かってもらうつもりもないけれど。
「この気持ちどうすればいいの?」
下に居る2人は元気よくクロールを泳いでいた。そのフォームからは潤平くんが感じられてしまう。
海での勝負、かっこよかった。
けれど、今はもう素直にカッコいいとは思えない。心の中に住む何かが私の感情を醜く。捻じ曲がった方向へと誘ってくる。必死に振り切ったとしてもまたすぐに先回りをされて捕まる。それの繰り返し。
私がハグをしたせいでこんな気持ちになってしまったのか。
私が彼を好きになったせいでこんな気持ちになってしまったのか。
この世界に答えてくれる人は誰もいない。自分で見つけるしかないのだ。私はこれから私のために彼を、友達を傷つけてしまうだろう。けれど私はやらなければならない。
「それが私の運命」
世界は一人だ。何もしなければ何もない世界。だから私は行動する。私の感じている何かが二ヒッと笑ったような気がした。
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