第106話 当日
さて、だれも待っていないがついにこの日、この時間が来てしまった。
そう。学校に通う生徒のほとんどがどうでもいいと思っている、いや、むしろ一時間ほどの拘束時間さえ嫌気がさしている、選挙の演説会である。
演説で俺が話すのはこれからの学校の在り方と生徒会の方針……なんて堅苦しいものではなく、人間なら誰しもそう考えるだろう、というある話だ。
そんな話をいまさら、まして高校一年生の奴に語られても、と俺の上級生は思うかもしれない。事実、俺の中学生時代はそうだった。同級生の演説ならいざ知らず、政権交代(?)してからの下級生の演説なんて聞けたものではなかったように思う。「~します」「~したい」この二点のみで語っていた。
演説って自分でやることを宣言する場所だったっけ……。と、普段自分の考えに否定の意見を持たない俺が少し疑ったぐらいにみんながそう言っていた。
俺の中で演説とは“自分の考えを提示し、どれだけの聴衆を自分の考えと同調させるか”だと思っている。同調、とまでいかなくとも理解でもいいが。
ただ、友達が少なく、学校行事の際にほとんど日陰にいたものの意見に誰が耳を傾けてくれるのだろう。俺はそのことばかり考えていた。
生徒会長になるのか、ならないのかはどうでもいい。
ただ言いたいことをはっきりといった時にどの程度の人が関心を示してくれるのか、それだけだった。
体育館裏の待機場所で俺はじっと座っていた。今更どう動いたって意味がない。ならば、為せば成る、と腹をくくるしかないのだ。
「松平」
「会長……」
「気分はどうだ?楽しいか、怖いか?どの感情でもお前が感じたものがあればそれでいい」
「最悪だ」
そうか、と会長は少しうれしそうに笑った。
まだ演説まで時間があるようだが、何の用だろうか。生徒会長は立候補者(推薦者も含む)の前に前座として話さなければならない。そのために来たのだろうが、俺が言えたものではないがいささか早すぎるような気がする。
「お前はこの選挙の後、どうするつもりだ?」
会長が何となしに俺へ話しかけてきた。(ように見せたいようなので合わせておく)
「民主化するつもりだ」
「……なるほど、そういうことか。けどいいのか?そうなればうま味は当然なくなるし、いざという時の迅速な対応は生徒会長になったがゆえに厳しいものになるかもしれないぞ」
「けど、今の状況を見てるとこのままが正しいとも思えない」
「壮一……」
正しい、なんて自己中心的な言葉が俺の口から出てくることに嫌気がした。どちらも正しい、どちらも正しくないから人間は争い、憎しみ、悲しむ。だから、正しいことをする、というよりも自分ができることをする、という方がよっぽど立派だ。
会長は美玖の兄の名前を呼んだ。
会長と大原先生の中を決定的なまでに隔離してしまった原因の人。そして、俺よりも頭が働く恐ろしい人間。もしも生きていたなら、もっと違う結果になっていただろう、と思えるほど彼の考え方は情人を逸していた。
そのもっともたる代表的な例が生徒報告書に挟まっていたあの手紙だ。
あの手紙で俺と美玖の心の中にあったわだかまりや、不安が一気に解決されたのは言うまでもなく、どうか頼む、と書かれてあった彼の意志に俺はどうにか応えようと、頭ではなく、体から動いている。
「大原先生とはどう折り合いをつける気だ?」
「折り合い?つけることは不可能だ。向こうが俺の謝罪程度じゃ収まるわけがない」
「俺が生徒会長として出る意味は……その取次ぎをさせようということじゃないのか?」
「お前を生徒会長として推薦したのは俺とお前が最初にあった時から決めていた。当時のお前は何もかもを認めようとしない、いや理解して存在を証明しようとはしていなかった。だが、その分自我の意見は誰にも汚されず愚直と言えるほど真っ直ぐで輝いていた」
「今は違うって言ってるのか?」
「いや、そうじゃない。今はより光り輝いているさ。ただ、周りの人の温かみというやつも伴ってな」
会長は俺と面と向かって言ってきた。
不器用なりに俺のことをほめている、と受け取っておいてやろう。
「そうか」
「だからこそ。猶更お前を推薦した。俺ではいけなかった場所に行ってくれると期待していたのだが」
「期待されたものが期待に応えないといけない道理はないし、会長の期待に応えると被害者が増える」
「随分な嫌われようだ。これでも得票数はほぼ100%だったというのに」
思えば、出会った時から会長を俺は疑いの目でかかってみていた気がする。別に私怨があったというわけもなく、ただ単にあるとすれば、イケメンだったということぐらいだが、周りの人と比べてみると、イケメンだということを差し引きにしても俺は会長に突っかかっていたように思う。
大原先生が少なからず影響している。これは間違いではない。
壮一が少なからず影響している。これも間違いない。
きっと、俺は会長、と口では呼んでいたけれど、会長として、認めてはいなかったのだ。一人の人間として、一人の友達として見ていたのだ。
「まぁ、交代すればお前の思うままだ。好きにやれ」
「いわれなくとも」
「演説、期待している」
会長はそういうと、マイクのセッティングを始めた。あれって生徒会長自らやるのな。俺、機械弱いんだけど、大丈夫かな。
……なればの話だけどな!!




