第104話 選挙
俺にとって心底どうでもいいことだが、明日から選挙運動が始まるそうだ。会長から案の定、推薦を受けた俺だったが、特に何をするでもなくただこうして放課後をだらだらと過ごしていた。
人前に出て話すのが嫌いだというのにどうしたものか。
今までは基本的に一対一だったように思う。二、の時もあったか。どちらでもいいが、俺は少数なら平気だ。ちゃんと応答するし、真剣に向き合える。
だったらどうして大人数はダメなのか。
それは恐らく“不安”なのだろう。
俺が懸命に話しているのに聞いていない奴がいる。
俺が耐えて頑張っている時に眠る奴がいる。
その光景を見たときに、俺は世界から隔離されてしまったのではないか、俺だけ宇宙に捨てられたのではないかと感じてしまうのだ。
ほっとけばいい。
なんて、俺の話を聞いた奴は言うかもしれない。
だが、ほっとくことができないのだ。そんな奴がいると理解してしまったその瞬間にもう俺はそいつを切り離して考えることができなくなっている。
だからこそ、俺は何もしないのだ。
「おっ、次期生徒会長」
「莉櫻……ジョークがきつい」
意識を固めていると、風紀委員の仕事中であるはずの莉櫻が呼び掛けてきた。
「あれ?出る気はないのかい?」
「あるといえば嘘になるな」
「勿体ない。潤平なら会長なんて楽勝だと思うけどな」
簡単に言ってくれる……。
莉櫻は俺がうまくいった場面しか立ち会っていない。だから仕方ないのかもしれなかった。
「風紀委員はいいのか?」
「大変なのは明日からだよ。今日は打ち合わせ程度」
「そうか」
学校の規定上、そこまで大きな選挙活動はできないのだが、どういうわけか、毎回問題が起こっているらしい。風紀委員はそれを未然に防ぎたいようだ。
「演説はもう出来上がったのかい?」
「まさか」
俺は肩をくすめて、おどけて見せた。そんなものができていれば、今頃ダラダラ過ごしてなんていない。
「考えてくれないか?」
「や、俺が三日三晩考えたことより、潤平がその場で思いついたことを言った方が何倍も人の心を動かせるさ。……ところで、潤平の言ってた会長と大原先生のことだけど」
莉櫻は声のトーンを下げ、そっと教室のドアを閉めた。
俺が莉櫻に頼んでいたものの一つだ。
今回の選挙では通常のものとは違い、いろいろなものが複雑に絡み合っている。そしてその渦中に巻き込まれたのが俺だ。つまり、俺はほとんど関係していない赤……青(?)の他人にもかかわらず、一番しんどいポジションにいる。
俺はその幸か不幸か一番しんどいポジションにいることを逆に利用し、独り勝ちを狙っている。その第一歩は毎度おなじみの情報収集だ。
風紀委員は情報の収集が他よりも圧倒的に速い。勿論、発信者よりも遅れるが、俺にとってそこはさほど重要ではない。
「やはり中心は……」
「うん、睨んだ通りだったみたい。ただ一方的に先生が感情を向けているって感じもしなくはないけど。会長の行動が少なすぎて」
「まぁそうだろうな」
「何が起こるのかを訊いてもいいかい?潤平が絡むと大層なことになっていて風紀委員としては後々面倒なんだよ」
「知らん。けどまぁ、教えるとすれば、民主化した直後の日本政治みたいになる、かな」
俺にとっては答えに等しい回答だったのだが、莉櫻は訳が分からない、といった感じで首をひねった。
「今回はみんなに助けを求めないとしんどそうだね」
さすがは莉櫻。話の細部は見えていなくとも、大部分を大まかに見ることに長けている。
「莉櫻……麗律……明李……」
「もっといるよ?!」
「あ、あと杉本」
「委員長が出た?!……そうじゃなくてさ」
分かっている。莉櫻は美玖にも助けを求めろと言っているのだ。彼氏、彼女は助け合うもの、みたいな思いが人一倍強い莉櫻は俺のこの行為だけは理解できないようだ。
俺だって助けるし、助けられることもある。それをただ見られないところでやっているだけなので、実際は莉櫻が思っているよりも助け合っているのだが、どうしても俺の口から言わせたいらしい。
「勿論、莉櫻より先に美玖にも助けてもらうさ」
「いちいち回る言い方をするところが照れ隠しにしか思えない」
「照れ隠しなんだよ。悪いか?」
「いえ、全然」
ニヤッとしながら言うな。
「お前のところがどうなんだ?」
「二人三脚で頑張ってま~す」
「夫婦か」
「どもども」
「褒めてない」
莉櫻と麗律は今でもラブラブなようだ。(あれ?俺がラブラブとかいったら気持ち悪いな、おい)リア○○○○ろ!!なんていうとブーメランなので言わないが、何というかイチャイチャ長くね?
「最近はいつ、どこに行った?」
「昨日、俺ん家」
刺したろか。
「何をしたか詳しく」
「イチャイチャ。……それでね、麗律がさ……」
喋るんかい。背中刺すぞ。
俺たちは一段大人になるにつれてイチャイチャが減っていくというのに……。全く、けしからんヤローだ。あと二、三回あとは一緒に手料理とか作って、五、六回目にはハグからキスまで、いくんだろぉ~なぁ~!!
「冗談だから話すな」
「冗談なの?」
「好奇心で人の色恋話を聞きたいとは思ったことない」
俺には関係のないことだからな。
「俺が聞きたいから話して」
「……キスをした。……大人の」
正確にはされただが、まぁいいだろう。
莉櫻はまさか俺が話し出すとは思わなかったようで、開いた口が塞がらないようだった。マーライオンのようにずっと水を吐いているわけでもないのにみっともないわ……。……誰目線の感想だよ。
「ガッツリ?」
「まぁ」
「ねっとり?」
「ま、まぁ」
「ついでに処……」
「みなまで言うな。あと、そこまで言ってない」
流石男子。下ネタに走ると絶対そこを気にする。これは〇曜日のダウン〇ウンに説として出したら立証されるのではないだろうか。
「そこまで行くと、止まらんでしょ」
「何が?」
俺は訊き返すべきではなかった。
「愛だよ。愛。好きって気持ちが溢れて止まらないでしょ?」
何か知ったような口ぶりで怖い。俺の方が結構長い間付き合っていたはずなのに、そういうことは抜かれてんの?俺。一年にも満たない人達に?
人生って恐ろしいな。
「どうやって止めるんだ?」
俺も男子でした。
「嫌がられない程度にどんどん甘えたらいいんじゃない?どっちもがそんな風にできたら理想形だけど」
「莉櫻のところは理想形なのか?」
「まだだね。でももうちょっとだと思ってるよ」
どこか自信ありげに莉櫻は返してきた。
「かわいいか?」
「勿論」
「だってよ」
莉櫻が目を丸くする。俺が先程気づいたので莉櫻にばれないように小さく合図を送り黙っていてもらった。
「お返しだ、バーカ」
俺もはっと振り返った。
そこには莉櫻の、だけでなく俺達の彼女が膨れ顔のまま喜んでいた。




