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旧校舎の闇子さん  作者: 中町 プー
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第6話 未練とは

「多分、この写真じゃないの?」


「ああ、この写真ね。文化祭の時のやつじゃないの?これがどうしたの?」


僕は携帯で撮った、冴子さんの卒業アルバムのあるページを冴子さんに見せていた。


「ほら、この男子のこと見て、他の写真と違って冴子さん照れたように笑ってるでしょ?これが心残りなのかなと?」


「どうだろう?この人のことももう思い出せないしね。分からないわ。」


「とりあえず、この考えで調べていくよ。」


「あ、そう。」


冴子さんは自分の成仏について全く関心がないのか、旧校舎から秋の風物詩である紅葉をボケーっと見ている。


僕は、彼女を成仏させるためにこの一カ月いろいろと試していた。


数珠を買ってきて、悪霊退散と叫び、冴子さんにローキックを入れられたり、勾玉をプレゼントして普通に喜ばれたりと様々である。


最後の砦に、彼女の未練を断ち切る方法を考えているのが現状だ。


多分、彼女はこの写真の彼を好きだったが思いを伝えられずここに残っているという未練か、友達との思い出が忘れられないでいるという未練のどちらかであると思っている。


僕はこの方向性で考えてみるのが最良だと考え、放課後、また図書室に訪れた。








彼が変なことを言うから考えてしまう。


それは、私の生前の記憶。


亮介の言う男子のことや友達との記憶。


断片的に思い浮かぶ記憶の波。


私は雨の降る日に、天へと近づいたんだ。


その日、暗闇から目を覚ますとそこには何もなかった。








そこはいつも通っている教室だった。


しかし、だれもいない。


いつもは多くの生徒で賑わいを見せている教室は静まり返り、私一人だけがいる。


私は友の名を呼ぶ。


先生の名を呼ぶ。


なんの返答もない。


ただ閑散とした教室に一人で立っている私。


何故か椅子や机は埃をかぶっている。黒板も細部が変色しており、みんながホームルーム活動で掲げた一年間のスローガンもなくなっていた。


教室にあった、生徒の展示物もすべてなくなっている。


誰かいないのかと何度も虚空に問いかける。


誰からの返答もない。


私は不安に駆られて、校舎の中を探す。


誰かいないかと。


しかし、だれもいない。


なんで、だれもいないのか?


校舎はいつもと違い静寂に包まれ、どんよりとした雰囲気に身震いしてしまう。


外は雨が降り、雲がすべての光を遮断しているからか、昼間なのに教室は暗い。


いつもと違う気がする。


誰もいない校舎を何時間もさまよい、疲れ果てた私はまた教室に戻り、へたりこむ。


なんで誰もいないのだろう。


私は悪夢でも見ているのだろうか。


早く覚めてほしい。


こんな誰もいない世界は嫌だ。


早く覚めて!


と、その時、校舎のドアを開く音が聞こえる。


私は一目散にその音の方へと走っていく。


「なんか音がしなかった?」


「やっぱり本当だったんだよ。帰ろうよ。」


そこには見知らぬ制服を着た女子が二人いた。


知らない子だったが私は声をかける。


「ねえ!みんなを知らない?なんだか変なのよ!」


しかし、彼女たちは私の声が聞こえていないかのように二人でひそひそと話す。


「今、なんかまた声が聞こえなかった?」


「ええー!やめてよ。変なことを言わないでよ。怖い。帰ろう。」


なんで……………。私はもう一度、その子たちに向かって叫ぶ。


「お願い!助けて!変なの。なんで?聞こえてないの?助けてよ!変なの!助けて。たすけて…………たすけて…………」


何度も叫んだ。


彼女たちが去った後も叫び続けた。


なんで、私の声が聞こえないの?


どうなってるの?


おかしい。


私はたまらず校舎から出ると、校門を出て家に帰ろうとした。


…………出られない。


まるで透明の壁でもあるように、そこから出られない。


いろんなところから脱出を試みるも駄目だった。


私はこの学校から出られない。


どうしてだろう。


私は何度も試みて、何度も失敗した。


そして、校舎に訪れる人に何度も叫んだ。


自分はここにいると。


しかし、全く聞こえていない。


それはまるで、私と彼らを隔絶する壁でもあるかのように。


そのたび、心が暖かくなる感覚が私を襲う。この感覚が何なのか全く分からないが、とにかく声をかけ続けた。


そうして、何度も同じことをしているうちにある日、雨が降った。


学校を覆う黒い空と降り注ぐ雨。


それはパラパラと私に降り注ぐ小雨。


学校と地面は濡れて、雨粒がきらりと光る。しかし、私は全く濡れていない。こんなに心は泣いているのに。


私はあることを忘れている。


何かを忘れている。


私はその時、あることに気がついた。


私は全く食事も睡眠もしていないということに。


私は何時間もこうしているのに、そういった生理的欲求に駆られない。


え、あれ?


おかしい。おかしい。何かがおかしい。


そうして、頭に、ある光景が流れ込む。


そう、それはこんな雨の日だった。


私に迫りくる自動車。


けたたましいブレーキ音とともに、頭に強い衝撃が走る。


その時、世界が回って、気が付けば道路に転がっていた。


それを感覚的に自認した。視界が半分に割れて、片方が道路をうつし、横転した車が見えた。


鼻につんと匂う鉄やら、焦げたアスファルトのにおい。


私は体を動かそうとして、手を上げようとするも上がらない。


ああ、それはなくなっているから上げようもないのか。


思考が絡まり合って、現状に追いつかない。ただ目に見えていたものが徐々にぼやけていく。


体の感覚は徐々に失っていき、雨がすべてを流していく。


そうして、私の体も魂も雨が流していったのかもしれない。


その終着点がここだっただけだ。


なにもおかしくはない。


なにも間違っていない。


私が一人でここにいるのも、校舎がやけに老朽化しているのも、だれにも私の声が聞こえないのも間違っていない。


……………………だって死んでるから。








「こんにちは。橘さん。流石に、冴子さんの生前の日記は持ち出せなかったんですが、見てはきました。確かに冴子さんはこの卒業アルバムに乗っている男の子が好きだったようですね。」


僕は、谷さんに冴子さんの日記があれば持ってきてもらうよう頼んでいた。


それが、いかに不躾な頼みなのかはわかっていたが、千歳さんは何故か快諾してくれ、こうして教えてくれている。


「どうして、こんな不躾なお願いを聞いてくれたの?」


「なんでですかね。ただただ橘さんがすごく一生懸命だったからかもしれません。」


彼女も今はこうして僕に協力してくれているが、いじめられっ子だとしれば話しかけてはくれなくなるだろう。


谷さんは眼鏡をクイッと上げると、冴子さんについて語りだした。


「一応、日記を見る限り、冴子さんはその件の男性について少なからず恋心を抱いていたようですね。しかし、その男性は冴子さんの友達と付き合っていたと、日記には書かれておりました。」


「なるほど。恋敵は友達ね。分かった。ありがとう。」


「いえいえ。どういたしまして。」


聞けば、それは青春漫画のような内容に少し戸惑ってしまうが、これでは何かが足りない気がして、他の頼みごとについても聞く。


「その男性は今どうしているか分かった?いや、何十年も前の話だし、分からなければいいんだ。」


「そうですね。一応、祖母や親戚にも聞いてみたんですが、詳しくは分かりませんでした。もう、この町には住んでいらっしゃらないようで。高校を卒業と同時に上京したそうです。」


「なるほど。いや、そこまで調べてくれたなら大丈夫だよ。ありがとう。」


「いえ、お役に立ててよかったです。この図書館にはあまり人も来ないし、、良い暇つぶしにはなりました。橘さんのような方ならいつでも歓迎しますので、また来てください。」


「ああ。また暇が出来たらくるよ。」


無論、もう来る気はない。


僕は彼女にこの話を持っていき、反応を見て、駄目だったら次の策に講じるだけだ。


そして、僕は消える。

すべてを忘れて。







「そうなの。あの子と付き合っていたのね。お似合いだわ。いえ、皮肉ではないわよ。本当にお似合いの二人だと思ったの。それに、生きているならいいことだわ。……………………ん?」


正直、その男の人が生きているかなんて知らない。


もう、70やそこらのご老人であるため、生きていると自信をもって言えないが、彼女にこれ以上いらぬ未練を作るべきではない。


「いや、何か思うところはないの?何か胸のつっかえが取れたみたいな。…………なさそうだね。」


「そうね。それが、私の未練ではないわね。でも、その人のことを私は好きだったわよ。うん、好きだった気がする。」


「なんだか、ぼんやりしてるね。」


彼女は確かめるように頷くと、また虚空を見つめる。


その瞳には何も写っていないのではないかと考えてしまう。


僕は彼女を見る。確かにそこに存在するように見受けられる。それは、僕の意思が揺らいでいない証拠だ。


「貴方。死に急いでいるように見えるわよ?」


「どうだろうね。でも、とにかく冴子さんを一人にしたくはないなと思ってるかな。それは、初めてできた友達だし。終わりは見届けるよ。」


「そう…………ありがと。」




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