死滅から死に装束
ん? 暗闇の中わずかに声が聞こえる。
これは夢? 覚めたの? と思った現実へと戻ったのだろう、「ホッ!」心の中で私は一息つき安堵した。
「―――――――――――――!」
うまく聞き取れない、風が鳴いているのだろうか、まさか現実ではなく天国で目覚めるのであろうか、綿雪のような柔らかく冷たいなにかが、ふわっと私の頬を触る、ピクッとその頬が波紋を画くように鼓動する。
また雪が降ってきたのかな。
それとも冷たいそよ風のような、天国の風か……天国にはお花畑があってのんびり過ごせるそんな話もあったっけ。
やっぱり私、死んだんだろうか遭難して生きているとは考えがたい。
今は心地がいいから少しゆっくりさせてくれ、朦朧とした意識の中もう一度心が闇へと帰る。
「―――――――――――――!」
えっ? はっきり聞き取れないが、また同じ声が聞こえる、なんなのよ。
私は何かが触れたその頬の感触を頼りに、目を恐る恐る開く、白く霧がかったぼやけた世界が広がっている、長く暗闇に居たせいだろう眩しくぼやけている……
天国とはこんな所なのだろう……そのうち花畑が見えて川の向こうから誰かが私を呼ぶのね。
この2年間、目標を見つけてから休むことなく飛び回ってたもの、のんびりと過ごすのも悪くないわ、うん短いけど充実してた。
また頬を撫で触る柔らかく冷たい触感、ぼんやりと薄く青い何かの影が動かない身体の私の目に映る。
「おい、大丈夫か?ある程度は回復して置いたがこれが限界だ」
ん? うっすらで聞き取りにくいがその何かにそう言われたように聞こえた、ここは天国ではない? 病院なのか? 薄いブルー服のナース姿に見える、ホッー。
視力が戻るまで時間がかかりそう……
「じっとしてな」
ナースにそう言われた、なにかが冷たく柔らかい感触で、動けない私の右手に触り、私の心に話しかけてきた、そしてもう一度目を閉じた。
"温暖化、公害、戦争、宇宙まで行った人類が自らの過ちで死滅していく。
自然の力は素晴らく、人工物は自然に飲み込まれ消えていく。
温暖化は徐々に修まりつつあるが、気温の上昇により海面も上昇してー"
ねーあなた誰なの? 何を言ってるのよ!
ナースでも神様でもなさそう、変な宗教家なの?
はたまた異国の地で死んだらその地に伝わる天国に来たのか?
"未だに人類の事は詳しく分かっていない、いくつかの遺跡や文献から推測するだけ、歴史のミステリーだと、人類は謎の大きな生物だった、僅かな遺跡や文献から今や人類がいたのだろうと言われている、全人類は死滅した、嘗て恐竜が絶滅した理由とは違い、人類の発明による温暖化や核戦争で死滅したのだ。恐竜よりもはるかに優れた頭脳を持ちながら、その恐竜よりも馬鹿なのだ。
人間は何もできずに自分で自分の首を絞めきってしまった、そして急激な環境の変化に順応し生き残った生物と新たに進化した生物が知能を得て地球を支配している"
どうして悪いけど私は人間よ、人類が死滅ってなに?
登山やトレーニングばかりの中学生の頭で思考を巡らすが、言っている意味が分からない、でも危機的状況であることはだいたい分かる。
いったいどのような生物がこの世を支配しているの?
生命力の強いゴキブリやクマムシなどが進化しているの?
巨大な昆虫の這い蹲るそんな世界、ムリムリムリ……心の中で頭を振り考えると動かない身体が身震いする。
"生き残った生物達は地球上のわずかな生息域で、知能を得て新たな文明を築いている。人間と同じように種族間で資源の豊富な領土などをめぐり、奪い合いと戦争が絶えないこと、過ちを繰り返している"
暗闇の頭中で考える、人類以外の生物が? ロボットや宇宙人、そう言っているようにも聞き取れる、AI技術の進歩ならアンドロイドに地球を乗っ取られたてこともあるわね、ありとあらゆる考えを巡らせた。
ここまで伝えるとすっと私の手から柔らかく冷たい何かが離れていく、耳元で囁く声が聞こえた。
「もう、見えるだろ?」
ん? そう言われると、おそるおそるそしてゆっくりと閉じていた瞼を開いていく、確かに見える、青い空の手前に見覚えのある形の山に焦点が合った、私を歓迎し最後は拒絶したこの場所、エベレストの頂……私はおもわず、ゆっくり強張る右手を頂に向かって伸ばした、この晴天今しかない、心の声の内に秘めていた気持ちが叫びをあげる!
「私のエベレスト! 今なら登れる!」
そのエベレストに、爽やかな春の風が吹く、氷点下ではなく、雪解けが始まる心地の良い暖かさでほとんど雪がない、岩石だらけだった所にも、ずいぶんと緑も増えたように見える、そこにゆったりと吹く穏やかな風。
「何言ってんだお前、まだ動くなよ、回復までもう少しだ、僕が回復してやったんだ感謝しろよ」
先ほどの何かが、伸ばした私の手に、動くなとばかりに触れる、柔らかく冷たい感触と共に、目に入った青い姿。
「えっ…………スライム?」
ゲームなどでしか見たこともない姿、またとんでもない夢をみているようね、天国にもスライムがいるのだろうか。
高山病になるとめまい、頭痛が襲い幻覚がよく見えるという、夢なら早く覚めてと願うが……今では慣れたけど昔はよく高山病になった、登山初心者の頃はよく悪夢を見てた、そのためメンバーにも沢山迷惑かけてきたなー。
きっとまだ標高の高い場所にいるに違いない、その考えと裏腹にしっかりと……私の脳が思考しているし頭痛もない、しかも五感はすべてしっかり機能しているってことは……高山病ではない「現実っ!!」
「標高8000メートル以上には微生物すらいない、遺体は腐敗しない、そこから君の姿が現れたんだよ、ホワイトアウトから急速に冷凍保存されていたみたいだぜ」
「何を言ってるの?」動かない身体のまま青い者に言われる言葉に釈然としない顔を浮かべた。
「その身体、ほとんど生前のままの姿みたいだな」
「生前?」
私は青い物に視線を合わせようとする。
「やぁ~見たところ、おそらく君は人間だね、この世の邪悪な生き物がまだ綺麗な姿で遺っているとはね~奇跡だよ」私の周りを跳ねながら話してくる。
「―――――――邪悪?」
本当にスライムが、しゃべった。
「―――――――うぁぁぁぁぁ~」私は取り乱し驚倒した。
ちょっとまって、この世界を支配しているのはスライム? そもそもスライムなんて人間が想像した生き物であって現実ではない、ゲームの世界にでも転生したのか、私達人間が邪悪なんて?
混乱し思考が乱れる、未だに現実とは思いがたい、天国なのか、ゲームの世界なのか、助かったのか……確かめる必要があるわね。
しかも邪悪な魔物に邪悪と言われるはずがない。
「人間は邪悪、この世界を滅ぼす生き物として語られているんだよ、だから君を助けたが、姿は変えておいた、人間は独りでは弱い存在だからね、僕が殺す価値はない、人間が居ないこの地球は幸せだよ~」
スライムは平然とした顔で私の目の前を跳ねて自慢げに上から話してくる。
私は首がもぎ取れるくらいの勢いで左右に思いっきり降り続けた、そして頭を抱え俯いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ~魔物~」
「落ち着けよ、取り乱すなよ、安心しろ僕は危害を加えないよ、やはり君は人間なんだね?」
このスライム何を言ってるんだろう、人間以外の何が言語や高度な知能を持つのだろうか
私はまた気を失った……
「はっ!」
目覚めて気がつくと、私はなにやら薄暗い部屋らしきところで寝かされている、うっすらと見える登山テントとは全く違う丸文模様の豪華な天井。
ゲームでもしている夢を見ていたのかしら。
首だけを明かりの指す方へ動かしたが、「うっ!」少し首が痛む、寝過ぎかしら。
痛みをこらえながら辺りを見渡した、なにかおかしい、使われていなさそうな綺麗な暖炉、青空が見える大きな窓、壁に掛かる大きな姿見、今寝ているフカフカなベッド、大きな扉、人間と何も変わらない、少し、いや、めちゃくちゃ豪華な部屋。
そこに私は横になっている、寝かされている。
連れ去られてきたのであれば、看守などが外にいる、部屋から見れば監獄でもない、まして点滴もないし、病院ではなさそうな雰囲気の部屋、ここでエベレストに登っている夢やゲームの夢を見ていたようね。
夢では記録を塗り替えられなかったわ残念、スライムまで出てきたし、まるで悪夢ね。
私は起きあがろうと上半身に反動をつけようと寝返る。
ん?「うぐっ!」全身が重い……ここの重力は地球の倍はあるのかと思うくらい、長い間動かしてなかったように節々がやたらと痛む。
「身体もっと鍛えなきゃ」
少し動かすと和らぐ痛み、和らぐ痛みをこらえて、ゆっくり起き上がり、「あっ」夢の中?で言われた『姿を変えておいた』という言葉を思い出す。
まずは自分の姿を確認しておくべきね……と思いながら部屋に掛けてある姿見まで自分を確認するために鏡の前へ歩み寄る……そこに映った姿はスリムな身体に立派なシックパックと小振りな胸……を見て驚く。
「きゃっ! はだか」
思わず体を丸め膝を抱えしゃがんだ、反射的に鏡に映る自分を隠した、鏡を見るまで裸に気づかないなんて、感覚も鈍っているのか。
周囲に人がいないか確認し、もう一度鏡で姿をよく確認する、透き通るような白い肌と、透き通るような青髪……
「えー! 髪の毛が青! 目まで!」
よく見ると瞳まで青い、自分の髪の毛に惚れてしまうくらい透き通ったブルーだ、しばらく前を向いたり振り返ったりして見入った。
それ以外は変わりはなさそうだけど……
静けさの中に、私の大きなその叫び声は外まで聞こえたようだ。
誰かに声が聞こえたのか、ノックもせずにガチャ!と部屋の扉が開く。
私はひらりと青髪を靡かせ、裸の身体でしゃがんだまま、両手で精一杯裸の自分を隠した。
入ってくる姿はまだ見えず、声だけが聞こえた。
「やぁ目覚めたようだね」
「えっ?」
ベッドの脇から見える侵入者はしゃがんでいる私と目線が同じ、入ってきたのは青いスライム、私は驚いてしゃがんだまま倒れ込んだ。
「えっスライム! やはり夢では……」
「おいおい、しっかりしろよ」
倒れ込む私の頭と床の間にスライムが走り込む、クッション代わりにポヨン!と私は助けられた、頭を打たずにすんだ、全裸のまま冷たい床に横たわる。
「やれやれ世話が焼けるぜ」
私の姿に頬を赤らめて、そのスライムを枕に寝転んだ私に、ひとこと言ってくる。
「これお前の武器か?」
ボサッ! ガシャン!
床に叩きつけられた金属音、スライムは自身の中から何かを床に放り投げた。どうやら、私を助けた時、身につけていた物や近くに落ちていた物をここへ運んできてくれたらしい、ピッケル、アイゼン、ザック、酸素ボンベ……
「それにやけに動きにくそうな、分厚くて暑そうな服を着てたな、壁に掛けておいたぞ、腕に付けてるブレスレットもカチカチとおかしな物だ」
そのブルーの登山服は解れ、破れ、汚れている、やっとこの時、おかれている立場が飲み込め始めた、登山中に連れてこられたのね、イエティや雪男などのUMAなどの伝説は知っているがスライムも居たなんて。
ブレスレット……私は左腕手首を見た、時計の事ね。
さすがエベレストモデルのソーラーG○ョック動いている。
「あ―――! 私の服、脱がせたのあなたね?」
私はスッゴく恥ずかしい、身体測定でも裸になったことはない、顔が熱い真っ赤になった。
裸なんて誰にも見られたことがないのに。
「私、中学生よ!」
「僕には暑いのか寒いのかはわからんが、ここは暖かいらしいから脱がせたよ、心配するな人間には興味はないよ、後ろを向いているから、これに着替えな」
少し上体を起こした私からスライムは離れた、バサッ! スライムは持ってきた新しい服をベッドに放り投げ窓の外を見ている。
「この服に着替えろ」
私は立ち上がりその服を手に取る、その服は真っ白地でブルーとシルバーの鷲の刺繍がほどこしてある、高貴な服装に見える。
「何この服?」
「いいから着てみろよ」
スライムが気を使っている間に服を着てみる、サイズを計ったようにぴったり、シルクのような肌触りとふかふかでさらさらの手触り、庶民の服装ではないのは肌触りでわかった。
「こちらの服は王があなたへと……高価な服だぜ、なんで客にこんな服」
「王様? ここはお城なの?」
「ああ、王様、ここは王都にあるサンクリアル城だよ、王都と言ってもちっぽけだがな、目覚めたなら、まずは王にお目通りを」
デジャヴなの?
先ほどの夢が夢でないなら、人間は邪悪、殺されるのでは?
「ねぇ、私殺されるの?」
「心配いらないぜ、その服は死に装束だと思ってないか?」
今後の勉強とするため、評価、感想、レビューいただければ幸いです、よろしくお願いします。