エベレストで散った夢
”冒険家の東谷マリンさん19歳がエベレストの日本人最年少登頂を果たしました!”
下校途中、私の耳にはっきり聞こえた。
西日に背を向けて歩き、足を止めて駅前の大型モニターに目を向ける、目を見開きニュースを目にしたとき衝撃が『ドン!』と襲った。自分の胸ぐらを右手で掴んだ、努力は実を結ぶそんな少数しか成し遂げられないことを軽々しく自分の夢と重ね合わせた。
「私もエベレストの最年少登頂記録を更新する!」
人混みの中、周囲を気にせず無意識にモニターに向かって叫んだ、それに反して周囲の視線は冷ややかで、少女の戯言と足を止める者は誰一人としていない。
その時から目標に向かい足を早める。
決めた決めた決めた!そう思いながらも両親から援助を受けられるのか不安に顔が曇る事もある。
クラブ活動もしていない、趣味と呼べる物はなく体力にも自信のない、友達と呼べる子も特にいない普通の小学生だった、12歳の下校途中ふと足を止め見上げた駅前の大型モニター、19歳の日本人少女がエベレストに登頂し最年少記録を打ち立てた映像をニュースで見た時、心に熱くこみ上げる物があった。
今まで大したことを成し遂げてこなかった、まー小学生なんてそんなものなのかもしれない、平和な日本の義務教育の中で平凡に過ごしてきた、その心を大きく突き動かしたのだ、そうたった12でだ。
一度決めたら誰の言葉も耳に入らず、気が付いたら周りの人を引き連れ巻き込み、同じ方向へ向かせてしまう、まーまだちっぽけで泣き虫少女だけど、心は簡単に揺るがないてのが私の性格。
あれからの2年間で、私に引き連れられた両親の助けを受け、時には挫けそうになって諦めそうにもなったけど、過酷を極める訓練、キリマンジャロ、アコンカグアなど南極以外の五大陸最高峰は登頂してきた、たった2年だけどトレーニングを重ねて少しだけど大きく成長してきたつもりだ。
そして今、とうとう念願のここエベレスト登頂を目指す為サウスコルと呼ばれる標高7900mにいる、いくつものパーティーがベースキャンプを張り好天を待ち望んでいる。
「ねーエベレスト登頂前に何かしておかなければならない事ってあるの?」
緊張し隣に居る仲間に何度もトレーニングしてきたはずなのに問う。
「なんだ、緊張してるのか?」
「どうしてわかるの?」少しふくれっ面。
「分かるさ、いつもと違う顔をしている」
私は頬を強ばらせ微笑さえうまくできないように見えているらしい。
「最後は訓練してきた自分を信じるだけさ、命が一番大切で、諦めることも時には必要なんだよ」
私の頬を軽く撫でるように二度叩き、答えてくれたのはパーティーメンバーの元ギャルで金髪で切れ長目の飛鳥さんである。
「大切なことを忘れていたわ、ありがとうございます、でも山にそのネイルはどうかと思いません?」手袋を外した飛鳥さんの手から見える真っ赤なハートをあしらった絵柄は目を引いた。
「いいんだ、これも含めて私だ」二人は目を見合わせ笑みがこぼれた。
ここは最後のアタックを目指すキャンプ4。
「さー今夜はいい天気だぞ」隊長の声が隊員をふるえ立たせた。今の天候は私の心と同じ雲ひとつない快晴、綺麗な月夜だ、風も無く穏やか。
私はお父さん、お母さん、クラスのみんなの期待も背負っている。
「いよいよだね」
満天の空を見上げ飛鳥さんは声をかけてきた。
「うん、私登ってみせる!」少しの間目を瞑り開と軽く拳を握りしめた。
今回登頂するメンバーは5人、隊長は二宮さん、これまで6大陸の最高峰を制覇しエベレストにも2度登頂を果たしている、30歳独身通称山の神、容姿はイケメンで細マッチョ、メンタルはすごく強い心強い隊長です、副隊長の飛鳥さん、エベレストは初めてでエベレスト以外の大陸最高峰はすべて制覇している名前の通り飛ぶ鳥のように軽やかに登るギャル21歳、エベレスト最年少登頂を目指していたが先を越されたらしい、残りの2人はチャラそうな大学生、経験はあまりよく知らないけど登山サークルで自称冒険家の息子らしい。
私も仲間達も笑顔がたえない、私の記録を後押ししてくれている、そう思えた。
「いくぞ!」
「「おー!」」
円陣を組み皆のピッケルを中央で重ね合わせ隊長の合図に鯨波の声を上げる。
日本出発から約60日、あとはここから好天を待ちアタックする、それが今日。
山頂は皆も知る、標高8848m世界一。
一日でその高低差1000mを往復する、登校する道のりの1Kmとは訳が違う。
深夜に出発し午前中には登頂。
その時に私は念願の日本人最年少登頂記録保持者になっている。
月夜を眺め目を瞑った。
「はー、ふー」高鳴る鼓動を抑えるために深呼吸し私は胸間で拳を強く握り締めた。
そして日の沈まないうちにサウスコルに戻る計画、何度も繰り返してきたイメージトレーニング、きっとうまくいく、お父さん、お母さんいよいよ登るわ。
ハーハ―――ハーハ―――!
疲れも溜まってマスク越の顔が苦痛でゆがむ、足取りもはるかに重くなってきた、背中には酸素ボンベと必要最低限のわずかな荷物を持ち向かう。
ザッ!ザッ!ザッ!
カコン!カコン!
暗闇と静寂の世界、東京では見たことのない晴天に浮かぶ天の川が私達を導く、ヘッドライトに照らされたわずかな範囲だけを視野にピッケルと足音が響く、私達5人は着実かつ慎重に前へと進む、苦しい……もう少し、歯を食いしばり自分を奮い立たせる、前人未到の記録まであと少し。
ザッ!ザッ!ザッ!!
エベレストの頂から望む景色は登頂した者しか味わえない、希望と不安が入り交じる。
どうしてエベレストに登るのと聞かれたならば、私はマロリーと同じように『そこに山があるから』という言葉を選ぶだろう。
薄明を迎えると、光がうっすら私達を照らす、5時間は歩いただろうか、ラストアタック、夢の山頂は目の前にまで迫る、そう考えると重かった足が前へと進む。
標高8000m以上はデスゾーンと呼ばれそこに滞在し座っているだけで体力を消耗してしまう、酸素を補給するスピードよりも消費するスピードの方がはるかに早い世界、少しもの無駄な行動は許されない。
ビュ――ビュ―――――――ビュ――!
風が轟音をたて、宙に舞う地吹雪がバチバチと音を立て身体を襲う、皆は足下を向き足を進めるが、足を止めたのは隊長だ、急激に天候が悪化して来るという。
「吹雪が来る、引き返す危険だ!」
隊長が叫ぶ。
「なんで!ここまで来たのに!これが最後なの!」
私は懇願した、登りたいもう今日しかない、逃せば次はない。
「馬鹿!命よりも大切な記録なんてあるもんか! おーい行くな! 待ってくれよ」
かすかに飛鳥さんの声が聞こえた、命より今は登りたい、あと数百メートルのはず、大切な物を見失った。
気だけが焦る、不安に耐えながら前に進もうとする、すべてをつなぐ命綱ピン!と張る。
ビュ―――――ビュ――――――!
バチ!バチバチバチ!
ブリザード、一瞬にして視野を奪われ私の周りには誰も見えない、ホワイトアウト現象、ピンと張るザイルから皆が足を止めたことが分かった。
「ベースキャンプ、応答せよ、視界が全く見えない、聞こえますか?聞こえますか?応答してください、下山します」隊長の声が聞こえた。
「――――――――――――――」
むなしく無線から流れる砂嵐の音、事態は緊迫していた。
そんな……私登頂したい。
「ベースキャンプ応答を!」
「――――――――――――――」
隊長が連絡するが応答は無い……空白の時間が私をさらに焦らせる、相変わらずザーザーザーという砂嵐と吹雪の音がが虚しく交差する。
登頂前に天候を予測する、山の天気は予測を裏切る、変化が激しい。
幾人もの冒険者がここで歓喜し、そしてここで300以上の冒険者が散っていったことか……
仲間5人は全員一本のザイル、唯一の命綱で繋がれている、誰ひとりとして脱落するわけにもいかない!
そう究極の運命共同体であって、同志。
真っ白で50センチ前も見えない、声も聞こえなくなってきた。
もしかしたらここで死……私は冷静さを失っていった。
ハ―――ハ―――ハ―――ッ!
「ね―――! みんな―――! だいじょぶ――?? ね――どこにいるの?」
ブリザードの中聞こえるか分からない叫びを何度も何度も、返事は返ってこない。
焦燥感に駆られた。
「みんなどうしたの? 二宮さーん? 飛鳥さーん?」
やはり返事はない……
今の私の心の緊張のようにザイルだけがピンと張られている、すぐ近くに皆はいる。
ピッケルをその場に刺し、左右の手でゆっくりとザイルを手繰り寄せる、寄せても寄せても重さが感じられない。
「え?」前も後ろも誰もいない、ザイルのみが命綱なのに……訳が分からない。
私を置いて行かないで、お願い置いて行かないで、冒険家それは命がけなのは百も承知だけど、薄情な冒険家なんていないはず。
ガザッ!ガザッ!ガザッ…………!
ハ――ハ―――――!
みんな、みんなどこなの?
真っ白の中取り乱し走った、30メートルくらいか。
私、遭難する……の?
ここは沢山の遺体が眠るデスゾーン……私もここで。
体力も限界、その場で倒れて落ちた。
しんしんと降る雪に埋もれていった……
冷たい、寒い、眠い、すべて真っ白になっていく……。
エベレストの頂に立ちたい、夢で終わりたくない。
みんなありがと、毎日楽しかった……声を出して泣き叫んだ。
「お願い……助けて――――――――!」
この夢覚めて――――――
どんどん酷評をお願いします。今後の勉強になりますのでお願いします。