■エルフを護ろう!
迫り来る魔界の脅威。
こんな窮地に駆けつけてくれる頼りになる仲間が、ほかにだれだと思うのか。
もちろん、その人影はわれらがヒロイン:オルデヒアだった。
ギシャアアアアアアアアアッ──と閃光に目を焼かれた敵:デプス・サラマンダーが苦痛の叫び声を上げる。
「デプス・サラマンダーッ?!」
「忘却の森の河辺で何度か戦っただろう? 巨大な両生類だ。最大で十二メートルにも達する化け物で、鹿でもイノシシでも真っ二つのひと呑みだッ!!」
「うげえ、思い出したッ!!」
忘却の森はこのバラルーシュ高原からさらに北東に広がる大森林地帯の俗称だ。
一度入ったら二度とは戻れぬ──世界から忘れ去られる、という意味を込められたネーミングである。
実際にそこは魔界の影響を強く受けていた土地であり、人類圏ではとっくの昔に死滅したはずの邪悪な種がいまだに息づいていた。
そのなかを流れる河や沼の澱みに生息するデプス・サラマンダーは、強力な強襲型狩猟生物だった。
全身を覆う粘液は、鈍器はもちろん刀剣類、槍などの攻撃に対しても耐性を持ち、火炎系の魔法を跳ねのける。
両生類としての特徴を持ち、水中に潜んでの奇襲を得意とするこの怪物に「サラマンダー」なる名称が振られているのは、そこからだ。
原始的で強烈な捕食本能に突き動かされ繰り出される大あごは、ギロチン並の切断力を誇っている。
「そんなのが、なんでこんなところに、いるのっ?!」
「詮索はあとだっ。まず、コイツをッ、仕留めるッ!!」
ハルトを突き飛ばしながら、オルデヒアは傾きかけの月に呼びかける。
「月光に踊る精霊たちよ──集え。《ちから》を。恩寵を垂れたまへ」
世界に満ちる魔力とそれを糧に生きる精霊たちに呼びかけながら、オルデヒアは素早く両手を動かす。
魔法の発動動作。
結印だ。
すると、オルデヒアの周囲にだけ月光が満ち、その美貌をさらに明瞭に浮かび上がらせた。
そして、デプス・サラマンダーはまんまとそちらに引きつけられてハルトから離れていく。
「やっぱり」
蝶のように可憐に舞い、デプス・サラマンダーの攻撃を紙一重で躱しながらオルデヒアが呟いた。
コイツ、やっぱり……魔力の高まりに引きつけられている。
「オルデヒア!」
「安心してッ!! 次で決めてやるッ!!」
月光の加護により魔力を高めたオルデヒアは、次なる魔法の詠唱に入っていた。
「氷乙女の微笑、冬将軍の軍靴、氷龍の吐息──エル・カデナ・ファロス・カナーン・ルフト──絶白の狂嵐ッ!!」
ぞっ、と全身が総毛立ち、次の瞬間、鳥肌に変わる体験をハルトはした。
オルデヒアのクラスは光輝の謳い手。
魔法戦闘にも近接戦闘にも卓越したハイエルフ専用の上級クラス。
その彼女が全力で《ちから》を叩き込んだのだ。
周囲の気温と魔法の効果範囲の間で強烈な温度差が生まれ、それが霧……いや、大気中の水分が一瞬で氷結し白く転ずる。
ダイヤモンドダストのように氷の粒が視界を覆う。
完全な無視界状態だったのは、一秒にも満たない時間のはずだ。
その瞬間、ハルトが動けたのはだから、たぶん奇蹟だった。
「オルヒデアッ、あぶないっ!!」
超強力な攻撃魔法を叩き込まれ、さすがのデプス・サラマンダーも数秒で絶命する。
だが、その直前、苦し紛れに放った口腔からの粘液塊が、魔法を放ち終え無防備状態になっていたオルデヒアを襲ったのだ。
驚異的な生命力を誇るモンスターや野生動物との戦いでは、決着した、と思った瞬間こそが一番危ない。
そのことをオルデヒアは失念していた。
デプス・サラマンダーこそは、まさに想像を絶する生命力と獰猛な捕食本能の権化であったのだ。
そして、駆け出し、ドンッ、とオルデヒアを突き飛ばした瞬間。
ハルトはその直撃を受け、ふっとんでいた。