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一つの世界の終わりに  作者: いちのはじめ
9/33

異変 八

 ユダイム達<ダブル>は、軍の基地スベンフォールから脱出なるか!? 謎の軍司令官、とらわれたミーメイヤー、エネルギーの尽きかけるメガホイール、最後の切り札である人型兵器<モデル>で強引に解決を図るが、そこには軍の最終兵器が!

 ウルハリオンが局長をにらむ。冷静なその態度。いつの間にか目の色ももとに戻っていた。部下の何人かが、怪我をした左腕を治療している。そして<ダブル>達に構えられる銃。覚醒したウルハリオンなら問題はない。むしろおびえているのは兵士達の方だった。戦闘兵ではない通信兵達なのだ。だが。

 (彼らを倒しても脱出はできない)

 そこで彼、今は彼女のエネルギーは尽きるだろう。それでもまだ目の前には強力な敵が残っているのだ。ユダイムのプログラムをはね退ける力を持った、敵。今のウルハリオンではどこまであらがえるか。もはや勝ちはない。

 だが。

 「うあぁ!?」

 ゴン! と、地震ではない揺れ、いや、上からの衝撃、それが轟音とともに近づきついには天井をぶち破り、そこから巨大な手のひらがめいいっぱい開かれたまま降りてきた。

 「!」

 そして次の瞬間、その先から白い光が渦を巻いた風のように広がり、辺り一面をなでていく。

 美しい光。優しい白。

 しかし、それに触れた兵士達は次々と身体を解体され、分割され、消滅させられていく。即死ならよかっただろう。しかし、一部を失った者、表面を剥がされた者、内臓がもれてしまった者、激痛と恐怖の中で次々と死んでいく。

 局長もさすがに力を弾き損ね、下のオペレータールームの方へ落ちていった。瞬間、目が赤くなったようだったが。

 その優しい白の嵐が過ぎると、手のひらは裏返りウルハリオン達を誘う。

 エルキューヴィの<モデル>だと分かり、ウルハリオンは心から安堵した。彼、いや、今は彼女だろうその力をもってすれば、しかもその最高の<ダブル>が<モデル>に乗り込んで更に強力になっているとすれば、もはや謎の<ダブル>もどきも怖くはない。

 普通の人間であれば死んだはず。だが分らない、おそらく大怪我を負ってはいるだろうが、死んだかどうか。

 それより、これでミーメイヤーも。

 ウルハリオンは、急いでユダイムとアマシアスを手のひらに乗せる。もはや遠慮なくプログラムで彼らを運んだ。力を温存する必要はない。

 「!」

 そして気づく。この<モデル>、ワッツの手のひらから感じるエルキューヴィの波動が極端に弱っている事に。弱っているなんてものじゃない。停止寸前である。

 ワッツの顔が、隙間から、再び吹き飛ばしたユグドラシルの樹のノイズ越しに、ミーメイヤーを捕らえる。そして周囲の壁を破壊しつつ、反対の腕を伸ばし、鉄の樹ごと引き抜いた。

 バン!

 はずだった。

 「ああっ」

 <モデル>の腕が弾かれたのだ!

 いくら弱りきっているとはいえ、<モデル>に乗ったエルキューヴィを弾けるようなシールドではなかった筈なのに、しかも先ほどの攻撃プログラムで、その殆どが吹き飛んでいる状態であるにもかかわらず、<モデル>の腕を弾き飛ばしたのだ。

 エルキューヴィの感じた激痛に、ユダイムが反応して身体の痙攣、跳ね上がった。

 シールドなんかじゃない、もっと恐ろしく強力なもの。フォーマット。初期化。あの謎の男がやった事か。

 {戻れ……}

 激痛で意識を無理やり戻されたユダイムがうめいた。衰弱しきって頭の中でずっと不協和音が鳴っているような、そんな状態でもパートナーであるエルキューヴィと繋がったまま、決して離れない。

 そして衰弱しつつも、冷静なもう一人の自分が決断を迫った。救出は、不可能だと。

 戻るしかないメガホイールへ。

 声を出すのも辛いユダイム。<モデル>の腕越しに声をプログラムで伝える。力なくワッツが浮き始めた。その判断にウルハリオンも賛成だが、胸が締め付けられるような思いにかられるのだ。アマシアスを見ていると。

 「ミー、メイ、ヤー」

 混濁する意識の中、アマシアスはそれだけを言い終えると気を失った。脱出。

 その時、ややもすると落下しそうなワッツを支えに、ベスペルハミルのデュシャンとメルカンビアのホードラー二輪の<モデル>が、両側から肩にそっと触れる。その瞬間広がる花の香り。つながる事でより強くその力を発揮する<モデル>。

 艦隊をすべて外へ訓練に出しているこのスベンフォールの基地に、今の<ダブル>達を押さえ込む力は、もう残されていないはずである。そしてメガホイールの奪還にも成功しこれで脱出は成ったも同然。それなら。

 「よし」

 ペスペルハミル。覚醒状態で女性にはなっているが、やはり疲労からか目の下にくまができていた。そんな状況でも今は<モデル>に乗っているのだ。自分ならミーメイヤーを救い出せると向かおうと思ったその時。

 「!」

 衝撃。

 全員がそれに気づいた。

 下から!

 スベンフォール基地の断崖、はるか下からなにかが恐ろしい勢いで上がってくる! その力、そのエネルギー。凄まじいノイズ。

 「なんだっ」

 爆音。咆哮。

 「大きい……!」

 メルカンビアが絶句した。谷底から出現したそれは、<モデル>をはるかに超えた大きさで、かろうじて人型をしているが、恐ろしい獣のような姿で、大きく開いた奈落のような顎からは瘴気が立ち上って見える。その瘴気一塊がすべて、攻撃的なプログラムだった。目に見えるほど強力な。

 それをメガホイールから。

 「エシュテンメインっ、メガホイールの主砲は使えない?」

 その恐ろしい光景はメガホイールにいるアイシーからも見えていた。

 「無理だ、エネルギーが殆ど残ってないんだ」

 そううめくようにエシュテンメイン。軍がエネルギーの補充をさせないよう、太陽光から一ヶ月も遮断されていたおかげで、どうにかして動くのが精一杯の状況だったのだ。あの巨大な獣がどれほど強力な敵であれ、今は彼らの自力でどうにかするしかなかった。

 {逃げて}

 プログラムでユダイムが叫ぶ。もう声を出す力さえない。彼らの周囲にノイズが、徐々に濃くなっていく。よく見ればその獣を中心に、シールドが張られていくのが分かった。閉じ込める気なのだ。

 「へえ、やるじゃないか」

 呼吸が苦しくなり、全身にじわりとした痛みが走るそんな状況でも、ペスペルハミルは減らず口。だが相手が悪かった。

 エルキューヴィのワッツからはなれて、自分はその獣の口めがけて急降下。渾身の一撃を。ヒットアンドウェイ。

 {やめなさい、<オグマ>はプログラムを喰うわ、ホードラーで、<祈り>、を……}

 そこまで伝えてユダイムは気を失った。覚醒状態から元に戻る。エルキューヴィがなんの反応も示さないのは、このノイズの中、浮いているだけで精一杯だからで、それもユダイムに支えられていたのが遂に限界、ゆるやかに降下し始めた。ウルハリオンにこの質量を持ち上げる力はない。せいぜい、落下速度を緩められるかどうか。

 かまわず突撃したペスペルハミルのデュシャン。しかし近づいたとたん、激しい激痛とともに弾き返された。そのあまりの衝撃に視力がとび、身体の自由を失うほど。後を追っていたメルカンビアが間に合わなければそのまま、文字通り喰われていた。

 「ペスペルハミル!」

 間一髪。

 獣はそれ以上飛び上がる事はなかった。よく見れば、獣のありとあらゆるところに鎖のようなものが巻きつけられており、それがどうにか動きの自由を押さえ込んでいた。そして獣のシールドは完成し遂に、脱出は不可能となった。その間にも徐々に落下するワッツ。

 「くっ、そ」

 ようやく感覚が戻ってきたペスペルハミル。だが、もう攻撃するほどのエネルギーはなかった。

 今、どうにか動けるのはメルカンビアのみ。彼の、今は覚醒して彼女だが、<モデル>であるホードラーは、パートナーであるペスペルハミルがアタッカーである以上、攻撃よりむしろ防御に特化したディフェンダーである。気絶間際にユダイムが言った、<祈り>も同じく防御プログラムである。かなり特殊ではあるが。

 {メルカンビア、聴こえる?}

 獣の作ったシールドを超えてエシュテンメインが話し掛けてきた。彼はユダイムの意図に気づいたのだ。

 {ホードラーの<祈り>を使って、それしかない。おそらくその化け物を倒す事は無理だ、<祈り>でそいつのシールドを無効化して脱出して。鎖につながれているなら逃げれる}

 分厚いノイズとエネルギー不足のせいで、エシュテンメインの声はメルカンビアにしか届けられない。ペスペルハミルとウルハリオンにはかろうじてなにかの音が知覚できたという程度。

 これほどの広い空間に、ここまで強力なシールドを展開できるエネルギーと処理能力と高度なプログラムを持った、おそらく兵器、を誰も知らなかった、獣。

 これほどの兵器であれば、その存在を彼らの故郷であるアークヒルが知らないはずはない。それなのに、情報が脳への焼き込みによって学習されていないというのは、明らかに不自然なのだ。そしてユダイムのあの反応は、獣の正体を知っているから。ではなぜ彼女だけが知っているのか、それもおかしな話だった。

 {しゃーない、……、俺が囮になる。やれ、メルカンビア}

 苦痛と消耗で言葉が途切れる。ペスペルハミルも、さっきの一撃で身体に力がはいらないほど衰弱して、既に声が出ない。

 それと気づいたがもはや助かる為、助ける為には他に方法がないと、一瞬の躊躇もなしにメルカンビアがプログラムを組み始めた。

 いらいらするほど濃いノイズだが、メルカンビアは冷静に、慌てず、確実に作業を進める。

 そうした高エネルギーの収集に気づいて獣が動く。攻撃そのものを防げる可能性が、悔しくも今のペスペルハミルにはないので、せいぜい周囲を飛び回って気をそらすのが精一杯。それでも気を失わないでいるのでほぼ限界。その間にも徐々に降下を続ける、エルキューヴィのワッツ。

 「どこへ行くの!」

 メガホイールの中。いてもたってもいられないエシュテンメインが飛び出そうとするのを静止してアイシーが鋭く。既に覚醒状態から戻っていたが、その表情は暗いまま。

 アイシーはパートナーを持たない医療専門の<ダブル>である。それゆえ<モデル>も持たない。アシュタルはメガホイールと繋がったままだし、そのメガホイールに戦闘を行うだけのエネルギーは今ない。であれば、残る戦力はエシュテンメインだけだが、彼まで出てしまえば、唯一残っているペアの<モデル>の片方を消費する事になり、暫くは戦闘が行えなくなってしまう。<モデル>はオフェンスとディフェンスではじめて最大限の力を発揮するのだ。であれば、せっかくスベンフォール基地を脱出できても、軍に追いつかれた時点で、すべてが終わってしまう。震えるほど、こぶしがしまるエシュテンメイン。

 「ウルハリオン……」

 パートナーの身を案じていた。

 その目の前で更に落下していくワッツ。

 「! 落下速度が」

 エネルギーを維持するのも限界に達したエルキューヴィは、すでにその意識を失っている。どうにか重力に逆らって急落下しないでいるのは、状態維持プログラムによるもので、しかし、それも<モデル>本体のエネルギーが殆どない今の状態では、長くはもたない。

 この状況にペスペルハミルは気づいていたが、ヘタに近づけば、この獣にえさのありかを教えるようなものである。

 残念ながらこのノイズが邪魔をする限り、今のペスペルハミルと壊れかけたデュシャンでは、ワッツを運ぶだけならまだしも、逃げまわる事はできない。

 「うあっ!」

 一瞬の油断。

 ペスペルハミルの<モデル>、デュシャンの右足が、獣のプログラムに捕まった。心臓まで到達するほどの重い激痛。自分の足が重いローラーでゆっくりとつぶされていくような痛みと、恐怖。

 そして獣が動きを止めたそのエサに、止めの一撃を躊躇なく。

 ボムッ!

 鈍い音。

 しかしそれは獣のものではなかった。その頭上、溢れるような光。

 その中心に、美しく官能的な香りを広げる<モデル>、ホードラーが。

 光は徐々にその強さをまし、辺り一帯のノイズが吹き飛んでいく。獣がその強力なプログラムに引き寄せられ、狂ったように迫った。だが、光は更に膨張し、次の一瞬で基地全体を飲み込むほど広がったのだ。そして様々に優しい表情をしたホードラーが、残像のように輪になって獣の上に浮かぶ。

 「間に合った」

 同じく光に覆われたメガホイールの中で、アイシーは心から安堵した。

 そして数が増えたホードラー達が手をその中心にさし伸ばすと、そこにしずくのような光が溜まり、細く獣の頭へと垂れ下がっていく。

 獣が重たいプログラムをそれに叩きつけるが、風や光や音などあらゆるものに形を変えて無効化されてしまった。そしてその糸のような光が、そっと、獣に触れる。

 ごしゃっ!

 その時、エネルギーが飽和し獣が大きくゆがんでその力を失い、落下。巨大な腕で叩き落されたかのように。

 その衝撃から守るようにペスペルハミルがデュシャンで、エルキューヴィのワッツを拾い上げる。

 もう一方では力を使い果たしたメルカンビアのホードラーも人型を保てず、花のように畳まれて形をかえると、谷ぞこへ落下。

 しかし、それを優しく受け止めるペスペルハミル。片足を失い、自身も殆ど限界のペスペルハミルだが、彼らをメガホイールまで、決して落とす事はなかった。流石にすばやく動く事はできないが、ゆっくりとなら。あの時の戦争ほど、あれを生き抜いたのだからこのくらい、その思い、すがりつくような思いだけが、今の彼らを救っていたのだった。この程度で、死んでたまるかと。


 エネルギーが暴れ狂った後の無人と化した司令室。そこにあるのは機械のかたまりと、肉の塊だけだった。いや、ただ一人、局長と呼ばれていた男が立っていた。傷だらけ。ユグドラシルの樹を見つめながら。

 「……生き残ったか」

 それは自分に向けた言葉であったか、脱出した<ダブル>達への言葉だったのか、どことなく安堵したようにつぶやいていた。

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