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一つの世界の終わりに  作者: いちのはじめ
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異変 六

 冷静に対処する局長。独自の行動をとるマルトア。最後の仲間の元へと急ぐユダイム、ウルハリオン、アマシアス。体力の限界を超えるユダイム、無謀なアマシアスの覚醒、絶望の中、命を賭す覚悟のウルハリオン。たどり着いたその先には、あり得ないものと、あり得ない事が起きていた!

異変 六

 「倉庫の一部に亀裂の報告です、作業班を求めていますっ」

 「崩落で訓練中の巡航艦キスリングが帰還できません」

 「<ダブル>の抵抗により第六警備隊が壊滅!」

 次々と報告されるそのすべてに、冷静な対処をしていく局長。よどみもなく、まるであらかじめ決められていた台詞のようですらある。

 余震は今なお続いており、弱くはあるがそれの為、徐々に被害が拡大している。

 指示は出すがそのいくつかは達成できない事も、局長は予測していた。それでも命令を出すのは、困難に直面した時ほど人間には何にか作業を与えておいた方が、むしろ混乱せずにすむと思ったからである。

 「 」

 司令部正面には巨大なディスプレー以外にも、忙しく流れる複数のコンソール上のテキストや映像。個人のオペレーターのものをすべて指揮官から見えるように配置されており、小さなものまで含めれば二十近くあるディスプレイ群である。そのうちの一つに、奇妙なテキストを見つけた。

 「地下エレベーターの状況報告」

 オペレータに指示を出す。エレベーターが動いていようがいまいが、この基地すべてが常に動いているような状況において、地震が発生してもかわらず、とりたてて報告するようなものではない。そう判断していたオペレーターが命令に戸惑い、慌てて調べ始める。そしてその報告が上がる前に、局長は気づいた。

 「マルトア」

 彼が地下へ向かっているのだ。この基地は崖を利用する形で建設されているので、すべて地下に部屋があるようなものである。ここで云っている地下とは、完全な谷底の事であり、そこへいたる途中の四十三階分はなんの設備もなく、ただエレベーターが伸びているだけである。そうしたつくりになっている理由は、勿論、そこに危険があるからだった。危険なもの。そこにあるのはこの基地における最終兵器だった。

 地震は続いていた。


 「うわっ」

 アマシアスが驚いて声を上げた。いや、驚いているのは彼だけではなかった。ウルハリオンですら、驚いていた。

 息が上がり、呼吸が時折、空気を震わせて音を鳴らす。肺の奥で苦しそうに、それでもなおここまで強力なプログラムを発行できるのだ。このユダイムという<ダブル>。

 「この……」

 先よ、といい終えられずに、その場に座り込む。時折、意識が混濁する。

 いくつかの壁をぶち抜いて、またも直線の通路をつくって見せたのだ。普通であれば意識の混濁どころではない。ユダイムの言葉に反応して、アマシアスが一気に飛び込んだ。止めるひまもあればこそ、ウルハリオンはユダイムを背負って後を追う。

 アマシアスが穴を抜けるとそこは軍人が一人いるだけの薄暗い場所で、いや、右手には巨大な空間があり、幾つものディスプレイが忙しく情報を垂れ流している。そしてここはそこから一段高い場所にあり、専用の照明が点けられていないようだった。

 まったく軍人には目もくれず、あたりを見回すアマシアス。

 「!?」

 そしてそのディスプレイ群の向かい側、アマシアスの左手、暗い、空間。青い光がなにかにそって上へと流れていた。見た事のある物。

 「……っ」

 まさに絶句。言葉が出ない。そこへようやく追いついたウルハリオンとユダイム。ユダイムの方は完全にウルハリオンに寄りかかっていた。そしてウルハリオンもそれを見て。

 「なっ、ユグドラシル!?」

 そう。それはユグドラシルの樹と呼ばれているものだった。<ダブル>達がその根より生まれてくるという、聖なる鉄の大樹。もうこの世に一本しかないと思っていた、<ダブル>達の母。先の大戦、スノー戦役の時には各地に存在していたが、終戦時に残っていたのはユダイム達の故郷アークヒルと、敵対関係にあったスヴァルトアールヴヘイムの所有する、二本だけだったはずである。しかもその敵対していた一本を、メガホイールにてここへ来る途中に破壊しているのである。他の存在を見落としていただけなのか、単に知らなかっただけなのか、しかし。

 「小さすぎる」

 そうアークヒルのユグドラシルに比べ、極端に小さい。ではレプリカかなにかだろうか。ウルハリオンもこの場にいる軍人には目もくれず、その樹を見つめていた。そしてもう一つの事に、アマシアスが気づいた。

 「ミーメイヤー!」

 それは暗がりでよく見えなかったが、床と天井をぶち抜いたミニチュアのユグドラシルに対して、埋まるように、影の一部のように。思わず駆け寄る彼が、なにかにぶち当たって倒れこむ。

 ノイズ。分厚いシールドプログラムが張ってある。それに弾かれたのだ。イミテーションなのかレプリカなのか、だが強力なプログラムが仕組まれているようだった。分厚いノイズに、おそらくかなりの消耗だろうアマシアス。しかし。

 ばん!

 一瞬にして覚醒するアマシアス。自分の状態をまったく考慮しない、全力。ここで力を使いすぎれば、脱出時には使い物にならなくなるだろうとウルハリオン、舌打ち。しかし、それは自分の役目であると思い直す。ユダイムかミーメイヤーの最悪どちらか一方だけでも脱出させる。その為にウルハリオンはまだ覚醒しないのだ。ぎりぎりまで。それにいくら能力的な不安があるとはいえ、たかが軍人一人である。どれほどの戦闘スキルを持っていようがまるで問題ではなかった。

 はずだった。

 「ミーメイヤーを放せぇッ!」

 美しい<ダブル>の、正気を失った瞳で、射抜くような視線。そしてプログラム発行。

 そう。その瞬間、なにが起きたのか理解する事は、ウルハリオンにとってとても簡単な事だった。

 「!?」

 簡単であるのだ。頭ではそうだった。しかし感情がそれを理解しようとしなかった。この軍人が倒れるはずだった。でも倒れたのは。

 「アマシアスっ」

 だった。倒れるなんてものじゃない、まさに吹っ飛ばされていた。なぜか。その軍人が、ただの人間であるはずのその軍人が、プログラムを使ったのだ! 深くかぶった帽子からのぞくその目は、赤い。

 「<ダブル>!?」

 ウルハリオンはそう思った。しかし一点だけ<ダブル>と言い切れないのは、そう、プログラムを発行したのはこの基地の局長、そしてその姿は、男のままだったのだ。

 <ダブル>の覚醒条件に一致していない、スクリプトなんかではない、強烈なプログラムの実行。それもカウンター系のプログラムである。それを男性体のままで行えるはずがなかった。そして不可解な現象、男の周りには水蒸気のようなもやがかかっていた。

 「アマシアス!」

 呼びかけに応答しない。ただでさえ弱っているところに、不意をついて、しかも強烈なカウンタープログラム。おそらく、もう。

 動かないアマシアス。既に。

 ウルハリオンはゆっくりとユダイムを床に置いた。きつく口を結ぶ。最悪の状況である。彼は自分自身が覚醒すれば、どんな状況においても、一人だけなら脱出させる自信があった。自分の命と引き換えであれば。しかし、それは脱出において全力を使える事が前提である。今ここで対<ダブル>戦闘を行えば、相当のエネルギーを消費する。脱出は絶望的となるだろう。

 彼は過去において、不遇な状況が長く続いていた。<ダブル>である事を隠して一般人に混じり、ひたすら諜報活動をしていた事もある。他の華々しく活躍する仲間を、外からただ眺めていたのだ。だから、彼は、夢を見ない。希望的な予測もしない。現実を直視していた。

 「……<ダブル>なのか?」

 キルウェルは答えない。ウルハリオンの<ダブル>としての能力はかなり高い。しかし、その彼ですら万全ではない今、あのように強烈な攻撃には対処できないだろう。だから、時間稼ぎ。時間は彼らの貴重なエネルギーを消費する。それでも、今のウルハリオンに他の手は残っていなかった。

 徐々に大きくなる絶望。

 だがなぜだろう。もう一人冷静な彼は謝っていた。ミーメイヤーを助けられない事を。アマシアスを見捨てる事を。そして自分のパートナー、エシュテンメインに、自分が生きて戻れないという事を。

 もう一度だけ、彼を見たかった。一目見て、触れたかった。もう一度だけ、たった、一度。

 地震。

 時間とともに彼は回復する。普通の<ダブル>とは違い、メンテナンスを必要としない彼にのみ、時間は味方する。彼が回復さえしてくれれば、それまで自分が持ちこたえさえすれば、彼は自力で脱出できるだろう。深く、一呼吸。そう。ユダイムにすべてがかかっていた。

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