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一つの世界の終わりに  作者: いちのはじめ
28/33

約束 三

 <歪み>がかつて飲み込んだ巡洋艦クルーザーを吐き出した! それはスベンフォール基地とメガホイールの真上に降ってきたのだ! 爆発と混乱の中、ついに破壊されるメガホイール。そして離れ離れになるユダイムとエルキューヴィ! <ダブル>達は無事にアークヒルへたどり着けるのか!?

 強烈な衝撃。

 トーが壁際まで吹っ飛び、アイシーは身体をぶつけながらメディカルルームので口まで投げ出される。だがそれだけではなかった。

 「!?」

 その場にいた全員が、発狂しそうな程の音圧に襲われる! 耳の中で音が反響してどこにも逃げていかない、耐え難い不快感。それは<歪み>だった。

 不意に身体が持ち上がる感覚に、トーは恐怖を感じた。

 いや、感覚ではない。実際に自分の身体が引っ張られているのだった! その先に、ぽっかりとあいた、穴。

 ごん!

 メディカルルームの壁が飲み込まれた! そこにはユダイムとエルキューヴィの姿。

 「! ウルハリオン」

 ほとんど意識のない状態では逆らう事もできず、ウルハリオンはその穴に飲み込まれる! 捕まえようとしたトーも一緒に。

 「ユダイム!!」

 次に力のないユダイムがその穴に引きずり込まれる。強力な力。

 だが、エルキューヴィ、覚醒!

 アークヒル最高の能力を持つ<ダブル>。そのエルキューヴィが全力で! しかし、その穴はそうした全ての力を飲み込むかのように、恐ろしい勢いでエルキューヴィの力を吸い取っていく!

 「ユダイムっ」

 必死につかむ。

 声は全て穴に飲み込まれ轟音しか聞こえない。自分の声さえ自分に届かない。

 エルキューヴィの身体が浮き始めた。何かがたくさん背中にぶつかる。すごく痛い、すごく怖い。

 (だめ……)

 そう思った時、わずかに、ぬくもり。

 知ってる、このぬくもり。

 しがみつく身体から暖かいもの。こみ上げてくる、あたたかいもの。気がつく。自分を見つめる視線。その瞳の色は。

 「ユダイム」

 穴は容赦なく二人を飲み込もうとしていた。エルキューヴィの身体が完全に浮いて、勢いを増して飲み込まれ始める。だが!

 最高の<ダブル>。

 それが本当に全力を出して、パートナーを守るのだ。不可能はなかった。少なくとも本人はこの時、そう思った。恐怖が消えていた。

 エルキューヴィはパートナーを完全に守った。自ら穴に飛び込み、内側から穴を破壊した。

 物質は安定する事で存在している。この穴も同じ物理の現象なら同じルール。なら、余計な要素を追加すれば穴は崩れる。ただそれが全てを飲み込む穴だから、内側からでないと意味を成さなかった。だから、そうした。

 エルキューヴィはパートナーを完全に守った。穴は消え、後は、静寂。


 「大きいですね」

 かなりの巨木が街の中心にある。育ったというより、最初からそこにあって、後から街を作ったかのような印象すら受ける。樹は大きな広場の中心にあって、そこでは様々な店が活気にあふれて、夕方の賑わいを見せている。だが。

 「いびつだな」

 カフェからパスパタルがそう指摘するのは、樹を囲うように並んでいる、黒い箱。遠目によく分からなかったが、近づいても結局分からない。だが扉のようなものがあって、中から荷物を取り出しているようだ。特に誰もそれを気にしないので、そうしたものなのだろう。

 「今の本ですかね」

 「本?」

 運び出される中身はここからでは見えない。ダッシェルスの方が目がいいのだろう。運び出されるのは、本だけではなかった。果物や材木、その他さまざまなものがたくさんの黒い箱から運び指されているようだった。

 ごくありふれた夕方の街並み。ところどころから夕食の香りとそれの準備で忙しい人々の喧騒。

 でもどこかがおかしい。

 パスパタルはそれをこの黒い箱のせいだと思っていたが、どうやらそうとも言い切れないというか、自分自身でそれの理由がはっきりしない。この街はどこかがおかしい。もう一度観察する。

 物を運ぶ人、買う人、帰る人、どこかへ行く人、働く人。

 「……子供がいない」

 そのつぶやきに、思わず鋭い視線で周囲を見渡すダッシェルス。

 「……」

 本当にいなかった。子供の声も聞こえなかった。子供のいない街。パスパタルの背中に、ぞくりと寒気がはしった。まるで、ここは未来を閉ざされた街のように感じた。

 「少し、気分が悪くなりました」

 いつもは軽口で飄々としているダッシェルスも、事の重要性に気づいて、どうやら薄ら寒いものを感じているようだった。

 間違いなくこの街にはなにか理由があるのだ。

 何故、軍の統括からはぐれているのか。何故、軍との条約を破ってまで、こっそりとアークヒルはこの街を作ったのか。ここは<ダブル>達にとってなんなのか。

 「夜になったらあの箱を調べる」

 それだけを言うと、パスパタルはその場を後にした。ダッシェルスも逃げるように、後を追った。


 鳴り止まないエラーと警告。

 それでも突き進むメガホイール。幾度となく敵や軍の攻撃から耐え抜いたメガホイールも、ついにその一部が無残にも破壊されてしまった。

 後部がめちゃくちゃに破壊され、内部まであらわになり、まるで噛み千切られたマフィンのよう。それでもメガホイールは自己完結型のシステムを持っているので、時間をかければこれ程の損傷ですら直せるように、理論上はできている。

 「エネルギーが足りません」

 アシュタルの警告。

 しかし誰も直そうなどとは思っていなかった。今は一刻も早くこの場所をはなれるべきだから。

 基地の真ん中で爆装した巡洋艦クルーザーがそのまま爆発したのだ。基地だって無事ではすまないだろうが、それは大きな基地の一部の話でしかない。直ぐに追っ手がかかるはず。メガホイールですら破壊されたその爆発によってもたらされたのは、わずかな時間でしかないのだ。

 そしてその時間はすぐに尽きた。

 「軍基地から追撃隊を確認」

 事態はそれだけではなかった。

 ユダイム。

 悲痛な表情で険を含んだ瞳を刺すように、アマシアスへつかみかかったまま。

 いびつにゆがんでしまったブリッジで、ユダイムはこれ異常ないほど焦っていた。恐らく、生まれて初めてというくらい。

 周りの全員が驚く程。

 感情がぶり返す。消えた思いがよみがえり、それは手の届かないところへ行ってしまった。

 「本当なのアイシー?」

 押し倒されそうなのを絶えつつ、しかし、直接ユダイムにはたずねないでアマシアス。

 「本当」

 「だから早く探しに行くんだ!」

 じゃないとエルキューヴィが、と続けたところで声がかすれる。

 恐怖。

 その先を予測してしまいそうな、恐怖。急激なユダイムの変化はトーとともに現れた。そしてそのトーがいなくなったとたん、やはりユダイムに急激な変化がおとずれた。元に戻ったのだ。

 今のユダイムはこの世界のユダイムであり、また、今まで次元を旅してきたもう一人の記憶を持つユダイムだった。そしてその緑の瞳は悲痛な恐怖と悲しみ。

 エルキューヴィとウルハリオン、そしてトーが異空間へ飲み込まれた。しかし、同じように飲み込まれたはずの巡洋艦クルーザーが出現したという事は、少なくとも、飲み込まれる事が即死亡を意味しないはずである。

 それなら一刻も早く見つけ出さないと。手段なんか分からない。分からない事すら分かっていないユダイム。

 「ちょっと……!」

 アマシアスを振り払って、メガホイールの操舵を奪おうとするユダイム。あわててそれを横から押し倒したアマシアス。それにはペスペルハミルも驚いた。それ以上に本人が一番驚いている。

 「もういい、自分だけで行く」

 「駄目、ユダイム!」

 今度はメルカンビアすら驚いた。

 その声の大きさと鋭さ。でもやはり本人が驚いている。それでもそのままの勢いで。

 「駄目だよ、エルキューヴィ達は絶対に生きてる、だからこそアークヒルに戻ってあげなきゃ」

 振り返るその表情には怒りが、言っている意味がわからなかった。

 「アイシー、トーのエネルギーにはメンテナンスと同じ効果があるんだよね」

 まったく同じではないが、敢えて強くうなずいてみせるアイシー。

 そう、<ダブル>には定期的なメンテナンスが必須だった。メガホイールを離れてしまった以上、それはできない。ゆえに、本来であれば生還は絶望的だ。死ぬしかない。例えユダイムがエルキューヴィを探し出したところで、そこはまるで変わらないのだ。

 見つける事に意味はない。壊れたメガホイールを引きずって、どこにいるのかさえも分からないエルキューヴィを、軍と戦いつつ探し出せる可能性もないといっていい。その前に軍に敗れるだろう。

 「ユダイム、エルキューヴィにはトーとウルハリオンがついてる、絶対にアークヒルへ向かうよ。だから、一刻も早く迎える為に、戻らなきゃ、アークヒルへ」

 ペスペルハミルは思わず目を閉じた。

 まったくもってそのとおりだろう。今はどれ程低い可能性であれ、これ以上のものはない。それが最良の選択。

 皆が、納得した。

 ユダイムが苦悩の表情。強く瞳を閉じる。熱い。うなずいた。

 トーの名前が先にでたのは、アマシアスの中にある希望が、そうさせたのだろう。

 そして皆が気がついた。このどうしようもない状況の中で、ここまで冷静な。

 今さらながら、それはキャプテンだった。しなやかで強い、あのミーメイヤーのような、キャプテンだった。誰よりも努力をしてきたからこそ、まじめで、素直で、愛すべき、そして今こそ信頼すべき、<ダブル>達のキャプテンだった。

 もう一度ユダイムはうなずいた。自分の為にも、エルキューヴィの為にも。

 「戦艦二隻、駆逐艦六隻を確認」

 アシュタルの事務的な声が響く。

 「多い」

 思わずつぶやいたメルカンビア。

 そして声が出ていた事に気づいて舌打ち。ペスペルハミルにしてもまだ回復していない状態で、しかも覚醒したまま。とりあえず自分のシートに座りコマンドオペレートする。一種の儀式みたいなものだった。こうやって自分の気持ちを落ち着かせているのだ。いかにペスペルハミルとはいえ、衰弱しきった状態ではいくらかの時間がいる。

 戦闘に使える<モデル>はない。ペスペルハミルのデュシャンはまだもうしばらく時間が必要で、メガホイールの装備はもう残り少ない実弾系のミサイル三発と、ビーム兵器があるだけだった。

 主砲がまだ生きているから、それを最大限生かしたいところだが、軍も馬鹿ではない。まとまれば、その強力なエネルギーの一はらいで消滅すると分かっているから、戦艦同士の距離を離した状態で、こちらに向かっていた。

 「残りの戦力全部か」

 最大の基地とはいえ、スプリットフォールがあれ程の被害を受けたあとだと考えると、そう外れた予想でもないだろう、と。

 疲れからかため息一つ、ペスペルハミルが言った。

 「アイシー、薬を」


 メガホイールの壊れた後部。

 そこに立つと外から丸見えである。流れる風が冷たく感じる。遠ざかるスプリットフォール。加速したのだ。

 壊れたメガホイールに、ずいぶんと派手な追撃戦だとユダイムは思った。

 「……」

 少し、思い返す。トーと密接にいる事で、徐々に自分が変わっていった事。衝撃の中から、自分の、というのか、ユダイムではない、もう一つの自分を思い出した事。そして、異空間がトーを飲み込んだ直後、自分に戻った、ユダイムという、感覚。

 「ごめん、エルキューヴィ」

 そう言葉に出した。

 つらい思いをさせたというには、あまりにも残酷な仕打ちだっただろう。許されるとかそういう事でもない。

 ユダイムの表情は変わらない。言葉も心も思いも、今の二人には意味のないものだと分かっていた。会わなければいけない。それだけ。

 そしてその思いは他の全ての<ダブル>達が共有していたものだった。ただ、ユダイム一人が、それに気づいていなかった。


 「今さらだけど」

 そういって怖い表情のアイシー。

 手渡す薬。

 アマシアス同様、ペスペルハミルもメルカンビアも大戦時には薬を使用した経験がある。これがどれ程危険であるか、今さら説明の必要もない。

 それでも口が出てしまうのは、アイシーの立場だからか。珍しくアイシーの忠告を最後まで聞き終えると、ペスペルハミルはメルカンビアとすばやく打ち合わせを終え、一度自室へ戻っていく。

 「メルカンビア?」

 どうするつもりなのかとアイシー。

 「いいから今はゆっくり休んで、終わったらゆっくり診てもらうから」

 そういわれてアイシーも、素直に自分の持ち場へ戻った。

 実際、自分が今疲れてしまってはそれをあてに戻ってくる皆に申し訳がたたない。それぞれに、それぞれの役目があるのだ。

 その前に確認する事があった。

 「アシュタル」

 メガホイールが振動する。

 移動時の揺れがブリッジまで伝わってきている。それは正常ではないという証拠。あらゆるシステムが壊れ始めているのだ。そして、そのシステムの一部となっているダブル。

 「アシュタ……」

 反応がないのか、もう一度呼びかけた時、そのつぼみは開いた。

 そしてそこにいたのはアシュタル。ただの<ダブル>。美しい、<ダブル>。

 「 」

 いくつかのプログラムを走らせるアイシー。しかし、一切の異常はみつからず、アシュタルもまったく問題ないという美しい笑みを浮かべ。

 「……」

 それで安心したわけではないが、これ以上はアシュタルの邪魔をする事になるし、少なくとも後ろから差し迫った脅威がある状態では、アシュタルの力なしに切り抜ける事は難しい。逡巡、アイシーはブリッジを後にした。

 そしてアシュタル。笑みを消したその表情は、いつものオペレーターの時そのものにみえるが、既に視覚を失いつつあった。

 「……」

 遠い記憶。

 水の中に浸りながら、その音を聞くような、<ダブル>ではありえない記憶。

 <ウルズ>。

 しかし彼女は気づいていた。彼女だけは気づいていた。それは既視感なんかではなく本当の記憶。失われる前の、<ダブル>に、なる、前、の。


 「多いな」

 メルカンビアが、焦りをさすがに隠し切れずつぶやいた。

 戦艦二隻、駆逐艦六隻というは、一度の戦闘でけりがつく量ではない。

 「アマシアス、今の速度でどのくらいもつ?」

 通信を通して、ペスペルハミルがエネルギーの残量をきいてきた。

 逃げ切れるのなら逃げ切りたいところだが、それもメガホイールが完全な状態であればこそである。確認するまでもなく、最も効率のいい速度でもっとも無駄なく、今、メガホイールは移動しているはずである。アマシアスが操舵している限りにおいて。しかしその条件においてでさえ。

 「五時間」

 これが限界だった。

 その後は速度を落とすか停止するかの選択しかなく、そのどちらも軍との戦闘を行う事を意味する。今ならまだ主砲が使えるが、その一回の使用で、ほとんどのエネルギーを使い尽くす事になり、しかも軍は広がって移動している為、一度の攻撃で消滅させる事ができない。だとすればもう答えは一つしかない。

 「敵、戦艦一隻停止、エネルギー充填確認」

 「データ!」

 アシュタルの言葉にすばやく反応してデータを求めるメルカンビア。シールドを展開。

 しかし全体を守る必要はないし、守ってもいられない。恐らくエネルギーは効率的に使っていかなければ直ぐに枯渇する。

 その間わずか六秒足らず。メガホイールの後部にビームが直撃して、しかし霧散した。その霧散したエネルギーの目の前に、ユダイムは立っていた。覚醒状態。

 (少し装甲が溶けた)

 局部シールドで攻撃を防いだが、その様子を見て、軍が、手堅い方法でこちらを仕留めにかかっているのだと、理解するユダイム。

 「損害軽微、ミサイル確認」

 立て続けに軍からの攻撃。

 すばやく対処してメルカンビアがプログラムジャミングをかけて、ミサイルの軌道を乱れさせた。しかし数が多い。

 「一弾、直撃あり」

 結果をすばやく確認したアシュタルが警告。思わず舌打ちをするメルカンビア。普段なら数が多いとしても問題ないが、既に全力を一度出し切った後である。珍しく、ミス。

 {シールド待って}

 ユダイムから。

 実弾にシールドを使う場合、ビーム系に対する防御より多くのエネルギーが必要になる。今のメガホイールに無駄の余裕はない。そして今この場にいる<ダブル>で、唯一完全な状態の、ユダイム。

 {アシュタル、データ}

 マッハで飛んでくる数多くのミサイルのうち、どれが直撃でどんなプログラムが有効なのか、勿論ユダイムだけではこの時間で判断しきれない。アシュタルの処理が必要なのだ。そしてそのミサイルがそのままメガホイールに直撃してしまった。嫌な振動がブリッジまで伝わる。しかし。

 「爆発しない」

 背筋に冷たいものが伝わる感覚から、あっけにとられてアマシアス。

 「信管だけを壊したのか」

 そう言ってユダイムの横に立った。より軽い肌のあらわになった服装、しかし戦闘態勢のペスペルハミル。

 覚醒して並び立つ二人の<ダブル>。

 「私と肩を並べるのは、嫌だったんじゃないの?」

 「足引っ張られるのが嫌なんだよ」

 このままではメガホイールは、いずれ軍にやられてしまうだろう。

 その物量に物をいわせて、ただ闇雲に攻めるだけでもいい。被害はでるだろうが、結局のところ勝利とは、残る事である。途中の工程はどうでもいいのだ。だからこそ軍は強い。

 「いいの?」

 「防御はメルカンビア、サポートにアシュタル、攻撃は俺と、不満か?」

 現状を考えれば、これ以上望むべくもない状態。

 不満を聞いたわけじゃないが、ユダイムはもう無駄口をたたかなかった。ペスペルハミルは思ったより元気がある。それは、薬のせい。一度だけ強く目を閉じ、再び開ける。これだけ連続して覚醒し続ければ、いかにベスペルハミルとはいえ。

 「アマシアス、作戦レポートを開け、さっき転送した」

 軍の数は多い。しかし、いくら数が多いとしても、<ダブル>達がもっとも得意とするのは接近戦である。

 だとすればいかに近づくか。部屋に戻って着替えるのとわずかな時間で、ペスペルハミルはそれをまとめておいたのだ。ユダイムにも意見をもらったが。

 それは稚拙だったし、軍からすれば作戦と呼べるものですらないが、どうでもいい事だった。近づいて戦い、生き残る。それが全て。

 更に駆逐艦、戦艦と立て続けに攻撃の雨。

 シールドとジャミング、そして大きく動かす事で、メガホイールのエネルギーが見る見るうちに減っていく。

 何発もの攻撃が直撃し、そのたびに被害が大きくなり動きまで鈍ってきている。そこへ軍からの一斉集中攻撃。足の鈍くなったメガホイールへ向けて、一点集中して全攻撃を繰り出してきた。シールドが飽和し霧散、そこへミサイルの直撃。爆発。

 轟音。

 ありとあらゆる視界がその衝撃でゆれる。しかし。

 「甘いぜ」

 口元をゆがめてベスペルハミル。

 爆発が起きた場所からわずかに外れた煙の向こう側、突如メガホイールが戦艦めがけて突撃! 至近距離!

 不意を疲れて、軍側は散発的な機銃の正射のみ。メガホイールがその巨体に似合わず、すばやく戦艦の斜め後ろに回ると、そのまま押しながら進み始めた。

 取り付いたのだ。

 これなら周囲から攻撃を受ける事がない。まさに不意をついた行動。

 「さすがアマシアス」

 あまりにも見事で思わずユダイム。

 メガホイールはわずかなエネルギーを使って蜃気楼を作り出していたのだ。勿論、このメガホイールの面積をそのまま作り出すには、大量のエネルギーが必要だが、空間上に大きな温度差があればその限りではない。自然と蜃気楼は作り出される。そしてその熱は軍の攻撃によってもたらされたのだ。それゆれ、実際にメガホイールはダメージを受けてはいたが。

 「何だよ、もういるじゃねえか」

 悪態をつくペスペルハミル。

 既に戦艦の上にはわらわらと兵士が、そして<スクリプター>。確かにこの状況では悪態もつきたくなる。

 ユダイムは深呼吸。元の記憶と取り戻した記憶。

 今はユダイムとして、<ダブル>として戦い、今を生き残る!


 笑顔。

 これ以上ないくらい素直で喜びに満ちた、笑顔。エルキューヴィの笑顔。その視線の先にはユダイム。二人ともすごくうれしそう。でも、何故か胸が締め付けられるような、それに、二人を見るこの視線もエルキューヴィだった。

 いけない。

 そう思って手を伸ばす。

 どこへ? 分からない。でも何かしなくちゃ、何か。

 そう思いつめてもがいて焦って、呼吸がどんどんできなくなっていく。そして息が、完全に止まる。

 「!」

 エルキューヴィは目を覚ました。

 そして少しむせた。本当に呼吸が止まっていたのか、胸が苦しい。何か悪い夢を見ていた気がするが、その内容は忘れてしまった。

 「目が覚めましたか」

 ゆっくりとした落ち着いた、少し、低めの声。その声の正体に直ぐに気づかなかった。そして初めて見る景色。灰色で埃っぽい。

 「う」

 すごく寒い。古いベッドの上、おもわず乱れたシーツを手繰り寄せる。こんなに寒いのは初めてだった。

 「ここは?」

 徐々に記憶がよみがえってきた。エルキューヴィは落ち着いたわけではないが、ぼんやりとノイズの入ったままの頭で思わず声を出した。質問なんてしたかったわけじゃない。相手は、トー。

 「極地観測点だよ」

 答えたのはウルハリオンだった。どこかへ行っていたのか、この部屋に入りながら。

 <ダブル>には似合わない、もこもことした服を着込んでいる。吐く息が白く、その後ろの景色も白い。

 ここは北の行き止まり。

 ガラスの箱に囲まれた、北の限界地だった。

 かつて四方にこうした観測所が作られ、このガラスの向こう側へ抜け出そうという試みが、何度となく行われていたが、結局、どんな方法でも、壊したり通り抜けたりする事ができず、いずれ廃れてしまった場所のひとつだった。

 エルキューヴィ達がいる部屋が唯一、天井がまともに残っていて風雨をしのげる場所で、他はどこもひどい有様だった。もう一世紀近く放置されているのだから。二人が着ている服もここの備品の一つで、薄汚れてはいるが、まだ使えるものだった。

 「ユダイム、は……」

 声に出しながら、その言葉の意味の重要性に気づくエルキューヴィ。

 「」

 しかし、反動で吸い込んだ息が冷たくて、肺の中が冷えるという感覚に驚いてしまった。痛い。

 「彼なら無事です」

 まるで見えているかのように答えるトー。

 実際に分るわけではないが、この世界において、彼が死なないと知っているから。

 思わず顔を背けるエルキューヴィ。

 自分じゃない誰かと、ユダイムは繋がっている。自分には分からないユダイムの事が、彼女には分かる。

 沈黙。

 ウルハリオンはエルキューヴィ用に服を探しに行った。

 「あ」

 ふらふらと立ち上がるエルキューヴィ。

 それに驚いて止めるべきか迷うトー。そのままの格好、普段着のまま外へ行ってしまう。

 直ぐに追いかけるトーだが、エシュテンメインに作ってもらった足のサポーターは、壊れていたので直ぐに追いかけられなかった。

 外は真っ白だった。あたりは一面雪に覆われて、そしてその正面にはガラス。それが白をめいいっぱい反射して輝いて、目もくらみそうな程、辺りは白かった。

 ユダイムは、一度エルキューヴィを忘れた。そしてエルキューヴィが一番ではなくなった。その後ユダイムは別の人になってしまった。何かを話していたが、ユダイムの言葉じゃないので、エルキューヴィにはどうでもよかった。そして、あの時。

 「手を」

 伸ばしたのだ。暖かいぬくもりを感じた。緑色の瞳。

 「エルキューヴィ!」

 その場に倒れこんだ。後ろからウルハリオンの足音。

 もうどうでもよかった。最後にユダイムを見れた。それで満足する事にした。だって、もう一度、ユダイムがユダイムでなくなった時、その時、もう耐えられないから。もう二度と、あんなつらい思いなんてしたくなかったから。だから、今が一番いい状態だから。もうこのまま。

 やや乱暴に起こされるエルキューヴィ。でも身体には一切の力が入らなかった。雪の冷たさが、徐々に分らなくなる。

 「エルキューヴィっ」

 服を毛布代わりに、エルキューヴィを丸め込むウルハリオン。そして相手の表情を見て思わずのけぞった。

 「もう、いいよ……」

 脆弱なエルキューヴィの精神は、既に焼ききれる寸前だった。

 ユダイムが無事なら、もういい。

 それは本心だった。ウルハリオンは絶句した。今のウルハリオンにはエルキューヴィの気持ちが痛い程分かる。

 だが、何と言えばいい? ユダイムはまだ生きているから、とでも言えばいいのか。

 違う。

 そんな事ではない。気持ちが分かるからこそ、ウルハリオンは何もいえなかった。

 「いいわけないでしょう!」

 悲鳴。

 ゆっくりと、でもそれは叫びだった。脱力したはずの瞳が、トーを捉える。無表情のまま。

 「いいわけないじゃない、あなたの事、どれ程大切に思っているのか。あなたに会いたくて会いたくて今必死になってるのに……」

 凍えるほど冷たい風が吹く。声が震える。

 「会いたいに決まってるでしょう」

 本当にそうだろうか。だって、その人は変わってしまった。いや、また変わるかもしれない。もうそれに耐える事なんて。

 「お願い……、彼に会って、彼を助けて……、彼を求めて、生きてあげて……」

 白い世界。

 エルキューヴィの視界から、全てがなくなった。

 目を開けたままなのに、何も見えなくなる。初めてだった。パートナーを得て初めて感じた事だった。勿論、パートナーなら守りあい助け合うのが当たり前だし、そうしてきた。

 でも。

 「だって」

 エルキューヴィの声が震える。ユダイムはいつだって一人で強く生きてきた。長い間パートナーをもたなかった時さえあった。精神的に強いからこそ、あの基地からだって脱出できた。

 「強い人なんていないの」

 これは、トーの本心。

 そして何度となく繰り返してきた事だからこそ、分る事。大切な人という、意味。

 「ユダイムは、僕を、必要としている?」

 あふれる。

 その思いに、トーはうなずいた。

 ウルハリオンはそっとエルキューヴィを抱きしめた。そして、理解した。自分が生き残ってしまっている、理由。大切な人を傷つけてしまった、その罪。

 (二人をユダイムに逢わせる)

 それまでは楽になってはいけなかった。これは自分に許された唯一の。

 それでいいよね、エシュテンメイン。

 誰にも聞こえない、小さな声で、つぶやいた。

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