望郷 一
遂に軍の基地から脱出した<ダブル>達。しかしその代償は大きかった。そして脱出してなお、軍によって失わされたメガホイールのエネルギーの枯渇、戦闘で半壊した<モデル>、そして失意のアマシアス。キャプテンを失ったメガホイールは無事、故郷へ帰れるのか?
この世界が徐々に解き明かされる第二章の開幕!
薄く雲を張った白い空。どこか不自然な。そしてかつては海の底だった巨大な岩々が連なる荒涼とした大地。湿った風はぬるくゆったりと流れて、所々に吹き溜まりを作っていた。
「あ、動いた」
<ダブル>達の生まれ故郷、アークヒルの技術を結集して作られた巨大な移動要塞メガホイール。完全自己完結なシステムを持っていたがエネルギーが十分にあってこその話で、それを一ヶ月も放置させられた所為で、細かなシステムがいくつか駄目になっていた。それでもただ一人残った<ダブル>、アシュタルが守っていたおかげで、基幹となるシステムは無傷だったのが救いだった。後はどうにか壊れた部分を元に戻そうと、茶色がかった短いくせのある金髪で眼鏡をかけたエシュテンメインと、腰まである長い黒髪を一本に束ねた、美しいターコイズブルーの瞳のウルハリオンとで、メガホイールのメカニック担当として奮闘しているところだった。
「ふう」
ここは懐かしい匂いがする。故郷であるアークヒルと同じ匂い。
今回、どうにか生き残る事ができた。エシュテンメインとウルハリオンはパートナーであるお互いを失う事なく、無事にメガホイールへたどり着く事ができたのだ。運がよかった。あれほどの目にあったのだから、死んでいてもおかしくはなかった。事実、一人足りないのだから。
「駄目だ、余裕がない」
エシュテンメインがチェックの途中で。
そしてペスペルハミルの<モデル>、デュシャンを見上げる。両手片足を失って、その周囲が変色してしまっていた。枯れているのだ。美しい<モデル>が、その痛々しい姿にエシュテンメインは悔しくなる。せめてメガホイールに余剰のエネルギーがあれば、それを使う事で早急にデュシャンを回復させる事ができるし、そのための設備だって揃っているのだが。
対してメルカンビアのホードラー。あの強力な<祈り>にすべてのエネルギーを使い果たし、現在も蕾のように折りたたまれたまま。しかしデュシャンとは違い、物理的なダメージはないのでエネルギーの補給さえできれば直ぐに活動可能だった。その奥には他の仲間達の<モデル>が横に、一列ではなく、花屋のように飾られ続いて並んでいる。その突き当たり、エシュテンメインの視線が止まる。
「クリムト」
それはミーメイヤーの<モデル>だった。主を永久に失った、もう二度と戦う事のない<モデル>。
一人残されたアマシアスにはミーメイヤーの匂いがかすかに残る、大切な形見でもある。やがて眼鏡の位置を直してエシュテンメインは視線をそらす。なにか考えを消すように手を一振り、チェック作業に戻る。と。
「ウルハリオン?」
「え?」
視点の定まらない彼に気づいて声をかけた。皆の主治医でもあるアイシーに二人は既にチェックをしてもらい、多少の疲労は残るにしても、もう活動自体には問題ない状態だと診断された。しかし、精神的なダメージは肉体のそれより強く残る。<ダブル>であればなおさらだ。
エシュテンメインは他の<ダブル>と違い、能力を高めるために手術を行っている。元は戦争で重傷を負ったためだったが、彼はその際に、違法であると承知で<ダブル>の処理能力を高めるアクセラレーション手術を行っていた。これにより通常の<ダブル>より高い処理能力をもつ事ができたが、脳への負担も大きく、おそらく、このメンバーの中でもっとも寿命は短いだろうと予想されていた。
彼が普段かけている眼鏡は、日常の情報を補佐して負担を軽くするためのもので、これ自体に簡単な処理能力がある為、総じて<ダブル>としての能力は高い。エシュテンメインはこの能力故、無意識のうちに年上のウルハリオンに対して、保護者的な態度をとる事があった。
「疲れてるなら休みなよ、僕がやっとくから」
「ああ、ううん。疲れてるわけじゃないんだ、大丈夫ありがとう」
慌ててウルハリオンが。しかし本当に疲れているわけではなかった。今、なにか一瞬、青い、なにかが見えたような気がしたのだ。それが一面の美しい青空だとは、まだ気づいていない。
「やっぱり気になるね」
片側によせた長い金髪に黒い瞳、メルカンビア。メガホイールのメインブリッジで。
そこから後方の外を見ると脱出したスベンフォール基地の断崖が、まだ目視できる距離にある事が分かる。ひとまず脱出には成功したが、それはまさにそこを出ただけの事で助かったといえる状況ではなかった。メルカンビアはペスペルハミルを見た。
つやのある短いが美しい銀髪にメルカンビアよりも濃い黒い瞳。態度も悪く、コンソールに足を投げ出して仏頂面。
今彼はひどく不機嫌だった。<ダブル>は一つの共同体として機能した時、その結束力は強くなる。仲間意識が強いという性質をもつのだ。誰か一人が辛い時は、皆が辛い。それなのにそれを理解しない奴がいる事に腹を立てていたのだった。
メルカンビアは自分のパートナーが暫くはこのままだと分かってたので、話し掛けるのをあきらめて、これまでメガホイールが溜めた記録を確認する事にした。別にそんな事を進んでしたかったわけではないが、他にする事もない。エネルギーの切れかかったメガホイールでは満足な戦闘準備も行えないだろう。そうなればペスペルハミルとともに戦闘班である彼には出番がない。そのうえパートナーの<モデル>は壊れてしまっていて、ツーマンセルの原則からも外れてしまっている。こんな八方塞の状態では考えるだけ無駄と、とりあえずなにかしようとしているだけだった。いや。
(……落ち着かないのは)
自分の気持ちは正確に理解していた。きっと気を紛らわしたいだけなのだ。隣を見る。パートナーがいる。そんなあたりまえ。しかし、この一ヶ月間、そのあたりまえがもう一生こないのではないかと恐れていた。そして、それが現実になってしまった者も。
「アシュタル、基地に拘束されていた時の地震の記録は?」
ブリッジになぜか巨大な花の蕾。ユグドラシルの樹が機械の大樹なら、これはまるで機械の花だった。それが色鮮やかにブリッジの中で一輪あり、メルカンビアの呼びかけに答えて大きく蕾を開いた。そして。
「不定期、震源地不明、地殻変動、火山活動に起因しない<歪み>が原因と思われるものが、五百回を超えて発生しています」
その言葉とともに開いた蕾から出てきたのは今にも消えてしまいそうな繊細な、細く白い少女だった。しかしそれは美しさよりも病的なもろさを感じさせるもので、実際、普通に生きる事すらできなくなった<ダブル>、足先まである長く細い金髪に、赤い瞳、アシュタルだった。
彼女は唯一覚醒状態を続けられる<ダブル>で、いや、覚醒状態でしか生きられない<ダブル>だった。それをあらわす赤い瞳。故郷であるアークヒルを離れてからの戦闘でパートナーを失い、自身も重傷を負った。しかし彼女はそれでも生きる道を選んだ。選んでくれたのだ。皆のために。しかし生き残るにしてもその怪我はひどく、とてもではないが助かる見込みは薄かった。だがその時アイシーは一つの決断を下した。エシュテンメイン、ウルハリオンの協力を得て、メガホイールにその生命活動を直結させたのだ。これによって彼女は行動の自由を失ったが、命を得る事ができたのだった。
「ふうっ、結局<歪み>については分からずじまいか」
あきらめたように上をあおいで頭を抱えるメルカンビア。
その視界の端にうずくまる影。キャプテンシートへすがりつくように、アマシアス。ややくせの強いベリーショートは青みがかった灰色で、その青い瞳はきつく閉じられたまま。
風までも青く染まるほどの空の下。草原の丘。初めて見る景色。けれど、どこかなつかしいようなくすぐったい感情。ふわりと浮かぶような風に青草の香りが濃く。そして丘の上に一人立っている、女性。長い髪がいくつかの束となって風にゆれている。暖かさ。嬉しさ。それと、涙。誰の涙だろうか。女性のすぐ後ろに気が付くと立っている。髪の匂いが分かるほど近くに。そして押さえ切れない衝動。ようやく迎える事のできた、この時、この瞬間。女性にゆっくりと手をのばす。その腕は、指は確かに。
触れる。
「!」
急激な呼吸。今ようやく水面に上がったかのような、反射的に吸い込んだ空気に肺が痛む。そして一瞬の忘我と、遅れてくる右手の感触からぬくもり。
今ユダイムは確かにあの夢を見ていた。青い空の下だったような。そして誰かがいたような気がする。あの場所は。
「ユダイム!」
「くおっ」
つかんでいた右手の先の主が、感極まってユダイムにタックルをかけた勢いで、今思い出しかけたなにかを忘れてしまった。しかしあきらめて、その相手をそっと抱きしめて匂いをかぐと陽だまりの午後を思わせて、ユダイムは心地よくなる。
「エルキューヴィ」
顔を上げた相手は涙ぐんでいた。一日ないし半日以上寝ていたのだろう。心配をかけたようだった。ベッドの上で上半身を起こして、ここがメガホイールのメディカルルームである事にようやく気づくユダイム。遅くなった、とエルキューヴィにもう一度両手を広げて出迎えると、暫く彼はそのまま動かなくなった。
「心身に異常なし。相変わらずあなたにはおどろくわ」
そう言って首から小さなハーモニカを下げて、あきれた表情でアイシーが言う。
メガホイールにいる<ダブル>全員のメンテナンスが彼の、今は覚醒しているので彼女の、役目である。とはいっても彼女自身がメンテナンスを必要としないわけではない。一度に全員を診たためだろう、その表情は疲れていた。だが。
「?」
疲れ以外をその赤い目に気づくユダイム。
「エルキューヴィ、久しぶりに料理が食べたい」
そういわれると、満面の笑みで力強くうなずくとものすごい勢いで部屋を出ていった。途中大きな音がする。それに少し困ったような心配したような表情になるが、つい笑ってしまうユダイム。彼が無事でよかったと安堵の笑み。口に出しても言った。黒いベリーショートと緑色の瞳で。
「あいつが無事でよかった」
「彼ではなくあなたの方に問題があるわね」
ユダイムの表情から優しさが消える。きっとエルキューヴィがいる場所では言えないような内容なのだろう。ちょっとした事でもユダイムの事となると直ぐに大騒ぎになる彼の事だ。へたな心配ならかけたくない。大切ならば、大切だからこそ。
「具体的には?」
突然目の前に光でできたグラフが現れる。アイシーによるプログラムだ。内容はユダイムのカルテだろう。どうやら比較図のように複数種類の線が引かれている。
時間の経過とともにゆっくり落ちていくのが通常の<ダブル>という説明に、どうやらこれは<ダブル>の時間経過による消耗度合いを示したものらしい。しかしその通常に逆らって、時間とともに上へのびるグラフがある。二種類。一本はユダイムだろう。ゆるやかに回復するライン。しかしもう一本。これはある時点から急激に回復している。
「この異常なラインが、今のあなたよ。薬を使っていないのにね」
「俺……」
薬を使わない限り物理的にありえない回復。強力だが危険な薬。確かに、既に異常な長寿命と時間による回復自体、普通の<ダブル>にはありえない事だが理論上、とまでではないのだ。
時間をかけていいのなら変換して取得できるエネルギーは周囲にいくらでもある。ユダイムはそれをメンテナンスなしでそれをこなせる<ダブル>なのだ。
しかしもう一本のライン、これほどまでに急激な、殆ど垂直な回復は、そのエネルギーをどこから得ているのかという点と効率という点において、一切説明ができないものだった。それに。
「これほどまでに急激なエネルギーの取得は、それだけ身体に大きな負荷をかけているという事なの。医者としてまた戦友として言うわ、今後一切プログラムは使わない事」
「そりゃ無理だよ、先生」
ユダイムが年下であるアイシーを先生と呼ぶ事は普段ない。その半分、人の忠告を茶化したような物言いに顔をしかめるが、言った側もこの忠告が無茶であると承知していた。
薄い雲に覆われた白い空。かつて海の底だったこの一帯は深く切れ込んだ渓谷があちらこちらに走って、一度でもそこへ落ちてしまえば、メガホイールとて無事ではすまないだろう。今は動くのさえやっとの状態、いくつかの設備を犠牲にしてでも動力へエネルギーを回さなければならない現状では、皮肉にもその危険性は低い。
完全自己完結型の移動要塞であるメガホイールも<ダブル>が用いる以上、食料は重大な要素である。それも人間より高エネルギーを必要とする<ダブル>ならその量も質も大事だが、この一ヶ月における状況で、食料プラントの大部分が枯れてしまっていた。ユダイムが趣味と実益を兼ねて、丁寧に育てつづけたありとあらゆるものが腐り落ちていたのだ。残っていたのは観賞用の植物が少しと、木の実をつける少しの植物だけ。
せっかくユダイムに請われて料理の腕をと思ったエルキューヴィも、これではどうしようもなく、用意できたのは木の実のスープだけだった。それがみんなの目の前に置かれて、湯気をたてている。
「アイシーは?」
ウルハリオンがスープを飲んで落ち着くとようやく口を開いた。それでもなお重苦しい空気。みんなのメンテナンスで疲れきったアイシーを除く全員が、今ブリッジに上がっていた。
「今ようやく休んだところだよ」
最後にメディカルルームを出たユダイムが答える。その時のやり取りは誰にも伝えていなかったが。
その横にはエルキューヴィが座っていて、全員が輪になるよう連なって座る場所。元々の設備ではないがアシュタルの蕾に近いのとスペースが余っていたという理由から、会議用にエシュテンメインとウルハリオンがここにコンソールを用意してそれらしく仕上げた、ブリッジのミーティングスペース。しかし、今ではいくつかの席が空いてしまっていた。
「アシュタル、この一ヶ月間、アークヒルからの連絡は?」
既に個人的に確認していて答えは分かっていたがエシュテンメインが。
「ありません」
続けて、他の信号はスベンフォール基地によるノイズの妨害によって、一切不通となってしまった事を告げた。ノイズの中でもメガホイールであれば通信は可能だが、その分莫大なエネルギーを必要とする。アシュタルは万が一に備えて、それら情報をすべて破棄してエネルギーの温存に専念していた。そしてその決断は正しかった。枯渇しかけているとはいえ、動けるだけましなのだから。
「全員戻る事に異存はないね? どうするの?」
そんな事はどうでもいいとばかり、メルカンビアが痺れを切らして口にする。最初のは確認。最後のは決断をうながしていた。
「キャプテンは」
そう。メガホイールには優秀な<ダブル>達が集まっていた。先の大戦、スノー戦役で活躍し生き残ってきた優秀な<ダブル>達だ。そしてキャプテンだったミーメイヤーは常にエース、指揮官として活躍していた。確かにスランプにおちいった事もあったが、それでも彼の能力に誰一人として疑いを持たなかった。
「確かにミーメイヤーはそう言ったよ、俺も聞いた」
ため息交じりだったか、今なにかを言いかけたユダイムの言葉をさえぎってペスペルハミル。眉間に皺が寄ったまま。苛々しているのは大の甘党であるにもかかわらずそうした飲み物がない事もあるが、その視線の先、先ほどから一切動く気配もないアマシアスの態度にあった。それが分かっていたから今度はユダイムが。
「キャプテンの指示は絶対だ、あの時そう誓いあった、答えはでてる」
<ダブル>同士は仲間意識が強い。しかしそれゆえしっかりとした指示系統が必要であり、メガホイールという高性能な要塞をフルに活用するのであれば、個々の作業者、更には力関係も明確にしておく必要がある。その事に全員が理解していたからこそ、アークヒル出発の時に、キャプテンが全責任を追うというルールの元、全員が一致団結する事を決めたのだ。
そしてそのキャプテンが次のキャプテンに指名したのが、アマシアスだったというだけの話なのだ。本来であればそれで済んでいた。
「無理だよ……」
ぼそりと。その声には自虐の抑揚が含まれて、ただでさえ重苦しいこの場に、不快な金属音のように響く。
「ユダイムだって知ってるでしょう僕の能力くらい」
たまりかねたペスペルハミル。しかしそれに気づいて肩をつかんでおさえるメルカンビア。だが止まらず。
「おいアマシアスお前」
「皆に分かるもんか!」
絶叫。ペスペルハミルがおどろいて言葉が止まるほど。
「ずっと祈ってたミーメイヤーの事、一ヶ月もずっと辛かったでもミーメイヤーさえ無事でいてくれればよかった、僕はっ」
そうしてようやくあげた顔、その目はなぜか憎しみ。エルキューヴィを除く全員がその目を知っていた。その感情の理由も。
怖くなってエルキューヴィだけがのけぞった。分からなかったから。経験しなければ、いくら口で説明しても分からないものがある。
「誰にも、分かるもんかっ!」
暴れた勢いでスープがコップごと飛び散る。駆け出し空けたままのハッチを飛び出していった。空中に浮いたままのコップ。ウルハリオンが止めていた。それを丁寧に元に戻す。沈黙。
「……ねえ、ユダイム」
なんだかしゃべっちゃいけないような気がして、小さな声でぼそぼそとしゃべるエルキューヴィ。これだけ皆が近くにいるのだからまったく意味はないのだが、本人は気づいていない。
彼にはなぜ、自分達が憎しみの目で見られるのか、その理由が分からないでいた。
気づくはずないのだ。しかし、経験すれば彼もまた、その時、同じ目で仲間を見るのだろう。
スノー戦役とは<ダブル>の勢力を二つに分けて争う総力戦で、結果としてその一勢力は滅んだ。それほどまでに激しい戦いだったのだ。アマシアスのようにならなかった者は、一人もいないのだ。戦役の後に生まれたエルキューヴィをのぞいて。全員が一度以上の、経験をしていた。
「お前にはまだ早いよ」
そう言って、ユダイムは頭をなでる。
アマシアスの<ダブル>としての能力は決して高くなく、かといって取り立てて他に能力があるわけでもない。
かつて<ダブル>がその勢力を二分して死力を尽くした、スノー戦役。短命である<ダブル>達にとって、それは耐えられないほど長期化したものとなり、両陣営では新しく<ダブル>の量産に迫られた。そこで導入されたのが従来のフルカスタマイズ方式ではなく、画一化したオートメーションによる大量生産化だった。
そしてその第一陣として生まれた中に、アマシアスはいたのだ。まったく同じ世代の外見と同じ能力で統一化された形として。
そして同じ<ダブル>として生まれながら、しかしその能力は低く、戦役中にその八割以上が戦死するという惨憺たる結果となった。パートナーとなった他の期生からは愛情を注がれつつも弱点となり、無駄に戦死するという悲劇も大量に生産した。
そうしたアークヒルの中で、アマシアスはパートナーすら見つからず、一人砦の中で目前に迫りつつあった敵陣の勢力をただ眺めているだけだった。
そうした中で自分の無力を悔しく感じていたアマシアスは、絶対に禁止されている危険な行為、ネットへの接続を実行した。これによって足りない能力を知識で補おうというのだ。成功すれば有益な行為だが、ネットにはあまりにも天文学的大量のウィルスが存在しているのだ。それゆえ禁止され、違法でもあったが大方の予想を裏切って、アマシアスはその危険な場所から無事に生還してみせた。
そのころエースとして活躍していたミーメイヤーは、率いていた部隊を自分のミスからパートナーもろとも全滅させてしまいアークヒルへ帰還し、廃人のようになっていた。その時、二人は出会い、パートナーとなったのだ。大切な、二人同士。
少し重苦しい空気を換えようと、しかし、これもまた重要な内容をウルハリオンが報告する。それはスベンフォールの司令官についてだった。
「ユダイムはどう思う?」
結論の前に聞いてみる。慎重なウルハリオンらしいやり方。あの時、ほとんど気絶した状態だったユダイムだったが、確実に目の前の敵に対して攻撃した。それがはじかれたのだ。実際に目にしていないが、ウルハリオンの報告どおり倒れていないのなら、そして赤い目をしていたなら、<ダブル>だと思うし、そういった。
だとすると、ユダイムより長生きしている<ダブル>が存在するという事だ。少なくとも十分な年を取って見えた。だがそんな話は誰も聞いた事がないし、なぜ軍にいるのかも分らない。ユダイムのあのプログラムをはじくのだからかなりの能力を持っているが、メガホイールのデータベースにもそんな情報はないのだ。結局考えるだけ無駄だった。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「え? さっきのじゃないの?」
エシュテンメインの呼びかけに素直に反応するエルキューヴィ。確かにキャプテンの問題も重要だがそれは既に答えが決まっている事だ。それよりも差し迫った問題が起きていた。
「エネルギーの絶対量が足りない」
メガホイールは、周囲のありとあらゆるものをエネルギーに変換できるシステムを備えている。しかし、あたりまえではあるが、出だしに、エネルギーを変換するための動力を動かすエネルギーが必要なのだ。今はそれがない。
無動力で得られるエネルギーには熱と光、それに空気があるが、これは変換効率が低い。しかも、<歪み>の発生が大きくなってからは天候も悪化する一方で、雲ひとつない空なんて、それこそこの一年間誰も見ていなかった。
しかし、それでも手段はあった。それは過去に一度使っている方法だった。
エシュテンメインの言葉に、アシュタルがわずかに反応する。ほんのわずかな沈黙。それに全員が気づいた。エルキューヴィ以外。
「<モデル>」
ペスペルハミルが答えを。
「そうね、ミーメイヤーならそうするね」
続けてメルカンビア。契約者を失った<モデル>は基本的に他の<ダブル>が乗る事はできない。そして<モデル>はツーマンセル、二体で一組だ。その一体が動かないなら、自動的にもう一体も。そう、すでに動く事のない<モデル>なら少しでも役に立つ方がいい。ここに生き残った、全員がアークヒルへ戻る為に。
だからその<モデル>をメガホイールに接続して、エネルギー変換装置として使う事が、もっとも有益な方法だった。そうなればその<モデル>は二度と飛び立つ事はなくなるだろう。<モデル>とは<ダブル>達にとってパートナーの次に大切な、自分の欠けらでもあった。
「ミーメイヤーなら、ね」
そう言ったエシュテンメインの目に、まだスベンフォールの基地が見えていた。




