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第83話 チール③


「あ、あの…ティターニャ?」

「…」

「も、もしもーし?」


あれからしばらく真琴が手を引かれる格好で歩いているとやがて大通りの外れの教会が建っている場所までやって来た。ここはさっきよりも人通りが少ない。


「旦那様は…いつまで我慢するのですか?」

「…どういう事かな?」

「私が気付かないとでも思っているのですか?」

「ティターニャが何を言っているのか分からないな」

「今も使っている身体強化は本当に身体強化なんですか!?」

「…」

「っっ!もうっ!」

「え?ちょっ!?」


ティターニャの問いにあくまで分からないと言う真琴。やがて痺れを切らしたティターニャは真琴を再び引っ張って教会に入って行く。


「あ、あのさすがに僕達がここは」

「安心してください。ここはあの<・・>教会とは全く関係がありません。チール独自の教会で孤児の保護などを行う施設だそうです」

「へー」


新しい事実に関心しているとそのまま裏庭まで連れて行かれた。そこは四方を壁に囲まれており周りの喧騒もほとんど聞こえない静かな場所だった。木がいくつか生えており小さい池もある美しい所だ。


「あの…」

「来たか。意外と早かったな」

「…ミラ、さん?」


木陰から聞こえた声にハッとして振り返ると領主館で別れたはずのミラが姿を見せた。何気に前後をティターニャとミラに挟まれる形になる。


「マコト…少し休んだらどうだ?」

「な、にを?」

「安心しろ、ここには私と王女様とお前しか居ない」

「だから!何なんですかさっきから!」


唐突な問いかけに真琴が若干イラついたように怒鳴る。


「旦那様、もういいんですよ?」

「ティターニャもなんなんだ!?さっきからずっと!」

「マコト、息抜きは必要だぞ?」

「うるさい!」


まるで癇癪を起こした子供のように叫ぶ。そんな様子にミラはため息をつくと真琴に近付く。


「これは重症だな。まるで手負いの獣だ」

「な、なんですか?」

「だから、ちょっと力抜けって言ってるんだ」

「…え」


額の中央を軽く指で押された。特に力が入っていない、ただ軽く押されただけだった。ただそれだけで真琴は後ろに倒れ、後ろに居たティターニャに抱きとめられる。


「なん…で」

「身体強化を使うと身体の様々な場所で魔力が溜まるポイントが出来る。それを軽くつついて一時的に穴を開けたんだ。しばらく身体強化を発動しようとしてもそこから魔力が漏れて不発になる」

「そんな…」

「まぁうちの地方に伝わる伝統の技みたいなもんだ。どうだ?立てないだろ?」


ミラの言葉通り力を入れようと…身体強化を発動しようとしても全く立てない。その事実に気付いた時に真琴の顔にはっきりと恐怖が浮かんだ。そんな真琴をティターニャはただ哀しそうに見つめていた。


「普通なら立てるはずなんだがな。これはあくまで魔力を抜くだけで筋肉とかの身体的機能には何の影響も無い技だから」

「…」

「いつからだ?少なくとも2、3日は続けて発動していないとそんなに溜まったりしないはずだ」

「…」

「それに、王女様も言ってたがお前のそれは…本当に身体強化なのか?」

「…」

「いや…まあいい。私は先に領主館に戻る。ルーン達には私が適当に言っておくからお前は王女様とゆっくりしてろ。裏口は開けておくからいつでも帰ってこい」


それだけ言うとミラは踵を返して裏庭から出て行く。


「…」

「…」


真琴とティターニャ、二人の間に静寂が舞い降りる。


「座りましょうか」

「…うん」


ティターニャに抱えられるようにして真琴はベンチに腰を下ろす。するとティターニャは何やら少し考えた後、「えいっ」という何とも可愛らしい掛け声と共に真琴を自分の方に引き寄せた。通常なら座り直せばいいのだが今の真琴にはそんな力は無いのでそのままティターニャに倒れ込む。

自然と膝枕のような体勢になった。後頭部に天国のような感触を感じつつも唖然と固まる真琴。


「…えーと?」

「た、たまにはいいじゃないですか」

「い、いやティターニャが重かったりしたら…」

「わ、私は別に…その、迷惑、でしたか?」


そう問いかけるティターニャはまるで捨てられた子犬のように寂しそうな顔をしている。

(ああもう!どうにでもなれ!)


「い、いや別に!えーと、その…お願いします」

「は、はい…」

「「…」」


またしても舞い降りる静寂。しかし今回はどこか気恥しくなるような甘酸っぱい雰囲気が漂っている。

気を取り直すようにティターニャが一度咳払いをした。


「んんっ!…その、くどいようですが旦那様、もう少し肩の力を抜いてもいいんですよ?」

「いや、抜くも何も身体強化はミラさんのせいで切れてるから…」


少しぎこちなさそうに真琴の頭を撫でながらティターニャが再び同じ事を言うが今回は本当に分からず真琴は首を傾げる。


「そうではありません。ここには今私と旦那様…マコトしかいません。今だけは何も背負う必要は無いんです」

「…」

「一応これでも精霊を束ねてた者です。全部とは言いませんが誰かの上に立つ怖さを多少は理解しています」

「…」

「責任、期待…そして孤独。誰かの上に立つという事はそれらを一人で全てを背負い、常に前を向いて、弱音を吐く事は決して許さず、進み続ける。それは酷く辛く、苦しく、怖い」

「…」

「だからせめて今だけは少し休憩しませんか?多分マコトは逃げ出す事はしないのでしょう。でも休憩ぐらいしてもいいじゃないですか」


それはまるで子供に言い聞かせる母親の言葉のように暖かい物だった。それでもまだ気を張っている真琴の顔に口を寄せるティターニャ。


「大丈夫、私はどんなあなたでも絶対に見捨てません」

「…っ!」


耳元で囁かれたその一言、そのティターニャの一言を真琴がどれほど望んでいたのか、真琴自身も分からない。でもこの瞬間、真琴の心は確かに救われた。

それほどこの一言の意味は深く、大きかった。

気付けば自分でも分からないまま真琴は言葉を零していた。


「…怖かった。優樹菜に、優衣に、悠一に、アルン、クロ、ルナ、ルーン、リオン…もちろんティターニャにも、失望されて離れていかれるのがずっと怖かった…一人になるのが、怖かった」

「…」

「身体が動かなくなった時はもうダメだと思った。皆が僕を見捨てるんじゃないかって思って…普段は皆に"信じて"って言ってるのにね」

「…」

「だから身体強化して身体が動いた時は嬉しかったな…これでまた誰にも失望されずに済むって」


それはずっと真琴の心の底に溜まっていた不安。あるいは皆の上に立つ事で、ずっと抱えていた焦りだった。

そんな真琴の言葉をティターニャはずっと黙って聞いていた。もちろん、真琴も見捨てられる事は無いと優樹菜達を信じているのだろう。しかしどうしても心の中で怯える自分がいた。日を追う毎に増える問題、全く動かない自分の身体、周りの無意識の期待…むしろ良く今まで潰れなかったものだ。


「はは…ごめんね、こんな弱くて意地っ張りの、どうしようもなく小さい奴で…みんなに信じろとか言いながら結局自分は誰も信用してない最低な奴だよ、僕は」

「…」


自嘲気味に呟いた言葉に自分でも分からないまま涙を流す。そんな真琴の頭を撫でながらティターニャは胸が締め付けられる思いでいた。

(ああ…私は、なんで…こんなになるまでこの人を独りにしてしまったのか)

傷だらけだった。今の真琴は傷だらけで、それでも皆を守ろうと必死だった。それが分かってしまったからこそ、余計に胸が苦しい。


「私は、ずっとあなたに憧れていました」

「…」


気付けば、自然と口から言葉が出ていた。


「私に出来ないことをどんどんやって行くあなたにずっと憧れていました。でも、今は違います」

「…?」

「あの時、あなたが帰って来なかった時に私は今までどれだけあなたに頼っていたのか、責任を押し付けていたのかを思い知りました。正直自分自身に失望しましたよ。もういっそのこと離れてしまった方が良いのではないかと思った程です」

「それは…!」

「でも、それでも私はあなたと一緒に居る未来を選びました。いずれ今まで押し付けた事で見捨てられたとしても、それまでは一緒に居たいと思ったんです」

「…」

「だからせめて、あなたの手助けが出来るような、隣に立てる存在になりたいと思いました。後ろではなく隣に立ちたい、そう思ったんです」

「ティターニャ…」

「だから、という訳ではありませんが。私はあなたを決して見捨てたりはしません。何があってもあなたの隣であなたを支え続けます」


もはや自分でもどうしていいか分からない気持ちになる真琴。それはまるで帰る場所も何も無い迷子の子犬のようだ。


「どうして、そんなに…?」

「あなたが好きだからですよ」


そんな真琴の疑問にティターニャは少し頬を赤くしながらもはっきりと答えた。


「私は、マコトの事が大好きです」


もう一度、噛み締めるように告げる。

頬を赤くしながら話すティターニャを真琴はただ見つめる事しか出来ない。


「あなたを支えたい、助けたいと思います。それに絶対に見捨てたりなんてしません。むしろ私が見捨てられないように努力しないといけませんね」

「そんな事は!…そんな事は、無い。ティターニャは、その、僕にとって第二の母さんみたいな人だ。この世界に来て僕だけがどんどん取り残されて焦っていた時に助けてくれて、色々教えてくれて…暖かく包み込んでくれたみたいで凄く、安心出来た。そんな母さんみたいな人。それが、僕にとってのティターニャだ」

「マコト…」

「だから…その、まだ正直ごちゃごちゃしてるけどこれだけは言える」


真琴は無理矢理左腕を動かして頭の上に置かれて居るティターニャの手に自分の手を重ねてまっすぐに彼女を見つめる。


「僕がティターニャを見捨てる事なんて絶対に無い。君が僕を見捨てない限り、その、ずっと側にいて欲しい」


そんな真琴の言葉を聞いてティターニャは、ポツリと涙を零した。


「マコト、あなたという人は…」

「ティターニャ!?え、ごめん、なんか間違えたみたいで」

「いえ、すみません。嬉しくてつい…」

「え、えーと…」

「ありがとう、マコト。どうかこれからもあなたの側に居させて下さい」

「…こちらこそ、僕の側にいて下さい」

「…はい!」




そう言って涙を流しながら微笑む彼女はどんな宝石よりも美しく輝いていた。

いかがでしたか?

今回は予告通りティターニャと真琴メインの回になりました!


なんだかんだで今の真琴の苦しみを理解出来るのは同じ"誰かの上に立つ"立場のティターニャなんじゃないか?そう思って書いた話です。

もちろん優樹菜も居るのですがこの問題は彼女よりもティターニャだな、と考えています。

次回で出来るだけ綺麗にまとめてチール編は終了の予定です。


よろしくお願いしますm(_ _)m

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