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第67話 頭に響く声


「…ん、ふぁ」

「ふぁ…おはようございます。兄さん」

「おはよう、ルナ」


ここに来てから少し経った(正確な時間は分からないけど)。あの食事の一件以降ルナとはかなり打ち解けられた。そしてその課程でルナの過去を聞き、真琴の事を「兄さん」と呼ぶ事は了承した。したのだけど…


「あ、兄さん寝癖が」

「え?ああ、いいよ別に」

「そんな訳には行きません。それに兄さんちゃんと寝てますか?クマが酷くなってます」

「いや大丈夫だよ。ちゃんと寝てるから」

「いえ寝てませんね。これだから兄さんは…あ、あと兄さん」


(なんか凄く…その…いや別に悪く無いよ。むしろ嬉しいんだけど…でもちょっと)

つまりルナは凄く世話焼きだった。もう髪の毛が少しでも乱れていたら即座に直しに来るぐらいには。それ自体は悪い事では無いけどたまにお兄さんと被ってる時があるのが問題だ。一応本人もお兄さんは死んだと自覚はしていたので大丈夫だと思うけど少し注意しておかないといけない。まぁそんなルナもあれからしっかり食べてちゃんと寝ているからなのか、ここに来た時に比べて全体的に綺麗になった。そしてその顔にも精気が戻っていたから彼女なりにけじめはつけれていると思う。


「兄さんちゃんと聞いてますか?」

「え?あ、うん……すみません。聞いてませんでした」


だからそんな真顔で見つめないで下さい。ルナはこうして嘘をつこうとするとじっと見つめてくるので直ぐにバレる。何かそのまっすぐな目を見てるとこっちが悪いみたいに感じるから不思議だ。


「もう、ちゃんと聞いて下さい。と言うよりちゃんと寝て下さい。これ何時も言ってますよね 」

「あー、努力します」


とは言ったが多分無理だろう。一応ルナ以外誰も居ないとは言え何時誰が来るか分からない敵地の真ん中では寝れない。というより眠れないのだ。


「…しょうがないですね、兄さんは」

「すみません…」

「全く…罰として撫でて下さい」

「ふふっ、分かりました。どうぞ、お嬢様」

「な、何を笑ってるですか!」

「いや別に?」

「は、早く撫でて下さい!」


一緒に居て分かった事はルナはとても世話焼きでとても甘えん坊だと言う事だ。最近はずっと真琴の膝の上に座っている。そしてひと通りお説教が終わるとこうして頭を撫でてと言ってくる。真琴としても彼女の頭は撫でるのは好きなので罰というよりはご褒美だ。

(いや、それだとちょっとおかしいのか?)


「はふ〜」

「気持ちいい?」

「はい…凄くいいです」


そして何よりこうして安心した彼女の顔を見るのが好きだった。


しかしそんな時間は終わりのようだ。不意に通路の奥から誰かが歩いてくる音が聞こえた。それと同時にルナはビクッと身を竦ませて真琴にしがみつく。


「ほら、メシだぞ。ありがたく食えよ」


そう言ってやって来た兵士は初日から変わらない物を適当に牢の中に投げ入れた。普段ならそれで去るのだが今回は違った。通路から真琴達の方を見るとニヤリと笑う。


「おいおい、わざわざ持ってきてやったのにありがとうも無しかよ?え?」

「わざわざ何時もありがとうございます」

「何だよ感謝してんのは兄ちゃんだけかよ?そっちの嬢ちゃんはどうした?」

「……っ」

「すみません彼女は」


先程からずっとルナは真琴の服を掴んで通路を見ていない。それを知っていて兵士は続ける。


「ああ?兄ちゃんには聞いてねぇよ。何だよ嬢ちゃんはお礼も言えねぇのかよ」

「…」

「だから彼女は「兄ちゃんは黙ってろよ!」っ…」


真琴が口を挟もうとすると兵士が怒鳴る。その声にルナは更に身を竦ませ震えだす。それを見た兵士は下品な笑いを浮かべる。

(こいつまさか…!)


「何だよ何だよ、口じゃ言えないのか?ならその身体で「黙れ!」…なんだよ」

「黙れと言いました」

「うっせぇな。どうせ兄ちゃんもヤってんだろ?こんな二人きりなんてどうぞヤって下さいって」

「だから黙れと言っている!!!」


あまりの事に耐えきれず叫ぶ。その剣幕に兵士は後ずさりする。


「な、なんだよ。いいか?お前らを生かすも殺すも俺次第だぞ?」

「…だから?」

「だ、だから大人しく嬢ちゃんを」

「…ろか?」

「な、なんだよ」




「今この場でその巫山戯た口ごと消してやろうか?」





自分でも想像が出来ない程の冷たい声が出た。頭はとてつもない破壊衝動に支配され、同時に黒い魔力が吹き出す。


「ひっ…う、うるさい!もう知らん」


それに耐えられず兵士は捨て台詞を残して去っていった。


「無能の分際で…」

「に…兄さん」

「…あっ」


ルナの声にはっとする。すると今までの衝動が嘘のように霧散した。下を見ると怯えるようにルナが真琴を見上げている。ずっと抱きしめたままの事に気付いて慌てた離そうとする。


「ご、ごめん…」

「…兄さん」

「ルナごめん怖かったよね。すぐ離すから」

「兄さん」

「あ、そうだご飯温めて食べようか。それから」

「兄さん!」

「!?」


いきなり顔を掴まれて名前を呼ばれた。驚いて前を見ると半泣きのルナの顔があった。


「…ルナ?」

「にい…マコトさん、ありがとうございます」

「…ど、どうしたの?」

「兵士の人を怒ってくれて、追い払ってくれてありがとうございます。私を、ルナを守ってくれてありがとうございます」

「え…と、どういたしまして?」

「だから大丈夫ですよ。私は兄さんから離れません。怯えたりしません」

「っ!」


真琴は怖かった。日に日に魔族の思考に染まりかけている自覚はあった。以前に比べて頭に響く声が大きくなっているのも知っていた。だからこそ怖かった。今回のように魔力が暴れてしまう事が、自分が魔族に堕天する事が。そして何より、それを知った人が自分に怯えて離れていく事が。


「…ルナは怖くないの?」

「それは…確かに怖かったです。でもそれ以上に私の為に怒ってくれる兄さんを見て、凄く嬉しかったです」

「そう…か」

「はい。だから兄さん、ありがとうございます」

「どう、いたしまして。…それと、ルナ」

「?」

「ありがとうね」

「お礼を言うのは私ですよ、変な兄さんですね。さ、ご飯食べましょう」


今のルナの言葉でどれだけ救われただろう。それはルナにも…そして恐らく真琴自身にも分からない事だろう。それでも確かに真琴は一人にならずに済んだ。

(ルナ…本当にありがとう)


「じゃあ兄さんお願いします」

「はいはい」


目の前で温められる料理を楽しそうに眺めるルナ。

(本当に、この娘を守れて良かった)


『本当にかい?』


不意に脳裏に響く言葉


(…何が言いたい)

『別にこんな所でこんな事して無いですぐに出られるだろ?何故それをしない』

(出られるだろうけどこの魔力量だと二人で海を渡れないからだ)

『嘘だな。お前は知っているはずだ。俺を使えばいいと』

(僕は魔族にはならない)

『何故?力が欲しくないのか?』

(そんなのはいらない)

『それも嘘だ。ならさっき兵士を追い払ったのは誰の力だ?それにこうして魔法を使っているのも何処の魔力だ?』

(…それは)

『全て堕天した魔力だろ。いい加減認めろ』

(…うるさい)

『そうやって耳を塞ぐのか。とうに気付いてるんだろ?もうお前の白い魔力はゼロだ』

(…)

『もう一度言う。俺を受け入れろ、堕天しろ。そうすればお前は全てを凌駕する力を手に入れる』

(…)

『こんなクソッタレな世界をぶち壊せる。あんな魔王なんて倒せるぐらい強大な力だ』

(…僕は)

『守りたいなら受け入れろ。知ってるだろ?

いい加減俺を受け入れろ、僕?』



「兄さん?」

「え?ああ、ごめんね。食べようか」


あの黒い魔力が話しかけてくるようになったのは何時からだろうか、もうそれさえも分からない。だけど僕は堕天しかけている。このままなら確実に魔族になるだろう。

(さてどうするか…ん?)


その時、スープの器の底に何かが張り付いているのに気付く。


「兄さん?」

「ああ、いや裏に何か…取れた」

「それは?」

「手紙?」


それは4つ折りの紙だった。中に何か書いてある。


「何て書いてありますか?」

「えーと……」

「あの、兄さん?」


急に黙った真琴にルナは再度不安げに声をかけるがそれどころでは無い。

(さて、どうしようか)

手紙は実に簡潔だった。


"あなたのお父さんとお母さんは生きています。

次の食事を運ぶ時にお母さんとそちらに行きます。

西田三咲"


それは裏切ったはずの担任、三咲先生からの衝撃的な内容の手紙だった。

真琴君がかなり堕ちてきてます…

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