閑話 似たものおやこ
クロイツの弟 ファイトの小話です。
楽しみにしていた王立学院の入学式。
十三才のファイト=バルツァーは、式典が行われる会場にいた。双子の妹アデリナは同じ日に女学院に入学する。初等部と違いそれぞれ学院の寮に入るから、これからは長い休みにしか同じ屋敷で眠る事は無い。
周りを見れば稀に女子生徒が混じっているが、ほとんど男子生徒ばかり。彼は大変満足していた。口ばかり達者になって来たアデリナに辟易していたから。
(お祖父様の言う通りだ。女は女、男には男の役割があるんだ )
母親はアデリナのように口煩くは無かったが、仕事ばかりして屋敷にジッとしていると言う事が全く無かった。
初等部の友人が「母親の期待が重い。口煩くて困るよ」と言うのを聞いて不思議に思っていた。普通の貴族女性はまず剣など振るわないそうだ。
そして狩猟組合の組合長には就任しないし、護衛組織を統率しない。領地の子供達に剣の稽古など付けない。
偶に顔を合わせても「よし、一戦交えるか」と誘われヘトヘトになるまで付き合わされるだけだ。学院の成績はどうだとか、身だしなみに気を配られる事は無い。
そして男の甲斐性と言える剣の腕で―――ファイトは剣豪と呼ばれる母に全く敵わなかった。そして初等部の模擬戦でもソコソコの成績しか上げられない。
武のバルツァー家の血筋として恥ずべき事だと自分でも思っている。
文武両道の兄に比べて見劣りすると影で言われている事も知っている。
自分は剣を苦手としている父に似ているのだと思うたび―――奔放なゲオルギーネに代わり雑事を一手に引き受けているその様を見るとウンザリした。
祖父は嫡男の兄が理想通りの自慢の孫に育ち、大変満足そうだ。
ファイトを見る祖父の目が少し冷たいように見えるのはきっと気のせいでは無いだろう……とファイトは思っている。と言うかそもそも関心もそれほど無いだろうとも……ファイトは思っている。
だからファイトは屋敷を出て学院寮で暮らす事が楽しみで仕方無かった。
寂しいなんて全く思わない。むしろせいせいするくらいだった。
ふと爽やかな柑橘系の香りがして横を見ると、小柄な少女が隣に立っていた。
(結構可愛いな)
とファイトは思った。だけどすぐに思い直す。
(この娘も職業婦人を目指しているんだな。……変な希望を持たずに大人しく女学院に行けば良いのに)
溜息を吐いて、出席を確認している受付へ足を進めた。
すると隣に立っている小柄な彼女に声を掛ける者がいた。
「おいレオナ!何でこんな所にいるんだ、お前はあっちだろ?」
「マックス」
「ここは新入生の受付の列だぞ、今更お前が其処に並んでどうするんだ?」
「そうなんですか?ええと……」
「あーもうっ!付いて来いよ。何で俺がこんな事……」
マックスと呼ばれた赤茶色の短髪は、上級生だとしたら平均的な体格の男子生徒だった。ファイトの兄に比べればひ弱に見える。兄は強く完璧で―――ファイトの憧れだった。
兄は武人として確固たる地位を築いた祖父の血を引いているのだろう。
だとしたら自分は……雑事に飛び回る平凡な父親の血を引いているのだろうか。
女子生徒の世話を焼く男子生徒が何処か父に重なって、情けなく感じた。
やはり自分は、あのようには成りたくない。しかし兄のようにも成れそうもない……。
物思いに耽り落ち込むファイトの耳に、潜められた新入生の声が何故か鮮明に飛び込んできた。
「おい、あの人コリント先輩だ!」
先ほどの男子生徒を目で追っていた新入生の一人が、隣の友人の袖を引きながら耳打ちしている。
「コリント?ああ武術道場の……」
「師範資格も持っててスゲー強いんだ!カッコいいんだぜ!」
「へぇー、見た感じそんな風に見えないけどな」
(へぇ……あんな体格でも強いのか)
意外だった。
祖父はコリント流武術道場に入門する事には懐疑的だった。特に拘りは無かったので見学もしなかったし、試合観戦の時もその流派の戦士に注目した事は無かったが―――。
何だかムクムクと興味が湧いて来た。
ファイトもそれほど体格が良い方では無い。
高等部入学時のクロイツは既にかなりの長身だったので、それに比べ自分の体格が如何に貧弱かと言う事は重々承知していた。
しかし十三才男子の平均には届いているのだ―――常に比べられる相手が悪すぎる。
だけどもしあの赤毛の人に教わる事ができたら。
こんな自分でも―――強くなれるかもしれない。
祖父が自分を無視できないくらい。
手合わせの時、母に手加減されて軽くあしらわれる事も無くなるくらい。
その後直ぐに新入生だと思っていた女子生徒が、学院の女教師レオノーラ=アンガーマンだと判明した。
それから暫くして、思い切って話し掛けたマクシミリアン=コリントが、彼女の従兄だと知った。
また暫く時が経って、レオノーラが尊敬しつつも完璧すぎて苦手だった兄の妻になるのだと知った。
すると祖父がキレた。
自慢の孫が、大嫌いな職業婦人と結婚すると聞いて。
失望を露わにして怒る祖父に対峙しても、涼しい顔をして新妻の世話を甲斐甲斐しく焼く兄を見て―――ファイトは思った。
父を情けないと思っていた。そして彼に似てしまった自分が嫌だった。
祖父の自慢の立派な兄に憧れて―――同時に決して敵わないと妬ましく思っていた。
だけど兄は―――父にソックリだ。
兄の婚姻により、はからずも何だか色々と気持ちが楽になってしまったファイトであった。
バルツァー家の家族紹介でした。
ファイトは学院寮に住んでいるので、長期休み以外はバルツァー邸に帰って来ません。
とりあえず完結設定としますが、妹の話も纏まったら追加投稿致します。
お読みいただき、有難うございました。